にゃんこ ライバル
詩季は動物が好きである。犬も猫もウサギも鳥も爬虫類も好きである。虫は嫌いだが大抵の動物に対し積極的で好意的な興味を抱く。
「猫喫茶というワンダーパークが南町の住宅街に有るらしい」
特に隠しては居なかったがそこまでペットの話題が出たことのない暦家で詩季の嗜好を一番に察知したのは夏紀であった。
「にゃ、にゃんだーぱーく!?」
あざとく叫ぶのは勿論詩季。夏紀も敢えて二人きりのタイミングを見計らって教えたのは勿論、デートに誘うためである。
「そう。にゃんちゃんがにゃんにゃんしてるそうだ」
「にゃんと!」
「そう。にゃんちゃんとにゃんとにゃんにゃんにゃん!」
「にゃんとぱっくぱくなにゃ!?」
「にゃー!」
「にゃー!」
猫ひろ子的ポーズで対峙。遅れてリビングに入っていた秋子と冬美を近づけない結界が展開していた。
「れっつにゃー!」
「れっつにゃー!」
馬鹿二人が連れだって外に飛び出していくのを見守るしかない。
「冬君……行かなくて良かったのかい?」
「いや、あれ、むりげー」
それに、なんだかんだで数ヶ月前の事件で結果論ではあるが最良の結果を体を張って導いたのは夏紀だと思えば、あまり邪魔をしたくない、と思うほどには姉想いの冬美であった。
「ふひぃふひぃいいいっふひぃいいいっ」
猫に向かって目の焦点が合っていない詩季に夏紀は焦っていた。住宅街の一軒家。庭も広く、オープンカフェのようになっていた。猫が逃げ出さないよう高い柵が設けられている。
詩季達の他にも何組か客は居たがどの客も猫に夢中で詩季達には一切視線を向けていない。
普段の詩季であればどこを歩いても人目を引くので同行者はその視線に神経を尖らせるのだがここのアイドルは詩季ではなく紛れもなく猫達であった。
「落ち着け、落ち着け、猫がビビってる」
「ヘイヘイネコチャンビビッテルぅッ」
錯乱した詩季は意味が解らないことを口走る。本人は落ち着こうと努力しているだけなのだが。
「ギッ」
詩季の今にも跳びかからんとするような状態異常に流石に人慣れしている猫達も恐怖し逃げていく。
「ぁああっ」
「落ち着けって」
詩季の肩を揺らし正気に戻そうとする夏紀。
「あ、う、うん。ごめん」
「まぁ、俺はかまわないけど、猫って構おうとすると近寄って来ないぞ」
「そ、そうだよね。うん、せるふこんとろーるせるふこんとろーる」
発音が冬美に似ている時点でコントロール出来ていない。
「お茶飲みながら待とう。じっと、待つんだ。奴らは興味なさそうな人間に近寄ってくるらしい」
「なるほどっ解ったよっ」
「力抜けって」
詩季の変貌には呆れて苦笑するしかない。
「ほら、紅茶来たぞ」
「う、うん」
ガチガチになってぎこちない詩季は紅茶を持つがその水面はさざ波のように揺れている。力が入りすぎている。
「当店のクッキーは猫ちゃん達にあげても大丈夫ですよ」
美貌の少年である詩季の来店に当初は浮き足だった店員達ではあったが、詩季のあまりの様子に「うほっ良い猫好き!」と他の客達と同様に同志として認識。紅茶を提供した店員は同じ猫好き仲間として純粋にアドバイスを与えた。
「は、はいっ」
そして待つ。
三十分後。
一口も紅茶に口を付けず、もう片方の手にはクッキーを持ったままの詩季。
「……来ない」
「……まぁ、もうちょっと我慢しろって」
一時間後
「…………来ないぃ」
オーラが漏れている。猫達からすると、自分たちのテリトリーに武器を持って構えたまま微動だにしない不審者が居るようにしか見えないのだから仕方ない。狩る側の空気だ。捕まったら最後としか思えない。
夏紀から見ても正直、弟なのに不審者にしか見えない。
故に、全くもって猫が近寄らなかった。
三時間後
夏紀としては、退屈と言えば退屈な時間であったが、天気も良く、愛する弟と向かい合ってのお茶の時間は決して悪いものではなかった。
デートと言えばデートなのだから、不審者っぽいとはいえ詩季と一緒に居られるのは単純に幸せであった。
「ま、またたびとか売ってないかな?」
「……聞いてみるか」
ただ、流石に三時間も猫が一切近寄らない状況はまずいと思った夏紀は店員に聞くも申し訳なさそうに
「またたびは、猫ちゃん達の脳に良くないんですよ。媚薬というか、麻酔薬みたいに作用して最悪呼吸しなくなって死んじゃうんです」
と告げられ一縷の望みが絶たれた。
「マジか。やべぇな。知らなかったわって、うわっ」
三時間の待機と期待から目から生気が消えていた。
「……良いんだ……にゃんこ達に囲まれて僕は幸せだ……ぁあ幸せなんだ……ふるさとはとおくからおもうものなんだ」
囲まれるというよりも、他の客の相手をしていない猫達から遠巻きに警戒されているだけであるが詩季は己を必死に騙す努力をする。
「ま、まぁ。また来ればいいじゃん。次来る時にはきっと猫達も馴れてくるって」
多分『きっと』の使い方間違ってるよなぁいやこれで正しい気がする『きっと』って絶対じゃなくて『多分』とかそういう曖昧なやつだよきっと、と夏紀は夏紀で己を騙す。というよりも先延ばしを計る。
あまりの様子に店員は助け船を出した。
「あの、あまり触れたりはちょっとダメなんですけど……離乳食終わった子が居て、ゲージ越しですが見」
「見ないでか!」
「ひっ!? あ、はい、こ、こちらにどうぞ」
被せ気味で立ち上がる詩季。
「落ち着けって」
急浮上した弟に呆れつつ、店員に案内される詩季の後をついていった。今日これしか言っていない気がしてならない。
「………………」
無言。
「………………」
無表情。
「……大丈夫か?」
キッ
一瞬だけ睨まれ口を噤む夏紀。ちょっとビビった。
不条理ではあるが、明らかに情緒不安定となっている詩季に腹が立つよりも違う意味で恐怖しじっと見守る。
「ゆっくり、そーっと、優しく、指先を近づけてください」
店員が詩季の手をそっと取り、ゲージの中の子猫に誘導する。
お触り禁止ッ
ってこれ止めるのはマズいッ
夏紀が反射的に阻もうとしたが理性で堪える。
ここでそのような態度を取れば間違いなく詩季は激怒する。詩季はもう猫しか見えていない。目の前の、黒猫しか見えていない。
「そう、こうやって近づけると」
「…………ぁ」
興味を持ったその子猫は詩季の人差し指にじゃれつき始めた。
野生が足りない、と溢れる詩季のオーラを感じ取れない子猫に夏紀は無茶な感想を覚えた。
「……ぁ……ぁ……ぁ……ぁ……ぁ……ぁ……ぁ……ぁ……ぁ……ぁ……ぁ……ぁ……ぁ……ぁ……ぁ……ぁ……ぁ」
無表情のまま、指をされるがままにされる詩季。だがその瞳は涙が溢れそうになっている。
苦節三時間。溢れる猫愛に翻弄された愛の狩人は今、その愛する猫に逆に指を甘噛みされていた。
「……ぁ……ぁ……ぁ……ぁ……ぁ」
閉店時間までじっとそのまま。
「あ、あのぉ……そろそろ閉店なんですが」
「すみません。詩季、帰るぞ」
「ぅ……あと、ちょっと……あと三日だけ」
「長いなぁ。三日は長いなぁ」
あまりの詩季の様子に夏紀は大きくため息をついた。
「もう帰るぞ」
「うぅう………………解ったぁ」
涙目の詩季。
「じゃ、そいつ飼うか?」
「え?」
ふいに言われた言葉が理解出来ない詩季。
「ここ、保護した野良の猫ちゃんのための里親探しのためのカフェなんですよ」
満面の笑みでそう告げる店員。
「保健所だと期限が有るから、そこに行く前に出来るだけ里子に出したいってここのオーナーが始めたんです」
もう一人の店員が付け加える。
気付けば片づけをしている店員達も手を動かしつつも詩季を見守っていた。そこに強制するような眼差しはない。
ペットを同じ生き物ではなくファッションのように飼う人間達を知っているだけにそのあたりの感情制御、洞察力は鍛えられていた。大事に出来なさそうな人間には里子に出すな、というオーナーの意向があった。
「で、でも、勝手に、飼えないよ」
「さっき、母さんにメールで許可貰ったぞ」
指を猫に遊ばれ無表情とはいえ声を漏らしていた詩季の動画を送ったら一発だった、と夏紀は笑う。
「お前が飼いたい……いや、ちゃんと飼える、っていうなら問題ないぞ」
ペットを飼うということは大きな責任を伴う行為である。それは詩季も知っている。だからこそ、以前の詩季は一人暮らしでいくら寂しくても、いくら生き物が好きでもペットは飼わなかった。
「…………ちゃんと」
犬であろうと猫であろうと、鑑賞魚であろうと、他のどんな生き物であろうと、互いの共有する時間で育む感情を抜きにしても、人間のエゴを強制する関係だ。
「大丈……夫」
そのエゴの中でも、より心地よい、平和で暖かな生物としての時を過ごさせる努力が最低限の飼い主としての義務だと、詩季は経験がないながらにも知っていた。
「俺も、猫好きだしな。一緒に頑張ろうぜ?」
「お姉ちゃん、ほんと好き」
もう一人じゃない。
おまけ
冬美「しゃーーーーーーっ」
猫「シャーーーーーーーッ」
冬美「しゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ」
猫「シャーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ」
詩季「あはは、何やってんの二人して」
春姫「冬美は何やってるんだ?」
夏紀「猫に張り合ってるなぁ」
秋子「多分、『そこは僕の席っ どけっ』『邪魔するにゃっどっかいけにゃ!』とか?」
冬美にライバルが生まれた。
にゃーーーーー!(猫の名前募集~ッ!)
2017/12/5追記
にゃーーーーー!(決まりましたので募集終了です!ありがとうございます!)




