頼れる騎士
「状況と話は朧気ではあるが理解理解できている」
少年の姿ながら、宿った魂による威厳に満ちた声は全員に安心感を与える。
少年の視線が、自分に抱きつくメルリーウェからバルト、イスト、
そして床に座るトールとその横に立つセイへと動く。
「セイ」
「はぁい」
呼ばれることが分かっていたから、セイの応答も早く、迷いもない
「最優先にすべきは、情報を得ることだ。」
「分かってますって。それじゃあ、おやすみなさい」
セイは座るトールの背中にもたれ掛かり目を閉じた。
死人となって与えられた力
肉体や魂を食べることで、その記憶、才能、経験を自分のものにしてしまう力だ。
取り込んだ情報を整理整頓して完全に己のものにしてしまう作業を消化と呼んでいる。
消化作業の為には活動を休止している必要があり、得ようとする情報が多ければ多いほど休止する時間は長くなってしまう。信頼が厚いジェノスが加わった今、セイも眠ることに迷いはない。
「トール。私の剣を」
命じられたトールが床に触れると一メートルほど床が抉れ、その中に一本の大剣が転がる。
ジェノスはメルリーウェに離れさせると立ち上がり、大剣を軽々と持ち上げた。
ニッ
少年の面持ちに似合わない笑みを浮かべたが、すぐに眉間にシワを寄せた。
「少し重いな」
少年の背丈と同じ大剣を片手で持ち上げての言葉だ。
眠るセイ以外、呆れて空笑いが込み上げた。
「屈強な元の体の半分もないんだから…
無茶しないでくださいよ、団長」
「そうですよ。
長年の戦場で鍛えられたものとそれでは格段の差があります。」
「こっち」
手慣らしに大剣を小枝を振り回す子供のように操るジェノスに、トールが一本の細い剣を差し出した。
それは反り返った刀身に波立つ波紋を浮かべた、日本刀。
「前に貰った刀か」
大剣を、豆腐に割り箸を突き刺すように、床に突き刺したジェノスは小さくなってしまった体に丁度いい長さの刀を受け取った。
「……大剣にあう…体は、また…今度」
くるくるとペン回しみたいに刀を振り回しているジェノスにビクビクしながらトールは床に刺さった大剣へと近づいた。
もちろん、ジェノスの腕前ならばトールに当てるようなことはないと分かっていても、もしも当たっても死ねことはない…すでに死んでいるから…と分かっていても、体が勝手に怯えてしまうのだ。
トールは腰のポーチを外し、逆さに持ち口を大きく広げると、腕を伸ばして大剣の持ち手からポーチの口の中に吸い込んだ。
「いいだろう。やはりトールの武器は全て手に馴染むな。」
満足したジェノスは刀を鞘に納め、腰のベルトに差し込んだ。
「…防具とかは…商店のあるような…町に出てから」
「よかろう。確かに村から出てきたという名目とするのならば、始めから装備が揃っているのは不信しかもたらさん」
「………夜が開ける前に……出る…」
「……そうだな…獣などに狙われる危険性はあるが、夜が明け人目を気にして動くよりはいいだろう。
進みながらでも、おいおいの話はできるからな。
だが、その前に決めねばならんことがある。」
「決めること?冒険者になるために町にでる。それくらいしか決めれることはないと思うが…?」
真剣な面持ちのジェノスに、視線が集まる。
「私の役割は何にするんだ?」
「えっ、あぁ…」
「…確かに…大切…」
「トールとメルの兄でいいんじゃない?」
「そうだな。この体ではそれも仕方ない。
だが、いずれはそれなりの年の体を手に入れたいな」
「何かしたいことがあるの?」
興味深げなメルリーウェに、ジェノスは豪快な笑い声をあげる。
「えぇ、そうなのです。商人です。それも行商人ならばなおよし」
これには全員が驚いた。
「私は幼い頃、行商人になりたいと夢見ておりました。
この世界ならば、それも叶うと嬉しくおもっているのです。」
幼い頃の自分に思いを馳せるジェノスの目は少年のように輝く。
「行商人?貴族の生まれですよね、団長って…しかも高位貴族…」
「近衛騎士団長が行商人…プッ」
直属ではないにしろ軍人として多くの同僚たちと同じく憧れを抱いていたバルトは唖然と口を開け放ち首を傾げ、侍女として様々な話を聞き及んでいるイストは口を抑えて笑いをこらえている。
「度々村を訪れていた行商人が子供らを保護した。
そういう設定はどうだ?」
満面の笑みを浮かべたジェノスは、トールを見下ろした。
一行の仕切りはトールが担うものと考えたのだろう。
「………商業革命ルート……ktkr」
ジェノスと目があった後、顔を伏せたトールからボソッと他者には声ともいえない音が聞こえた。
「何か言ったか、トール」
「……僕、薬師って設定追加…
いいね…行商人…
商品は僕が作る…資金面…はこれで問題なし…」
ぶつぶつとトールの中でこれからの事がどんどんと積み上げられていく。こうなったトールは何をしても正気に戻らないと分かっている全員は話を進めていく。
「そうだ。メル、祝福は得られたのか?」
「よく分からない。」
トールを見ていて、世界を渡った者に与えられる世界の祝福を思い出したバルトは、唯一の生者であるメルリーウェに聞いてみたが即答だった。
「はぁ?」
「トールやセイは、頭の中にステータスみたいに見えるって言ってたけど、
まずステータスってわかんないし・・・そんなの浮かんでこないし・・・」
「じゃあ、トールが元に戻ったら聞いてみましょう。
あれこれ考えるより、そのほうが早いわ。ねぇ団長?」
イストがあっさりと話を終わらせ、ジェノスに判断を任せた。
「そうだな。それよりも、イスト、それにバルトも。
団長は止めてくれ。もう私はただのジェノスだ。」
「そうですね。敬語もなしってことでいいっすよね。
・・・団長にそれってだけで緊張するのに、王子と翁の時どうなるんだか・・・」
「それこそ、普通に接しなければ睨まれることになるぞ。
あれらは厳しいぞ?」
「それよりも、ジェノス。人前では、そのしゃべり方は止めなさい。
違和感があり過ぎる。」
確かに人に命令する軍人としての話し方も、少年の姿では違和感があり過ぎて目立ってしまう。
「ははっ、そうだな。だが、これも癖のようなものだ。
人の前以外では許してくれ。・・・それに、話し方を変えても笑わないでくれよ」
「努力する。」
「頑張って笑いは堪えるわ」
「頑張るね。」
「・・・メルまで笑う気だったのか・・・」
笑うことは絶対だと前提する方々の答えに、ジェノスは落ち込んだ。
「・・・まぁいい。昔も潜入捜査する時は笑われたものだからな。
バルト、イスト、メル。
ここを出る。バルト、セイを背負えるか?」
「大丈夫だ。トールはどうする?」
「私が担ごう。イスト、警戒を頼む。
メル、歩けるな?我慢できなくなったら早めに言え。」
バルトが眠り続けるセイをメイとイストに支えられながら背負い、
ぶつぶつと自分の世界に突入しているトールはバルトが背負った。
「大丈夫。それくらい分かってる。普通のお姫様と同じにしないで」
物心つく前から幽閉され助けてくれる人手の少なかったため、自分で出来ることは自分でやるよう育った。そんなメルリーウェは、何時何があるか分からないということでイストやバルトたち従えた死霊たちにより外の世界で生き延びる術を知識として教え込まれていた。ただ知識としてだけで実際に出来るわけではないので、これからの生活を考えるとドキドキしている。もちろん、死霊たちの力を信頼し切っていて不安や混乱は一切ない。その目はキラキラと輝いている。
「そうだな。でも一つだけ。
・・・・・俺たち以外の人間に物もらっても着いていくなよ?」
「子供扱いしないで!!
そんなことするわけないでしょ!!」
「もの珍しいからって何でも触っちゃ駄目だぞ、メル?」
「はしゃぎ過ぎて怪我しないようにしてね。
しばらくは洗濯する機会もあるか分からないんだから。」
わいわいと全員でメルをからかいながら部屋を後にする。
部屋に残っているのは、未だにほのかな光を放っている魔方陣と、その上、周囲に飛び散った血の痕だけだった。