マッサージ サンダーファイアー
山帝亭という旅館に泊まった。詩季達が住む市から高速道路にも乗って約二時間。始めは母節子が運転し、途中パーキングエリアで春姫が交代した。
「ふぅう……流石に疲れた」
「まぁ慣れてしまえば二時間くらいだったら普通に運転出来るようになるわよ。でも安全運転で上手だったわ。帰りは一人でも大丈夫そうだからお願いしようかしら?」
そう太鼓判を押しつつ帰りの運転も笑顔で押しつけようとする節子。
「ああ。休憩時間を貰えるなら問題無いだろう」
大黒柱に休日の疲れを残させたくない春姫は苦笑しながらも受託した。
「合流する時の春姉さんの顔は恐怖だったさ」
「鬼も殺せる視線だったよな」
「もう、二人とも。運転してくれた人にそういうこと言わないの」
前世では車で営業をしていた詩季には運転で溜まる疲労というのも理解している。ましてや春姫は免許を取ったばかりで初めての道を、しかも高速道路から運転しているのだ。恐らく全身に余計な力が入って凝っているのは予想に堅くない。
「お母さん、春姉さん。僕で良ければあとでマッサージでもしようか?」
何というご褒美だ、と該当者二人は出来るだけ喜びを漏らさないよう首を縦にぶんぶんと振って頷いた。よく観察してみると宿の入り口に向かう二人の足取りは若干スキップ気味な程に浮かれている。二人とも気分は「もうマッサージ終わったら帰っても良い」位に詩季のマッサージに心奪われていた。
「おい、俺も今猛烈に免許欲しいんだが」
「偽造するのは犯罪……くっ詩季がする前に私たちが二人のマッサージをするのはどうさ?」
「親と姉のマッサージって誰得だよ。普通に単なる親孝行姉孝行でしかないだろが」
「二人のマッサージをしたから疲れちゃったぁ詩季君今度は私たちをマッサージしたら良いさ作戦さ」
「おお、それは!」
「二人に殺される」
迷走し始めた姉二人に鋭く的確なツッコミを入れた冬美は「お母さんと春姉のマッサージお疲れさま。今度は僕がお兄ちゃんをマッサージする」という台詞を誰にも聞こえないよう小声で練習し始めるのであった。
「あはは、冬ちゃん強いなぁ」
「う、あ、はっ、お兄ちゃん、も、強いっ」
「おらぁ! 死ねぇ! くたばれぇ!」
「ほいさっ! ほらさっ! ゴートゥーヘルさ!」
低レベルな卓球に興じる詩季と冬美の隣では夏紀と秋子が死闘を繰り広げる。
「ああ、ビールが美味い」
「貴女、まだ成人したばかりなのに本当にオバサン臭いわねぇ」
そしてそれを遊技場の壁際のベンチでビール片手に眺める母と長姉。
「母よ。私は感謝している」
「な、何、急に。春姫ちゃんには家のこと任せっきりだから正直逆らえないんだけど」
「いや、何か強請ろうとしてるとかではない。今の裕福な暮らしが有るのもこの旅行が実現出来たのもひとえに母の血の滲むような努力の上に成り立っているというのも若輩ながら理解しているつもりだ。だから日頃の感謝の気持ちを込めていくつか、良いことを教えようと思ったのだ」
「え、何々? 何か凄くドキドキするんだけどっ」
缶が凹む程に力んで春姫と向き合う母節子。
「詩季は私たちの下着を干す時に恥ずかしそうにしている」
「は?」
いくら子を溺愛している母でも何を言っているんだこいつ、という感情に襲われる。
「一緒に料理している時は特に無防備で、体が接触しても何とも思わない」
「え?」
自分が詩季と共に料理をする、その考えは殆ど無かったが実際に想像してみると何だか楽しくなってきた。
「朝シャワーが習慣で早朝だとかなり油断してる。下手すると半裸でうろつく」
早起きを決意した。早起きし普段は電車で読んでいる新聞をリビングで読むことを決意する。
「夕飯の前に定位置に座ると高確率でビールとおつまみを出してくれる」
「良い、それ良い」
息子に労われる、これは素晴らしく世間の荒波に揉まれる身としては至福に違いなかった。
「映画やドラマのラブシーンでクッションを抱えて口元を隠すが超ニヤついている」
「可愛いわそれっ」
「食後のお茶の時間には必ず冬美を抱き抱える。二人とも可愛いから超和む」
「えっ何それずるい。私も二人抱えたい」
「寝る前に必ず居間でストレッチをする。そしてその時の胸チラはセクシャルバイオレットボンバヘッド」
「ええええっ本当なのそれはっ?」
「ああ、本当だ」
この二人、馬鹿である。
「だから、もうちょっと早く帰って、ちゃんと休んで欲しい」
春姫は社会人のしかも会社役員がどれだけ多忙か想像も出来ない。ただ、休むという事ももうちょっと考えて欲しいと娘ながらに思っていたのだ。
「私が不甲斐なかったばかりに家が落ち着かない場所だったが、今は違う。詩季のおかげで冬美もかなり落ち着いた」
「春姫ちゃん」
節子は長女にどれだけ多くの負担を強いてきたのか勿論理解している。ただ、家庭と仕事の両立が出来る程に節子は器用ではなく会社が求める実績もまた大きなもので子沢山の家計と労力を考えると家政婦の力を借りてでも仕事に注力せざる得なかったのだ。
「解った。もうちょっと、働き方、考えるわ。しかし貴女も本当に損する性格よねぇ」
だがそれもこれも全て春姫の姉としての責任感に甘えていたから成り立っていたのだ。
「私が望んだ事だ。それを受け入れてくれた母に私は一生涯感謝するだろう」
「あのことは私が強く望んだから私の責任よ。でも、本当に親孝行な娘ねぇ」
普段家庭では笑顔を絶やさな穏和な節子はどこか影の有る弱々しい笑みを浮かべる。
「そうでもない。なんだかんだで美味しいところ持ってってるし、今後も持ってくよ」
そしてそれをどこか影の有る笑みで受け止める春姫が居た。
「それは安心だわ」
「おらぁ! スペシャルエレクトリックサンダーファイアー!」
「なっそれはサンダーなのかファイアーなのかどっちなのさっ?」
「秋姉さんってツッコミ待ちのフェイントに弱いよねぇ」
「基本お笑い体質」
次女と三女の死闘をいつの間にやらジュースを飲みながら観戦している下二人は笑い合い、そんな二人を年長者二人が酒の肴にするのであった。




