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滅茶苦茶 交渉


 土曜日の深夜。


 暦家恒例の飲み会が開催された。飲み会と言っても単に節子と春姫、そして紋女がバカスカと酒瓶を空にするだけである。

 詩季は毎回「よう飲むなぁ」と呆れつつもツマミの追加とお酌に余念がない。

 他姉妹達は三人の飲み会も毎回のことと、時計の針が二時を過ぎたあたりで気にせず自室で就寝となる。


「いやはや……今までの酒はなんだったのか」

「社長ぉ? どうしましたぁ?」


 詩季がツマミの追加を取りに行った後ろ姿を眺めながら紋女は苦笑いと共にグラスを空ける。


「いやぁのぅ。以前は夜の街を歩き回っては平気で数十万数百万使っておったのに、全く行かなくなったもんでなぁ」

「あら、ここのツケ貯まってますよぉ?」

「いくらじゃ?」

「一兆くらいぃ?」


 節子は大分酒が回っていつも以上に間延びした話し方になっていた。春姫は既に撃沈している。経験が若さを上回っているのは残った二人の様子から明白であった。


「なぬ。ちゃんと月末締めに間に合うよう経理に請求書を出しておけ。あやつら社長の我にも細々とうっさいんじゃ。入金は締め後の翌月末振り出しの百八十日手形じゃぞ」

「うちの会社ってサイト長いですよねぇ」

「基本商社じゃからなぁ。取引先には苦労掛けてるじゃろうが、仕方ないの」

「社長ぉ……会社の私物化はダメですよぉ」

「経営者の特権じゃよ」


 実際には紋女が会社経費で私的利用することはない。むしろ接待などでの支払いについても部下が会計をしないパターンでは面倒だからとポケットマネーから払うことが常である。


「但し書きはぁどうしますぅ?」

「愛代として」

「経理に殺されそうだね。支出項目って上場企業じゃチェック厳しいんじゃない?」


 紋女が社販で購入した鮭とばを炙ったものにワサビを添えた皿を手に、詩季は笑う。


「なぁに。いざとなったら監査法人なんてちょちょいのちょいじゃ」


 袖の下を示すように脇をパタパタさせる紋女の仕草が妙に小動物チックで可愛い、と詩季は笑う。


「教育に悪いねぇ、紋女さんって」

「アダルトじゃからな。十八禁じゃ。お色気むふふ~んじゃ」


 色っぽくもないしな(・・)を作り、節子と己のグラスにドバドバと日本酒を注ぐ。


「ちょっとぉ社長ぉ。あんまりうちの子達にぃ」

「もはや詩季君しか起きとらんじゃろが。春姫は今日はずいぶん早く自決したのぅ」


 詩季の前で、というのが問題だと言いたいところだが、詩季は一般的男性が毛嫌いするような話も大抵問題ないどころかむしろNGな話題が思いつかない。


「お母さん、そろそろ寝たら?」

「んぅん~……どうしよぉ」

「詩季君、業務命令じゃ。面倒じゃから潰せ」

「人の親に向かってなんて事を」


 と、反論しつつ、差し出されたグラスを受け取り節子の横に寄り添って口元に近づける。


「はい、お母さん。これ飲んだら寝よう?」

「ぇえ~~?」

「お母さんのお酒強いとこ見てみたいなぁ」


 詩季のその囁きに、母節子の双眸は光り、ごくごくと嚥下する。


「いっきいっきいっきいっき」


 これが息子の所行である。


「んっんっんっんっ」


 そして、飲み干された。


「んぷは」

「おぉ。すごーい。さすがお母さん。かっけぇ~」

「んふ……んふふ」


 そしてクラクラと幸せな表情のまま酔いつぶれた節子をソファーに横たえた。

 確かに酔いつぶれたものの、節子がこの程度の酒量で急性アルコール中毒になる訳がない、とある意味危険な信頼をしているだけに詩季も容赦がない。


「鬼じゃ……鬼がおる」

「十匹分の鬼な紋女さんに鬼認定されるとかって僕マジやばくね? てか、自分がやれって言ったんじゃん」


 詩季の悪びれもしない物言いに呆れる。


「世間では十鬼というのは十鬼財閥そのものを差すがなぁ」

「九鬼とか八鬼とかも居るの?」


 仕事絡みの単語に詩季は変化球でアプローチする。詩季にとっても紋女の加護があっての生活と認識しているため興味は尽きない話題だ。


「九鬼という企業はあるが、他は知らんなぁ。九鬼は地場の元財閥としては歴史あってな、今は精油業がメインで十鬼財閥でも特別資本関係はなかったんじゃないかのぅ。取引くらいはあるかもしれんが」


 普通だった。これがアニメとかだったら四天王的な存在で一から九まで鬼が居るんじゃ、と期待していただけに拍子抜けだ。


「だが、十鬼はこの国の旧家とはつながりが深いしの、遡れば皇族との縁も有るぞ」

「へぇ。じゃあ紋女さんは世が世ならお姫様だ」

「んー、家を追われた身じゃから、まぁ良くて落胤扱いじゃろうな」


 自嘲気味の紋女。そのあたりの紋女の事情は彼女の名前でネット検索をすればMIKIPEDIAに載っているくらいには広まっていた。


『幼少時に父の本妻に女児が誕生。跡目争いに破れ母ともども離縁となり家を追われた。現在はABECOBE CORPORATIONの創業者にしてグループのワンマン経営者として生家企業である通称十鬼財閥に敵対している。』


 とあからさまな書き方をされている。


「紋女さんは十鬼財閥をどうしたいの?」


 詩季は紋女の本心を計りかねていた。一大企業の創業者にして現支配者の紋女。そんな人物を推し量ろうなどと出来る訳もないが、ならば聞いてしまおうと思ったのである。


「最近までは、追い出され極貧に喘いだが故に恨んで、十鬼財閥を殲滅したかったがなぁ」

「うんうん」


 紋女のグラスに日本酒を足す。


「今は、違うのぅ」

「どんな風に?」


 紋女が一口、啜る。


「生かさず殺さず上から笑ってやろうかと思ってな」

「おお。鬼だね」

「十鬼じゃからな」

「鬼が鬼を殺すんだね」

「いやいやいや、半殺しくらいで許してやろうかと。その後に唾吐きつけて足でにじにじ踏んでやろうかなとな?」

「あんまり追いつめ過ぎないようにね?」

「あちらのが図体でかいから、手加減は難しいんじゃぞ?」

「そこは紋女さんなら上手く出来るよ」

「口が上手いのぅ」

「今日のお酒は『口説き上手』だからねぇ」


 日本酒のラベルをドヤ顔で見せつける詩季に紋女も笑いが漏れる。


「ふふ。くっだらないのぅ」

「うん、自分でも酷いと思った。あはは」


 二人、笑いあう。幸せな時。紋女にとってはこれ以上の極楽に現実味はまだ抱けない。

 豪放にして豪快な紋女をしても、この先にある薄氷に足を踏み入れることは恐ろしくて出来ない。


「僕に出来ることはあるかな?」


 しかし、詩季は踏み出した。


 節子が飲んでいたグラスを持ち、紋女に注ぐよう催促する。


 その一歩に、まだ紋女は気付けない。故に、詩季の予想通りの答えを返す。


「我の伴侶になることかのぅ?」


 そして苦笑いと共に紋女がグラスを満たす。


「なるほどぉ」


 苦笑しつつ、酒を一口。まともに酒を口にするのは前世ぶりだろうか。美味だ。これならば口説き上手になれそうだ、と詩季はもう一口、飲み下す。


「もう我もいい年じゃしのう。老後に独りぼっちは恐ろしいものじゃぞ?」


 見た目が若い、下手をすると十代にも間違われる紋女といえど、詩季との年齢差は倍以上ある。


 金の力に飽かせて若い男を囲い込む権力者は少なくないが、詩季の金銭欲、物欲の薄さからその選択肢は悪手だと気付いている。


 ましてや相手など選り取りみどりであろう詩季に金の力など誤差でしかない。


「まぁ」


 冗談じゃがな。

 故に、そう続けようとする。


「条件付きで良ければ、喜んで」


 ぶふぉっゴホゴホッゲホッ


 詩季の反撃に咽せる。冗談っぽくではなく、真顔の詩季に紋女は気が動転する。


「ゲホッ……な、なん、じゃと?」

「条件付きでよければ、喜んで」


 これは取引だ。背中をさすられる感触に暖かみを感じつつ、詩季の真剣な目に、そう気付く。甘い空気など霧散していた。


「条件を述べよ」


 ここが分水嶺だ。紋女は神経を総動員し、緩んだ思考を立て直す。これほど緊張する商談などこれまで無かった。


「僕以外の男には手を出さないで、浮気はしないで。でも僕が他の子達に手を出すのは許して。最後に、僕の家族や仲の良い子達には色々便宜を図って欲しい」


 とてつもなく自分勝手な内容だ、と詩季も認識している。相手が激怒しても仕方ないと。


 たとえ器の大きい紋女であってもこれはプライドを傷つけられ激怒し二度と自分の前に現れないのではないか、という危惧すらしていた。


「なるほど」


 しかし、紋女は理解した。


 こやつ、自分の逆ハーレムを作ろうとしておる。


 詩季の不器用な性格から、世の男性の中にたまに居る、多数の女性を手玉に取るヒモのようにはなれないだろうとは思っていたが、そう来たか、と。


 そして、そんな集団には絶対的権力者の存在が本人以外に必要だということを。被ハーレム要員となる女達をまとめあげ、調整出来る人間が居なければ、血みどろの争い、刃傷沙汰が容易に起こりかねない、と詩季が気付いていることに紋女は詩季の評価を改めた。

 なかなか狡賢い、と上方修正したのである。紋女は詩季に、清廉潔白を求めていない。


 求めているのは『詩季にとって大事な人と認識され、例え他に好きな人間が居ようとも愛されること』である。ただ一人愛して貰おうにも、詩季はあまりにも女性に優しく、女性を引き付けるだけの魅力があり、なおかつ独占など彼の家族が許すわけがない。現実的な妥協点が紋女には見えた。


「確かに、我がうってつけじゃなぁ」


 その役割を担うことが出来るのは、家族以外であれば紋女しか居なかった。


 そして詩季が先に姉妹達を選べばまず間違いなく、暦家の性質から血縁以外には排他的となり、紋女ですら危うくなる可能性が十分以上にある。


 そんな状況になってから紋女が強引な手を使えば、場合によっては片腕である節子すら敵対企業である十鬼財閥にもがれかねない。


 悪い取引ではない、どころではない。感情面と実務面さえ紋女がクリア出来れば互いに利しかない。紋女はそう認識した。


「ならば、こちらからも条件が有る」

「え?」


 受けるの? 自分で提示した条件にも関わらず、驚く詩季に紋女は笑う。紋女の器量に期待していたとはいえ、前向きな態度に詩季は戸惑ったのである。


「たとえばそのメンバーが病気だとかの特別な事情がない限り、我を一番に優先すること。

 そして我と一番多く時間を過ごせるよう詩季君自身が努力すること、じゃ。さすれば、我はお主の箱庭を可能な限り平和に維持してみせよう」


 紋女の要求は詩季の想定内であった。想定、というよりも妄想と思っていた類であるが理想であった。


「うん、了解」

「あと、これ以上、増やすでないぞ?」

「ほんと、それな」


 ビシッと指さす詩季に思わず笑う紋女。


 まだ、周囲の女性達と子作りまで至ってない清い交際とギリギリ言える状況なものの、本心を持ってそう答えられる。


 母親である節子はおいておくにしても、春姫・夏紀・秋子・冬美の四人、そして詩季親衛隊の絵馬・智恵子・肉山・針生、護衛役の香奈、そして俊郎の妹である宮子。


 宮子は俊郎のおまけ要素が強いが詩季としてはそれだけでも十分宮子を信用に値すると認識していたし、過去に助けられたこと、智恵子らとも仲が良いことからも身内認定していた。宮子にとってはまさに幸運としか言いようがない状況である。


 そして紋女は詩季の交友関係を把握していたので、男女関係を結ぶ相手をこれ以上は増やすな、という言葉は当然である


 なんぼなんでも多すぎる、と詩季も認識していた。


 始めはよくてもいつか刺される自信しか無い。


 故にある程度、自分の意志を尊重しなおかつ自分を守ってくれる存在が欲しかったのである。家族である春姫などでもそれは可能であったかもしれないが、家族としての意識もあるため紋女よりも身内認定の範囲が狭いのが問題であった。

 紋女はその器の大きさと社会的地位、権力でもって、詩季の正妻とでも言うべき地位を得たのである。


「今でも下手したら僕、死ぬわ」


 勿論本人達が望めばだが、詩季は紋女の会社に関わることで彼女たちが自分との子供を産み育てられる環境を用意したかったのもある。


 自分を愛してくれる姉妹達はもちろん、命賭けの状況でも自分を助けようとしてくれた女の子達を、不誠実で自分に都合が良いとは解っているものの切り捨てることが詩季には出来なかった。


 故に、彼女たちも含め、紋女の庇護を求めたのである。


「じゃな。まぁ、元より我もお主を独り占めに出来るとは思っておらんし主導権を握れるならば願ったりじゃ。

 あまりに不平が募れば物理的に背中から刺されかねんから、皆がある程度は納得するよう努力しようぞ」


 そして、そんな紋女の度量の大きさ、豪快さ、自分へ向けられる想いに、詩季は尊敬の念とともに確かに愛しさを抱いていた。


「いつする?」

「詩季君が成人してからじゃろうな。今でも一応は結婚できるが世間が五月蠅いじゃろうし」


 少し悩みつつも、大人としてはここらが限界じゃろうなぁ、とそう答える。

 どうせなら早く子供が欲しいが、今でも高齢出産の範疇に入るので後は医療技術を信じることにする。


「あ、そうじゃなくてさ」

「ん? 何がじゃ?」

「セックス。我慢出来そうにないから今しよ?」


 詩季は目の前の大きな器を持った小柄な女性を抱きしめたくて仕方がなかった。解ってて、詩季の我が侭を受け入れてくれる愛しい女性。


 もう我慢できなぁい!

 

 詩季はシスコンではあるがシスコーン的に我慢出来なかった。


「は!? なぬ!? なぬ!? なんじゃって!? 何をするって!?」

「今からメチャクチャセックスします」

「せっ!? せっ!? セックス!?」

「セックス」

「お、おい、いきなり男からそんな、物事には段取りというものが!」

「へ? 何言ってんの?」

「そ、それはこっちの台詞じゃ! ふ、雰囲気とか! 男にとってそういうの大事じゃろ!? 色々考えておったんじゃぞ!?」

「えぇ?」


 雰囲気? え、何言ってんの? といつものボケた調子でボケ倒し紋女を押し倒すことに決めた瞬間でもある。


「あ、もしかしてセックスって知らない?」

「知ってるわ! って、い、今からなのか!? 今からやろうというのか!?」

「今でしょ」


 詩季に無理矢理抱き抱えられ、紋女は紋女のマンションに連れ込まれ……


 メチャクチャにされた。






 勿論、最初から最後まで紋女も嫌がってはいないが、流れ的には


「こんなの、ほぼ……逆レイプ、じゃろ……わ、(われ)が、まさか、あんな……あんな……詩季君……あんなエロエロ……逆らえるわけ……ない……うぅ」


 と事後に紋女が艶を帯びた声で浮言を漏らすのだが、詩季と紋女の認識では「逆レイプ」も意味が真逆である。

 レイプは女性が男性にするもの、逆レイプは男性が女性にするもの。ハーレムは女性が男性を侍らすもの、逆ハーレムはその逆。


 さらに言えば、詩季が紋女を襲ったような状況では未成年淫行の罪に紋女が問われる訳も、目撃者も居るわけもない。詩季はそのあたり、入念であった。家族にばれずに事を終えたのである。


 被害者たりえる紋女も仮に「逆レイプされた!」などとどこかに訴えたとしても


『妄想乙!』

『お薬出しておきますね』

『どうしてこんなになるまで放っておいたんだ!』

『一部上場企業社長御乱心!』


 と頭がおかしくなったと思われるだけである。


 こうして暦詩季は、紋女の庇護下に入ったのである。己の元から他の誰が、紋女以外の全員が呆れ見限り去って行こうとも、生涯共に在り続ける事を決意した。紋女に隠し事をする気は、もう無かった。






い、いつか詳細シーンを・・・(謎の使命感

ハリーのエロ話は書いてるんですけどマニアック過ぎてなかなか書き終わらない状況です。


ちなみに九鬼(旧財閥)は歴史にも出てくるほど知られておりますが、本作品では実在の人物団体とは関係が無い異世界の話として書いておりますのでご留意下さい。

なんか某ゲームにも出てるとかで面白いなぁ、と。まぁ苗字って、旧家だと物語にも出てきやすいもんだからね、と。


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