3.異変
ホームルームが終了し、担任の帰宅命令と共に放課後が訪れる。
クラスメイト達がガヤガヤと賑やかに教室を後にしはじめる中、いつもなら真っ先に教室を出て遊びに繰り出す筈の伊織が、今日は珍しく机に頬杖をついたままぼんやりと窓の外を眺め続けている。
二階の教室から見えるのは、体育の授業で野球を行っていたあのグラウンドだ。ちらほらと部活に入っている生徒達の姿が現れはじめるが、もちろんあの時の黒髪の女性の姿は見えるはずも無い。
クラスメイト達がそんな彼を面白がって「あれは恋する乙女の目ですわ」なんて笑っていたが、実際の所は当たらずも遠からじと言ったところか。
あの授業の後からずっと、伊織の頭の中ではあの黒髪の女性の姿と声がグルグルとリピート再生を繰り返している。
果たして、あれは一体なんだったのだろうか?
この世に未練を残した地縛霊説、古代文明人の復活説、火星人の侵略説等々etc.
様々な仮説が脳内に沸き起こったが、当然ながら、どれも全く信じる気になれない説ばかりだった。
「うあー……我が頭ながらバカだバカだとは思っていたが……まさか幻覚まで見るようになったって言うのか?」
伊織は頭を抱えると、苦悶の声を上げながらグシャグシャと髪をかき回す。
頭が悪いのは勉強しないせいで、頑張れば人並みにやる事もできる。落ち着け、まだ慌てるような時間じゃない。──そう信じる事で今まで力強く健気に生きてきた伊織だったが、自身の頭がポンコツとなると話はだいぶ変わってくる。名誉を挽回する事も、汚名を返上する事もできないとなると、回避のしようもなく人生が詰んでしまう。いや、もう今の時点ですでにかなり詰んじゃってる。
「……いや、まてまてまて。あの女の人が幻覚であり、オレの頭がポンコツだと結論付けるのはいささか早計ではなかろうか。なにか、なにかトリックがあるに違いない……!」
推理小説の名探偵ばりに顔を引き締める伊織。
そして、もう一度ゆっくりと、黒髪の女性の姿を思い出してみる。そこに何か手がかりになるようなものがあるに違いないと信じて。
少年の脳内に、モヤモヤとビジョンが浮かび上がる。
美人、美人だった。しかも、その二文字の頭にはピカピカと輝く『超』って文字がくっついている。彼女が来ていた黒いドレスもわりと露出度高めで、スタイルも抜群──
「…………ぐへへ」
何故か顔を紅くしながら、エロ親父みたいな下卑た笑い声を漏らす伊織。
教室に残っていた最後の一人である女子生徒がその姿を見て、蒼い顔をしながら逃げるように出て行った事で、彼は完全に独りとなった。そう、色々な意味で。
翌日にはこの事がクラスの女子生徒達全員の間に広がり、伊織がわりと可哀想な高校生活を送る事になるのはまず間違いなかっただろう。
そういう意味では、その『異変』は彼にとって多少の救いにはなったのかもしれない。
──不意に、教室の中が暗くなる。
先ほどまで夕暮れ色に染まっていた筈の教室。それが今や、夜の闇の中に沈んでしまったかのようでさえあった。
何事かと、視線を窓の外へと巡らせる伊織。
そこで彼の目は、文字通り丸くなった。
「なっ?!!」
その瞬間──伊織は本気で自身の正気を疑った。
まるで墨で塗りつぶされた様に真っ黒になった窓。
その表面を幾本も、青白く輝く小さな紋様の羅列が虫のように這って蠢いていたのである。
驚きの余り椅子から転げ落ちる伊織であったが、そこで初めて辺りを見回す事になり、いつの間にか教室全体がその青白い光の紋様にびっしりと埋め尽くされていた事に気づく。
紋様はよく見れば、何かの文字か図形の集合体の様にも見えた。それらが蠢きながら微細で精緻で複雑怪奇な紋様を形作っていたのである。
伊織にとってその光景は、最新技術を駆使した映画のCGよりもなお美しく、幻想的で、そして──恐ろしく感じられた。
「っ!? ちょ、ま、マジかよオイ!!」
慌て狼狽するものの、そこから一歩さえ動く事も出来ず。
突如、目の前の世界が溶けた様にぐにゃりと歪み。
悲鳴を上げる暇すらなく、伊織の視界は完全に暗転した。
目指せ、一日一更新。
ということで、ちょっと短い気もしますが続きを上げさせていただきました。
やっぱアレですね、女の子がでないと書くモチベーションが……頑張ります(・ω・´;
最後になりましたが。
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また次回も皆様にお付き合いいただければ幸いでございます!