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肉の盾 報酬


「何やってんだよ」


 夏紀は半目で冬美を見る。


「お兄ちゃんの枕の匂い確認。何?」


 後ろめたさを一切感じさせない百点満点の回答である。


「何やってんだよ」

「ナニしてない」

「何言ってんだよ」

「ナニと言った」


 日曜日の朝。詩季が外出したのを確認した冬美は即行で詩季の部屋に入り込みアロマを堪能していた。


 ずっりぃ


 夏紀はその言葉をかろうじて飲み込む。

 羨ましいが、流石に弟の枕をくんくんすぅはぁすぅはぁなどと末妹のように堪能するのはためらわれる行為だ。


「お前、そんなことしてっと嫌われるぞ」


 問答無用とばかりに冬美から枕を奪い取る。


「だいじょぶ。僕はお兄ちゃんの最愛の妹」


 そして奪い返し。


「妹だからって何しても許されると思うなよ?」


 再奪取。


「ナニしても許される」


 再強奪。


「お前のその自信はどこから来るんだ」


 再度顔を枕に埋め、冬美は告げる。


「宇宙の真理」


 真理かぁ。夏紀は呆れを通り越して冬美から薄ら寒いものを背筋に感じた。不機嫌ささえもにじみ出ている。


「まぁ……ほどほどにしとけ。ナニはやめとけ」

「だが断る」


 妹の変態具合に頭痛を感じつつ、今日は仕方ないかもなぁ、とどこか納得した。

 なぜならこの日曜日は、詩季と須藤香菜とのデートの日であったのだから。






「香菜ちゃん、体の具合はどう?」


 まだどこか引きずるような歩き方の香菜に合わせて、詩季は歩く。


「大丈夫、です」


 香菜はこの日、あの事件の際の功績によって詩季とのデートを勝ち取っていた。

 智恵子や絵馬たちとは放課後デートをしていたが、護衛を除けば同級生との二人きりのデートは詩季にとっても香菜にとっても初めてのことである。


 瀕死の重傷を負ったが故に許された。というよりも、詩季が希望したこと。夏紀を優先させたのは家族特権というのもあるが、香菜の十分な回復を待つ必要があったことと、香菜がその点に関しては消極的だったからであった。


 香菜が希望すればすぐにでも実現したであろうデート。ただ、彼女は基本的にストーカー体質なため、横に詩季が居ると落ち着かない。詩季の全身が見えない位置に立つと急に彼女の中では現実味が薄れるのである。


 詩季が自分と同じ場所、同じ空間、お同じフレームに収まるとは思えないのである。観賞し崇める対象を横から見ることに違和感を感じてしまうほどに詩季を神格化している。


 一方で、香菜は男性としても当然意識しているのだから複雑怪奇である。


「今日はショッピングだよね?」

「はい。その後、一緒にお茶を、お願いします」


 デートコースはどうしよう、と詩季は悩んだのだが、この世界では男性をエスコートするのが女性の義務、という考えが強いため、香菜プロデュースとなった。


 ちなみに本日の護衛は春姫と秋子が請け負っていた。前後20メートルほど離れ、前に秋子、後ろに春姫である。二人の脚力ならば一呼吸の間に詰められる距離で、危険が無ければ詩季たちに接触しない約束となっている。


「どこに行く?」

「あそこのバイク屋」


 指したのは『ブルーバロン』というバイク専門店。

 須藤香菜は退院後、すぐに原付免許を取得した。手足、そして腰に後遺症を残し今もリハビリ中である香菜は母に頼みこんでバイクとデート費用を手に入れていた。


「おや。バイク買うの? 免許は?」

「取り、ました」


 まだぎこち無い香菜。詩季と話をする時は常に敬語でどこか挙動不審である。詩季としてはもう少し自然に対応して欲しいのだが、なかなかそうもいかないようであった。


「へぇ。僕も取ろうかなぁ」

「多分、ご家族が反対、するかと」

「まぁ、確かに」


 万が一のことがあったらどうする、と春姫あたりが率先して反対した上で、俺が後ろに乗せてやんよ!と夏紀が尻馬に乗り、私に乗ったら良いさ!と秋子がボケて、僕がお兄ちゃんに乗る、とボケ倒す冬美を容易に想像出来た。


「王子は、リムジンが良い、です」

「王子呼びするのほんと止めて? リムジンとか日本の公道で邪魔以外の何物でもないし」

「詩季、様」

「様も止めてほんと止めて」

「すみません、ちょっと何を、仰ってるのか、解りません」

「何その宇宙の真理を否定されたような顔。普通に君付けとかさん付けとか、いっそ呼び捨てで呼んでよ」

「え……大丈夫、ですか? お疲れ、ですか?」

「心底心配しないで?」


 ナチュラルに普段自分がやるようなボケを突きつけられつつも何とか説得を成功させた。


「詩季、さん?」

「はいはい、香菜ちゃん」


 よく出来ました、とばかりに香菜の頭を妹の冬美にするように優しく撫でる。

 香菜は頭皮のみならず全身に熱を感じた。一瞬で体温があがるかのような感覚。心臓の鼓動が激しい。


「……王子」


 思わず呟く。


「またぁ」


 今度はポンッと軽く叩く。しかし香菜は怒られたと思いつつもショックは受けなかった。詩季が苦笑いしつつも優しげな目をしていたから。


「どれ買うの? もう決まってるの?」

「まだ、決めてない、です。選んで、欲しくて」


 傷口が残る唇を辿々しく動かす。もともと話すのが速くない香菜であるが事件後は口内の傷も影響して滑舌が多少悪くなっていた。故に短い言葉を選んだり、少しゆっくり話す癖が付いていた。


「うーん? 僕、バイク詳しくないけど」


 詩季はどちらかというと車の方が興味を持っている。バイクと言えばアメリカンなハーレーやスクーターというイメージしかない。


「原付なら、なんでも。詩季さんに選んで、欲しい、です」


 原動機付自転車ではあるが人生初のオートバイである。ましてや暦家公認、紋女が雇っている護衛となった香菜は、事件後護衛の手段に加え移動手段もまた重視すべきだと考えたのである。

 当初は中型免許を取得するつもりであったが免許センターで一発試験に受かるとも思えず取り急ぎすぐに取得出来る原付免許にした。


「予算は?」

「三十万円」


 詳しくないとはいえ原付としては十分な予算だと思った詩季は責任重大だ、と思いつつ数十台ならぶ店を香菜の手を取って見て歩く。


「うん、解らん!」


 そしてすぐに音をあげた。

 全て同じに見えるし、違くも見える。特別興味のなかったジャンルだけに何が良くて何が悪いのか検討も付かない。


「店員さーん」


 そして援軍を呼ぶ。


「ひゃ、ひゃい!?」


 遠巻きに二人、ではなく香菜を嫉妬から睨んでブツブツ何かを呟いていた女性店員が慌てて駆け寄ってきた。


「原付探してるんですけど、よく解らなくて」

「な、ななななるほどです! ご、ご説明をしてもよろしくおねがいでございますか!?」

「あ、はい。よろしくお願いでございます」


 詩季の美貌と笑顔にすっかり舞い上がった店員に、詩季はある意味でほほえましくなり笑う。悪い気には勿論ならない。


「え、選ぶ時の目安としてっ」


 店員はバイク選びの方法としていくつかあげた。


 新車か中古か

 予算

 荷物の積載量

 見た目

 ATかMTか


「予算有る、ので、新車で」


 香菜は詩季の選んだバイクを出来るだけ長く乗るつもりであった。仮に動かなくなっても永久保存する所存であるが。ならば新車の方が良い。


「予算は三十万だそうです」

「……それなら、大体の原付は大丈夫です」


 香菜のバイク選びだと気付いた店員は詩季に気付かれないよう舌打ちをする。香菜は香菜で舌打ちされても気にしない、どころか当然のことと受け流した。


「見た目は?」

「目立たないものを……あと、荷物は出来るだけ、多く」


 香菜はあくまで移動手段として原付を求めている。そしてそれは目立たないに越したことはない。ただ、荷物が多く積めるとそれはつまり、武器を多く積めることとなるため香菜としては目立たないことの次に優先順位が高い。


「目立たなくて荷物を多く、ですね……では、こちらなどどうでしょう」


 店員が勧めたのは、


「おお。スーパーカブか」


 であった。確かにどこででも走っていて、積載量も大きく出来る。


「なるほど」


 香菜も頷いた。『どこででも走っていて、目立たない』というのはすぐに理解できた。


「私が犯罪を犯すならこれを使いますね」


 不穏当なことを得意げに言い出す店員に詩季も心でツッコミを入れるだけに留める。


「どう?」

「王子……詩季さんは、どう、思います?」


 あくまで詩季に選んで欲しい香菜は問い返す。彼女にとっては問題は車種ではない。詩季が選んだものであればそれでもって詩季をどこまでも追いかけ追いつくという根拠の無い自信があった。


「僕は渋くて格好良いと思うよ? 質実剛健って感じ」


 詩季の感覚としては自分が乗るとしたら良いと思うが果たして女の子に勧めるのはどうだろう、と無骨なデザインを前に思ってしまう。だが、香菜としても目立たず積載量も多いという意味ではスクーターよりも条件に合致していた上に、何よりも詩季も格好良いと言っているので否定する選択肢はない。


「これに、します」


 その場で支払いを済ませて後日登録が終わり次第取りに来ることにした。少なくともナンバーも付けていない状態で、さらには原付でデートは出来ないので当然の流れである。


「じゃ、お茶でも飲む? あ、そろそろお昼近いし、いっそランチにしようか?」

「はい」


 詩季をエスコートするどころか散歩下がって歩き出す香菜の手を引いて店を出た。


「いっそ、ブレーキ利かなくしてやりたいぃいいい!」


 対応した女性店員の叫びは二人を見送ってたっぷり30分後に響いた。


 勿論彼女もプロである。そんなことはプロとして以前に人としてやらないが、叫ぶくらいはしていいのかもしれない、と傍観していた他の女性客達は納得し、取り敢えず事なきを得たのであった。気持ちは解る、と。




「何食べよっか?」

「あ、あちらに、母から教えてもらった、お店が。イタリアンですが」


 良いですか? と言外に訪ねる香菜に詩季は笑顔で頷く。手はほどくことなく絡ませそのまま店に入り、昼食を取った。


 当然、今回のデートは詩季にとって恩人の接待という側面が強いため、


「あーん」

「あ、あーん」


 と行儀が悪いのを承知で食べさせあいっこをするのも忘れない。


「シネ」

「コロス」

「シネシネシネシネシネ」

「コロスコロスコロスコロス」


 衝立を隔てた背後のテーブルから聞き慣れた女性二人の呟きが聞こえるが詩季は冷や汗をかきながらも何とかスルー。夏紀ならば目の前で香菜の決死の奮闘を見ていただけに多少押さえが利きそうだったので夏紀について貰った方が良かったやも、と少々後悔していたが後の祭りである。


「あーん」

「あ、あーん……お、口に合います、か?」

「ん……美味しいね。はい、あーーん」


 香菜はあーんするよりされる方が好きなのだと自己発見する。詩季のため、と思うことは率先してやりたいが、あーんされたり頭を撫でられたりと甘やかされる状況は至福であった。


「ふぅ、お腹いっぱい」

「はい」


 詩季の口元、さほど汚れてはいなのだが拭きたくなった香菜はナプキンを近づけるが奪い取られる。


「あ」

「はい、じっとして。良し、綺麗になったよ」


 逆にそっと拭われ、そしてそのまま詩季は己の口周りも同じナプキンで拭く。


 この時点で、香菜は惚けていた。この安心感、幸福感はなんだ、という思考にすら到らない。呪詛が耳に届くもまさに馬の耳に念仏状態で全く気にならないどころか世界に己と詩季しかいないほどに脳に届かない。


「じゃ、混んできたしそろそろ出ようか?」

「は、はい」


 混んできたのは比較的窓際に座っていた詩季を発見した他の客が増えていっただけである。


「お客様、こちらにサインをお願い出来ませんか?」


 会計時に店長と書かれたプレートを付けた女性が出てきた。


「はい?」


 クレジットカード払いでもなく現金払いであり、香菜が全て払うと固持したため譲ったのだが、なぜかサインを求められた。サインはサインでも色紙にである。


「あの、僕、が、なぜ?」


 一般人である。一時期世間の極々一部やスーパー王出のポップとして騒がせたことはあるものの、一応は一般人の範疇に収まるはずである。そう認識している詩季であったが店長は引かない。


「お代は結構ですので、是非。あと写真もお願いします! 無料券差し上げますので!」


 詩季の美貌に引かれたこと、さらに同行の香菜に向けられる優しげな仕草の数々によってこのくらいのお願いはもしかしたら聞き届けられるかもしれない! と期待した店長は必死だ。

 個人的に欲しいことは勿論、現に普段より増えている客数から商売っ気も顔を見せている。


「えーと」

「なんなら一生タダで結構ですので!」

「ダメ、です」


 すかさず遮る香菜。護衛らしく、なのか上着のポケットに片手を突っ込み何やら握りこんでいた。非常に物騒だ、と詩季は冷や汗をかく。何が飛び出すのか知りたくはない。


「ご家族の、了解が、必要、です」


 それもどうだろう、と詩季は思うが背後に同じく会計のため並んでいた春姫と秋子が呟く。


「アウトだ。紋女さんに言って目の前に同業をオープンして貰おう」

「春姉さん、それより全校生徒にドリンク一杯で席を一日中埋めさせて潰す方が話早いさ」


 物騒なことをのたまう姉二人。


「ご、ごめんなさい。そういうのは、ちょっと」


 なんとか断り、通常料金を香菜が支払って店を出る。


「ごめんね、なんか」

「いえ、お気に、なさらず」


 香菜は引かれる手を意識しながら珍しく自然な笑顔を浮かべる。

 詩季を守ることが出来た、というにはそもそもが微妙な内容だったが、役に立てたのではないか、という思いが彼女に幸福感をもたらす。


「じゃ、どこ行こうか?」

「あの、ひとつ、お願いが」

「何?」

「動物園、に」

「動物園? 良いよ?」


 そして二人は電車で三十分ほど離れた少し廃れた動物園に行き、楽しんだ。


「あの二人、女と男というよりも……」

「……なんというか、親子みたいさね」


 香菜の表情は、父親を慕う邪気のない幼子に見える瞬間が多く、見ているものにそう思わせる雰囲気があった。




 夜。


『じゃ、混んできたしそろそろ出ようか?』

『はい?』

『あの、僕、が、なぜ?』


「あなた、何やってるの?」

「至宝の編集」

「…………早く寝なさいね」

「うん」


 香菜は今日一日分の会話を録音、編集作業で徹夜するのであった。その顔は、詩季どころか母親ですら見たことがないような満面の笑みであった。



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