開店当日のこと
「トール君!
これって、グランドピアノだよね!!どうしたのさ」
店を開けようという日の朝。
二階から降りてきたセイを驚愕させたのは、店の奥のテーブルを無くした空間に置かれていた、セイとトールが生まれ育った世界で一番といってもいいくらいに有名な楽器だった。
そして、その高さのあるテーブル並みの大きさのピアノに摺りついている『書の大精霊』と丸々と太った中年の男の姿には口元が引き攣った。
「何してるのさ。
それに、その人は誰?」
思わず、男のような口調になってしまったセイは、慌てて自分の口を押さえた。
「新しい情報がある所に私が現れることは不思議ではないだろう。
ましてや、ここには何時でも注目しているんだ。
これは、私の弟の『真贋の大精霊』。
面白そうだと着いてきただけだ。」
「僕も新しい物は好きでね。
これは良いね。新しく、何より平和的だ。」
「昨日の夜に・・・皆にばれない・・様にこっそり出したんだ・・・けど、
僕が朝・・・起きたときには二人・・・がいたんだ。」
厨房から出てきたトールの手にはトーストやサラダが乗った皿があり、それを一番近いテーブルに置くともう一往復して、精霊の兄弟とセイの朝食を整えた。
「・・・歌姫がいるんなら・・・ピアノだなって・・・。
セイ・・・ピアノ習ってたから・・・いけるかなって・・・」
「そうだね。
何個かさせられていた習い事の中でも唯一好きだったのだよ。
一応、授業でも伴奏してたしね。
じゃあ、壊れないように魔術で強化しておくね。」
「・・・それ・・でね、セイに頼みが・・あるんだ?」
そう言うと、トールは同じテーブルを囲っていた二人の精霊たちに目を配った。
精霊たちは少し名残惜しそうな顔をしながらも、皿を手に、店の入り口に近いテーブルへと移っていった。
「セイに説明する時は離れていて、ってお願いしてあったから・・・」
始めは自分達も説明を聞きたいと好奇心を抑えることなく言っていたが、これでまだ完成ではないとトールが告げ、最後に聞いた方が楽しめるという言葉に渋々ながら了承していた。
「前々から、やってみたいって思ってたことがあって・・・
でも、中々ゲームでそれっていうものが無かったから。
セイが魔道具作れるなら、出来るんじゃないかと思ったんだ。」
「やりたいこと?」
セイは首を傾げた。
得た能力を活かす為に、書物を漁り、広く浅くゲームに馴染んだと言っていたトールでも出すことが出来ない魔道具とは一体?
「映画とか漫画とか、小説とかで、なんだけどね?
酒場で歌手の人がピアノにもたれ掛かりながら歌っていると
マフィアが雪崩れ込んでくるとか
兵士たちが部屋の扉を乱暴に開けて駆け込んできた時に
やれやれ、曲が終わるまでくらい待てないのかって言いながら弾く
芸術家気取りの悪人とか
・・・見たことないかな?」
「あ・・・あるような気がする。」
「そういう時にね、もしも歌手からとかピアノから攻撃が放たれたら驚くかなって」
トールが言っているものを想像してみた。
確かにそんな攻撃が行われたら、やられた方はたまったものじゃないだろう。
「歌手はフェウルさんがいるでしょ。
ピアノは・・・ゲームとかでも中々そんな武器なくて・・・」
そりゃあ、無いだろう。
「攻撃が必要だなんて、戦っている所でしょ?
戦場のど真ん中でピアノ弾いて敵を倒していくなんて、シュール過ぎるよ。」
血肉が撒き散らされる戦いの最中、一人優雅にピアノを奏でる。
どんなキチガイだっと叫ばれること間違いないだろう。
「出来ない、かな?」
トールとピアノを交互に見る。
元々いた世界でそんなことを考えたら、ただの可笑しな人間だろう。
だが、異世界でなら何をやっても、しかも誰も見たことがない物でそれをやるのなら、それがそういう物として受け入れられるだけだ。
戸惑っていたセイだが、何時しか楽しくなっていた。
「じゃあ、トール君。
ここはこうして、ああして、そんでもって、こういう風に攻撃するってどう?
こうしたら安全じゃないかな?」
「そうだね。
まぁ、グランドピアノなんて盗んでいける人間なんて少ないだろうし、
セイの方法なら盗まれたとしても被害はないね。」
「それでね、トール君。
これが完成したら・・・」
ピアノの蓋を開け、二人肩を並べてあれやこれや企んでいく姿を、朝食を食べていた精霊たちはジッと見つめていた。
「いいねぇ。仲良しな姉弟って。あっ兄妹でもあるのかな?」
「まだギルドが出来たばかりの頃は僕らもああだったよね。」
「そうだな。あの頃は周りの存在全てが新しい情報ばかりだったからな。
はしゃぎ過ぎて、姉さんや父上に怒られたもんだ。」
懐かしい光景が、トールとセイに被り思い出されていく。
「彼らのおかげで新しい物が多くなりそうですが、
いい年なんだから、はしゃぎすぎないようにして欲しいな。」
「・・・分かってるよ。」
それから店を開けていない時間の全てを注ぎ込み、セイはピアノに様々なものを仕掛けていった。
途中、目の下に濃い隈を刻み、怪しい笑い声を上げていた時には、暖かく見守っていたフェウルやラスまでもがセイを無理やり寝台に運んでいたのは、時折帰ってくるジェノスたちへの良い笑い話になった。
そして、ダグラスたちが久方ぶりに訪れた日。
魔道具だと見抜くことが出来るルシアーノが気づいてくれたおかげで、セイのテンションは最高潮に登り詰めていた。
「見せてあげましょうか。
これの力。」
満面の笑顔になったセイは、ルンルンと弾むような動きでピアノの準備をしていった。
なんの漫画とか映画だったかは忘れたけど、芸術家気取りの優雅な悪役だけは覚えています。




