飛んで火に入る、なんとやら
気軽にラヴィと呼べと言う『迷宮の大精霊』に案内されたのは大きな店の裏口だった。
裏から見ても大きいと感じるその店は、歩いた距離なども考えて、表通りで一・二を争っている大店のようね。
無用心にも鍵をかけていないのかラヴィがドアノブを回すと、裏口は簡単に開き中に入ることができた。入った場所は、客に出す酒や備品などを保管している物置部屋のようで、数人の男たちが普通より高く作られている天井に届く棚を整理したり、酒の準備をしていた。
その内の一人が、音を立てないで入ってきた私達に気づき、棚に立てかけた梯子から飛び降りてきた。
「ラヴィ様。お待ちしておりました。例の部屋に案内いたします。」
2メートル以上の高さもある位置から飛び降りたというのに音一つ立てず、ラヴィと私に駆け寄ってきた男は、先程までは物置特有の薄暗さもあり気づけなかったが、猛禽類のような鳥の頭を持っていた。
ここ最近の生活で、動物の耳をもったり、獣の頭を持っている獣人は見慣れていたが、鳥の獣人はこれが始めて。不躾だと分かっていても、ジロジロとその頭を見ていたことに、相手の男も気づいて当たり前だった。
「・・・こちらの方が、例の店の一人ですか?」
「そうです。最近『黒の華』って呼ばれ始めたイスト様。」
ラヴィが男に私のことを紹介したのはいいのだけど、『黒の華』っていうのには聞き覚えがないわ。
こっそりとギルドカードを覗き見ると、確かに称号の欄に『黒の華』と書かれていた。興味がないから余り見ていなかったから何時の間に称号が現れたのかも分からない。
「ラヴィ。『黒の華』って?」
「御存知ありませんでしたか?イスト様の称号です。
なんでも、一部の男の方たちが言い始めたがきっかけだとか。暗闇で出会ったイスト様の髪が黒く見えた。凛として戦う姿が華のようだ。ということです。」
まったく、くだらないことを考える奴等もいるものね。
まぁ確かに、基本的に闇夜に紛れるような依頼しか受けていないから。そう呼び始めた奴等はきっと依頼の中で私を見たのでしょうね。
「イスト様。この者は、この『夜行楼』の管理を任せていますヤマトです。以前から是非、カラミタの方を紹介して欲しいと頼まれていたんですの。」
鳥の表情なんて考えたこともないから間違っているかも知れないけど、多分ヤマトという男は今笑みを浮かべているようだった。
「お初にお目にかかります、イスト様。カラミタで見たことも聞いたこともない食事や飲み物を出していると耳にしております。是非、この店でもそれを使わせて頂けないものかと、ラヴィ様に相談していたのです。後日でいいので、詳しくお話をさせては頂けないでしょうか。」
店の名前や自身の役職と名前が書かれた一枚の紙を差し出し、ヤマトが頭を下げる。
立場ある男が簡単に、しかも女に対して頭を下げるなんてと驚いた。
でも、トールやセイも同じように何かと頭を下げていたわねとトールたちの姿が思い浮かんだ。確かトールやセイに会って間もない頃に、それがトールたちの故郷の習慣、民族性のようなものだと言っていたことを思い出す。
「あなた、『日本』って所を知っている?」
「何処でそれを?それは、英雄タクマの故郷の名です。」
「イスト様。ヤマトは御父様に拾われ、育てられた者なのです。その為に、御父様とそっくりな行動を取ることや、御父様の故郷の習慣を無意識に行ってしまうことが御座いますの。」
ヤマトが『日本』から来たというのなら、トールやセイが喜ぶかと思ったけど違ったようね。
でも、ギルドを作った英雄タクマが同郷ということを教えたら喜ぶかもしれないわね。いい御土産ができたわ。
でも、体の動かし方や声音からヤマトが若い男だと判断していたのに、英雄の養い子というのなら普通の存在ではないということになる。
「英雄に育てられたってことは、獣人ってそんなに寿命が長いもの?」
依頼をこなしながら少しずつ人を喰らい、この世界の知識を得ているが、そういった情報は無かった。そもそも獣人の情報自体があまり無いように感じていた。
「いいえ。普通の獣人たちの寿命は人間種とあまり変わらないものです。
私は、『不死鳥の一族』でして、この種は条件次第では不死となれるという特色があるのです。そのおかげで、今もこうしてラヴィ様のお手伝いをすることが出来ているのです。」
獣人にも色々な種があるということね。手に入る機会があれば、獣人のストックも用意しておいてもいいかも知れない。その種の持つ特色次第では便利そうだもの。今度、メルたちに提案してみるか。
「店の商品については私は関わっていないの。それらはフェウルやトールに聞いてみないと。
それで、私を連れて来た本題は?」
面白い話を手に入れることが出来たから無駄というわけではないけど、それで本題を逃したら笑えない。ラヴィに目を向ける。
「あぁ、そうでしたね。
ヤマト、何時ものお部屋よね?」
「はい、そうです。」
「では、イスト様。どうぞ着いてきてください。」
案内をしようと動こうとしたヤマトを手で制し、仕事に戻るように言うと、ラヴィは店の中へと進んでいく。
ラヴィに着いていくと、店の中というよりも従業員用の通路へと入っていく。
狭く薄暗いその通路を突き進むラヴィの後に続くと、所々にある覗き窓から見える客と女たちの駆け引きや普通に食事を取っている冒険者の姿などが見て取れた。
「あの者たちは毎回、最上階の広間を貸し切ってお話し合いをしています。
今回の題目は、もちろん貴女方のお店について。」
急勾配の階段を昇りきった所にもまた、覗き窓があった。
ラヴィは中を覗くように促してきた。
「感知を防ぐ術が施してありますから、気配を消す必要もありません。」
その言葉に、隠れることもなく覗き窓に堂々と顔を晒した。
中にいたのは、無駄な肉を悠々と蓄えている、見たからに裕福そうな商人という風体の男たちの姿。
顔を突き合わせながら、気色の悪い笑い顔で酒を口にしている。
「・・・ラヴィ。
一つ疑問なんだけど?」
「なんでしょう?」
「どう見ても動きが鈍そうなあいつ等が、『試練の迷宮』の中である此処に来れるのは何故?」
振り返ってみると、微笑みを浮かべていたラヴィのそれが、僅かに表情を変えていた。
口元は相変わらず微笑みを作っている。けれど、その目からは一切の光が失われ恐ろしいまでの闇を宿していた。
「彼等はギルドの重要な下部組織の構成員であると主張し、試練である筈のこの遊郭階層を娯楽として利用しております。ギルドの精霊である私達としては、そのような例外、事態を許しがたきものと断じたいのですが、ギルド長を始めとする大切なギルドの職員からの頼みとあっては仕方がなく。」
その声は硬く、ラヴィの本当の怒りを感じられる。
「頼み?」
「えぇ、今や商業ギルドの利権や資金は無視することが出来ないものとなっていると。」
ラヴィの目的が分かった。
手を出してくる彼等を、私達が叩きのめしてもいいと。
「世界を救う英雄が作った精霊がそんな事でいいの?」
一応は罪の無い人間を害なす事を、世界を救うシステムを司る精霊が促して、何か不利益をこうむることはないのか。彼等にどんな攻撃を加えられようと心配することなど何も無い。それだけの戦力を私達は有しているのだから。だから、心配するとしたら世界単位で起こるかもしれない不利益だけ。
「あら?イスト様は精霊が人々を守る善意の存在と思っていらっしゃるのですか?
失礼ですが、意外です。」
本当に驚いた様子のラヴィ。
「イスト様。
『迷宮の大精霊』も『真贋の大精霊』も『書の大精霊』も、ギルドを守り管理する為に生まれた存在です。我等が守るのは、英雄タクマが造り出した冒険者ギルドという存在だけ。それを害なすというのなら人間など何人でも何百人でも、消してしまうことに躊躇うことはありません。
そして、ギルドを危ぶむのなら、御父様以外の英雄が造ったシステムを破壊することも厭わない。
これは、他のシステムを司る精霊たちにも言えることです。」
「つまり、私たちはギルドに有益な存在であると考えてもらえているということね。」
彼等三人の精霊たちが贔屓とも呼べる扱いを私達にしていることは、そういうことだろう。
「貴女方が、ギルドに害なさない限りは。
あなたたちが齎す新しい風は、世界の為にも有益であり、何より無為に生きる精霊の暇を慰めてくれるものと感じておりますから。」
「暇つぶしの玩具扱いってこと。
私たちも、貴女たちが手を出してこない限りは何もしないと思うわ。
基本的に、温厚な性質な者ばかりだから。」
「そうですか。良かった。
ならば、ずっと仲良くやっていけそうですね。」
悪巧みをしている男たちは、一応は悪事を行っているという自覚があるのか、潜められた声で話し合い、覗き窓からでは時折聞き取れないところがあった。
けれど、彼等がやろうと企んでいることは聞き逃すことはなかった。
「何故か動こうとしない。商業ギルドの寛大さを見せ付ける良い機会だと言っているが、そんな事を言う奴ではなかったはずだ。奴等は不可思議な魔道具を生み出していると聞く。それを使われた可能性がある。」
なかなか、勘のいい人間がいるようね。
これは、商業ギルドで偉そうにしていた男のことだろう。
フェウルが女の体になって(店ではフェリーナと名乗っていた)声を使って暗示をかけておいた。力は軽くしておいたと言っていたけど、まだ効果が続いているみたいね。
それにしても、フェリーナの中身が実は老人だと知ったら、店に通ってくるファンだとか言う客達や貢物をもってくる冒険者たちは、どんな反応をするのか。
トールかセイに、記憶の消える魔道具を出してもらって、一度試してみるのも面白いかも知れないわね。
「何時もどおりの方法でいいだろう。」
「そうだな。だが、闇ギルドに依頼を出すのなら腕の立つものたちにしておかねば。」
「奴等の仲間は中々腕が立つらしいからな。
まぁ、三人のうち二人は依頼を受けて遠くの地に行っていると聞くから、心配はいらんだろうが。」
「なかなか女は粒揃いだと言うじゃないか。
色々楽しめそうだな。」
なかなかの馬鹿や下種が揃っているようね。
「ラヴィ。いつもの方法って?」
「簡単なことです。昼間は文句をつけるという名目で店で大暴れ、夜には強盗と思わせて襲撃。
それを店側が憔悴するまで何度も何日も続けます。
衛兵などには金品を握らせ、近隣の店にはその店の客を奪い取るように指示を出します。」
面白いことになりそうね。
早く帰って、対策を考えましょう。
心配するとしたら、やり過ぎないかってことかしら。




