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幕間 映画鑑賞会


 とある日曜日。


「僕は暦冬美」

「お? なんだなんだ?」


 暦家の若年五人はレンタルした映画を紋女の部屋で鑑賞していた。


 というのも、あまりにも忙しい日々で部屋が腐海状態に突入しているとの情報を掴んだ詩季が片づけを申し出たからである。


 そしてその報酬として金銭を受け取る訳にもいかない詩季は、紋女のマンションのリビングにプロジェクターがあることを思いだし、清掃後に使わせて貰うことを交換条件にした。

 元々手が空いていれば手伝うつもりであった他姉妹達はそれならばそのまま映画鑑賞会にしようとそれぞれ一作品ずつTUTAYAで借りてきたのである。


 そして掃除は人海戦術で行ってしまうと小一時間で済んでしまったのでそのまま食事は出前のピザとコーラというアメリカンな休日が始まっていた。


「……探偵だ」

「ふふ」

「おい中坊」

「あはは」

「……探偵じゃない」

「広いねぇ」


 ジャンケンで順番を決めた結果、一番手は冬美。子供に人気の探偵アニメ『名探偵ナンコ』である。

 この日借りたのは劇場版だが、原作は二十年以上続く少年誌に掲載されているマンガだ。


 高校生にして探偵として名を馳せていた主人公が謎の組織に謎な薬で質量保存の法則など諸々ガン無視に肉体が若返る。

 そして謎の組織に命を狙われないよう別人の小学生として過ごしていく中で、行く先々で殺人事件に巻き込まれては解決させるというストーリー。


「毎回人が死ぬとこ立ち会うとか、まさに死神さね」

「事件起きなきゃ物語になんねぇだろ」

「だけどネットで見ると、一週間に数十回そんな事件に当たれば最早この主人公が容疑者さ」

「だからって浮気調査やられてもつまんねぇだろ」

「いや、そもそも一般市民である筈の探偵が殺人事件に口出すなど論外ではないか? 下手すると公務執行妨害だぞ」

「探偵物の王道から否定かぁ」


 全員が全員、さほど頭を使わずに頭の悪そうなツッコミを入れる。


 選んだ当人である冬美はさして気にせず決め台詞を口にする。


「体は子供、頭脳は中年」

「うっ」


 なみだのいちげきが詩季の心をえぐる。

 体は少年、心はおっさんである詩季にとってはまさに今の状況を一言で説明するには最適に過ぎるフレーズである。


「さて、次は?」

「私の番だな」


 春姫が選んだのは数年前にヒットした米国ハソウッド映画である。


 主人公は四十代の女性。最愛の一人息子が北部へ修学旅行に出かけていた。


 そんな折り、突然氷河期が訪れ世界中の気温が急速に下がり凍死者が続出となり街も半ば無法地帯に。


 ニッチもサッチもいかない中、わずかな手がかりを元に主人公は息子を助けるために遠路はるばる修学旅行先に親友達と向かう。

 その道中、親友達は「私に構わず先に行け!」とか「大丈夫。私は死なない! 友情はネバーダイ!」とかでバッタバッタと感動的に散っていく。

 そして苦難の末、最後は無事主人公と息子は再会し、エンドロールが流れる。


「良かった。感動だ」


 うんうん頷く春姫に微妙な空気の他妹達と弟。


「流石ハソウッドだね。息つく暇がない感じ」


 比較的好意的に表現する詩季。


「展開は、まぁ、面白かったわな」


 意外と空気を読む夏紀。感動している人間に茶々を入れる趣味はない。 


 辛辣なのは他二人である。


「だめリカンすとーりー」

「そもそも最後に到着した瞬間に米軍が助けに来てるんだから、無理して助けに行かなくていいのさ」

「同意」


 一言で切り捨てる冬美と物語の壮大な穴を指摘する秋子。


「おい。そこが良いんじゃないか。作り話にそういう茶々を入れるとか無粋じゃないか?」

「とは言ってもあまり良い教訓にはならないさ。

 災害時に素人が救助に行くなんて二次災害を考えれば非常に傍迷惑(はためいわく)さね」

「無理に行かなければ死ななかった。主人公の子供も普通に助かった」


 尊い犠牲を前提から否定される春姫はぐうの音も出ない。冷静に考えればそうだが、そうじゃないのが物語ではないかと少しムッとする。


「まぁでも、皆がどっかで遭難してたら僕は助けに行くよ」


 そんな春姫を見てちょっと助け船を出す。


「私と冬君ならともかく、春姉さんや夏姉さんなら手から怪光線とか力業で解決するから行かなくて大丈夫さね」

「同意」


 二人の頭上にそれぞれチョップが落とされた後、今度は夏紀のチョイスである。


「なんとまぁ。随分な古典さね」

「夏紀のことだからアクション映画とかかと思ったんだが、意外だな」

「似合わない」

「う、うっせ!」


 プロジェクターで映し出されていたのは白黒映画の『ローマのホリディ』という名作とされる一昨。

 とある王国の王子が息苦しい日々に嫌気がさして外遊中に逃げだしローマの市中でたまたま出会ったフリーライターの女と恋に落ちるという物語である。最後は悲恋となる。


「こいつ、ゲスい」


 冬美にそう断罪されたフリーライターは恋に移り変わる終盤はともかく出会った当初は市中を身分隠して共に遊び回るよう誘導し王子の醜聞としてスクープし、名をあげようとしていた。

 その動機が冬美には引っかかったのである。


「スクープを取るにしても、もうちょっとスキャンダルになるようにすべきさ。

 例えば出会いのシーンで家に連れ込んだ段階で脱がせて写真を撮るとか。一国の王子のヌードなんてそれだけで歴史的事件さね。脅迫だってできるさ」


 さらにゲスな提案をする秋子に春姫はつっこむ。


「当時の情勢考えれば闇に消されるんじゃないか?」


 携帯電話もネットも無い、科学捜査も無きに等しい時代である。アドリア海の魚の餌にすれば確かに後腐れはない。


 だが夏紀にとっては「そうだけどそうじゃない」と言いたくなるコメントである。


「お前ら……映画見るの向いてねぇよ」


 そもそも休日の余興で議論をするつもりもない夏紀はそう言って不貞腐れた。


「あ、あはは」


 詩季は言葉が見つからず、とりあえず苦笑いを浮かべながら夏紀の肩をポンポンと叩いて慰めておいた。


 中休みでお茶を飲みながら詩季のチョイスに突入する一同。


 ダベりながら、飲食しながらの気楽な鑑賞会だけにそれほど疲れは溜まっていない。


 そして詩季が選んだのは


「ホラーか……意外と男子は好きだというな」

「オバタリアン……これまた由緒あるチョイスさね」


 この映画、『オバタリアン』とは図々しい婆の事を指すのではなく、歴史的ゾンビ映画である。

 そもそもゾンビの起源はブードゥー教であり、生者の傷口にゾンビーパウダーと呼ばれる魔法の粉を練り込むことで意志を奪い言うことをきかせる、その魔法に掛かった者のことを言っていた。

 だがその後、特に映画によって人気を博するジャンルとなる。

 映画における元祖ゾンビ、現在でも典型的なゾンビとして言われる条件は『動きが遅い・生きた人間を食べる・脳を破壊しないと倒せない』などである。

 もしそういったゾンビを見かけたら「あ、こいつはロメオ種だな」と呟くとゾンビ通には「こいつ……何者!? もしや同類か!?」とザワつかせることが出来る。


 『元祖ゾンビ』のその後、『29日後』によって得られたゾンビブームに乗っかり制作された新ゾンビ映画で、ゾンビのアイデンティティとも言える動作の遅さを全否定し『全力疾走するゾンビ』を味わう事ができる。

 ツッコミどころ満載でコメディ要素もあり、続編では涙もありと、ゾンビ映画としては不動の人気作品にして究極のゴミ映画と言われる『人生においてわざわざ見なくても良い映画』とも言われている逸品だ。


「あはははは」

「これは元ネタ解らないと八割普通にホラーさね」

「おぉ……良いタックルだ」

「生き生きしたゾンビ……おもしろ」


 笑う詩季、展開に呆れつつ楽しむ秋子、アクション映画と割り切る夏紀、ある意味正しい楽しみ方で変な感動を覚える冬美。


 そして、


 ひぃっ!? うぁわッお、おお!? いやぁあッ!


 妹弟達にバレないように何とか悲鳴を飲み込む春姫。青ざめ、震える手を手で押さえる。


 詩季は「あ、こういうのダメな人なんだ」と察し、そっと春姫の手を握る。


「大丈夫?」


 春姫にしか聞こえないよう尋ねる。春姫は詩季の手をしっかりと握りフルフルと震えながらも頷く。弟の優しさに涙が浮かぶ。


「お、おお? 脳味噌食ってやがる!」


 ひぃッ!?


 春姫の力一杯、常人離れした握力に詩季の手の骨が軋む。最早、握力による攻撃『握撃』である。


 肉体スペックは常人である詩季に耐えられる訳もない。


「痛い痛い痛い!」

「あ、すまん! 詩季、すまん! 大丈夫か!?」

「だ……大丈夫、うん」 


 詩季の叫び声にそこまで怖くもなかったゾンビ映画が一気に恐怖と変わったものの、クライマックスを見た後の姉妹三人の感想はある意味妥当である。


「うわぁ……酷ぇ閉め方だなぁ」

「ダメりか映画ぱーと2」

「見事なちゃぶ台返しさね」


 苦笑が部屋を満たす。



 以下、ネバタレなので注意。


 全力疾走しながら人々を食い散らかすゾンビのコミカルさ、恐怖、グロさを堪能した後の終盤、ゾンビに囲まれニッチもサッチも行かなくなった現場の人間が米軍に救援を要請する。そして、軍はミサイルをぶちこんでその地域一帯を焼け野原にしてハッピーエンドという見事な「人間が一番怖いよね」をやってのける映画。




 な、なにがそんなにおかしいんだ? 怖くないのか? ゾンビに囲まれた上でミサイルで殺されるんだぞ? 怖いだろ? 怖くない訳ないだろ? 頭おかしいこいつら!



 そう思った春姫は一番純粋なのかもしれない。詩季は詩季でどういった映画なのか知っていたので春姫のホラーが苦手であろう様子がある意味で新鮮であった。


「さて、バードは私さ!」

「何言ってんだこいつ?」

「とり……と言いたいのかも」

「ざっつ右!」


 呆れる様子をスルーしながらマイペースにディスクをセットする秋子。

 何かしでかそうとしていると全員が気付いている。


「ちょっと待て」

「痛い痛い痛いッ」


 リモコンを操作しようとする秋子の手を全力で握り止める春姫。


「ちょっと見せろ…………なんだこれは?」

「ちょっ!? ちょっとした冗談さ!」

「冗談にならんな」


 ギリギリギリとアイアンクローで床にねじ伏せられる秋子。


「ぐあぁあっギブギブギブ!」

「なんだ、ギブだと? 何か欲しいのか? ならば痛みを差し上げよう」

「ぎゃぁあああ!」


 息も絶え絶えな秋子にタイトルを読み上げる冬美。


「……君の、縄?」


 昨今大ヒットしたアニメ「君の菜は。」をパロディにしたアダルトビデオである。爽やかな原作アニメを文字通りレイプしているかのようなSM物というのが目も当てられない所業と言える。


「お前……お前なぁ」


 頭を抱え、心底呆れる夏紀。ちょっと見てみたいとジッと空パッケージを眺める冬美。


「……バカじゃない?」


 あまりの馬鹿馬鹿しさに思わず呟く詩季。


「うっ」


 最愛の弟からの言葉にアイアンクローよりも大打撃を食らい倒れ込む。


「あ、いや。このタイトル考えた人のことだからね?」


 バカだ


 そんな知能の有無さえ疑われるようなタイトルを付けられた、それもアダルトビデオをこんなタイミングで借りる秋子に対し、全員が思ったのは事実である。


「そもそもどうやって十八禁を借りた?」

「は、母のっ! カード、で!」

「没収だ。馬鹿者」


 どうして落とさないと気が済まないんだ、このバカ……


 春姫はアイアンクローをしている側にも関わらず頭痛を感じる、そんな楽しく怖く賑やかな休日であった。




おまけ


「見よ?」

「冬ちゃん……そんなキラキラした目で見てもダメだよ……」

「ぶー。なら、春姉、あとで感想聞かせて」

「見ん」

「絶対見ると予想」

「絶対見るな」

「絶対見るさ」

「お前ら……」

「見るでしょ?」

「し、詩季!?」

「見ても良いんだよ? 春姫お姉ちゃん、成人してるし」

「み、見ない!」


 こっそり見た。






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