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まだ慌てる時間じゃない 温泉

 今の詩季にとって学校の授業は楽しいものであった。元々理系だったため数学関連は少し読めば思い出せるため問題無く、むしろ楽しい。他の科目、歴史などの記憶系では人物のみ男女が逆になっているのでそこは気をつけて覚えるのも連想ゲームのようで面白い。小野妹子が小野妹子そのままだったのには教科書を床に叩きつけたくなったくらいで他は問題なかった。


「詩季君は本当に勉強出来るねぇ」


 クラスメートの熊田は廊下に貼り出された中間テストの順位表を眺め感心した。学年の上位三十名のリストで詩季は学年十位であった。


「いや、熊田君の方が順位上じゃないのさ」


 熊田は学年二位と大健闘である。


「僕はがり勉だからね。それでも毎回二位でほぞを噛んでいるよ」

「一位は……五百点って、ノーミスじゃないか」

「そ。僕の最高得点は四百九十八点。一位の女子は毎回五百点だから勝つのは不可能だね。同率一位もこれまた難易度が高い」

「俺も頑張ったんだけどなぁ」


 同じくクラスメートの川原木がぼやくが彼の場合はワースト三十位のワースト二位であった。ワーストランキングも貼り出すあたり恒例でしかないのかもしれないが、詩季は学校側の怒りを若干ながらも感じてしまう。


「川原木君、せめて赤点は取らないようにした方が良いんじゃない?」


 詩季が何とも言えない顔で言うと


「お前は何をバカなことを言ってるんだ? そんなの無理に決まってるじゃないか」


 すっかり遠慮のなくなった川原木に馬鹿にされた。


「うわぁ、馬鹿に馬鹿と言われるとか、可哀相だろ詩季が」

「馬鹿じゃねぇよ! 俺はまだ本気だしてないだけだ!」

「本気出せる来世が有ると良いね」

「言うねぇ」

「詩季、お前俺のこと馬鹿だと御思ってない?」

「愛すべき馬鹿だと思ってるよ?」

「憎めない馬鹿ではあるな」

「納得いかん!」


 そんなじゃれ合う三人を周囲の女子達は目の抱擁だとじっと眺める。言うなれば熊田は知的で、川原木はスポーティーという美形である。詩季からすると二人とも普通の普通に普通なモブ顔だが世間一般では十分以上に美少年であった。そこに加えて詩季といいう体育会系でも文化系でも無いニュートラルな美少年が現れたのだ。これまで熊田と川原木という学年トップクラスに人気者二人に興味がなかった層も食いつくようになったのである。


「それより追試大丈夫なの?」

「大丈夫だぜ! 追試の方が効率的に点が取れるからな、そっちに注力した方が確実で結局は時間の節約なるってもんだ」


 出来るだけ勉強したくないから追試で本気を出す、と言うクラスメートに思わず苦笑を浮かべてしまう詩季。


「おーおーおー、流石詩季だな!」

「まぁ私の弟だから当然のことさ」

「あ、夏姉さん、秋姉さん」


 モーゼの十戒の如く人だかりを割って近づいてきた二人に詩季は困った顔をする。姉達は度々休み時間に詩季の元を訪れる。嫌ではないのだが、シスコンの名を返上したい詩季としてはなんと反応したら良いものか戸惑うところだ。


「姉さん達はどうだったの?」


 遠巻きに、好奇心旺盛な気持ちを抑えようともしない視線を意に介さず詩季の頭を競うように撫でる姉二人。その光景に姉妹が居る男子はギョッとして、兄弟が居る女子生徒はうっとりと羨ましがっていた。性差がもたらす生理的嫌悪感はこの光景で一目瞭然と言えた。つまり、男は姉妹を疎ましく汚らしく感じ、女は兄弟を愛しく可愛らしく思えて仕方ない。悲しいすれ違いな筈が、目の前の姉弟には当てはまらないのだ。詩季が妹好きだとは知られているが、それも非常に珍しく、どんな容姿の女子に話しかけられても慌てた様子は若干見せるものの嫌悪感を微塵も感じさせない詩季はクラスでは既に保護動物扱いである。


「いつも通り満点だ」

「私もいつも通りミスは無かったさ」


 姉たちが思った以上に優秀なことに驚く。毎回満点を取っていると宣言されたのだ。


「え、頭良かったんだね」


 秋子はともかく夏紀は体育会系で勉学にはあまり力を入れているとは思っていなかった詩季であった。


「え、今までどんだけ俺たち頭悪いと思ってたんだ?」

「いや、秋子姉さんは納得だけど」

「夏紀姉さんは脳筋だけど勉強は出来るのさ。脳筋専用勉強法を編み出した私の御陰さ」

「え、詩季、俺? 俺だけっ?」

「あはは、ごめんごめん。スポーツ特待狙ってるって聞いてたから勉強より運動かなって」

「おいおい詩季。暦先輩、あ、夏紀先輩はバスケでも頭脳プレイで有名なんだぞ?」


 川原木が呆れたように補足説明を行う。


「うわぁ、似合わないねぇ」

「詩季っ? あ、あれ? 最近凄く仲良かった気がしたのにっ」

「あはは、嘘嘘、冗談だよ。今夜は夏姉さんの好きなもの作ってあげるから。何が良い?」

「肉じゃが!」

「まぁ大体私が作戦立案してるから、夏紀姉さんはそれが崩れると建て直しにかなり時間がかかるのさ」


 秋子の言葉にどよめきが走る。


「え、本当ですか? 秋子先輩が参謀っ?」


 熊田が秋子に驚きつつ尋ねた。


「本当だぞ。相手のデータから味方の映像データ与えれば相性とか考えて上手いこと作戦たててくれるからな。だからこいつバスケ部に引っ張ってきたかったんだけど、プレイヤーとして自分は不器用すぎるからってこいつに断られたんだ」


 隠す気も無かった夏紀は秋子の頭をパシパシと叩く。


「えぇえ? じゃあ、先輩引退したらやばいじゃないっすか。って、秋子先輩にお願いするんすか?」


 川原木は衝撃の事実に恐怖した。夏紀が入学して以来強豪校に上り詰めた種明かしをされている気分だった。


「いや、一年に千堂が居るだろ。あいつはプレイヤーとしても作戦立案の面でも私たち二人を遙かに超える天才だよ」

「ああ、なるほど」


 夏紀の言葉に熊田は腕を組んで順位表を再度見上げる。


「千堂宮子、さん。凄いねぇ。どんな人だろ」


 その視線の先を追いかけると、すぐにその名前を見つけた。五百点満点の首席にその名前が書かれていた。


「お。詩季から女の話題が出るとは。あの人だよ」


 示された指の先には無感動に順位表を確認し食堂の方に向かっていった。詩季は一瞬目があった気がした。ショートカットの細く長身の少女。冷たい雰囲気を纏っていた。


「おー。格好良いねぇ」


 詩季の何気ない言葉に聞いた全員が凍り付いた。



「第一回、詩季会を始めたいと思います」

「わーぱちぱちぱちぱちさ」

「何だ、急に」

「僕も参加?」


 暦家姉妹四人は長姉の部屋に集まっていた。詩季には「あー、冬美の成長に関わる勉強会だから悪いが席を外してくれ」と頼んだ。今は庭の手入れをしているようだ。


「冬美。お前、詩季のこと大好きだろ。そして我らが姉妹だから参加資格はある。まずはこれを見てくれ」

「なななななっ?」

「冬君、ばればれさ。夏姉さん、これは千堂さね」

「おまえ達の後輩だったか?」


 スマホの画面に映し出された画像には、顔の判別がつく程度の仲良さげな四人の集合写真が映し出されていた。


「そう。そして詩季が格好良いと評した女だ」

「は?」

「趣味悪」


 理解に時間を要したのは春姫で、即座に悪態を付いたのは冬美であった。冬美としては己が詩季に既に陥落されているのを自覚するまでに至っていた。

 毎晩毎晩後ろから抱えられてお茶の時間を過ごしているとそれまで恐怖を抱いていたのが嘘のようであった。他の兄弟の居るクラスメートと話をしていても大抵は男兄弟による恐怖政治か無視状態である。詩季に対して好意以外感じる事が出来ない状態にあった。


「詩季の好みがよく解らん」


 千堂宮子は不細工ではない。詩季の前世の美的感覚で言えば切れ長な目、シャープな印象を与える顔の造形。長い手足とスレンダーな体躯はモデルのようである。


「カマキリみたい。目つき悪い。不細工。気持ち悪い」


 思わぬ冬美の毒舌に他三人は一瞬驚くが同感であった。この世界の微妙にずれた美的感覚で言えば千堂宮子は良くて普通、むしろ詩季にとってはプラスに映るような際だった特徴があり、それが第一印象の悪さに繋がるのである。


「詩季君のエロ本を見た限り、以前本人が言っていた通りに範囲が広すぎて絞り切れなかったさ」

「冬美エロ本盗み見暴露事件か」

「ふっ」

「痛ってめっ!」


 冬美にわき腹を直突きされ痛みにうずくまる夏紀。


「夏紀が悪い」

「痛っ」

「夏姉さんが悪いさ」

「ぃいっ」


 反撃しようとする夏紀にドスドスと追撃を加える姉と妹。


「本題に入ってくれないか。詩季が彼女を好ましく思っている、と思われる発言が有った、ということしかまだ聞いていない」


 気を取り直して今度は秋子がかくかくしかじかと説明する。


「勉強が出来てバスケ部期待の新星。まぁ見た目は威圧感が多少あるが……人格的に問題は?」


 目付きの悪さでは人後に落ちない春姫はそこはスルーする。春姫は普段外出する際には縁の厚い眼鏡を掛けている。


「上には従順。レギュラーだが率先して雑用もこなす殊勝な一年さ。その才能と優秀さで同級生にひがまれる面もあるけど圧倒的過ぎて羨望の的と言えるさね。柄の悪い見た目に反して気遣いが出来るから一方的に嫌われているということもないのさ」


 一気に語られた千堂宮子。


「ん? せんどう……どんな漢字の名字だ?」

「数字の千に飲食の食堂の堂、お宮参りの宮に子供の子さ」

「ふむ。同窓生の男子に千堂というのが居た。男子バスケ部のキャプテンで成績も優秀で常に上位だった。もしかしてこの娘は妹かもな」


 基本的に特定の友人以外作らず男子にも近寄らない春姫にとって珍しく記憶に残る男子であった。その男子に関わる記憶としてはあまり楽しい思い出とは言えないので良い感情は持っていない。


「千堂と兄弟の話をしたことなかったな」

「敢えてほじくる必要もないさ。下手な動きはやぶ蛇になるのさ」

「結局、どうする」


 情報は出揃ったところで冬美のツッコミが入る。小学生の冬美にすれば高校生相手に何か行動が取れる訳でもないのだからそんな情報共有よりも詩季により一層気に入られるよう交流を図った方が遙かに建設的に思えた。


「まだ何も接触すら無い他人様を個人的感情で潰すとかならいくら詩季のためとは言えお前等二人ただで済むと思うなよ? そんなことを一々してたらキリが無いし人里で暮らさず山奥で隠遁するしかないだろ」


 今回は詩季が「格好良いね」と言っただけでこの騒ぎだ。逆に、嫌がる詩季に付きまとう女子が居れば話は別だが今回はそうではない。


「それだ!」

「それさっ」

「はぁ? それとは何だ」


 声を合わせて人差し指を自分に向けてくる妹二人に体を思わず引く春姫。


「人里離れて家族で旅行して詩季と更に仲良くなろう作戦だ! 既に旅館のリサーチは済んでいる!」


 最近のライトノベルでありがちな妙に長い作戦名である。


「混浴露天風呂も有るさっ」

「おお」


 そこに反応したのはむっつりスケベな冬美。若いパトスで胸が高鳴る。


「いや、お前達。詩季の裸を他の女の視線に晒す気か? 万が一普段から警戒心皆無の詩季が一人で入浴でもしてたら十中八九襲われるぞ」


 詩季は前世の癖で何度かタオルを肩に掛けトランクス一枚で家の中をうろつく、ということをやらかしていた。この行動は前世で言えば姉か妹が上半身裸で家中をうろつくに等しく、長姉である春姫も心で興奮しつつも血の涙を流しながら詩季に注意している事であった。詩季はとかく自分が性的対象になる、という意識が薄い珍妙な精神を持っている、というのが姉妹達の認識である。冬美にしてみると、自分が子供扱いのため女として見られていないのでは、と感じて若干歯がゆい感情も抱いていた。


「家族風呂も有るさっ」

「詩季に浴衣着せるチャンスだぞ!」


 ただ春姫とて女。しかも愛しい弟の艶姿を見たくない訳ではないというかむしろ見たい見ねば見た過ぎるというものであった。


「なるほどよく解った家族六人で三十万とは大金だが母さんへの説得は私が行おう任せておけ」


 一呼吸でそう宣言した春姫を妹三人が拍手で讃えた。そして一端部屋に戻った冬美はふと独り言を漏らす。


「あれ? 結局あの女狐の話は?」


 次女と三女は基本勢いと思いつきだけで生きている、と四女は思い出すのにしばし時間時間を要したのであったが温泉旅行を再度思い出し口元に笑みを浮かべたのであった。


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