不愉快
成功だぁ!!
トールが、止まっていた時間を元に戻した瞬間、一人の興奮を隠せずに振り絞った声が聞こえ、それにつられるようにして広間に集まっていた全員がわぁっと沸き立った。
耳を撃ち、ビリビリと空間を揺らす程の声量となったそれに、メルリーウェが身を竦ませた。
メルリーウェと同じくらいの妹がいるクインが「大丈夫ですか?」と小さな声を掛け、トールは繋いだままになっていた手を強く握り返した。
怒ってる?
強く握られた手は、メルリーウェを心強める為ではなく、トール自身の怒りを抑える為のもの。そう、術師と使役されている者に繋がる回線のようなものから感じ取ったメルリーウェは、斜め前に立っているトールの顔を見上げた。
仮面に隠されているトールの顔からは何も読み取れはしないが、メルリーウェにはトールの苛立った様子が確かに伝わっていた。
「何、何なんだ!!?」
メルリーウェがトールを見上げていると、メルリーウェ達と一緒に魔術陣の中にいた3人の少年少女達から悲鳴にも近い戸惑いの声があがった。
その声に、まるで最初から示し合わせているように、轟いていた歓声が嘘のように静まり返った。
「これは失礼しました、英雄様。我等の救い手である貴方方が御出で下さったという喜ばしき光景に心が逸ってしまいました。」
一人進み出てきて、静まり返った中で口を開いたのは、その豪華な装いや頭の上に光る王冠で、この帝国の王であろうことが分かる。
「英雄?」
「何言ってるの?此処は何処?」
「…日本では無いよね?」
キョロキョロと周囲を窺っていた少年の目が、すぐ近くにいたメルリーウェ達3人を映し出し、少年達の動きを止めた。
「六人もの英雄を得ることが出来た。神が我が国をお見捨てにはならなかったという証明です。」
どうか、我が国を御助け下さい。
そう言って、王らしき人物が頭を下げる。
それに合わさるように、周囲にいる貴族達も一斉に頭を下げる。広間の隅で、バルトやフェウルが苦笑を浮かべながら、周囲に合わせて頭を下げている様子が、動きが一瞬だけ遅れていたことから見ることが出来た。
その荘厳ともいえる光景に、少年達の顔に高揚した様子が見えたのは、メルリーウェの見間違いだったのか。
「馬鹿、だね。」
トールの小さな呟きが、メルリーウェの疑問に答えてくれた。
トールの声からは珍しいことに、苛立ちが滲み出ている。
その理由は、メルリーウェにも分かる気がした。
トールは今まで三度、異世界に召喚され、そして酷い目にあっている。
少なくとも一度はメルリーウェの目の前でそれが行なわれ、トールは死んでしまっている。死霊術師であるメルリーウェが居なければ、トールは本当に死んでいただろう。
この世界にやってきたのも入れれば四度、今回の事を入れれば五度。
今の所は、仲間達と一緒で、酷い目にはあっていないものの、いくら温厚なものであろうとここまで色々と不運に見舞われれば、怒り狂ったとしても誰も非難することは出来ないだろう。
「不愉快。」
トールの出した声によって、再び広間に沈黙が落ちた。
「自分達のことは自分達で処理すれば良かろう。それが出来ぬというのなら、その結果に甘んじろ。それで滅びるかも知れないというのなら、素直に滅びを受け入れろ。」
トールは冷たく言い放った。
それは、メルリーウェには当たり前のことだと思える言葉。
でも、皇帝や貴族達、そして少年達には受け入れられないものだったらしい。
「お前!なんで、そんな酷いことを言うんだよ!!!」
皇帝に貴族、そして中に紛れている武器を隠し持っていた者達からの殺気がトールに向かう中、一人の少年がトールの襟元を締め上げてきた。
「この人達にとっては、最後の手段だったかも知れないだろ?っていうか、小説とかはそうだし。なのに、死ねなんて簡単に言うな!」
メルリーウェが少年の後ろを見ると、元の位置に残っている少年と少女も、トールを睨みつけている。少年の意見に同意しているということなのだろう。
「そうよ。詳しい話も聞かないで、そんな事を言うなんて。」
「そうだな。朱里の言う通りだ。まずは話をすることが必要だろう。」
少女の名前は『朱里』と言うらしい。
「っ。」
「どうかした?」
小さく息を呑んで怯える気配がクインから発せられた。
息を呑む音を聞いたメルリーウェが心配そうにクインの顔を見上げても、仮面に隠れている顔から表情を読み取ることは出来なかったが、クインがメルリーウェにだけ見えるよう小さな動きで、ある一点に指を差していることには気づくことが出来た。
その指は、皇帝の近くに立つローブの老人に向けられていた。
「気持ち悪い、ね。」
ニタァ
そんな、ねっとりとした音が聞こえてきそうな笑みを浮かべた老人。
メルリーウェが素直な気持ちをそのまま、小さな声で吐き出すと、クインも頷いて同意する。
「あぁ、ありがとうございます、英雄様。やはり、心優しきものこそが救い手として神は選んでくださったのですね。どうか、御名をお教え下さいませんか?」
「やっぱり、定番。」
皇帝の声の途中でトールが嘲笑を混ぜた声で呟いたが、その襟元を持つ形で一番近くに居た少年の耳には届かなかった。
「山浦健二です。」
「藤原朱里です。」
「高崎陽斗。」
セイに魔術を習っているクインには、その時少年達の首に赤く光る紐のように伸びた魔力が絡みつく光景が視えていた。
「もう…いいね…。もう、用は無い…」
トールの手に、また砂時計が現れる。
そして、その砂時計の天地を逆転させた。




