ナンパ 趣味
「温泉に来たらすべきこと、何だと思う?」
「え、温泉に入る」
「八十点」
「ぬ」
「風呂上がりにフルーツ牛乳を飲む!」
「……百点っ」
「突撃!」
「んっ!」
一端部屋に戻り、すぐさま風呂セットの入った巾着を掴んでダッシュ。
「……あいつら、元気だなぁ」
「そう、さ、ね……」
「お前達は白熱しすぎだ」
「私たちはちょっと飲み過ぎたわね……」
「ああ……」
夕飯前に温泉を一浴びしたいところだが、次女三女は卓球デスゲームで起き上がりたくない程に疲労し、母と長女は少々酒が過ぎたので寝てしまわないように休憩中である。
「じゃ、後でね、冬ちゃん。僕の方が早かったら冬ちゃん待ってるけど冬ちゃんの方が早かったら先に戻ってて良いからね?」
「あ、うん」
冬美は露天風呂に一緒に、という妄想もしていたが「そりゃそうだ」と割り切る。それに万が一詩季を露天風呂に自主的にとは言え連れて行ったとなれば母と姉達にリンチされかねないし己の兄の裸を他人に見せるつもりもなかった。
ここはひとまず兄を待たせない程度に風呂を堪能することにした。
「極楽」
と言っても所詮は小学生。あまり間が持たない。いくつか種類のある温泉に入っては上がりサウナに特攻しては早々に撤退する。結局は四十分程度で手早く着替える。添え付けのドライヤーで髪を乾かそうとするが少し思い立って水が滴らない程度にタオルで拭い首にバスタオルを掛けて詩季との待ち合わせ場所に向かった。
「あ、じゃあうちと近いですね」
「え、そうなの? どこの学校?」
すると、兄は更に早く風呂から上がっていたらしく、絶賛見知らぬ女にナンパされていた。
「安部古部高校の一年」
「マジ!? タメか! 佐竹ってのと同チューで安部古部校一年なんだけど知らない?」
「あー、実は転校したてでまだクラスメートしか解らなくって」
「へー、じゃあ、今度友達誘って遊ぼうよ?」
ぐいぐい来るナンパ女に詩季は若干引き気味のようで冬美は安心した。軽い兄など冬美の理想ではない。
「あー」
詩季にとってはたまたま話しかけられて適当に相手をしてみたら相手に脈ありと感じさせてしまった、という微妙な気まずさがあった。相手の少女も詩季程の美少年に相手にされる訳がないとダメ元で声を掛けたのだが思ったよりも人当たりがよく割と近所だったこともあり盛り上がってしまったのだ。
「あ、え、だ、駄目、かな?」
少女は詩季から見てもどことなくヤンキー臭い風貌で、明らかに脱色している茶髪で化粧も軽くしているようだった。
「あー、僕側の友達が良いなら」
予防線を引いて詩季は頷いた。
「ならLINEかフェイスブック教えてよ! 暇なときで良いからさ!」
「あ、うん」
実際にまた会うかどうかは別として、連絡先の交換くらいなら問題ないだろう、と詩季は頷いた。
「不味い」
物陰から覗き見していた冬美はやっとここで危機感を覚える。詩季があまり乗り気じゃなさそうなものの、特別追い払う訳でもなさそうだった。冬美としても颯爽と飛び出て追い払おうかとも思ったが自分のなりは小学生で当然小さいし舐められる可能性大であり逆に刺激して兄の身を危険に晒してしまうかもしれない。近所云々が聞こえてきたからあまり地元民同士で禍根を残すのも得策ではない。どうするのが最善か、と頭をフル回転させてるところにまさかの長姉の登場であった。
「詩季、友達か?」
「あ、うん。今知り合った有馬さん。春姉さん、まさか今からお風呂入るの? 駄目だよ、お酒入ってんだから」
「お、お姉さん?」
長姉の登場に明らかに動揺している女子の有馬。
「ああ、つまりお友達ではなくてナンパかな?」
長姉の表情が器用に詩季から見えるサイドは柔らかく、有馬の方からは般若に見えた。阿修羅な男爵。
「ひぃっ」
有馬は見た目はヤンキーっぽいが辛うじて喫煙する程度。あまり家族以外に迷惑を掛けないソフトヤンキーである。
「有馬さんのお友達が僕と同じ学校に居るって話しだったから今後はもしかしたらお友達に?」
「ふーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん。じゃあその時はよろしくしてやって」
「はははははいっ」
喧嘩の経験もあったが有馬は完全に春姫の迫力に飲まれた。
「あ、冬ちゃん!」
冬美を見つけ詩季が駆け寄った。詩季的には有馬も姉のこだわりもどうでも良かったのだ。詩季は己がもてる容姿であるということは理解している。そして春姫が何を心配しているのかも解っていた。それ故に春姫に有馬の対応をパスすることにした。
「あ」
「あーもうっちゃんと乾かさないと風邪引くよぉ! ほら、こっち来て座って!」
隠れていたのに思わず身を乗り出し見つかった身としては気まずいとしか思いようがない。だが思惑通り髪を乾かしてもらえることになった。旅館の休憩所に備え付けのソファー、兄の足の間に座って優しくタオルで撫でつけて貰う。兄からの香りに一瞬上五十メートル程にトリップしつつ、兄に問う。
「彼女?」
詩季がナンパされていたのは勿論解っていたが、彼女が居るのかもしれないと少し鎌掛けのつもりであった。
「え? 違うよ? 冬ちゃんが居るのに」
「え? えええ?」
詩季としては若干の言い間違の一言である。事件前の詩季とはいえ冬美を傷つけた自分が冬美を置いて恋人を作って幸せになって良いとは思えなかった。しかし当然言われた本人にとっては当然違う意味を持つ。
「ぼ、僕が居るから?」
「うん。僕は冬ちゃんと仲良くなりたいんだよ」
「ふぇ?」
嘘ではなく本心からの言葉であるから性質が悪い。
小学生六年生、しかも性に目覚め始めていた冬美にそれは殺し文句である。冬美にとって今の詩季は理想の兄であると同時に、家事万能で女性に対して理解が深く自分を溺愛してくれる理想の男性である。さらに密着している状況で、紡がれる言葉は愛の告白に酷似している。
「あ、あ、あ! 冬ちゃん!」
そんな男性に抱き抱えられながら冬美はのぼせあがって、気絶したのであった。
「春姉、急に飛び出してどうしたんだ?」
お茶菓子の饅頭を頬張りながら夏紀。
「春姉さんのスマホが赤く光ってたからきっと着信さ」
実際には春姫が詩季のスマートフォンに各種監視アプリを突っ込めるだけ突っ込んでおり、その通知であった。SNS等で新たに連絡先が登録されただけでも春姫のスマートフォンに通知され、その事を知らされていたのだがすっかり二人の頭の中にはなく忘却の彼方であったが、春姫にとっては役に立った、立ってしまったのであった。
「意外と彼氏居たり?」
「無いさ。春姉さんが彼氏を作るなら未成年に手を出さざるを得ない。だけど倫理観は人一倍だから犯罪に手を染めることもない、というよりもついてこれる男はまず居ないさ」
「あー。結構エグい趣味してるもんなぁ春姉。あれ知った時、流石に俺も引いたもんなぁ」
「あんたたち、なんて会話してるのよ」
呆れる母親に娘二人は答える。
「姉の変態っぷりの再確認かな」
「姉の変態性を信頼しているが故の悲しき事実の再確認さ」
よくもまぁこんな妹たちで春姫はグレなかったと母親は感心するのであった。




