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王女×死霊術士=世間知らず 異世界へ!!  作者: 鵠居士
勇者とくれば・・・生まれる不穏
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不穏の一粒

鬱蒼と木々が生い茂る魔の森の中、一つの集団が開けた場所で食事をしている。

細く小さな木々を拾い集めて火を作り、その火で小さな鍋を使って簡単な調理がなされている。8人からなる集団が、この時ばかりは魔の森の中であっても武器を置き、その火を囲んでいた。

もちろん、いつ何時何があるかも分からないのが、恐ろしい魔物や人道を外れた下郎達が跋扈する魔の森だ。警戒を完全に解くことはなく、一人二人は必ず武器を手にしたまま周囲を見回しているし、食事をする者達も何時でも手に出来る範囲から己の武器を遠ざけるようなことはしていない。


その面々の中に、ジェノスは居た。


火に煽られ赤く染まって見える、くすけた金髪。

普通ならば、家族と離れ職に就くものも居る年頃とはいえまだまだ一人前とは言えず、子供の一面も必ず持ち合わせているような15歳だと、本人とその家族達は口にする。だが、その青い目に映し出される色は、到底15歳という年齢に見合わない落ち着きと、何事にも動じない経験を表していた。

この集団の中心、魔の森の中を長年渡り歩いている商人エルスロット・ヴァイスマンは、40年前にこの世に生を受けたその時から行商人の父に連れ回される事で磨き上げた"目"に絶対の自信を持ち、その目に命さえ預けている。その目によって見定め、只者ではない、敵に回しては絶対にいけないとジェノスとその家族達を判断していた。


「しかし、不思議なものですね。あの乾燥していたものが、こんなにも柔らかく美味しいものに変じてしまうなどとは。」

ジェノスのおかげです、とエルスロットは笑い、彼に依頼されて護衛をしている冒険者達も綻んだ顔で頷いた。

「うちの商品の一つなので、どうか御贔屓に。」

まだ店に売買をする為に必要なカードを渡すことはしていないが、自分を通してくれれば少しくらは融通出来るからと、ジェノスは今の依頼主である商人に説明していた。

それは、メルリーウェやトール達とも話し合って決めたことだった。

少しくらいは、融通を効かせて、顔の広い商人と浅く細い付き合いくらいはしてみようか、という考えだった。店と取り引きをしたいと望む多くの商人達の中で、普通の人々相手ではなく魔の森に点在している亜人や理性を持って人との最低限の付き合いを行なえる魔族達を相手に商売している『変わり者』エルスロットを選んだのは、何度か仕事を受けてその人となりを見定めたジェノスの判断によるものだった。


ズルズルズル


麺はすするもの!!!

トールとセイの強いこだわりによって、麺をすすることの出来ない相手には絶対に売らない事になっている。

鍋で煮立てたインスタントラーメンをこうしてエルスロット達に振舞うことが出来るのは、彼等がそんな二人の、普通ならば意味の分からないこだわりをちゃんと受け入れ、実践してくれているからだ。

最初戸惑っていた多くの冒険者達も一度食べてしまえば、その味や手軽さなどの魅力に逆らえなくなるようで、今では多くの冒険者や町民達が"麺はすすって食べるもの"と認識して受け入れている。

エルスロットを通してインスタントラーメンを手に入れた、魔の森に住む亜人や魔族達さえもそれを実践している姿を目撃し、ジェノスは商売というものの凄さに改めて感じ入ったものだ。

剣で叩きのめしても、国を奪っても、その地に根付いた文化や常識を覆すことは難しい。

でも、魅力的な品物を商人がばら撒いただけで、あっという間に新しい文化や常識が起こっていくのだ。

ある日、幼心にそれを知ったからこそ、ジェノスは行商人になてみたいと夢見たことがあった。

不思議なもので、叶わぬ夢と思っていたそれが今、死んだ後だというのにこうして生きて叶っている。

器に残るスープを飲み干すふりをしながら、その影でジェノスは笑っていた。




全員が食事を終え、しばらくの間はそれぞれに寛いでいた。

武器の手入れ。仮眠。仲間内で雑談。

もちろん、それぞれ周囲への警戒を解くことをしてはいない。

それでも、魔の森に何度も潜り経験を磨いている彼等は、力の抜きどころもしっかりと知っている。慣れているとは言っても、油断はしない。それが、死をもたらすと最悪の敵であると理解しているのだ。


だから、ガサッという音が聞こえた時にも素早い反応を全員が示すことが出来た。


武器を手に、和ませていた目を鋭く細めて音がした方角に走らせる。

そちらだけでなく、四方全てにそれぞれが自分の立ち居地を把握して警戒を走らせる。

素早く、迷い一つなく戦闘体制となった。

ジェノスは、一番に護るべき相手である依頼主エルスロットの隣に座っていたこともあって、彼の前に進み出て、刀を構えた。


「待て!待って欲しい。敵ではない!」


そう言って木々の中から姿を見せたのは、エルフ達だった。

エルスロットが年に何度も赴いて商売をしている、魔の森の中に存在しているエルフの村の青年達。ラスやバルトと近い年代と思われる姿形をしているが、エルフ族を見た目で判断することは愚かなことだ。このくらいの姿をしている彼等は、軽く百歳を越えている。

「ナツメ殿?こんな夜更けにどうしたのです?」

五人のエルフの集団の先頭に立っていたのは、エルスロットにとって面識もあり、幾度となく会話を交えて商談もしている相手だった。

魔の森の中でさえ、数箇所に分かれて点在しているエルフの村。その一つの若長という、今の村長の跡目を継ぐことが決定している立場にあるエルフの青年が、夜も更けた危険な森の中から現れたことに、エルスロットは驚いた。

森の中に住まう、魔族の一種族であるとはいえ、目端の利かない、夜行性の凶暴な魔物が蔓延る魔の森で行動うする危険性は人の冒険者とそう変わらない。

そんな危険を冒してまで、しかも立場あるものが、何をしようというのかと顔見知りであっても警戒を解くことは出来ない。


「貴方達に危害を加えるつもりはない。ただの行き掛かりだ。」


エルフの誇りに誓って。

そう口にした彼等に、エルスロット達は少しだけ警戒を解く。

誇り高き森の民、と自他共に呼ばれる彼等がその言葉を口にした時、嘘は絶対にないのだと保証されるものだった。

「ですが、こんな夜遅くに。もし良ければ、事情を聞かせてはもらえませんか?」

危険を冒してまでの行動。何か、魔の森の中で異変や争いごとが起こったのか、とエルスロットは温かな焚き火の近くに彼等を招く。

情報は必要だ。

どんなに小さな情報でも、持っていないだけで死に近づくことになりえる。


「構わない。」


ナツメを始めとするエルフ達は、エルスロットに促されるがままに焚き火を囲った。

その時、ナツメがジェノスに視線を送ってきた。もちろん、隠す気のないあからさまなその視線にジャノスはしっかりと気づいていたが、それに反応を示すことはしない。彼等が話す相手は、この一団の主人であるエルスロットだ。でしゃばるべきではない、というのが騎士道が身に染みているジェノスの考えだった。



魔の森の奥深く、多くの魔物たちが集まり始めている。

そう、ナツメは語り始めた。

偵察に向かった他の村の、エルフの中でも一・二を争う実力を持っていたエルフの狩人が最初の知らせをもたらした。

ゴブリンにオーク、グリフォン、吸血鬼、魔の森に存在していなかった魔物の姿まで確認出来たと伝えられた。何より、エルフの村に震撼を走らせたのは、数体の竜の報告だった。

竜は自分の領域に他の竜が入ることを絶対に許さない。それが異性であっても、繁殖期以外に近づいてきた場合はどちらかが死ぬまで戦い続ける。一体でも周囲を壊滅させることが出来る、魔物の頂きに近い存在だ。その戦いの被害は口に出すのも恐ろしいものとなる。

その情報が真実ならば、もっとより正確な情報を手に入れ、対策を練る必要があった。それは、エルフだけではない、それなりに親交を持っているドワーフなど他の種族の村とも連絡を取り合った末の一先ずの結論だった。

だというのに、もう一度様子を探ってくると向かった、始めの報せをもたらしたエルフの狩人はそれっきり、姿を見せることが無かった。

ありえ無い事だと分かってはいるが逃げたのか、集まっているという魔物たちによって死んだのか。

それを調べるためにも、ナツメ達は向かっていた。


「魔王。伝説の中でだけその名を語られる、全ての魔物を支配する存在が生まれたのではないかという話も出ているのだ。」


「それが真実ならば、ギルドに報告しなくてはいけませんね。」


報告しても構わないかと尋ねれば、構わないという答えが返ってきた。

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