課金 カキーン
初夏。詩季のお小遣いは定額ではない。
もともと詩季が食費などの家計を実質的に管理するようになってから、春姫が管理していた食費やその他引き落とし用の銀行口座をそのまま預けられたのである。
そして、自然と支払い通知など詩季が確認するようになったのである。
トントントン
キッチンのテーブルを指で叩く音が静まり返った中で響く。
「で? これは何の請求なのかな?」
「……因果の乱れが」
詩季の満面の笑みに、珍しく顔面を引きつらせる冬美。
「で? これは何の請求なのかな?」
ドンッ
21万円という携帯電話料金の請求書越しにテーブルを拳で叩く詩季に、
「ぃひぃえぇ」
冬美は喉の奥から声を漏らした。顔は青ざめ、失禁しそうである。
「し、詩季君? ちょっと落ち着くさ」
「そ、そうだぞ? 冬美も反省してるだろうし」
「ま だ な に も 聞 い て な い よ ね?」
姉二人の窘める言葉に詩季はギランと睨み返す。
「そうだな! まずは話を聞こうぜ! 落ち着いてな!?」
姉らしい夏紀。
「冬君が悪いさ!」
ある意味で姉らしい秋子。
「で、この請求はなんなのかな? 流石に我が家でもこの出費は痛いよ?」
少し怒り過ぎたか、と詩季は反省しつつ、冬美に問いかける。
「……げーむで、課金、を」
半泣きの冬美が、ぼそぼそと小声で訳を話す。
「ソシャゲかぁ……また」
非生産的な……、という言葉を辛うじて飲み込んだ。
詩季にとっては課金ゲームやギャンブルほど非生産的な物はないと思っているのだが、友達とのコミュニケーションとかも有るのかな?と思う面もあったのである。
「ご、ごめんな、さい……熱く、なって」
反省の色は見えるものの、いくら暦家が小金持ちだとしても通信費で20万円は行きすぎであった。
「いや、冬美。それにしたってやり過ぎだろ。ウチは大体5人で2万円位だったろ?」
「冬君が悪いさ!」
「詩季に怒られて動揺してんのは解ったからちょっとお前黙ってろ」
ポンコツな妹の顔にクッションを投げ当て黙らせる。
「何にそんなにハマったの?」
「……FCO」
FCOとはエロゲーから一般向け、そしてソシャゲに派生したタイトルである。
「名前くらいは知ってるけど、あれ、確か結構な課金ゲームだよね?」
「う、ご、ごめんなさい」
溜息が漏れる詩季。いくらゲームで熱くなったとしても、少しどころではない逸し方である。
「冬ちゃんが自分で稼いだお金なら文句は言わないけど、お母さんが一生懸命稼いでくれたお金だよ? 20万円って、下手したらそこら辺歩いている社会人だって稼いでない金額なんだよ?」
ブラック企業の社畜として働いていた詩季も手取りでその程度であったものだから、身につまされる思いであった。
「ご、ごめん、なさい」
「友達とかに釣られたの? でも友達の家だってこんなにやってたら親御さんブチ切れるよ?」
反省の色が大分見えるので、少しトーンダウンする詩季。
しかし、友達に釣られてならまだ良いが、冬美が主体となって課金していたら色々取返しが付かないとも言えるので、まだ気が抜けない。
「課金は、多分、僕だけ」
ひとまず信じるしかない、と思った詩季。
「全く……この事はお母さんに報告するからね。20万円だから、お小遣い半額くらいはその分埋めるまで覚悟して」
「う……お年玉の貯金で払うから、それは……それに、僕が使ったのは、18万円くらいで」
チッ 小賢しい……バレたか……
ブラック企業で社会人として育った詩季は、冬美に罰を与えつつ家族全体としてのマイナスを埋めようと補填するために小遣いカットを言ったのである。
だが、それは冬美にとっては強制節約を強いられるだけのこと。さらに余計にむしり取る所業である。
「補填すりゃ良いってもんじゃなくて、これは罰なんだよ? 解ってんの?」
理屈としてはセーフである。
道理には適うかもしれないが、企業じゃなく家族なのだから、と夏紀も秋子も少し冬美に同情した。しかし末っ子に甘いという面も否めない。
が、基本的にはそれほどお小遣いを貰っていない二人も「さすがにやり過ぎ」という感想もあり、口を挟まなかった。
「うぅ……わ、かった」
もうっ、と詩季が冬美の頭をコツンと叩き、お説教終了の合図となった。
夏紀も秋子もやっと安堵する。
詩季は少し不機嫌そうに昼食の準備を始め、冬美はそれを見て、姉二人の居るリビングへと移動した。
「で、どんなのに課金したのさ?」
己も課金まではしないがソシャゲはプレイする秋子。FCOも少しだがプレイしていた。
蒸し返して欲しくなかった冬美は一瞬苦い表情をその瞳に浮かべるが、観念してスマホの画面を見せた。
「ああ……まぁ、なるほどさね」
「あ? 何がだ? ん? ……あー。これ、装備も課金なのか?」
「ん。強くするだけなら、無課金でもある程度出来る」
納得する姉二人。画面を見ると、虹色のエフェクトが掛かった文字通り輝く男性キャラが居た。
夏紀には分からなかったが、プレイしたことのある秋子から見ると「全部課金アイテム……うわぁ」と引くほどに貢がれていたのである。
キャラは時空を司る英霊という設定で名前は「フォシズン」。
そして、そのキャラの面立ちを見ると、いくらゲーマーな冬美でもそこまで頭が悪くないはず、と疑問に思っていたことの答えを見つけた訳である。
「詩季君みたいなキャラをガチャで当てて、貢いでた訳さね?」
無言でツーンと横を向く冬美。図星であった。
「しかし、ソシャゲはしばらく止めておくほうが良いさ」
「ツーン」
口に出してそっぽを向く冬美。不機嫌そうだが可愛らしくもある。
「あれま。何ヘソ曲げてんのさ?」
「いや、お前がテンパって庇わなかったからだろ」
心底不思議そうな秋子に夏紀は苦笑いで応える。
「あー。あれは仕方ないさね? ね? でも、まあ、悪かったさ。少しくらい庇うべきだったさね
冬美が悪いのは確かだが冷たかったかもしれない、と反省する秋子。怒る役も必要だが、慰める役や宥める役も必要なのが子供の居る家庭というものである。
「ツーーーーーーーーーーン」
腹いせに秋子を弄ろうとする冬美に、苦笑しか浮かばない秋子。そしてふと、冬美のスマホ画面を見て動きが止まった。
「……冬君。ちょっとなら助けてあげられそうだよ?」
「もう遅い」
秋子の申し出を、にべもなく断る。
「ふっふっふ。ちょっとした交渉一つで大蔵省が二人、味方してくれるのに? もしかしたらお小遣い減額も無かったことにしてくれるさ」
秋子の悪い笑みに、冬美はポカンと口をあけるのであった。
「詩季君。確かに冬美は子供にしては使い過ぎちゃったかもしれないけど、さすがにお小遣い減額は賛成できないわ。冬美は頭の良い子だから、良い機会だからお金の価値を一回改めて教えてあげるべきだと思うの。お小遣い帖を付けさせるとか、ね?」
「そうじゃな。若気の至りじゃし、大人になったら自己責任だが子供の内は周囲に迷惑を掛けてしまう、と学ばせるべきじゃろ。それに、若者があんまり金無いのも、余計な欲望に振り回される要因となるらしいぞ?」
大人二人が帰宅後、一気に説得され戸惑う詩季。
「ちょっと甘くない?」
いぶかしげに二人を見るが、満面の笑みを返す、節子と紋女。
「同じこと繰り返したら流石に駄目だけど、一回は許してあげましょうよ」
「今回大事なことは、学ぶことじゃと思うぞ?」
稼いでいる本人の節子と、もはや家族の一員であり婚約者でもある紋女にそう言われては引くしかない。
冬美はなんとかお小遣い減額を免れたのであった。
おまけ
FCOランキング
1位 AYAME
2位 MONJURO
3位 SETSU
4位 SAIBAR
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37234位 TOSHIRO
敏郎「だぁ!もう、フォシズン出ねぇ!」
宮子「もう課金したら? プリペイドカード買って来ようか?」
敏郎「それは俺のプライドが許さねぇし金の無駄だ!」
宮子(確かに、本人に課金した方が良いもんねぇ……)
敏郎「くっそ! 運営は非課金ユーザーに厳しすぎだ!」
商売とは常に厳しさがつきまとうものであった。




