待ち合わせ
「フェウルさんの言ってた場所に行けばいいか。」
時間が完全に止まった空間でトールが静かに言った。
その声に反応して動くものなど誰もいない。
自分の襟元を掴む手を簡単に払いのけたトールは、砂時計を逆さにしたままメルリーウェとクインへと歩み寄る。
そして、手を繋ぎ会う二人の手に上に自分の手を重ねた。
そうすることで、メルリーウェとクインが動き出す。
「…トールさんは…普通に話せたんですね。」
動き出した途端にクインの口から飛び出した言葉に、険しい雰囲気を醸し出していたトールの肩から力が抜けた。
「う、うん…」
「そういえば、そうだね。トール君しゃべれてた。」
「話してるのは…僕じゃないって思って…何とか…」
二人の注目を浴びて、トールの顔は真っ赤に染まっていた。
「い、いいから…行こ…」
砂時計を持つ手にメルリーウェの手を重ねさせ、空いている手をクインと繋ぐ。
砂時計が逆さになっている限りは追っ手が来るわけでもないから、落ち着いた様子で人々の間を通り抜け、入り口付近の壁際に立っているフェウルとバルトの隣を通り過ぎ、3人は易々と広間を後にした。
そのまま、城特有の分かり難い構造に右往左往しながらも、3人は石像のようになった侍女や兵を横目に、城からも出て行った。
城を出た後も歩き続け、薄暗い路地裏を見つけたトールは迷うことなく、そこに入っていく。
「何をするんですか?」
「…着替え…だよ。」
フェウルの言っていた店に行くのではないのか、と聞くクインにトールは何時ものドモリが交じった言葉で返していた。
「ちょっと目を瞑っててね。」
メルリーウェの指示にも、クインは素直に従った。
これまでの、短い期間ではあるが彼等の下で暮らした事で、クインも彼らが普通ではないと理解していた。年下であるメルリーウェにも、頼り無さそうにしか見えないトールにも、クインは頭の何処かで脅威を感じていた。それでも、彼等の下に居ることがクインと妹が生き延びる術を得る最良の選択であり、それしか無事に生きる道が無いとクインは冷静に理解していた。
そして、最近では彼等の下で色々学ぶことが楽しいと感じてさえいた。
「もういいよ。」
そう長くない時間、目を瞑っていたクインにメルリーウェの声がかかる。
言われた通りに目を開けば、トールは元のふくよかな体型の、前髪で目を隠した姿へと戻っていた。
「…クインも…これに着替えて…」
元の姿に戻ったトールが、無限収納の中から一着の服を取り出す。
見た目は平民が着ていても可笑しくはない普通のそれだったが、トールが出すものが普通である筈はなく。何の荷物もなくセイに着いてきたクイン達にトール達が提供した服や日常品の数々は、素朴な見た目に異様としかない性能を宿すものばかりだった。
「毒とか…攻撃とかから…守ってくれる効果がある…から。」
「攻撃って、どの程度ですか?」
一応聞いておかないと。そう思いながらも、クインは絶対に驚かないと心を引き締めていた。
「弓とか、剣とか?」
慣れと引き締めのおかげで、難なくトールの説明を受け止めることが出来た。だが、それでも触った限り平凡な服にしか思えないこれに、そんな効果が宿っているなど誰が思うのか。
クインが持っていた常識は、メルリーウェ達との生活でゴリゴリと削り捨てられていく。
「フェウルさんの宿に行ったら、どうするの?」
クインが着替えている間、メルリーウェは背中を向けていた。
流石に、こんな場所で着替えろとはメルリーウェには言えず、取り出したローブを羽織っておく事になった。
「商品の…補充…ていうことにしようか…な?」
僕は多分話せないから、クインお願いね。
そんな衝撃的な言葉にクインは戸惑ったが、それもそうだろうという思いもあり、頷いた。
あの街の人間はもうトールの態度などにも慣れてきているが、普通の人が接すれば苛立つだろうと、トール自身も自覚があった。
「そういう人、職人にも居るので大丈夫だと思います。」
トールの指示を肯定するクインに、トールは僅かに笑みを浮かべた。
「すみません。この店って何処ですか?」
フェウルに渡された紙に書かれていたのは、"猫柳亭"という名の宿屋だった。
クインが先頭となって、人に尋ねながら辿り着いたその店は、一階部分が外からもよく見渡せるような造りとなっている酒場になった場所だった。
冒険者などが利用する宿屋には在り来たりな造りのその店に、メルリーウェ達は迷わず入っていった。
子供にしか見えない3人が店の中に足を踏み入れれば、怪訝な表情を向ける大人達は多かった。だが、堂々としたクインがキョロキョロと誰かを探す仕草をすれば、あぁ人を探しているのかと納得して目を向けるのを止めた。
「どうしたの、僕?」
日が暮れたばかりだと言うのに、頬を赤く染めてほろ酔い加減の冒険者姿の女性がフラフラと近づきクイン達に話掛けてきた。
それも珍しい光景とは言えないが、そういう相手に慣れていないトールやメルリーウェが少しだけ体を強張らせる様子をクインは背中に感じていた。
「フェウルという商人が此処に泊っている筈なんですが…」
クインの言葉で、酒場の空気が変わるのが分かった。
目の前の女性も、一瞬にして酔いが覚めたようだった。
「へぇ…どんな御用なのかしら?」
「あっ、ええっと…ラヴィさん?」
「あら、私の名前を知ってるの?」
クインの後ろで静かにしていたメルリーウェが言った名前は、正しく目の前の女性のものだったらしく、怪訝そうな表情をラヴィはメルリーウェに向けていた。
その視線を浴びたメルリーウェは、目深に被っていたフードを外し顔を露にした。
「あら、貴女。カラミタの、フェウルさんの所の子じゃない。どうしたの、こんな所で?」
フェウルが出立する際の見送りで顔を合わせていた『風花』と『赤星』のメンバーの顔を見たメルリーウェ。『風花』のリーダーであるラヴィの事もしっかりと覚えていた。
ラヴィにしてみても、何かと注目の的だったカラミタの人間の事はしっかりと記憶していた。
「あぁ、こっち。今、フェウルさんはバルトさんと一緒に出掛けているから、食事でもしながら待つといいわ。」
フェウルの所の子。
その言葉に、フェウルと商談などの話をする為に残っていた商人達の注目が集まったことを感じたラヴィが、3人を『風花』『赤星』が集まっている一角へと誘導する。
「バルト君も居るの?」
驚いた。
そんな表情を作ったメルリーウェがトールの腕を引き、クインを促して案内された席についた。




