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トールの企み

大工と『暴虐の野獣』の面々にカードを渡してから三日、遂に明日開店の予定となっていた。

あれから毎日のように彼らは顔を出してきた。


まだ開店してない 

言いながらもトールは食事を作り提供していた。

出す料理は毎回変わり、それら全てに高評価を得たトールは開店へと向け着々と店の中を整えている。



「まだ、商業ギルドに行ってないのか?」


大工が驚いてあげた声に、

壁に飾ってある剣や装飾品を眺めていたダグラスやカミーユ

セイを捕まえて、魔道具について語り合っていたルシアール

手元の小皿に盛りに盛った料理を食べるロアスにイーダ、そして『書の大精霊』が顔を上げた。

『書の大精霊』も、あれから毎日のように現れ、メルリーウェやラス、セイが作り出す物に目を輝かし、食事まで共にしていた。


「おいおい。

 大丈夫かよ。奴等は厄介なんてもんじゃないぞ。」

「そうそう。お金ないわけじゃないんだから、準会員くらいにはなっとっいた方がいいぞ?」


幾つかの黒い噂、真実を知るダグラスたちは真剣な面持ちで忠告した。

商業ギルドに逆らって、死ぬよりも酷い目にあった元・商人とその家族を何人も知っているからだ。


「・・・利点がないから・・・」

そうトールは考えた。


準備をする傍ら、トールは『書の大精霊』に商業ギルドについて聞いていた。

対価をよこせとニヤニヤしながら『書の大精霊』は言ったが、ここで食べていく食事や作った物を見ることで折り合いをつけることになった。これからも分からないことがあったら『書の大精霊』が答えてくれる。

始め、トールは面倒くさい諍いはゴメンだと最低限のお金を納め商業ギルドに従順だという姿を見せようとしたが、『書の大精霊』に聞いた情報で、商業ギルドには関わらないことに決めた。

そもそも、トールの祝福の力を使えば他の商人に関わる必要もないし、その内バルト達冒険組が獲物を取ってくるだろう。何より、セイたちが作る物を知れば、商人たちの方から取引を持ちかけてくるに違いなかった。

そこで商業ギルドに入る問題があった。

これまでの商業ギルドが起こした事例の中に、ある準会員が開発し大ヒットした商品を、それを欲しがった会員が役員へと掛け合い情報の開示をさせたというものがあった。

名目は、商業ギルドの会員は助け合わなくてはならない。一つの店だけが特筆して利益を得て、他の店に迷惑をかけたはいけない。というもの。

多分、セイたちが作る物はこの店独自のものになる。

こちらが選んだ、特定の相手にだけ売るとしても、先の事例を持ち出し圧力をかけようとしてくるだろう。そんなことをさせたら、入らない以上に面倒くさいことになる。

トールのイメージではあるが、商業ギルドの脂ぎった、宝石などをセンスもなしにジャラジャラ着けているような、定番の大商人たちとは係わり合いにはなりたくなかった。




「あっ・・・一つ伝えておくね・・・」



簡潔なトールの言葉に声を失っていた面々に、トールが声をかけた。


「店、週に・・・7日か8日に1、2回にしか開けないから・・・

 ・・・でも・・・カードを見せてくれれば・・・店に入れる。

 だから・・・カード無くさないでね。」


「そ、それは商売になるのか?」

ダグラスたちの口元が引き攣っている。

それもそうだろう。

日々の糧を得ている商人たちが、そんな商売の仕方をしようなんて思わない。

これまで聞いたこともないようなやり方だ。


「・・・お金を手に入れるのは・・・店だけじゃないから・・・

 ・・・安い値段で・・・どれだけでも珍しい料理・・・を食べれる。

 話はすぐに・・広まる。

 この街に来るの・・・なら寄ってみよう・・・絶対に、話になる。

 ましてや・・・気に入られたら珍しい、効果が強い商品・・が手に入る・・・なら・・・

 ・・・本来ならこの街に・・用がない冒険者も来ようと・・・思う。

 店が開いてなかったら・・・他の店を使う・・・

 ・・・他の店も潤う

 商業ギルドも・・・苦情を・・いいにくい・・・」

商業ギルドに加入しなくても、表向き苦情を入れるくらいはするだろう。

裏で何をしようが対処する術はある。

なら、周囲の店の印象を良くしておけばいい。

街に来ることがなかった冒険者を引き込み、それらを周囲の店へと回すよう仕向ければ、それがこの店の存在のおかげだと気づかせれば、この店の印象は良いものへとなるだろう。

人は食べなければいけない。

この店が開いてなかったからといって、じゃあ元の街へすぐに帰ろうとは絶対にならない。

道具も食料も必要だ。

ましてや、この街は魔の森のすぐ傍。準備は過ぎる程にする必要がある。

だから、『暴虐の野獣』には・・・


「だから・・・出来るだけ・・・このお店のこと噂してくださいね・・・」


必要なのは宣伝だ。

Aランクの彼らなら遠くに行くこともあるだろう。

この街に長く住む大工なら、きっと顔も広いことだろう。

『書の大精霊』に至っては、ギルドがある限りどんな場所にも現れる。

『書の大精霊』御用達の看板を作ろうかと考えたが、さすがに目立ち過ぎるから止めておく。


「俺たちに利点は?」

「全員に・・収納袋を・・・」

全員に配ったのは、口が大人の拳よりも少し大きな巾着袋。

始めにダグラスに渡したものより少し小さなサイズになっている。

けれど、持ち運びはしやすいし、容量は気にしなくてはいいのだから、十分に旅の消耗品などは入れることができる。

「もう少し、大きいのがいいってのは聞いてもらえないのか?」

「・・・それは少し・・・時間がかかる・・・・ってことにしてあるから・・・」

嘘だとはっきり言っておく。

『暴虐の野獣』は信頼できると感じているからこそ、嘘だと分かる嘘を突き通すよりも本心を交えておくほうがいいと、フェウルやラスに言われていた。長い間、魑魅魍魎のような人間の中で生きてきた彼らがいうのだから、最善の方法なんだろう。

「いいだろう。

 思いっきり、でかい声で噂しておいてやるよ。」

「ありがとうございます。」


その後、礼だと言ってトールが運び続ける食事と酒によって『暴虐の野獣』と大工は潰されていった。一人、けろりとしているのは『書の大精霊』。トールの作り出す、異世界の料理と酒という新しい情報にうっとりと見惚れていた。その様子は妖艶な美女そのもので、依頼を追え外から帰ってきたバルトが「なんで男なんだよ」と残念そうに肩を落としている様子が見られた。


「そうだ。

 あの店の一番奥の場所。

 テーブルが一つ無くなっているんだけど、どうしたんだ?」


すべての情報を眺め終え、我に返った『書の大精霊』が指を指すのは店の一番奥、壁沿いの場所。

六つあったテーブルが五つになり、ぽかりと空間が開いていた。

新しい情報を求めている『書の大精霊』は目ざとく、目を輝かせてトールに首を傾げてみせた。


「まだ・・・内緒・・・です。」

「それは、新しい情報か?」

「・・・明日、お楽しみに・・・」


『書の大精霊』が首をめぐらせると、セイもバルトも、途中から姿を見せテーブルについていたラスたちも首を傾げていた。

それに関してはトールの独断ということだろう。

ならば、『書の大精霊』は明日を楽しみにすることにした。

姉である『迷宮の大精霊』や弟の『真贋の大精霊』も連れてきてもいい。

彼らも、新しいものを見るのは好きだから。

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