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6.拝啓、搭の上から

──そんなこんなで、話は冒頭へと戻る。


 どこをどこからどう見ても。

 決して重なる事のない、夜空に浮かぶ二つの月の姿。

 背伸びしてみたり、見る角度を変えてみたり、片目を瞑ってみたり、両目を瞑ってみたり──しばしの間、月が一つにならないものかと不毛な行動に時を費やしていた伊織だったが、いよいよ大きな嘆息を吐き出すと諦めたように視線を下げた。

 眼下に広がるのは、闇に沈む巨大な城郭の姿。

 そして、少し遠くに見えるのは街の明かりだろうか。そうだとするならば、灯る光の数から見て相当に大きな街らしい。だが、その光は伊織が知っている街の明かりではない。電気が生み出す強い光とは違った、自然の炎が生み出している様な、やわらかであたたかみのある光だった。

 今、伊織は城の一角にある尖塔の上にいる。

 あれから兵士達に囲まれたまま、どこをどう歩いたのかも分からぬ内にこの尖塔にある部屋へと通されたのだ。

 案内人達の物々しさから、どこか牢屋の様な冷たく寂しい場所に押し込まれるのではないかと勝手に絶望していた伊織は、この部屋を前にして大いに唖然とした。

 そこは目を丸くするほど豪華な場所だった。

 例えるなら以前に何かの映像で見た、どこかの国の王族が住んでいる宮殿の寝室によく似ている。いや、下手するとそれ以上のゴージャスな雰囲気に満ち溢れていたのだ。

 もっとも、だからと言って伊織の心が明るく弾むなんて事はない。

 部屋に一つっきりしかない扉の外には、あの重武装の兵士が二人も見張りに付いているのだ。内か外か、どっちを見張っているのか……多分、その両方なのだろう。結果的には牢屋に入れられているのと同じ様なものかもしれない。


「しかし……いよいよココはどこなんだ?」


 尖塔から出られる小さなバルコニーの欄干に腕を置いた伊織は、半眼になると呻く様に呟いた。

 ここが日本でないことは、さすがの伊織にも分かっていた。

 さらに言うなら、地球ではないって事も。

 今まで過ごしていた『現実』になんとか帰りたくて、色々と仮説をこじつけて考えてみても、夜空を見上げる度に目に映る二つの月が「ここはお前の知ってる『現実』じゃないんだよ」と無言で語りかけてくる。

──異世界。

 自然と、そんな単語が脳内に浮かんできた。

 ゲームやファンタジー系のライトノベルではよく見かける単語だ。

 聖堂での事を思い返してみると、自分の事で繰り返し『召喚』という言葉も使われていた。

 点と点が自然と繋がって、嫌な仮定となる。


「……つまり、オレはこの『異世界』に『召喚』されたってことか……?」


 そう考えると、思わず苦い笑いが込み上げる。

 突拍子もなくて、どうしようもなくファンタジーな話だ。

 そもそも、なぜ?

 一体、なんの為に?

 どんな理由があって、ごくごく普通の高校生……多少、学力に難アリの自分が、異世界などという場所に?

……どう考えても、不可解の極みである。

 しかし、そこでまたふと、自分の事を皆が『魔剣』だとか『フェアエンデルグ』だとか呼んでいた事を思い出す。


「…………もしかして。オレ、何かと勘違いされてる?」


 そこまで考えつくと、伊織は膝からがっくりと崩れ落ちそうな気分になった。

 もし、そうなら。勘違いの挙句に異世界に呼び出されるなんて、我ながらウルトラC難度のハードラックを決めてしまったものである。

 早いところ、人違い(もしくは物違い)なんだって伝えた方がいいよな。──こういう場合、打ち明けるのは早い方が良い。表情を引き締めた伊織は、扉の方へと向きなおる。

 そこで唐突に、あのブロンドの少女の姿が脳内に甦る。


「そう言えば、やたらとオレが『フェアエンデルグ』なのかどうかって事にこだわってたよなぁ……」


 自分が人違い(もしくは物違い)だとカミングアウトしたら、彼女はどんな反応を示すだろうか。


「ほぅら、ごらんなさい。私の言った通りニセモノでしたわ! ──勘違い? 白々しい! おおかた私達を騙して、お金でもせびろうとしたに違いございませんわ! 処刑! 処刑! 即、処刑なさい!」


 脳内の彼女は、すっごく良い笑顔で、ビーッと親指を動かして首を掻き切る様な仕草を見せた。その動きに合わせて、脳内の伊織の首もコロンと下に転がった。首がなくなって生きていられる人間はいない。残念、伊織少年の冒険はそこで終わってしまった。

──脳内で繰り広げられた想像は甚だ馬鹿馬鹿しいものだったが、小さな冷や汗がつと頬を伝う。

 さすがに殺されるなんて事はないとは思いたいが、あの過激そうな女の子が何を言い出すか分かったもんじゃないって言うコワさはあった。


「こ、ここは少し慎重に、様子を見ながらカミングアウトするタイミングを探そうかな?」


 誰にともなく、と言うよりは自分をごまかすように。

 引きつった笑顔を浮かべながら、ちょっぴり震える声でひとりごちる伊織。

 部屋の扉がノックされたのは、ちょうどそんな時である。


「失礼します!」

「は、はい?!」


 ノックの後、扉の外から聞こえてきたのは元気の良い女の子の声。

 ビクッと身を震わせながら、伊織は条件反射的に上ずった声を返す。

 それが入室の許可だと思ったらしい。

 静かに扉を開けて中へと入ってきたのは、エプロンドレスを身に纏った女の子である。


「お休みのところ、失礼いたします。本日よりフェアエンデルグ様にお仕えするよう仰せつかりました、メイドのミュシャと申します。至らぬところばかりかとは存じますが、よろしくお願い致します」


 ミュシャと名乗った少女は、そこで深々と伊織に向けて礼をとる。

 顔を上げた彼女が浮かべていた笑顔は、とても人懐こくて愛らしいものだった。

──年の頃は伊織とそう変わらないだろうか。

 ただ、少し低めの身長と幼い顔立ちからすると、もう少し年下のようにも見える。

 とにかく明るい雰囲気が印象的な女の子で、ルミエールやクレールの様なハッとするほどの『美しさ』はないものの、その代わりに素朴で親しみやすい可愛らしさがある。

 だが、そんなことよりも何よりも。

 彼女のある『一点』が、伊織の視線を釘付けにして離さない。

 聞こえなかったのかな? ──そんな様子でミュシャは、何かを注視している伊織の姿に小さく首を傾げる。

 そして、ポニーテールにまとめた栗色の髪を本当の尻尾の様にゆらゆら揺らしながら、ミュシャは伊織の前に進み出た。

 

「あのぅ?」

「……え? あ! ご、ごめん! オレは綾村 伊織。よろしく!」


 脊髄反射というか何と言うか。

 こちらをあどけない表情で見上げてくるミュシャに気づいた伊織は、思わず自分の名前を口走ってしまう。

 つい数分前に「様子を見てカミングアウトしよう」なんて言ってた伊織の計画は、いきなり岩礁にぶち当たり頓挫しそうになっていた。

 しまったーーー! と心の中で絶叫しても、飛び出していった言葉を引っ込める事はできない。


「…………アヤムラ……イオリ……?」


 案の定、ミュシャは不思議そうな顔で首をかしげている。

 そして、人間というのはボロがでそうになるとさらにボロを重ねるものである。


「あ……えーっと……その、フェアエンデルグでありアヤムラ イオリでもある、みたいな感じかな。あは、あははは」


 苦しい笑顔である。

 普通に考えれば、怪しさ爆発だった。

 しかし、伊織にとって幸いだった事はミュシャが驚くほど素直で良い娘さんだったって事だろう。


「?? よく分かりませんが、フェアエンデルグ様でイオリ様なんですね? ……あの、それでは良かったら、イオリ様とお呼びしてもよろしいですか?『フェアエンデルグ様』ってちょっと舌を噛んじゃいそうで……」

「どうぞどうぞ!」


「てへへ」と照れたように笑うミュシャに、なぜか大いに同類の親近感を感じながら。

 彼女の提案に、伊織は力強く何度も頷いてみせた。

 もう半ば、やけっぱちだ。


「で、でも大変だな。急に訳わかんないヤツの世話なんてさせられてさ」


 話をどうにか逸らそうと、伊織は適当な言葉を吐き出す。

 だが、その言葉にこのメイドはぶんぶんと大きく頭を横にふった。


「そんなことありません! 私、とっても嬉しいんです。まさか伝説の魔剣様にお仕えできるなんて……メイド冥利につきるってものです、はい♪」


 ミュシャは、心底からそう思っているらしい。

 彼女の眩しい笑顔には、ウソだとかお世辞だとか言う不純物は一切含まれていなかった。

 それだけに、その笑顔はやましい所のある人間にとって少々ツラいものがある。

 ごめんよ、本当はただの男子高校生で……。

 伊織が心の中で土下座している事など露知らず、ミュシャはにこにことした笑顔を彼へと向けた。


「それでは、私はお部屋の中に足りないものがないかもう一度チェックいたしますので。イオリ様は引き続き、ごゆっくりなさっていてください」

「あ、わ……わかったよ。ごめんな、気ぃつかってもらって」

「いえいえ、これがお仕事ですので」


 一際、明るい笑顔を浮かべると。ミュシャは自身の言葉通り、部屋の中をチェックしはじめた。小さい体でせっせと動く彼女を見ていると、なんだか微笑ましい気持ちになってくる。

 そして、どうしてもミュシャの体の『一点』が気になって仕方なくなってくる。


 あれって……どー見ても、ネコミミだよな?

 その『一点』を見つめながら、伊織は心中で唸る。

……そう。

 彼女の頭の上には明らかにネコミミと思しき獣の耳が一対、存在しているのである。

 髪と同じ栗色の毛並みをしたその獣の耳は、音に反応している様子で時折ぴくぴくと動いていた。その動物的な動きからして到底、飾りの類だとは思われない。

 ざわっ…と、伊織の中で不思議な感情が沸き起こる。


──ふにっ。


 悪戯心に出来心。

 自分自身でも気が付かぬうちに。

 伊織の体は何かに突き動かされたかのように自然とミュシャの背後へ近づき、その愛らしい獣耳に触れるという大胆不敵な暴挙に打って出ていた。


「───?!!!」

「おわっ!?」


 声なき声を上げながら、ぶるぶるぶるっ! と震えるミュシャの体。

 その予想を超える大きなリアクションに、伊織も思わず触れていた耳を離す。

「はわわわ……」と顔を真っ赤にし、目を丸くしながら。ぷるぷると震えるミュシャが振り返る。

 そして、伊織の顔を見上げると少しだけ泣きそうな顔をした後、それを切ない表情へと変え……顔を両手で覆うと、その場にぺたりと座り込んだ。


「はうあう……イオリ様……私、もうお嫁にいけません」

「そんなレベルの事を?!!」


──さて。

 そんなこんなをやっている内に、俄かに外の空気が変わったことに伊織は気づいた。

 周囲を引き締める様な緊張感。

 誰が発しているものかと言えば、扉の前に立つ兵士達のものだろうか。

 ややあって、その緊張感を彼らにもたらした人間達が部屋の中へと入ってくる。

 車椅子に腰掛けたプラチナブロンドの少女、その車椅子を押す老紳士──そして、蒼いローブを纏った黒髪の男。


「…………」


 無言のまま向けられる、蒼いローブの男の紅い瞳に得体の知れない威圧感を感じながら。

 ミュシャとの出会いで忘れかけていた不安が不意に甦って来た事に、伊織はごくりと喉をならしていた。

休憩がてら他の方の小説を読んでると、あっという間に時間が過ぎて……気がついたら、自分の作業は白紙のまんまってのが最近のあるあるですね(・ω・`;


自分の語彙の少なさにちょっと落ち込みつつ。

また次回のお話も皆様にお付き合いいだければ幸いでございます!

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