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真似はしないで、いや出来ません。

貴族の女性が好む商品を馬車に詰め込み、ギルドで依頼した二組のパーティーを護衛に引き連れ、フェウルが旅立っていた。


出立前にフェウルが予測していたそれが起こったのは、それから二日後の事だった。


その日もいつもと同じ、開店と共に冒険者や近所の住人達が訪れ、席を確保すると同時に寄って来たメルリーウェに飲み物を頼み、手渡された皿を片手に、並べられた皿に盛られた料理に近寄っていく。

いつもと違うことがあるとすれば、商人や近隣の店の店主たちのいつもならある姿がなく、客が冒険者たちだけだということと、セイが出掛けていってから代わりに接客をしているフェリシアが浮かべる優しげな微笑みに、彼女に花束を持参してくるファンたちが違和感を少しだけ覚えたくらいだった。


「おい!なんだよ、この料理は!

 虫が入ってるじゃねぇか」


開店の度に顔を見せる常連の客たちの中で、一度も見たことがない男たちで固められたテーブルで、周囲に響かせるように大きく音を立てて立ち上がった男が、皿を手に掲げて怒声をあげた。

同じテーブルについているのは男の仲間たちだろう。男の行動に驚くでもなく、いぶかしむわけでもなく、ニヤニヤ笑って周囲を見回している。


「しかも、こりゃあ毒虫だろぉが!!

 この店は客を殺そうってのか!!?」


男が皿の中から指で摘んで持ち上げた。

それは、赤いトマトソースがべったりとついているが、所々から青い色が見える3センチ程の虫だった。

それを見た客たちが

「ありゃあ、サト虫じゃねぇか」

「おいおい、あんなの食ったら死ぬぞ」

近くに座っていた客たちから虫の名前が呟かれ、ザワつきは店中に広がっていった。しかし、ヒソヒソと目を虫と男、その仲間たちに目を向けているだけで、誰も立ち上がったり、男のように怒鳴ったりとすることもなく、豪胆なことにそのまま食事を続けているものさえいた。

その反応は、男たちにとっては考えていた予想とはかけ離れた行動だったようで、ニヤニヤと笑っていた顔に困惑が浮かび始めていた。

「サト虫?」

客に飲み物を運んぶ途中だったメルリーウェが近くにいた客と目を合わせた。

「魔の森の中に住んでる虫でな。そこらの草むらにいて攻撃とかはしてこない無害なやつなんだが、口に入れたら幻覚見て、その内に意識が無くなっていく毒を持ってんだよ。」

店に来る度にメルリーウェやセイに声を掛けていた子供好きな冒険者がメルリーウェの質問に答えてくれた。その表情は困惑に染まっている。


「あぁあ、危うく

「申し訳ありません、お客様!」

予想外の周囲の反応に焦りを覚え、男が唾を飛ばしながら再び怒声を口にした。

すると、フェリシアが男の目の前に走り寄り、震えた声で詫びの言葉を男の声に重ね合わせた。

フェリシアは常となっている微笑を消し去り、涙で目を潤ませ、胸の前で手を握り合わせ、体を僅かに震わせていた。

「こちらの不手際で、お客様の身に危険を及ぼしてしまいましたこと深くお詫び申し上げます。いえ、お詫びだけで済む問題ではないことは分かっております。

当然、今日の御代はお返しいたします。

ご一緒にいらっしゃったお友達の方々もお返しいたします。

そうだわ!もしも、ほんの少しでもお口に入っていたのなら大変ですもの。

トール。お客様に、いえ、店にいらっしゃる皆さんにポーションをお出しして!

大皿からお取りになった料理に入っていた虫だもの。

皆さんのお口にも入ってしまっているかも知れないわ。」


相手の男にも、周囲の客たちにも口を挟めさせないように、フェリシアが詫びの言葉を口にし続けていく。

調理場の中から出てきたトールがメルリーウェと二人で、手分けして小瓶に入ったポーションを客達全員に手渡していく。噂を聞き、ポーションを手に入れてたいと思っていた商人たちがいたのなら、喜んでいたことだろう。

男が手にしている料理をすでに口にしている客達は、自分の身体には何の不調もないことは分かっていたが、貴重なポーションを手に入るとなれば何も言わずにそれを自分の道具入れにしまっていった。


「これも、お詫びの品として受け取って欲しい。」


騒ぎを起こすだけで、後の主導権を握ることが出来ていない男たちが顔を引き攣られせ、仲間たちで目を合わせて、どうしたらいいのかと考えを巡らせようとしていた。

しかし、その時間も与えることは許されなかった。

店のカードを持たない人間には決して開けられることがなかった中庭に続くカウンター横のドアが開き、ラスが手に幾つかの首飾りや指輪、腕輪を載せた盆を持って現れた。

滅多に顔を見せることがない青年の姿に、皆勤賞がもらえる勢いで店に通っている冒険者たちも驚いている。

「俺が造ったものなので詫びの品には不足かもしれないが、貰ってもらえないだろうか?」

顔を見たことがある者たちは、ラスが浮かべる憂い顔で申し訳なさそうに微笑み姿に目を見張る。店に出てくる時、素材欲しさに街の外に出掛けていく時も、ラスは無表情か、イラついていることを隠さない不機嫌な顔であることが通常で、彼が笑えるということに驚いているようだった。

そして、ラスのことを見たこと無かった者たちは、美しいというわけでもなく、街には一人二人は絶対にいるだろうと思われる青年の一挙一動に目を奪われ逸らすことが出来ないでいた。まるで、遠めでしか見たことがないような高貴な人間のようで、ひれ伏したくなる雰囲気が出ていると、心を奪われる前に正気に返り頭を振って酔いを覚ました客の一人は思った。


「まったく。何をしているんだ、お前は」

「申し訳ありません、ラスさん。」


煌びやかな装飾が施され、大きな宝石が飾られたそれらに思わず喉を鳴らし、男たちはラスから盆ごと受け取っていた。

本来、彼等のやるべき事としては受け取るべきではなく、もっと騒ぎを大きくするように力の限り暴れるべきところだった。しかし、ラスが差し出した装飾品たちは男たちが目にする機会など生涯の内で絶対にないと思える程に美しく、そして差し出したラスからは逆らえない気配を感じ飲まれてしまっていた。


男が盆を受け取り、引き寄せた様子を見て、ラスは一度だけ満面の笑みを浮かべた。

そして、すぐに隣にいたフェリシアに目を向け、男たちは自分の視線から消してみせた。

フェリシアに顔を向けた時には、ラスの顔から笑顔は消え、いつも通りの無表情に変わっている。

溜息を吐いて、フェリシアに叱責を落としたラスと、それに頭を下げるフェリシア。

見た目の年齢からはフェリシアの方が上にも見えるが、立場としてはラスの方が上なのだと周囲に印象付けた。


しばらくの間、店の中には沈黙が落ちた。

貰ったポーションを眺めている者。

構わずに食事を続けている者。

首を伸ばして、男が持つ盆の中を覗こうとしている者。

フェリシアとラスに目を奪われている者。


沈黙を打ち破ったのは、正気に戻った男だった。

盆の中にある装飾品に目を奪われていた男は、正気に戻り己のやる事を思い出した。手にしていた盆を仲間に突きつけるように渡すと、ラスやフェリシアを睨みつけ、掴みかかろうと手を伸ばした。


「やめておけ。こちらはするべき事は全てしたんだぞ?」


ラスの首もとを掴んだ。

掴まれたままに男の顔に近づいたラスが、男にしか聞こえない声で忠告を囁いた。


「おいおい。謝罪もしたし、治療もされて詫びの品も渡された。

 毒を受けてもいねぇみてぇだし、十分だろうが?」


暴れようと、まずはラスに拳を振り下ろそうとする。

そんな男に客の中から声があがった。


謝罪を受けた。

治療の為と、噂になる程の一級ポーションを受け取った。

素人目、遠くから見ても過剰な程に高価なものを詫びとして受け取った。


それでもなお、暴れて文句をつけようものなら、強制的に排除されても仕方ない。客達が男たちに向ける視線が語っていた。


何より、客達は全員気づいている。

虫が男が自分で、自分の皿に入れたということを。

というよりも余程の馬鹿でない限り、信じるものはいないだろう。

普通の店でなら、通用した手なのだろうが。

この店では料理が盛られた大皿から、自分で取り分けて食べるという、これまで見たことも聞いたこともない独特の方法を取っている。赤いソースの中に入っていたとしても絶対に目立つ青い色の虫が入っていたなんて、馬鹿みたいな話だ。

それを取り分けた後、食べ始めた後でしか気づかないなんてある訳がない。大皿にある時に手をつけていた客の中で気づいた者がいないというのもおかしな話だ。



「っち」


座ったまま見ていた男の仲間たちが立ち上がり、男をラスから引き剥がした。

耳元で何かを伝えている。

どうせ、逃げたほうがいい、ここは一端引こう、とそんな所だろう。

舌打ちした男は持っていたままだった皿を床に叩き付け、ラスに向かって唾を吐きかけると仲間たちと共に店を後にしていった。

「覚悟しておけよ!」

逃げていく悪役の定番って本当に言うんだなぁとトールが苦笑いを浮かべる言葉を残して。



「良かったのか?」

実は店の端で食事をとっていたダグラスとルシアールがラスに声をかけた。

商業ギルドに目を付けられた経緯を知っている彼等は、依頼を受けて嫌がらせに来た奴等を逃がしても良かったのかと。

「構わないさ。これで奴等は何をしても正当性はなくなった。」

去っていった男たちに向けて侮蔑的な笑みを送ったラスは、そのまま工房に戻ると言い残し、カウンター横のドアを潜っていった。

「正当性ねぇ。」

「手は必要か?」

今までの経験のおかげか、ラスが言った意味を読み解き、何をやろうとしているのかを察したダグラスたちは協力を申し出たが、フェリシアに首を振られて断られた。

「ありがたい申し出ですが、必要ありません。御気になさらずに。」



フェウルが出掛ける前に言い残していったこと。

それは、嫌がらせを受けた場合の対応についてだった。

使い慣れた体ではないとはい、その程度の奴等を退けるには十分な戦いは出来ると言ったイストを嗜め、フェウルはきちんと謝罪と詫びをするようにと指示を出した。

何故と首を傾げるイストやメルリーウェ、トールだったが、フェウルの説明を受け納得し指示に従うことを約束した。


「相手が口を挟む暇も与えないように、丁寧に謝罪するように。

そうですね。相手は男の方でしょうから、フェリシア、つまりイストに頼むとしましょう。

もしも、女の方だったらラスに。どのように謝罪する時の態度などは、二人はよく分かっていると思うのでまかせるとして、特殊な方のようだったらメルリーウェやトールに出てもらうかも知れないので、その時は頑張りなさい。

後から怪我をしたやら体調が悪いと言い出すかも知れないので、ポーションを。その時店に居る客たちにも渡すことで、騒がせた詫びと口止めのような効果も望めるでしょうか。

ラスの作った物も渡せば、十分な詫びだと周囲も判断しますね。

ここまで、すれば。

相手がどんな態度、反応をしようと周囲が、謝罪が終わってそれを受け取っているくせに何だ奴等はっと考え、こちらの味方になってくれるでしょう。何より、店にいらっしゃるのは店の商品を欲しいと望む方々が多いですし。こちらがしっかりした態度で謝罪をしたのだという事実が手に入る。昼においてはそれだけが手に入ればいいでしょう。」

それらは、無限に物を手に入れられるトールがいてこその作戦だった。

普通の店でやろうものなら、一度の嫌がらせは退けられるだろうが、次に来た時には対応できないだろう。何より、噂を聞きつけ便乗して嫌がらせしてくるものも押しかけてくることになる。その度に高価な詫びの品を与えていては店どころか生活も危ういことになるだろう。

「その事実があれば、夜に襲撃してきた奴等をどうしようがこちらの勝手。

謝罪が不十分だった、その仕返しだ!などと言われようが誰も信じることはないというもの。こちらが過剰に対応しようとも、誰の同情も助けも求めることなど出来ない。

なので、イスト。何かをしたいことがあるのなら、昼は我慢して夜にするように。」




床に落とされ割れた皿の破片や料理、男たちが食べかけのまま置いていったテーブルの上の食器たちを、フェリシアとメルリーウェが協力して片付けていく。

「お騒がせして申し訳ありません、皆さん。

もしも、気分を害されたということが無いのでしたら、どうぞお食事を続けていって下さい。もちろん、もう二度と異物など入らないように致します。

それと、皆さんにもお詫びとして、飲み物を一杯提供させて下さい。

どうぞ、お好きな飲み物をご注文して下さい。」

積み重なった食器を両手に持ったお盆にのせて、フェリシアが笑顔を周囲に振りまいた。その後ろでは、メルリーウェがほうきとちりとりを持って床を素早く掃除していく。


気にする事ないぞ

ありがてぇ

すまないな


などと客達の声があがり、その間をちょこまかと見た目に反した素早さでトールが飲み物の注文を取り付けていく。



「さぁ、今日の夜には早速来てくれるのかしらね。」

カウンターに食器を移し、ホールに背を向けてイストは期待に胸を躍らせた。


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