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幕間 逃走 不能



 朝5時に目が覚め家族と紋女の朝食の準備をしている時、ふと、言葉を漏らす。

 

「……さすがに……きっつぃわぁ」


 詩季は疲れていた。

 連日のHP(ハーレム維持ポイント)の消費に精神的な回復が追い付かないためである。

 

 現在、詩季がことさら気を使って、女性として相手をせねばならないのは、家族を除けば紋女・智恵子・絵馬・針生・肉山・香菜・宮子の7人。

 デート・夜の電話番などは持ち回りなのだが、朝から晩までToDoリストが埋まっているような状況はいささか詩季にとっては少なくない負担となっていた。

 

「…………うーーーーーーん」


 ブラック企業で働いていた以前の詩季ならば、かつての上司が語っていたように、

 

『自分の限界は自分で決めるんじゃない。周り(上司である俺)が決めるんだぞ?』

『土日祝日喜んで! の精神が大事なんだ』

『勤労感謝の日って、勤労させてくれてる会社に感謝する日であって休むなら有給扱いだからな』

『辞めたい? ウチの会社で無理なら他行っても絶対無理だわー超無理だわー。あーあ。今なら聞かなかったことにするよー?』

『徹夜で作業してて眠い? 明日寝て良いから』

『ウチも何か間違えればブラック企業って言われちゃうんだろうなー』


 などの異次元理論で乗り越えたことであろう。

 

 他にも『残業代? 見なし残業で給料に入ってるからなぁ。労働時間が16時間超えてる? いやぁ、営業って外で何やってるか分らんし、寝てるかもしれないだろう?』という、法律は人を守るためではなく知ってる人間を守るためのものだと気付く有り難い逸話もあったがそれは余談である。

 

 

 ともあれ、今の彼は違う。二時間ほど毎日罵声を浴びせられることもない。売上のために客に頭を下げることもない。売りたくない物を売る必要もない。納期で供給元をネチネチ突くこともない。

 

 精神的に健全になり過ぎて、ストレス耐性が剥がれ落ちた無垢な状態であった。

 

「よし! サボろう!」

 

 故に、決断も早かった。詩季は、社畜であったと同時に、怠け者に分類されるべき社畜であったから、サボる時にはサボる、という悪癖があった。具体的にはノルマをこなした時など直行直帰扱いで一歩も布団から出ない、という荒業も使いこなすほどには怠け者であった。どうせ売り上げをさらに向上させても給料に反映されるどころか翌年のノルマが増えるだけだから、と。

 

「これで良しっと」


 出来上がった朝食をテーブルに並べ、ラップをかける。

 そして、紋女のマンションにも起こさないようそそくさと持っていく。

 

「では、しばしおさらばじゃっ」

 

 テーブルの上にメモを置き、私服に着替えてサイフとスマホだけを持って外に出た。

 

 メモには「ちょっと一日遠出して来ます。明日の夕方には帰るので心配しないで下さい」とだけ残して。

 

 

 


 まだ日がわずかも昇っておらず、紫色の空が広がる時間帯。詩季は大きく背伸びをし、澄んだ空気を肺一杯に取り込む。 

 

「ふぅ……さって、どうするかな~」

 

「何も、決めない、まま外に出たんです、か?」

 

「ひゃおうぁっ!?」

 

「わ」

 

 突如気配がなかったはずの背後から声を掛けられ文字通り飛び上がる詩季。

 振り向くと、詩季の奇声に驚き顔のストーカーな子、改め、紋女公認のボディーガードという名の肉の盾、須藤香菜が周囲を警戒する。

 

 詩季とのデートの際に購入したスーパーカブに跨った状態であったが、荷台に固定された黒の大きいバッグに手を突っ込んで何かを掴んでいるのが詩季にも見て取れた。

 

「いや、香菜ちゃんに驚いたんだけど。何で居るの?」


「詩季さんが、外に出た気配、した、ので」

 

 事件以降、滑舌が悪くなり、まだ元に戻っていない香菜であったが、詩季はそれはそれで自分を守るために行った結果だけに、愛おしくさえ感じていた。

 

「いや、家はそんな遠くないけど有り得ないでしょ」

 

「冗談、です。朝早く、起きて、バードウォッチング、してたら、詩季さんが、外に出たので、慌てて、来ました」

 

 夜なのに? というツッコミをする気にもならないが、確かに香菜のマンションから高性能な望遠鏡を使えば可能かもしれない、と詩季は納得した。

 

 実際は、香菜が紋女に資金を出して貰い接した監視カメラなのだが、詩季が知るよしもなかった。

 

「詩季さん、は、なぜ?」


「ちょっとサボってどっか旅行行こうかなぁって」

 

 事ここに到っては誤魔化す気にもならない。事情を話して彼女に今日一日だけでも監視を辞めるよう言ったところで死んでも拒絶するであろう怖さがある相手である。愛は嬉しいし報いたいがいささか重い、というのが香菜に対する詩季の本音であった。

 

「私、邪魔しま、せん」

 

「え? ……あ、そう? じゃあよろしく。でも学校良いの?」

 

 自分の身勝手な都合で香菜を休ませるのも、と悩む。

 

「持病が、あるので」


 それを理由にすれば大丈夫だ、と香菜が言うが、当然愛人(・・)の一人である香菜の身体が気になる詩季。


「え、持病? 大丈夫なの? 後遺症のこと?」


「いえ、怪我は大丈夫。持病の、仮病が」


「あー。僕もそれ罹ったとこなんだよねー」


「……おそろい」


「あはは。駄目なカップルだね」


「……カップル」


「じゃ、行こうか。悪いけど、何も準備してないし、本当に適当にぶらついて明日帰ってくるだけだからね?」


「新婚旅行、みたい」


「あらま。仮病使っても?」


「も、です」


 元々詩季に興奮し暴走する時以外の表情に乏しい香菜の口の端がわずかに持ち上がる。そんな香菜がどこか己に通じる思考を持っていることに気づき、詩季はまた少し、香菜を好きになった。

 

 

 

 

 香菜の進言を受け、詩季は紋女にだけ事情を話し家族への根回しをお願いした。

 

『カッカッカ、モテる男は辛いのぅ? だが、あまり家族を心配させてはならんぞ。ただでさえ詩季は危ない目に会っておるんだからな』

 

『心配させないために紋女さんにお願いしてるんですけど?』


『惚れた弱みじゃ、何とかしよう。君と須藤香菜は我の命令で急遽仕事が入ったということにしておくぞ。内容は企業秘密でな』

 

『あらま。常務のお母さんにも内緒の企業秘密って、何にするの?』

 

『さぁの? まぁ適当にやっておく。あと、ボディーガードはそのまま付けるが気にせず楽しむと良い』

 

 というやり取りの上で、ボディーガードをそのままに、という言葉で周囲を見渡すと、随分先、100メートルは離れているであろう電柱の傍にスーツを着た人影をみつけ納得した。

 

「香菜ちゃん、知ってる人?」


「は、い。会長の、ボディーガード、です」


 紋女が常に数名、少なくとも四名は詩季に護衛を付けているのを香菜は知っていた。そして、恨みも相当買っている紋女が有する護衛はグループ企業から完全に切り離された紋女個人の組織である。

 

 唯一人、abecobe corporationと護衛組織両方に属しているのが誰かは言うまでもないことである。

 

「やっぱり強いんだろうねぇ。どのくらい強いんだろ?」


「おそらく、智恵子くらい、なら、殺された、と、知覚出来、ます」


「物騒な」


 死ぬの解っても意味ないやん、と詩季は引く。

 

「詩季さんの校外公式ファンクラブ、会員ナンバー、1349番、です」


「ちょっと待って」


 己の校外ファンクラブがいつの間にやら公式になっていたという矛盾と会員数の桁に詩季は血の気が引いた。


「きゃつは、まだ、新参、者」


「ちょ待てよッ」


 己の髪の襟足を払うように手を振り香菜の言葉を遮る。

 

「はい」


 不思議そうに首を傾げる香菜。公式云々に対するツッコミは香菜に言っても仕方ないだろうと考えたが、どう考えても会員数がおかしい。

 詩季は指摘して良いものかどうか悩みつつ、


「会員ナンバー921番は?」


「あべこべ市辺庫町、3-55-2、コーポアーベ、202号室、無職、岸部泡姫(アリエル)34歳、です。生活保護、受給中。心身ともに健康」


 働け。まず働け。

 

 その情報を疑うより先に詩季は心の中でツッコんだ。

 

「900番は? 住所とか要らないから」


「有馬瑞希(みずき)。アルバイト。フリーター、です」


 聞いたことのあるような無いような名前だな? と首を傾げる。

 

「高校は、暴力沙汰で、退学。人間の、くず、です」


 ストーカーにクズ扱いされるフリーターが可哀相になり、詩季は掘り下げなかった。

 

「ちなみに会員ナンバー1は?」


 どうせ家族か紋女の誰かだろうな、と思ったのだが、


「宮子の、兄、です」


 ゲイ疑惑が再燃してしまい、詩季はこれからサボりを楽しもうとしていたにも関わらず初っ端から疲れを感じるのであった。

 

 

 

 

 

 香菜の口から出た言葉、具体的には詩季ファンクラブの会員数が嘘や冗談だとは思えなかった詩季は、何はともあれそのファンクラブ会員たちが居ないであろう地へ向かうことにした。

 

 今日は疲れもあって、出来るだけだらけたかった。可能な限り己を知っている人たちには関わりたくなかった。そんな心境であった。


 もうゆっくりしたい、と。

 

「どこが良いだろ?」


 駅の改札口前で、旅行サイトをスマホで眺めつつ、悩む。

 

「でしたら、ここ、が、おすすめ、です。露天、風呂」


 詩季が風呂好きだと当然知っている香菜はあらかじめチェックしていた宿を示す。

 

「ここに校外? 公式? ファンクラブの人、居るかな?」


「公式ファン、クラブ、会員、居ません」


「絶対?」


「客で、来てる場合、さすがに」


 そこまで求めたらどこにも行けない、と詩季は、予約の電話を入れることにした。ローカル線で1時間半の温泉地の三ツ星である。 


「あー、暦と申しますが、今日これからって部屋取れますか?」


 未成年だけど取れるだろうか? と疑問に思ったが、自分で取れなければ会員ナンバー1394番にお願いすれば良いか、と考え直す。


『は、はい!? あ、空いております! お部屋、ご用意致しましょうか!?』


「お願いしまーす」


『では、お待ちしております! 暦詩季(・・)様!』


 膝から崩れ落ちる、詩季であった。

 



おまけ


詩季「さっき、ファンクラブの会員、居ないって言ったじゃん……」


香菜「ごめん、なさい。非公式は、まだ、調査中」


詩季「……なんかもう……もう……その手の情報本当にいらないわ」


疲れを癒すためにサボったものの、常に周りから見られている芸能人のような生活に自分が慣れるしかない、と嫌々ながら、弱弱しく覚悟する詩季であった。


香菜「つぶ、しま、す? 物理、精神、どちらでも、大丈夫、です」


詩季「……物騒だ」






気付いたら、3か月以上更新してませんでした。

ツイッターではたまに呟いてるんですけどね。関係ないことばかり。

とりあえず止めるつもりはないのですがリアルも大事なので両立出来る範囲でバランス取りながらこれからも適当に頑張ります。


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