旅路の必需品
「本当の事を言えば、あれだけ餌付けしておいてポイ捨てはねぇんじゃねぇか?旦那。」
「そうそう。まだまだ貴方の恩恵を受けたいんですの、ね?」
お願い、としなを作って潤む目でフェウルとバルトを見上げてくる、冒険者というには何か違和感がある女達。春を売る女達のように化粧ご濃いとか、そういった気配を出しているという訳てはない。服装も、胸当てなどを纏う、女の冒険者には在り来たりのもの。
だが、何処か身奇麗に感じれた。
髪も、毎日の様に香油などで手入れをしている貴族の令嬢のようにサラサラと軽やかで、光沢が見て取れるもの。普通の冒険者は女も男も、パサパサと艶が無く纏まりが無く、何処かべったりとしている者もいる。
あぁ、そうか。
何より普通では無い違いに、バルトは気づいた。
肌だ。
街に寄らない限りは手入れも化粧さえもままならない冒険者の身の上でありながら、彼女達の肌は思わず触れてみたくなるような、そんな手入れの行き届いた美しい肌だった。
髪で言えば、貴族の女でなら普通に居るレベルだと思われる。
だが、その肌の質は到底貴族といえど手に入れることは出来ないもののように感じる。少なくとも、バルトが生前使えていた異世界の国の王族でも居なかった。この世界に来て冒険者としている中で遠目に拝んだりした貴族では遠く及ばない。
これはちょっとやりすぎじゃないか?
そう思ったバルトがフェウルに目を向けると、フェウルは苦笑を漏らしていた。
その表情から読み取るに、ここまで効果のあるものだとはフェウルも思ってみなかったのだろうと、バルトは内心頭を抱えた。
セイが何人かの人間に試させて評価を調べていたようだが、はっきり言えば時間はそれ程無かったのだ。トールとセイには、何処か抜けている所とやりすぎる所がある。今回のこれらもそんな所だろう。特に、トールは望まれる、望むもの、面白いと感じるものをあれよこれよと出しまくって影響をあまり考えない。そういう事に興味が無いのかも知れないとバルトは思う。まぁ、何度も何度も殺されそうになり、仕舞いには本当に殺されたのだ。そういう所があっても可笑しくは無いだろう。
こりゃあ、商人や貴族は放っておくわけはないよな。
歩く宣伝と化している二組のパーティが語れば語る程、フェウルに群がる商人は増えることだろう。
今も、それはどんなものなのだ、などと二組に商人達が噛み付いている。
彼等がしっかりとした冒険者なのだなとバルトが感心したのは、商人達に噛み付かれようとフェウルから渡されたり、買ったであろう商品をすぐに出さなかった所だ。
普通ならば、自分のものをどうしようと勝手だと考えるものもいる。
だというのに、彼等は売り手であり自分たちの雇い主の意向を目で確認したのだ。
「あぁ、すみません。では、お試し用のものをお出ししましょう。」
仕方が無いな、という風情を装ったフェウルが、困り顔をして遠巻きにしていた店主へと許可を取り、荷物の中からテーブルの上へと商品を出していく。
それは全て、バルト達も使っているものだった。
依頼を受けている間も愛用し、それを使う度に依頼主や仲間達、居合わせた冒険者達に興味津々で声を掛けられ、そして試させてみれば自分も欲しいと言われた。受けと評判は最高だった。それを店に帰りトールに伝えれば、「それも定番」だと嬉しそうに笑っていた。
女達の前には、様々な形をした瓶。
化粧水、乳液、美容液、クリームなど、興味の無いバルトは内容も名前も聞き流していて、はっきりとは覚えていないものばかりだったが、イストやギルトの職員達は喜んでいた事を覚えている。
バルトが愛用しているのは、男達のテーブルにフェウルが並べた缶詰などの食料品だ。
手の平に乗る小さなものから、両手で抱えるものまで、金属で密閉された容器には側面に様々な字や絵が描かれている。それはトールの世界の言葉らしく読むことは出来ないが、絵を覚えることで中に何が入っていることは覚えている。
バルトの一番のお気に入りは、焼き鳥だった。
最近ではバルトたちの宣伝の効果もあって、店に来る客の多くが缶詰を求めるらしい。
「あれ?」
テーブルの上に並べられていき、商人達が思い思いに手にとり、冒険者達によって開けられた缶詰の中身を口にして感嘆の声を上げている中、バルトは一つ見覚えの無いものを見つけた。
それは、一見すると鍋のようなものだった。
丸く底の浅い鍋に、鉄を細く延ばしてU字型に取り付けた、見ただけで鍋だと分かるもの。
だが、テーブルの上に出されたということは、それも食品なのだろう。
バルトは手を伸ばし、その鍋を手にした。
前にトールが使っていたアルミホイルという、紙のような金属に似た触感だった。
鍋の底を触れば、中にゴツゴツとした凹凸を感じる。
なんだろうな、とバルトはフェウルに説明を求めた。
「おじさん、これは?」
「あぁ、ポップコーンですよ。食べたことはあるでしょう?」
ポップコーンという、乾燥した実を熱して破裂させるのだと言う、塩加減がたまらなく美味しい白い食べ物なら何度も食べたことはある。
手作りしていたトールが嫌気を差して『夢描く手』で出来ているものを取り出すようになる程に、バルト達が食べに食べまくったものだった。
「へぇ。俺も何個か貰っとくか。」
あれが出先で食べれるのならトールに頼んでおこう、とバルトは口元を綻ばせた。
「なんだよ。それって、そんなに美味いのか?」
バルトの肩を叩く手があった。
声で誰かは分かった。振り返り、頭一つ分程下を向けば、そこには予想通りの人物がいた。
バルトが行動を共にしている仲間の一人、ニックだった。
実年齢はバルトよりもかなり上らしいが、見た目はトール並みの年齢に見えるニックは、確か貴族の若君の指導役の依頼を受けていた筈だとバルトは思い出す。
実践経験も豊富で、背中に担いでいる剣の腕もさる事ながら、ある程度の魔術も使える、Bランクの『妖精』という称号を持つ冒険者である彼を指名した依頼だった筈だ。日数にして5日間、貴族の屋敷に泊り込みだと言って出て行ったのは二日前。
バルトは、なんで居るんだと言う意味合いを含めて首を傾げた。
「お前と、お前んとこのおじさんに、ちょっと用があってな。」
そう返すニックの顔には、申し訳無さそうに落ち込む表情が浮かぶ。
「…厄介事は嫌なんだけど?」
「わりぃ。無理だ。」
逃げてもいい?と口には出さずに聞いたバルトに、首を振って答えるニック。
その時に僅かに背後へと動かされた視線にバルトは気づいていた。
そして、それと無く、一瞬だけ、その視線をおえば、そこには普通では気づけないように影へと潜んでいる数人の存在があった。
「ちょっと来て欲しい、そうだ。」
行かないとどうなるか分からない。
そういう意味合いを感じ取れるニックの言葉と、影に潜んで見張っている者達には見えないように動かされる表情に、バルトは溜息を吐き出した。
「おじさん。」
商人達に品物の説明をしているフェウルに声をかける。
「困りましたね。もう、商品もそれ程数も種類も残っていないと言うのに。」
口付けをするつもりかと突っ込みを入れたくなる程にフェウルに詰め寄っている商人たちに断りを居れ、フェウルはバルトへと返事した。商人達の話を聞きながら、しっかりとバルト達の話も聞いていたようだった。
だが、その言葉に反応したのはバルトでは無く、バルトとの会話など早く終わってしまえと待っていた商人達だった。
「これで、種類が少ないというのか!?」
テーブルに上に上げられた数々だけでも、商人達には初めて見るものばかり、食するものばかりだった。それだけでも驚き、どうやって契約を取り付けようかと頭を悩ませていたというのに、フェウルは飄々として感じで他にもあるのだと言ってのけた。
「えぇ。店を出てから色々な所で商売しましたから。もう、ほとんど残っていないんですよ。なので、一度店に戻ろうと思っていたのですが。困りましたね。」
商人としては万全の品揃えで商売がしたいと思うのは当たり前のこと。それに加えて、フェウルが困り顔になれば知らず知らずの内に同情してしまう何かが商人達を支配していた。
そんな空気に圧され、言葉を出せなくなっていた商人達だったが、彼等に根付く商魂が呪縛を打ち破った。
「店に行けばあるんだな?」
一人の商人が、フェウルにキラキラと輝く目を向けて尋ねる。
残っているだけでも、この品揃え。
店に行けば、どれだけの物があるのか。
考えるだけで、商人達は胸が踊った。
「えぇ、私の姪達に任せている店になら在庫はたくさんあります。行商に持ってきたもの以外にも色々とありますし。何より、才能豊かな子達で。私も助かっていますよ。」
ニコヤカなその姿は、姪達を自慢する親馬鹿丸出しなもの。その後に始まった、姪達が製作する商品の簡単な説明に、商人達はすっかりとフェウルの店に心を奪われてしまった。
きっと、この場から離れた瞬間から彼等の旅支度は始まるだろう。
そして、出来うる限界の早さで、ディフェンの街の『カラミタ』という店に駆けて行く姿が目撃される。
店に辿り着いたとしても、商売をしてもらえるかは、その時の店にいる者たちの機嫌次第。対応する者次第。トールやメルリーウィだったら幸運だ。セイやイスト、ラスだったら目も当てられないかも知れない。
そんな情景が容易に想像が出来て、思わずバルトは笑ってしまった。
そういえば、最近見ないな…ポップコーンが出来る鍋みたいなやつ、とか思ったので出してみた。




