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成長 ハンバーグ

 冬美はこの世の終わりかのように青ざめて頭を抱えていた。


「どうしよぅ」


 彼女の目の前には血で汚れたシーツ。昨晩は暑かったのでTシャツと下着だけで寝た。衣服程度ならば自分で何とか手洗いして誤魔化せば良いがシーツという大物は洗った事がないしその下の寝具も無事ではなかった。

 この世界の女性にも当然生理が有る。そして冬美にも当然それが突然来ただけであり、彼女も初体験ながら保健体育の授業で学んでいたのでそこまでの動揺はない。だが、ことさら家族に知られたくはない事でもある。特に男性である詩季には知られたくない。


「冬ちゃーん? 起きたぁ? もうちょっとしたらお出かけだよ?」

「お、起きた!」


 ドア越しに兄に声を掛けられ声を裏がえさせながら答える。


「これは……お姉ちゃんに」


 頼れる長女に頼ろうと頭を切り替え同じく二階の奥にある長女の部屋に向かった。


「お姉ちゃん」

「ん? どうした」

「ちょっと」


 末妹が長女の部屋を訪れるというのは非常に珍しい事である。基本的に姉妹間の仲として長女は頂点に名実ともに君臨すれどその実体は次女三女が基本的な家事という面倒事をほぼ全て押しつけてきた故に発言権が強いのである。

 そして末妹は母親が忙しく育児が難しかったのでベビーシッターを雇いつつもその世話の殆どを春姫が行っていた。年が離れて居る事もあって母親代わりだった春姫に対する冬美の信頼は他の姉たちよりも一段厚い。昔の暴君だった詩季から何度も助けて貰ったのもその信頼を支えていた。


「べ……ベッドと服、血で汚しちゃった」


 その一言で冬美の言いたいことを理解した春姫は心配するなと冬美の頭を一撫でし一緒に部屋に行く。


「初めてだよな?」


 初潮を迎えたと思しき妹に確認。シーツを手早く丸め衣類も一緒にその中に巻き込み外からは見えないようにする。


「ん」


 気恥ずかしさに俯く。


「冬美はまた一歩大人になったわけだ。私にとってはお前は赤ん坊の頃からずっと側に居たから感慨深いものがあって、嬉しいよ。冬美、おめでとう」

「あ……ありがと」


 春姫の笑顔は「これは訪れて歓迎すべきことであって、決して悪い事でも恥じることでもないんだよ」と暗に示しているのを冬美は理解し、頬が熱い気もするが何とか少しだけ顔を上げ礼を述べる。


「お赤飯炊いて皆でお祝いしよう」

「だ、だめ!」


 悪戯っぽい顔でそう宣言され必死に阻止しようとする。


「冗談だよ。詩季も居るし私も詩季に説明するのはちょっとはばかれる。あと、生理用品の使い方は解るか? トイレに有るのは好きに使って良い」


 からかわれたと少し機嫌を悪くしつつも長姉の態度に気分が上昇していたのでそこは突かない。少しだけ意地悪で凄く優しい姉に保健体育の授業で学んだことを伝えた。


「だいじょぶ」

「解らなかったり合わなかったら聞いて。あと薬はあまり飲まない方が良いんだが痛くて辛いときは薬箱に入ってるのを使うと良い。冬美だったら一回一錠な筈だが念のため確認してから飲むようにな」


 少し重ったるい程度でそれほど痛みは無かったのが幸いし、薬を飲むほどとは感じられない。姉達は気分が悪い時など結構見受けられるので自分は所謂軽い方であってほしいと願っておく。


「春姉、ありがと」

「ま、詩季はお前に関しては特に鋭いから隠し通せるとは思わないことだ」

「う」

「詩季はこれに関して嫌悪感を抱いたりしないから心配するな」


 この世界の思春期の男子は女子のそういった性に関わる部分、特に生理に関しては生理的嫌悪を感じる人間が多く、世の年頃の女子にとっては男兄弟に知られて毛嫌いされる可能性を感じさせ知られたくない事である。男子も明らかに生理中っぽい女子が居たら実際はどうかは別として深層心理としては距離を置こうとするのが普通であった。

 ただ、詩季の場合は特殊であった。彼は料理掃除洗濯と何でも積極的に行い今や春姫と五分五分なところまで暦家の家事を取り仕切るようになった。

 特にトイレ掃除については毎日行っている。その中にトイレの汚物入れも含まれているのであるが、これは春姫も驚いた。男子が女子の汚物入れを触るなど有り得ない、と。事件前の詩季は汚物入れの存在を嫌悪し癇癪を起こし、結果的には二階のトイレは詩季専用で一回階は女性専用となったのである。以前は二階で普通に用を足すだけでも怒り出す長男だったが今や掃除の仕上げしか拘りが無い。


「ただ、冬美は今回が初めてだから他の病気と間違われて大騒ぎするかもしれないな」


 兄が自分をかなり気に入っているのは理解している。最近やっと受け入れられるようになった。ただ、過剰ともいえるスキンシップに戸惑いを覚える。相手は自分を子供扱いしているのに対する己は密着する兄に若干なりとも青い衝動を感じてしまう。


「う、こまるっ」

「ま。ずっと隠せるものでもないから正直に言ってしまった方が詩季を心配させずに済むと思うぞ」

「わ、わかたっ」


 冬美は何とか決意を固める。そして、自分のアドリブの下手さ、突発的な事態への弱さを自覚している故に思考が暴走していた。そして春姫のアドバイスも「聞かれたら」という一言が抜けていた。


「あ、冬ちゃんおはよう。御寝坊さんだねぇ。よく眠れた?」


 味噌汁の鍋をお玉でゆっくりかき混ぜながらいつも通り柔和な笑顔を向ける詩季に、緊張した面もちで冬美が宣言した。


「お兄ちゃん、僕、生理っ」

「え、あ、初めて?」

「うんっ」

 詩季はこの妙な言動を取るの妹に戸惑うが、初めてで気分が高ぶってしまったのだろうとある意味で正しい理解をした。


「そっかぁ。対処方法とか僕は男だから春姉さんにひとまず任せるとして」

「あ」


 そしてやっと何を言ったのかを理解する末妹。


「おめでたい事だからお赤飯炊こうね!」

「あああああっ」

「わ、どうしたの、冬ちゃん!」


 自分の見事というか見るに耐えない聞くに耐えない自爆っぷりに頭を抱えるのであった。


「冬君は何をしたかったのさ?」

「冬って実はかなり馬鹿なんじゃねぇかなぁ」

「自分の目の前に地雷埋めてそのまま自分で踏み抜いたようだ。アドバイスが足らなかったのかもしれない」


 それぞれに抱く感想を呆れた視線で吐露する上三人であった。

 冬美のあまりの抵抗に、詩季は首を傾げながらもお赤飯を作らず冬美の大好物のハンバーグカレーを作るのであった。


「冬ちゃん、美味しい?」

「複雑」

「あれ、失敗したかな」

「違う。ちゃんとおいしぃ」

「そう? なら良かった」

 

 普通のケチャップ味のハンバーグが妙に大人の味に感じられた冬美であった。


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