欲望の街
長い事、停滞して申し訳ありませんでした。
冒険者として、それなりの実力を発揮しギルドの中でも名を知られ始めているバルトは今、アルディアス帝国に居た。
そうそうに気心の知れる仲間や冒険者仲間を得る事が出来たバルトは着々とランクを上げ、現在はCランクとなり『赤雷』というバルト自身は仰々しく気恥ずかしさしか感じない称号まで与えられている。
バルトが護衛という依頼を受けて仲間達と共に二月前に足を踏み入れたアルディアス帝国は、冒険者の街ディフェンからは聖テオルド王国を越えた所にある広大な国土を誇る大国だった。
人間至上主義という、何処と無く故郷である聖王国を思い出させる国を苦々しい思いを味わいながら、バルトは帝国へと到着した。帝国は、一言で言えば野心の国という印象を受けた。庶民も貴族も、力こそ全てだと思っている節が感じられた。力が乏しいものは長年家名が背負ってきた地位や役目から追われる事は当たり前。貴族であるのならば、力を溜めた庶民がその地位を奪う事など珍しくもないことなのだと、バルトは仲間や依頼主である少年から聞かされた。
もしも最初に足を下ろした国が帝国だったなら、ラスやフェウルが生き生きとした動きで成り上がっていっただろうと、バルトは背筋を振るわせる思いを抱いたことは秘密にしようと考えていた。
帝国の中心、帝国の全てが集まっている帝都ディクスに辿り着き、帝都でも指折りの大きな店へと依頼主の少年を送り届けた。その少年は仲間を見捨て生き残り絶望と挫折を味わった時にバルトと二人の仲間と出会った。そして、冒険者を辞める自分を実家まで送り届けて欲しいと依頼したのだ。僅かな難色を示していた二人の仲間を説き伏せて、その依頼を受けたのはバルトだった。
実を言えば、バルトはその少年が挫折した原因に関わっている。二人の仲間を上手く誘導し、少年が逃げ延びてくる可能性の高い場所で夜営していたのも、少年を絶望に追いやったイストの依頼を完璧にする為に家までの護衛となる為に行なった事だった。友とも呼べる程に気が合い、仲も深まっている二人の仲間をいいように騙し使っていると心苦しく思う事ではあったが、それよりも同じ世界からやってきた家族という関係に落ち着いてしまっている同胞の頼みを優先するのは息をするよりも当たり前で自然な事だというのがバルトの考えでもあった。
少年は無事に、少年と少年の父親、二人の依頼人の希望通りに、帝都の豪邸へと送り届けることが出来た。
その報酬は、その店構えや屋敷から想像出来る、充分なものだった。この分なら、イストも充分な報酬を受け取っていることだろうと、バルトは夜な夜なイストが笑顔で確認している彼女の口座を想像した。バルトやジェウスのように真っ当な依頼ではないものを選んで受けている彼女の口座を見せて貰えはしないが、多分バルトが前の世界に居た頃でさえ見たことの無い金額になっている事だろうと予想していた。
少年の依頼が終わった後、バルト達は拠点としていたディフェンに戻るのではなく、帝都のギルドで幾つかの依頼を受け、しばらく滞在しようという話になった。魔の森に寄り添っているわけではないが、帝国の領土やその近辺にも瘴気溜が幾つかあり、魔物も出現することが多い。ディフェンに比べれば、レベルも低いものが多いのだが依頼は多数にあった。それよりも、野心に満ちた、悪く言えば欲望渦巻く事を良しとしている国らしく、人を相手にすることを前提として依頼が多いことが、バルトには面白く、興味を引かれることだった。
宿屋の一室をしばらくの間借り受けると契約を交わし、その部屋を拠点として二人の仲間と協力することもあれば、個別に依頼を受けることもする。
ちょくちょくとメルリーウェ達に連絡を取りながら、バルトは帝都での日々を楽しんでいた。
「…なんで、こんな所に爺さんが居るんだ?」
ある日、一つの依頼を終えて報酬が入った袋を手で玩びながらブラブラと通りを歩いていたバルトの目に映ったのは、通りの中に建つ一軒の酒場、通りから内部が丸見えになる造りのホールの一角で、服装などから商人らしいと分かる人々に群がられている、ここにはいない筈の家族の姿だった。
ニコニコと詰め寄る大勢の男達の対応をしている、中年の白髪交じりの灰色の髪をした、見る限りでは気の弱そうな優しげな風貌のフェウルが居た。
フェウルと同じテーブルには、すぐにでも動けるようにと警戒した目を持つ3人の男が腰を掛けている。
その隣のテーブルには5人の女性冒険者の姿。一見、関わりが無い、たまたま隣に座っていると思わせる様子で食事をしているが、その意識がそれとなくフェウルに向かい、こちらも動くことが何時でも出来るようになっている事が見て取れた。
つい昨夜、長期でディフェンを離れると伝えた時に渡された通信具で連絡を取った時には、メルリーウェもセイも、何も言っていなかった。どういう事だろうか、そう思いながらフェウルに聞いてみればいいかとバルトはフェウルの姿がある店へと足を向けた。
「おじさん。」
店に足を踏み入れれば、商人達はフェウルに詰め寄り「あれは私に取り扱わせてくれ」「いや、私の方が扱いになれている。」などと、フェウルが持つ商品を仕入れ、帝都で売る権利が欲しいという事を口々にしていた。唾を飛ばし、隣にいる商人を力尽くで押しのけながら、フェウルに無理矢理作った笑顔で詰め寄る中年の男達。バルトやイスト、それとラスだったのなら、すぐにでも嫌悪を顔に出して手を出しているだろう、そんな状況でも、フェウルはニコニコと笑顔を浮かべている。
その姿に、それはやはりフェウル本人なのだと確信を持ったバルトは、驚きと喜びが交じった笑顔を浮かべ、身内であることを知らしめるように、気軽な感じで声を高らかに上げたバルト。
フェウルと商人達に注目が集まっていた店内の全ての視線が、バルトへと向けられた。
その声でバルトの存在に初めて気づいた、そういった様子を見せたフェウルは驚いた顔で、しかし喜びを隠せないと笑顔を深め、座っていた席から立ち上がった。
「バルト。奇遇ですね。君も帝都に来ていたんですか。」
「あぁ、依頼を受けてちょっとな。おじさんこそどうしたんだよ。」
いやぁ助かったよ。商人達を掻き分け、バルトに歩み寄ったフェウルは感極まったという風情でバルトに抱きついた。そして、その耳元でこっそりと囁いていた。
「私も仕事ですよ。店に置いているよりも、こちらの方が売れ行きが良さそうな商品が幾つかあってね。予想通り、中々の売り行きだったよ。」
トールとセイの一押しの商品でね。そろそろ店に帰ろうと思っていた所だ。
フェウルの言葉で、それらがどういったものなのか、何となく察しがついた。
トールが造り出し、セイがギルドの女性職員を使って評価を確かめていた化粧品や美容液というものだろう。確かに、そういったものは冒険者の街よりは、こういった大きな、貴族や金持ちが集まる街の方が求めるものも多いだろう。だが、それならディフェンの街が属する国でもいいはずの事で。一つの国を跨いだ帝国まで着ている理由はまだ分からなかった。
「それにしても、君が居るのなら帰りは君を雇うことにしようかな。」
それはつまり、そろそろ一度は店に帰ったらどうかと言う事で。バルトも、そろそろ帝都でのドロドロと欲望渦巻く依頼に飽きを感じていたから、それもいいかも知れないと考えた。始めこそは、ニヤニヤと浮かんでくる笑いを押さえながらこなす依頼を楽しんでいたバルトだったが、ここまで欲望に満ち溢れたものを見続けていると嫌気を通り越して、呆れと飽きを感じてくるものだった。
二人の仲間にも相談し二人が残るというのならバルトだけでも帰ることにしようか。
そう考えたバルトと、何処と無く逆らい辛い笑みを浮かべているフェウルに向かい、苦情の声があがった。
「誰?」
それは、フェウルと一緒にテーブルを使っていた三人の男の冒険者達と、隣の席にいた5人の女性冒険者達だった。
「ディフェンのギルドで紹介されて、ここまで護衛をしてもらってきた方達だよ。Aランクの『赤星』、Bランクの『風花』。」
フェウルはバルトを促し、それまで自分が腰掛けていた場所にバルトを座らせた。そうして座る椅子が無くなり立つフェウルには、『風花』と紹介されたパーティーの一人、弓矢を背負った女が近くのテーブルから椅子を運び、座るように促していた。
「とても親切な人達でね。依頼以上のことを進んで行なってくれるんだよ。本当に、ラヴィさん達に頼んで良かったよ。」
椅子の礼を言ったフェウルは、バルトに『赤星』『風花』のメンバー達を褒める言葉を口にした。フェウルからニコヤカに放たれる褒めの言葉を、二つのパーティーのメンバー達は頬を赤らめながら笑顔を浮かべて聞いている。
その様子はバルトから見れば、まるで褒められている犬のようで。
すっかりフェウルに掌握されている、少し呆れ交じりにバルトは苦笑を漏らしていた。
「そんなら、店に帰るまで頼めば良くねぇの?」
頼まなくても、彼等はディフェンの街に帰ってもフェウルの傍を離れないかも知れない。そう思わせる様子だ。
「でもね、もう二月近くも彼等を私の依頼で拘束していると思うと、ね。なんだか心苦しく思うんだよ。中々高名で依頼の指名も多いと人に言われてね。」
フェウルは本当に申し訳なさそうな顔をしている。
それを聞いて、驚いた顔をしたのは二つのパーティー達。
すぐに首を振って、フェウルの言葉を否定していた。
「おいおい。一度受けた依頼を放り出すような人間じゃないんだぜ、俺達は。」
「そうよ。それに、貴方の依頼程受けたいと思うものなんて無いもの。どうか帰るまでだけでは無くて、次も私達に依頼を出してもらいたいと考えていますわ。」
フェウルが力を使った後のような、盲目さは彼等から見受けられなかった。一体、力を使う以外で彼等に何をしたのだろうか。バルトはフェウルへ目で問い掛けた。




