寝起き ドッキリ
詩季の朝は早い。
そして、紋女と関係を持ってからは平日は以前よりも三十分ほど早く起きるようになった。
「紋女ちゃーん」
朝食を用意し、紋女を起こしに部屋を訪れる。合い鍵は紋女が引っ越してきた当初から暦家全員に渡されては居たが、二人が体を重ねた翌日に『詩季君や。世の女性という生き物は、恋人が朝起こしてくれるのが夢でな?』と露骨な要求があったため甲斐甲斐しくも詩季が母親よりも年上の恋人を起こしに行くのであった。
本人にとっては結構な負担だったのだが、その精神自体は元々がブラック企業の社畜だったこともあり睡眠時間を削るのは慣れた物。
だがまだまだ成長期の肉体の方は金曜日の夜には悲鳴を上げて翌土曜日の午前中を睡眠で潰すのだが、それすら社畜時代には味わえなかった休息だったため、精神が肉体を騙すような状況になっていた。
本人は辛いと愚痴るほどではなく『我が儘通してるし、
このくらいはね』と甘受している。
「むぅん……ぅぁ」
そして肉体的には一回り以上の年上だが、見た目は十代にしか見えない紋女の一糸纏わぬ背徳的な姿。就寝時は裸族な恋人に文句どころか『あざっす!』と毎朝感謝していた。ところどころよれたシーツにしがみつき、放送されちゃいけない部位が隠れているのもポイントが高い。
「おーきーてー」
「ぅー」
枕を抱えて抵抗を見せる紋女の頬に唇を落とすもイヤイヤするように逃げる。
紋女は一度眠気に翻弄されると弄られるのを例え詩季が相手であっても非常に嫌がる性質であった。相手が詩季だと認識出来ないほどに寝汚いとも言える。
覚醒しているときは犬のような、眠いときには猫のような彼女を詩季は面白がっている節がある。
「なんて女だ。この」
嫌がられるとちょっと興奮する、そんな自分に気づいたのは紋女のお影であった。その必要があったかどうかで言えば特に無いが。
「ぅやぁっ」
詩季は紋女の耳にずぼっと小指を差し込みグリグリする。力加減はマゾな姉で修練豊富で痛くないギリギリで責める。
寝ぼけながら逃げる紋女、背中から羽交い締めにして逃がさない詩季。
「こらぁ。おーきーろー」
「ゃあっにゃあっ」
枕に顔をこれでもかとうずめゲシゲシと背後に張り付く恋人を蹴る。普段の紋女ならば絶対に出来ない所行だが、こうなっている時の紋女は記憶が残らない。詩季が文句を言ったならば五体倒地しかねないが、詩季は『念願の恋人とのじゃれ合い』である意味至福のひとときである。
「このぉ。こうしてやる!」
ハムッれろれろれろれろれろっ
シキ は アヤメ の とうひ を なめまわした
「うひゃぁああ!!」
アヤメ は おどろき すくみあがる
「なにを、なにをするだー!」
「べーろごんアタックだよ? レロレロレロレロレロ」
詩季は竜の冒険なゲームが大好きである。ナンバリングタイトルとしては1から5までしか許容しない懐古主義厨であるが何度もプレイしていた。
「ふひゃぁあああ! 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い! やめい! やめんかぁ!」
「酷い! 彼氏に気持ち悪いとか!」
「彼氏が気持ち悪いんじゃなくてその行動が気持ち悪いんじゃ!」
それは彼氏が気持ち悪いということではなかろうか、と問いかけたくもなったが堂々巡りとなるのは目に見えていたので流す。
「すぐに起きない紋女が悪い!」
紋女を解き放ち、膝を手で叩いてそう宣言する。あたかも母親が子供を叱るような姿勢である。
「ぬ、う……しかし、あんな起こし方はなかろう?」
詩季の言い分にいくらかの理があるだけに、流石に覚醒した紋女も文句は言えない。本音を言えばもっと甘い雰囲気で起こして欲しいのだが、どうも詩季はおふざけな方向に行きたがる習性が強かった。
「紋女が悪い!」
引かない詩季。悪ふざけに走った詩季にブレーキはない。
「だがの、寝起きの頭など汚いじゃろうに」
「馬鹿言ってんじゃねぇ!」
詩季のあまりの剣幕に紋女はヒェッと声が漏れ、震える。何か逆鱗に触れたのか、詩季の逆鱗ポイントがいまいちまだ解っていない紋女は思わず五体倒地しようと体が勝手に動こうとする。
「紋女に汚い場所なんてない!」
「……ふぇ?」
「全身くまなく舐めた僕以上にそれを知っている人間はいない!」
何言ってんだこの馬鹿は。紋女はよだれが垂れそうなほど呆然とした。
「だよね?」
そして呆れから回復しそうになかった紋女を抱きしめ耳元で囁く。
「ぬぁ…………ぁぁ…………で……ある、な」
はむはむと耳を甘噛みする最愛の男に翻弄される。
「紋女……大好きだよ」
返事を即座に塞がれ激しく侵食される。紋女は苛々・驚き・呆れ・戸惑い・至福感を数分の間に味わうのであった。
なんとも心臓に悪い恋人であるが、この男のためならば世界すら足蹴に出来るのぅ、と色々活力に溢れるのであった。
申し訳ございません、諸々の返信は週末に致します。




