書の大精霊
「ふざけるなよ。
平民ごときが
この僕に、逆らうなんて!!!!!」
「ふざけるな?
ふざけているのはそちらだろう?」
ラストルが笑う。
彼にとって、こういう貴族の子供は見慣れたものだ。
何も知らず、理解せず、貴族をただ優れた、誇りあるだけのものと胸を張る。
こんな愚かな貴族は、異世界であろうと変わらぬものかと笑いが込み上げてくる。
「1つ聞くが」
「おっおぉう」
消え去った傷跡を呆然と触れている冒険者に声をかけると、男は驚きながら我に返った。
「ギルドに属する者の情報は、ギルド内部とはいえ軽んずられてもいいものなのか」
ラストルの放つ威圧感に、驚きと恐怖に喧騒に包まれていた場が静まり返り、ラストルの声は全員に届く。その問いかけの答えは、冒険者たちにとっても、ギルド職員にとっても、ただただ当たり前で全員が知っていることだった。
「んなわけないだ
情報何て最も重んずるべきもんだ。
じゃなきゃギルドを信頼することなんて出来わけがない。」
男の言葉に、全員が相槌を打つ。
「そうじゃ。冒険者の情報が外に流れたなんてあってはならん。
ギルドへの信頼が無くしてはこのシステムはなりたたん。」
「では、これは一体どうしたことなのか」
レーニ翁も職員を代表するが、ラストルの酷笑は止まらない。
「人数が多いということで奥の部屋へと案内された。
そこでギルドについての説明を聞くついでに、今手の内にあるものらを鑑定をしてもらったが、部屋から出ると、この男がこれまで外では出す事が無かった物を買取ると言ってきた。鑑定で明らかにされた額に少しの色をつける値段でだ。
なぜ?
どうして、俺たちが一級ポーションを持っていると彼らは知ることができた?
部屋の中にいたのは、彼女とレーニ翁だ。
さぁどちらがこの男の耳なのか」
その目を、レーニ翁と、後ろの方で姿を隠すようにしていたアマリエへと巡らせる。
ギルド内にいた全ての目がそれになぞった。
「レーニ翁は俺らが若手の時から、ここで鑑定していたベテランだ。
何より、そういうことを嫌う堅物のクソ爺だ。
やるなら、そっちの女だろ。
怪しい動きはしてたぜ。」
何処からか、声が張りあがった。
先ほどのアマリエの動きを見ていたものは意外に多かったようだ。
相槌を打つ姿がいくつも見える。
最近来た女だ
聖テオドルの王都勤務らしいぞ
あいつ、俺たちを差別しやがった
なら生粋のテオドル人か
顔で贔屓しやがる
よくギルドに入れたな
次々に出てくるそれは、悪意に染まっている。
「アマリエ・・・そなた何ということをしたのじゃ」
「なっ!!
わ、私は」
「すまんな。ギルドを代表し、まずは一つ謝罪をさせてくれ。
あれは急遽呼んだ助っ人での、聖テオドルの者じゃ。
ギルド職員となる際に、差別や感情を職務からは一切排除せよと教えられたはずなんじゃが」
青ざめたり、赤らめたり
くるくると変わるアマリエの顔色。
それらを一切無視して、レーニ翁はラストルたちに頭を下げる。
事の重大さを理解しているからだ。
他の職員たちも一斉に頭を下げる。
下げていないのは、恐怖か怒りか、身体を振るわせたアマリエだけだ。
「私は悪くないわ!!
ギルドの利益を考えてのことよ!!
一級ポーションを買取れる冒険者は彼だけよ。
だって、貴族なのよ。他の冒険者が買えないようなアイテムも買ってくれるわ。
貴方たちだって、彼らと繋がりができて嬉しいでしょ?
これからだって、彼らが繋いでくれる人たちと商いができれば大もうけじゃない。
どうして、私が攻められなきゃいけないのよ」
髪を振り乱して怒鳴るアマリエは、自分に向けられた冒険者たちの嫌悪の目も、職員たちの憎悪の目にも気づけてはいない。
「可笑しいですね。
ギルドの利益と貴女は言うが・・・
彼らはギルドを通すことなく、私たちから直接買取ろうとしていましたよ?
それでは、ギルドには何の利益も生じない。
それに、彼らのような相手と繋がりと作ってもらっても嬉しくはありませんね。」
フェウルが前に出る。
商いに関してはフェウルがまず相手をするとすでに話し合って決めている。
人の良さそうな笑みを浮かべたそれは、まさに商人というそれだった。
しかし、その目が笑っていないのは誰の目から見ても明白だった。
「先ほど鑑定して頂いたものや、それ以外のものも、この子たちにとって形見のようなものです。
師や肉親が遺したそれらは、売るならば気に入った者、友誼を結びたいと願った相手と定めています。
そして、それは彼らのような貴族ではない。勇猛な冒険者がいい。
この子たちが受け継いだ技術も同じです。
安売りをさせるつもりはありませんよ。」
「きっ貴様!!!」
この場を支配するフェウルの声。
だが、怒りに震え、受けたことのない屈辱に我を忘れた少年を止めることはできなかった。
その剣は構えられ、少女は呪文を口ずさみ、弓矢を手にとる。
ただ、騎士見習いの手だけは剣を握りながら震えていた。受ける威圧に恐怖を覚えたのだ。
ぱんぱんぱんぱん
「剣を収めよ、ギルドに属する者。
ギルド内を血で汚すことを許してはいない」
手を叩く音が緊張によって固まった空気を打ち破る。
それは、漆黒の髪と一枚の白い布で出来た服を床に引きずった一人の女。妖艶な色香を放つその存在に、その場の多くの男たちが頬を染め呆然と見つめている。
「女?」
「いや、あれは・・・」
バルトが見惚れるということはなかったが、このギルドという場所に似合わないその存在に首を傾げた。
しかし、隣に立ったジェノスがそれを否定する。
「あれは『書の大精霊』じゃ。あんなんでも、男じゃ」
「はぁ!!?」
「そう、私は『書の大精霊』。英雄タクマにより、ギルドを管理する存在として創られたもの。
ギルドに寄せられる全ての情報は私のモノ。
それらを汚そうという存在は私の敵。
愚かなことをしましたね、アマリエ。
私が気づかないと思いましたか、『金の若鳥』。
情報を蔑ろにし、私から翳め取ろうなど、許されざる罪です。」
真っ白な服に包まれた腕が振るわれる。
アマリエと『金の若鳥』たちの身体に、光の輪が纏わりつく。
「しばしの間、反省を促し、その後に処罰を定めます。
我が姉『迷宮の大精霊』の膝元へ」
光の輪が彼らの足元へと落ち床に触れると、そこに穴が出現した。
真っ暗な穴へ、悲鳴を上げる暇さえ与えずに飲み込まれていく。
ただ、そこに奴隷の少年だけが残っていた。
「この子供は彼らに使われていただけの道具。
罰を与えるにふさわしくありません。
よいですね、人知れぬ里の子供らよ」
ニィと怪しげな笑みを浮かべ、フェウルたちへと問いかける『書の大精霊』
フェウルもまた、今度こそは本当の笑みを浮かべた。
「かまいません。彼らの様子からも、奴隷をどのように使っていたかも想像が出来ます。
しかし、『書の大精霊』。
あなたは、彼をどうするつもりで?」
「その想像は間違ってはいないだろうね。
なぁに。一人のギルド職員が不在となったのだ。その穴埋めをしてもらおう」
「そうですか。それは良いことでしょう。
・・・正しいギルド職員となることを祈りましょう。」
ふふふ
ははは
「・・・さっきは・・・ありがとう・・ございました・・・
僕はトール・・・薬師・・・です。」
「えっあぁ」
『書の大精霊』とフェウルの怪しい笑いが響き、誰もが音を出すのさえ控えている中、男を驚かせたのはトールだった。
「いや。あいつらには嫌な噂しかないからな。当たり前の忠告をしたまでだ。
こちらこそ礼をいう。
古傷どもがなくなったせいか、体調までいいような気がしてくる。」
男が立ち上がる。
すると、自分の胸元あたりにあるトールの頭にポンと手を置いた。
その光景は、まさに子供を褒める大人だ。しかも、屈強な腕で頭を撫でられたトールはグラグラを身体までもが揺すられてしまっている。
終わった時には、トールは完全に目を回し、セイとメルリーウェに身体を支えられ、背中を摩られていた。その可愛らしい光景に、男は苦笑を漏らし、自身へと見定めるような視線を送る年長者たちを見た。
「俺は、ダグラス。『暴虐の野獣』ってパーティーの纏め役をやっている。ランクはAだ。」
「失礼して、すみません。
俺はジェノス。トールの兄です。
田舎もの故、あの彼らのことを知らなかったもので。
大変助かりました。
何か、礼をさせて下さい。」
「・・・・これ・・・・・」
ダグラスの手に押し付けられたのは、腰から下げられるほどの小さな巾着だった。
「あ?なんだこれ?」
「なんだい、これは?」
いぶかしげに見たダグラス。
そして、それを奪い目を輝かせているのは、フェウルと笑いあっていたはずの『書の大精霊』
「私の中の情報には無いものだ。
でも、すごいものだというのは分かる。
鑑定は弟『真贋の大精霊』の力だが、それくらいなら私にも分かるよ。」
『書の大精霊』の喜びに、息を呑む音だけが響く。
「レーニ。見てみなさい。」
「・・・これは・・・
これも、お前たちの師の作品かの?
これは、お前たちが作ることが出来るものかの?」
レーニ翁だけではない。
鑑定を出来る、ギルド職員たちから感嘆の声が漏れ全ての注目が小さな巾着へと集まった。
「『無限収納』袋の口に入るものなら無限に収納しておける袋。」
「そうです。何かと便利なんですよ、これ。」
指さして笑うジェノス。
「この中は時の流れが止まっています。
なので食料や狩った獲物とかを閉まっておけば何時までも新鮮なまま持ち運べます。」
「へぇ、それは便利だな。一つ『書の大精霊』にくれないか?」
「かまいませんよ。
これは売り物になりますか、偉大なる『書の大精霊』。」
「なるなる。なぁ、ダグラス」
トールに向かって手を突き出した『書の大精霊』へ、フェウルが笑顔で答える。
要求して物を強請る相手がトールなあたり、この精霊を侮ることはできない。
「確かに、こんな便利なもんなら冒険者相手に馬鹿ほど売れるだろうな。」
受け取った巾着を、見せろと言い寄る仲間たちに奪われたダグラス。
その視線は巾着から離れない。
「そうですか。
実は、行商を止め店を持つんですよ。
この裏に店を買いました。そこで売ろうと思っていたんですよ。」
「へぇ、商売をするのか。」
「えぇ、食事処の傍らで魔道具や服、装飾品を扱う予定です。
よければ、ご贔屓にしてください。」
「・・・それの感想を・・・教えてくれたら嬉しい・・・」
面白い。
英雄が降りてきたという話は聞かない。
でも、彼らからは違う世界の匂いがする。
そう・・・私たちの父であるタクマと同じ匂いが・・・
これは面白いことになる。
すでに、この世界になかった情報が私の中に収められた。
情報を管理する私にとって、変化は歓迎するものだ。
嬉しい
楽しい
さぁ、世界を踊らせてくれよ、知られざる英雄たち
この『書の大精霊』の期待にこたえてくれ!




