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初体験 ファースト


「い、いいの? 私は動画撮ってただけで、あんま役に立ってないんだけど」

「わ、わたしも良いの、かな? 消火器使っただけなのに?」

「わ、私も? 私も大丈夫?」

「お、王子、自分大事にしてる?」


 智恵子さん、したくないの?


 という言葉を飲み込み詩季は苦笑いしながら頷く。


「でも、他の子ともするからそのあたり納得して貰う必要あるんだ」

「納得! 納得する!」


 友田智恵子達四人の初体験は、須藤香奈が入院中、詩季を家まで送り届ける道中のことであった。



 事件後、暦詩季は変わった。



「冬ちゃん、先行くね」

「ん。いてら」


 妹の額に軽く口付けをし靴を履く。


「気をつけてね」

「ん。そっちも」


 新学期が始まって二ヶ月が経った。

 誘拐されてから詩季は周囲の人間に対する愛情を惜しむどころか大げさなほどに表すようになった。


 もともとは男性が少ない社会において、詩季にとっては過剰な反応を示す女性陣に引いて居た面もあり自重していた。状況を受け止め、納得し、返す、その心理状況が整った訳である。


 事件を契機に詩季は自重を捨てたとも言える。


『僕のために、夏紀お姉ちゃんや冬ちゃん達が危険な目に合うのは嫌なんだ。だから、もし万が一次があったら危ないことはさせないで。秋子お姉ちゃんも、春姫お姉ちゃんにも』

『詩季君……私は腐っても女で、姉なのさ』

『え?』

『冬君があの場に居たのは予想外。もし冬君しか居なければ私は絶対に突撃なんてさせなかった。いくら優秀でも冬君はまだ小学生さ』

『う……ん……そうだね。秋子お姉ちゃんが冬ちゃんに危ないことなんてさせないもんね』

『真剣に考えて欲しいのさ。もし詩季君が女で、冬君が男の子、それで冬君が浚われたら?

 ほかの何を犠牲にしても、絶対に助けなきゃって思わないかい?』


 詩季は思わず、反射的に頷いてしまった。女男の感覚が逆ではあったが、もし冬美が犯罪者に浚われたら、と。


 詩季はもしかしたらどんな犠牲を払ってでも救おうとするかもしれない、と。その犠牲が己自身であればまだ良い。

 だが、自分以外の犠牲を払わなければいけないとしたら? 


 秋子はまさにその立場にあった。


『秋子お姉ちゃん……ごめんね。ありがとう』

『おや。ラッキーさね』


 詩季は秋子を抱きしめる。なんと自分は都合の良い存在なのだろうか、申し訳ない、と。

 そして静かに、ゆっくりと決意する。


 身近な人に犠牲を払わせることになるのならせめて家族が許す限界最大限で報いよう、と。


 詩季は己の欲望とは別に、利害でもって行動を取る方向へと移り出したのである。


 ただし、それは徐々に。家族や周囲の反応を見ながら。


 その一環が智恵子らとのデートであった。




「は、ファーストデート! ファースト恋人繋ぎが、が、あ、うぁあああ!」


 この世界の女のなんと不憫なことか……


 詩季は目頭によだれが溜まりそうになるのを堪える。『デート初体験』だけでここまでの喜びように切なさがこみ上げてくる。詩季として前世ではデートなどしたことはなかったので気持ちは解るが、解るだけに切なさが先にきてしまう。


 詩季は今、智恵子と並んで指と指を絡ませ恋人つなぎをしながら歩いていた。


 当然そんな状況を他のすべての女性が看過する訳がない。大人子供関係なく柄の悪い人間ならば間違いなく絡んでいく。


 そのささやかながらのカモフラージュかつ緩衝材として詩季と智恵子の前を針生と絵馬が歩き、背後は肉山で塞ぐ布陣となっていた。流石に表通りで五人組に向かってくる人間も居そうにないという安心感があった。


「あの、そこまでしなくても? 普通に歩けば良いんじゃ」


 詩季は二人っきりでデートは安全面からも無理だとは思っていたがあまりの警戒態勢にひきつり笑いを浮かべる。

 そして振り返った絵馬に笑顔で返された。


「智恵子の家、燃やされても良いなら良いんじゃないかな?」

「大丈夫、火災保険は入ってるから! 今日に命賭けてるから!」

「命賭けないで!? 自分大事にして!?」


 まさかすぐに、自分を大事に、と言い返す羽目になるとは詩季も思わなかった。


「もう死んでも良いぉ……」

「いのちだいじに!」


 そんないつも通りと言えばいつも通りのやりとりをしながら五人はファミレスに入った。


 俗に言う、ファミレスデートである。


「ファミレスデートである!」

「智恵子、声大きい」

「モブは黙ってて!」

「も、モブ!?」


 確かに目立つ容姿とはほど遠い絵馬ではあるがショックを受ける。


「大丈夫、伊達さんも可愛いから」

「詩季君……ありがとう」

「ちょっとちょっと今は私がデート、デートなの! 詩季君、デート中に他の子にちょっかいはさすがに私も我慢出来ないよ!?」

「え、えぇ?」

「我慢出来なくて泣くんだろ?」

「周りが引くくらい泣くよ!」


 元気なバカはちょっとウザい、と詩季含め当人以外の全員が呆れる。


「あはは、智恵子もう完全にトランス状態じゃん。ちょっとは落ち着け~?」

「モブ、じゃない、デブは黙ってて!」

「酷ッあんたね、デブとハゲには事実を突きつけちゃダメなんだからね? あはは」


 屈託なく笑って答える肉山にホッとする詩季。智恵子無双状態である。


「肉山さんも可愛いから大丈夫大丈夫。ついでにハリーさんも」

「今夜肉持ってくね?」

「気にしないで、なんか貢がせてるみたいで辛くなる」

「遠慮しなくて良いのに~」

「流石にちょっとねぇ」

「了解、じゃあ今度買い物に来たときにサービスするね」

「いつもしてくれてるじゃーん」

「さらに肉マシマシするよ?」

「あはは、ほどほどによろ~」


 素直に感動している肉山に詩季は「お前も美味しく頂いてやろうかぁあああ!」という数億歳な悪魔っぽい言葉を飲み込む。この世界では洒落にならないからである。


「ついでかぁ、私ついでかぁ」


 全員でつまめそうなピザやポテトなどを注文すると、ふと会話の隙間に針生がねじ込んだ。


「流れ関係なくついでで言っておきたくなるくらい可愛いって事だよ。ん? いや、違うな」

「えーちょっと不安になるんだけど? 私イジられキャラじゃないんだけど?」


 特に不安を感じていなさそうな、いつも通り飄々とした針生は肩を軽くすくめ笑みを浮かべる。


 針生は詩季に恋心は当然抱いているが「恋人同士の甘い関係と気安い会話を楽しめる男友達な関係セット」が理想であった。詩季の独特の返しはその理想にかなり近いどころかむしろ詩季の路線に針生は仕様変更されつつある。


「ハリーさんはどっちかって言うと綺麗系?」

「え?…………あ、ありがと。初めてだわ、そんなん言われたの」


 ひゅわっ


 針生は腰が抜けそうなところだったが座っていたのでなんとか凌ぐことが出来た。


「詩季君、詩季君、だーかーらー今日は私とデートでしょ? ねーねー他の奴らばっかり相手してひどくなーいひどくなーい?」


 店内奥の六人掛けの席順は詩季が壁際奥、智恵子がその隣で向かい側に他三人が並んだ。


「うわー智恵子さん超うざーうざいわー超うざいわー、智恵子さんうざいわーあはは」

「わ、ウソウソウソ! かわうそ! 超うそ! ちょうそかべ! なだそうそう!」

「ギャグも寒いわぁホットコーヒー飲みたくなったわぁ」

「任せて、持ってくるよ!」


 ドリンクバーに向かおうとする智恵子に声を掛ける。


「じゃあブラックでよろしく」

「ジョーブラック!?」

「なんでやねん。ギリギリネタは嫌いじゃないけどね。ホットコーヒーをブラックでアイスよろしく」

「ラジャー! お前らも全員同じな! 王子守ってろ!」


 詩季は苦笑しながら、他三人は呆れ顔で見送る。


「ホットコーヒーをアイスで、には突っ込まないおバカなところ、割と好きなんだよねぇ。何持ってくるやら」

「あはは、ダチとしては凄く心配になるけどね」

「あいつ、本能で生きてるからなぁ。あれはあれでもしかして男受けは良いのか?」

「いや、ただ単に詩季君の包容力というか、心が広いだけな気がするよ」

「お待たせ!」


 智恵子が持ってきたのはホットコーヒーにソフトクリームを浮かべたホットコーヒーフロートであった。確かに詩季の要望に沿っていると言えないこともない。8割程度だが。


「そう来たか~なるほど~」

「どんどん溶けてるし」

「智恵子、コーヒーぬるいって」

「お前ら贅沢言うな! ほらほらほら、ここからは私と詩季君のいちゃこらタイムなんだからお前らは黙って指くわえて見てるがいい! 見てるがいい! 大事なことだからもう一回言う、黙って見てるがいい!」


 智恵子のテンションに呆れを通り越し苛立ちを覚え始めた女三人は『自分の番の時は智恵子をとことん煽ってやる』と心に密かに誓った。


「智恵子さん、僕はブラックで、って言ったよね?」


 そして詩季のからかいを含んではいるが低くなった声が響いた。


「あ、う、は、ごめん!」


 真っ青になる智恵子。やっと自分のテンションが高すぎることに気付いたのである。男の機嫌を損ねて帰られるという悲喜劇は人類史上枚挙に暇がない。


 その一例になるのを避けるべく脳味噌をフル回転させるが何も浮かばず涙目で絵馬たちにヘルプを求めるが


『モブ(デブ)ですから~黙って見てろって言われてるし~言われてるし~言われてるし~?』


 とニヤニヤした視線だけを返される。女の醜い攻防がここにあった。


「今、甘い物な気分じゃないんだよねぇ?」

「と、取り替えてくる!」

「ドリンクバーで一度汲んできた物を交換って、マナー違反じゃない?」

「うっ」

「責任持って智恵子”ちゃん”が処理してね?」


 詩季はスプーンで溶けかけのアイスクリームを掬って智恵子に近づける。


「あーん」

「はわわわわわ、はぁああぁああんッんっあああっ」


 これ以上水を差すのはいけないと思い『なんでそんな卑猥なの? エロいんですけど?』という言葉を水をともに飲み込む。


「詩季君からのアーンで食べるホットコーヒーアイスはうますぎいいいいいぃいいいいッ」

「長いセリフだね」


 呆れつつも心底感激している智恵子に苦笑いが漏れる。


「絵馬、ちょっとうるさいから殴って沈めようぜ?」

「ハリー、落ち着こう。気持ちは解るけど落ち着こう」


 元々切れ長の目をさらに細くし静かに苛立つ針生に、あたかも何か白い着物姿の女が這い出てきそうな井戸の底の闇をその瞳に携えた絵馬は笑顔で制する。


「二人とも怖いって。私達も順番でデート出来るんだから良いじゃん?」

「そうだよ、肉っちその通りだよ! 今日はずっと私のターン! ああ、この感動は言葉に完全にあらわせられるとは思えないけど敢えて挑戦するとすればこのアーンは」

「あ、ムカつくだけなので説明は十分です大丈夫です」

「智恵子ちゃん、アーン」

「ハァアアアアアアアアアアアアアアアア亜アアアア~~~~~~~~~~~~~~んッ!」


 智恵子は生まれてこの方、記憶の限りで幸せの絶頂に達し、夢うつつのまま詩季の門限近くまで「アーン、デート」が続けられたのであった。


 勿論他三人の血圧は大分上昇したひと時でもあったが後日同じようにデートが出来ると思うと否がおうにも胸が高鳴る。あべこべな男女感であっても彼女達も等しく十代の若者なのであった。






 おまけ


 帰り道。


針生「王子、私の時もアレやってくれる?」

詩季「王子じゃなく名前で呼んでくれたら、良いよ?」

針生「詩季様」

詩季「引くわぁ。様とか勘弁してよ」

針生「あはは、了解。じゃあ詩季君で」

詩季「ハリーさんのことはハニーって呼ぶね? 良いよね? ハニー?」

針生「んっ!? ゴホッゴホッ! ……な、なぜ急に!?」

詩季「語感が近いし? 良い?」

針生「う…………うん…………よ、よろし、く」


針生(やばい……詩季君に萌え殺される……やばい……)


肉山「あはは、ハリーきも!」

絵馬「いつもクールキャラだからねぇ、ギャップがすごい」

智恵子「ちっ……ハリーの奴、デレデレしやがって!」


絵馬&肉山「「突っ込まないよ?」」



何の初体験とは書いてない(ドヤァ)

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