カラフル水墨画
現代アートを追求したい孫と、古風な伝統を守りたい祖父。一時は衝突する二人だったが…。
「ハッ!ハッ!ハーッ!」
テレビでは、女子高生らによる「パフォーマンス書道」の様子が放送されている。映画にもなったこの書道法は、従来の書道の枠を超えた、若々しさと古風な書道がベストミックスされ、床に置かれた畳大の用紙に走りながら大きな筆を持つ彼女らの姿が感動を呼ぶ。
プータロー・翔は、たまたまこの番組を観たことをきっかけに、現代アートの世界に興味を持ち、造形専門学校に入学した。
翔の祖父・究次郎は、プロはだしの水墨画を描き続けている。周囲の勧めで町主催のコンテストに応募。幸運にも町長賞を受賞し、すっかり老後の楽しみになっている。
「じいちゃん、元気?」
翔は、徒歩数分のところに住む究次郎宅を訪れ、小遣いをせびるわけでもなく交流を深めている。
翔の学校では、月一回の作品発表の提出日が迫っていた。合格しないと単位取得にならないので、翔は作品のネタ探しに奔走していた。
究次郎の多くの水墨画作品を前に、翔はひとつのアイデアが浮かんだ。水墨画は黒一色で、イマイチ味気ない。これを、赤や黄などで描く「カラフル水墨画」。これで行こう。
「カラフル水墨画?墨で描くから水墨画なんだ。お前、水墨画を馬鹿にしとんのか?」
「別に馬鹿になんかしてないよ。水墨画ってかっこいいと思ってる。でも、所詮は黒一色じゃん?俺、それをベースに、ポップに、アートに仕上げてみようと思っているんだよ」
究次郎にとって、水墨画は亡き妻との思い出の趣味だった。若い頃から古風だった究次郎は、しかし当時ですらシニアチックな水墨画に惹かれ、独学で勉強を始めた。それが縁で、書道教室の娘と結婚。究次郎には、伝統を汚すカラフルな水墨画なんてありえない、と思っている。
「ま、場所だけは貸してやらぁ。でもな、伝統と歴史の水墨画の世界を馬鹿にしたら、わしは許さんぞ」
発表日。翔は、カラフル水墨画を自分の作品として提出した。
「十代にしては、なかなか斬新な発想じゃないか。よし、合格」
「ありがとうございます。ヤッター」
入学初月にして高評価を得、有頂天の翔。周囲から発想の原点の質問を受けるが、究次郎の水墨画をヒントにしたくせに、自分の直感だ、と誤魔化した。
一方、究次郎も次の作品展のためのネタを模索していた。
「そうだ。あいつのアイデアをちょいと拝借するか」
究次郎は、あれだけ嫌悪感を示したはずのカラフル水墨画のことを思い出していた。
「習字の添削用の紅色墨汁もあることだし、墨ではなく絵の具で、いかにも水墨画風に描いてみると、面白いかもしれん」
歴史と伝統の…と能書きを垂れた手前、このアイデアが翔にばれるとまずい。究次郎は油絵用の画材を調達。こっそりとカラフル水墨画の制作に取り掛かった。
「とても斬新な発想で、素晴らしいと思います。おめでとうございます」
夢だった町長賞をまた、受賞した究次郎。大手新聞のインタビューを受け、海外のアーチストが絶賛した、と、ネットニュースのトピックになった。やはり、孫の発案が元で…なんて言えない究次郎。実にいじらしい、妙なDNAがここでも活きている。
「じいちゃん!ネットニュース見たぜ。夢だった町長賞のダブルスコア、すげえじゃん」
「ま、まあな…。お前こそ、例の色付き水墨画ってやつは、どうだったんだよ」
「じいちゃんに否定されたりもしたけど、俺も先生から合格、貰っちゃったよ」
「おう、そうか!でもな、お前より先にそのアイデアを思い付いたのはわしだけどな」
「あ、きったねー!何言ってんだよじいちゃん!俺が先に言い出したんだろ?それをパクったのはじいちゃんのほうじゃないかよ!」
「ハハハハッ…。ま、互いに夢が叶ったんだから、良しとしようや」
二人は、缶ビールと缶コーヒーで乾杯した。
ネットの世界では、二人の知らない間にカラフル水墨画のスレッドが立ち、ネット民らの激論が交わされていた。もともと昭和初期からあった説、80年代に親日家外国人が発表していた説…。
しかし、互いの夢を叶えた翔と究次郎には、そんなことはどうでも良いのだ。
素直に褒め称えることもなく、他人のあら探しに躍起になるネット民。彼らにとっては、カラフル水墨画の元祖を探し、二人を糾弾することが夢なのだろうが、少なくとも今は、二人のオリジナル作品であることに、間違いはなかろう。