暴虐の野獣
ふざけるな?
それはどちらだろうな
「おい、こりゃあ…やばいぞ」
分かってるさ。
だが、どっちだろうな痛い目をみるのは…
いつも通りに、一週間ちかく魔の森に潜り狩りや採集をした成果を報告、換金するために戻ってきたギルドでだらだらと仲間たちと寛いでいたが、どうやらいつものような日にはならないらしい…
最初に入ってきた時から、目を引かれる奴らだと感じていた。
汚れているが、動きや気配でなんとなく分かる。
特に、青い血とそうじゃないかなんてぇのは一目でな。
奴らのそれは、青い血かと言われれば首を傾げるが、どう見てもただの平民とかそういものにはない何かがあるようだった。
それに、奴らからはギルドでもBとかAランクに至った人間がもつ空気みたいなのも感じた。
特に、あの女とか、赤銅の髪の男や成人して間もないような少年から。
門番をしている顔見知りの衛兵が受付へ奴らを連れて行くと、最近きた受付の女が奥の部屋へと案内した。あの部屋は、特殊な依頼や任務を受ける奴らやA、Sランクが使う場所だ。
そんなところに新人を案内するなんてな。
あの女は数度しか見てはいないが、そういうところがある。
自分の好みの冒険者を贔屓しているようだ。実際にそれを見たこともあるし、もうすでにここを拠点にしている冒険者の中で結構な噂になっている。
そろそろだ・・・とも。
仲間の一人が自分の本来の職場に戻ろうと、すぐ横を通り抜けようとした衛兵を捕まえる。
「おい、ありゃなんだ?」
「住んでいた辺境の村が壊滅したんで行商人について出てきたそうです。
ここに来る途中、事故で荷物の大半を失ったんでここでギルドに加入することにしたそうです。」
口早に説明すると衛兵は走っていった。
うちのパーティーは強面揃いだからな。まぁ見慣れた光景ではある。
「辺境の村ねぇ・・・それが本当なら、どんな辺境だって話だ。」
「そうだな。ありゃぁ、結構、いや随分と腕が立つだろうよ。まだ、若いってのにな」
「あの赤髪の娘、あれは多分魔導師、それかそれに近いくらいの魔術師だな。
魔力の流れを完全に支配している。
・・・美しい・・・
なにより、あの娘全属性使えるかもしれないな」
「おいおい、まじかよ。全属性のそんなレベルの高い奴なんて噂にも聞いたことねぇぞ」
「だから、辺境の村ってのもマジかもしれんが・・・
そうなると、隠れ里ってやつになるのかもな」
仲間たちが好き好きに言っていく。
ギルド内にいて、名前が通っているような奴らは全員同じ事を考えていたのか、息を潜めこちらを窺っている。ざっと見回してみると、まぁAランクの俺らがこの中でもトップみたいだな。そんな俺たちの考えを窺ってから対応やらを決めようって腹みたいだな。
俺たちは別段自分たちでパーティー名を決めた訳じゃないが、知らねぇうちに名前がついていた。
『暴虐の野獣』だそうだ。
まぁ確かに、うちの仲間たちは欲望に忠実だし、それなりに実力も実績もあるからな。暴虐だの野獣だの言われる由来になるようなことも多々ある。それが噂で広がっていることも重々承知だが・・・
こんなくそ恥ずかしい名前を最初に言い出した野郎を見つけ次第ぶん殴るのだけは絶対に忘れねぇ。
大斧を振り回して相手も自分も血みどろになるのが楽しいって公言している巨漢のロアス
世界最高峰の魔術学園を主席で卒業していながら冒険者になった、不健康そうな面が通常のルシアール。こいつは広範囲殲滅魔術を使いたくてしょうがない危険な男だ。
背中に弓矢を背負っているスキンヘッドのひょろ長いのが蛇族出身の獣人イーダ
拷問好きの変態
見えてるか分からん程に目が細い一番若いのがカミーユ。元詐欺師。
それで、見た目が凶悪って言われる(だが中身に関してはこいつらよりマシだって思っている)俺がそろってるんだ、まぁ『暴虐の野獣』の名も間違っちゃいねぇ・・・
「僕は、あの女性が気になるな。
あれは、裏の人間の動きに近い気がするね」
「なぁ、ダル。お前はどいつが気になったよ?」
イーダがこちらに振ってくる。
そうだな、俺は・・・・
「おっ 姉ちゃんが出てきたぜ?」
見ると、奥から出てきた女が鑑定カウンターにいたレーニ翁を呼び、奥の部屋へと連れたって行く。
「ん?」
女は奥の部屋へと入っていくレーニの後ろで一歩留まり、カウンターの中で何かを触っている、そんな動きをしている。あの動きには見覚えがある。
ギルド職員が冒険者の持つギルドカードに連絡をよこすことが出来る機能がある。『書の大精霊』が作ったものらしいが、緊急の場合などに使われるもので、ギルドカードに用件が表示される。
それを出しているのを一回見たことがある。それに似ている気がする。
その作業を終えると女はすぐにレーニ翁の後を追っていった。
「何か起きそうだね。」
面白いと笑ったのはカミーユだ。
だが、心の中では全員が思っているんだろう。
まったく、面倒はごめんだ。
「レーニ翁を連れて行ったってことは、何か凄いのを持っていたってことだな」
「辺境の村っていうんだ。珍しい素材か?」
「だったら、聞き出してそっち方面に行ってみるのも面白そうだな」
興味があるのか、誰一人ギルドから出て行く奴がいない。
そんぐらいの好奇心がないと冒険者なんてぇのはやっていけないもんだがな。
「おい。あれ見ろよ。」
誰かが発した小さな呟きみたいな声だ。
だが、それを聞くことができた俺や他の奴は”あれ”を探して首を回したがそれはすぐに見つけた。
ギルドの入り口から今入ってきた。
「ありゃりゃ、姉ちゃん真っ黒だったな。」
「あぁ、このタイミングはねぇわ」
悪名高き冒険者パーティーのご登場ってとこだな。
ギルド内が静かにざわめく。
荒くれの世界に踏み込んでなお青き血を誇る冒険者、の代表みたいな奴らだ。
「『金の若鳥』の坊ちゃんたちだ」
「おいおい、若様たちだ」
「何しにきた?」
「あいかわらずのご様子だな」
人間至上主義の大国、聖テオドル王国の上位貴族、その生まれを隠そうともせず、その生き方そのままに冒険者をしている奴とその取り巻きども。
話に聞けば、親に甘やかされた三男坊とその婚約者の伯爵令嬢、乳兄弟の侍女、親に目付けを任された親族の騎士見習い、そして奴隷だ。ちょっと腕に自信があって、程ほどの才能があった貴族が冒険者になるていうのはよく聞く話だが、そういう奴は大抵Cランクあたりで止まる。こいつらもそうなるはずだったが、親がそれを良しとしなかった。奴隷を買い与え、その隷属の首輪に身代わりの魔術を仕掛けた。もう何人も奴隷が消え、補充され、奴らはBランクにのぼりつめた。
それを当たり前に考えている奴らには反吐が出るが、誰も手を出せない。なんせ、聖テオドル王国でそれなりに地位と発言力をもっている親が、息子の邪魔する全てをなぎ払う勢いだからな。面倒も厄介ごともごめんだと考えるのが普通だ。
しばらくして、待たされた『金の若鳥』の面子が苛立ちを見せ始めた時、奥から奴らが出てきた。それで、坊ちゃんの目がまっすぐそっちに向かった。こりゃ、目当てはあいつらで大当たりだな。
一向の後ろ、一緒に出てきたレーニ翁が二人の少女と話をしている。
ありゃぁ、相当機嫌がいい上にあいつらを気に入ったみたいだな。
普段は表情も動かさないで仕事以外のことに気を回すこともしねぇジイ様なのに、あの様子は。
「おっ。まさか、ここでか?」
一向が俺たちの座るテーブルの横に来たとき、坊ちゃまが動いた。
「きらい」
イーダが噴出した。
ロアスやカミーユ、あの感情が動きにくいルシアールまで口元を押さえている。
イーダがテーブルに顔を落したが、肩が動いて笑い続けているのが丸分かりだ。
前髪で目を隠した少年の言葉はそれ程強烈だった。
こんなにも真直球に感情を口に出す奴も珍しい。ましてや、厄介者の坊ちゃんを前にしてだ。
だが、やっぱりこいつらは異常だ。
敵が現れた瞬間に、俺でさえ一瞬武器に手を回してしまった。こちらに向けられているというわけでもないのにだ。こんな、若い奴らから放たれた気配だけでだ。
「気持ち悪い」
ぶふぅ
イーダが死にそうだ、笑いすぎで・・・
「気をつけな。
そいつらは聖テオドルの上位貴族のガキどもだ。
目をつけられたら面倒な厄介もの共だ」
呆れて死にそうなイーダたちを見た後、こいつらの事を知らないんじゃねぇかと思った。
それは笑いを堪えているロアスも到った考えだったみたいだな。
見た目や戦い方以外ならば、気のいい優しい奴だ。
忠告してやるのが先輩の優しさだろうと考えたんだろう。
「ありがとう」
どもりながらだが、礼を言った少年の前髪に隠れた目がこちらに向く。
鳥肌がたった。
仲間たちに聞かれ答えそこねていたが・・・・
俺がやばいと感じたのは、この少年と茶色い髪の女の子供だ。
他の奴らなら危なさを感じるまでも殺ろうと思えば、それを出来る場面を想像できる。
だが、この二人だけはそれができない。
動きの鈍そうな子供と親の庇護がなきゃ何もできなさそうな子供。
本来なら、真っ先に、簡単に、始末をつけた後を想像できるものだが。この二人にはそれができない。逆にこちらが飲まれてしまうような何かを感じる。
俺は獣人の血とエルフの血を引く、世にも珍しい3つの種族の混血-トリプル-だ。
その生まれのせいで、ガキの頃から気配への鼻や直感には自信がある。それのおかげで今まで生き延びれたことが何度もある。
その匂いを嗅ぎ取る鼻と直感が告げる。この二人は危険だと。
がしゃん
二人の子供から目が放せなくなっている間に事を進んでいたようだ。
一瞬の喧騒の後の沈黙が広がっている。
我に返った俺が見たのは、騎士見習いの男の手をすり抜けていく真っ二つの瓶に、床に落ちていく液体、
一行の年長者たちの笑い顔に唖然とした顔の坊ちゃんども。
「あぁ、申し訳ない。手が滑ってしまった。」
「本当だ。御分不相応な方々の視線に入ったせいで、手が震えたな」
ふふふ
くくく
おいおい
なんてーやつらだ
売りゃあ大金の一級ポーションを捨てやがった。
だが・・・本当に本物か?
坊ちゃんもそう考えてるな。
「あっ」
坊ちゃんが顔を真っ赤にしている中、俺のすぐそばから聞こえたそれは、喧騒の中でもよく響いた。
目を隠した少年だ。
その見えない目は確実に俺に向いている。
奇妙な存在だが、戦闘方面ではないらしい。
少年の声には仲間たちも驚いたのかいぶかしんでいる。
トール それが名前のようだ。
「破片・・・散って、当たったかも・・・怪我してたら、大変。
これ・・・使ってください。」
そう差し出されたのは、割れたそれと同じ瓶。
おい。今どこからそれを出した?
他のは知らんが、俺は少年を見ていた。
まるで、瓶が手の中から出てきたみたいだ。
カバンに手をかけた様子はない。
「はっ?」
俺が何処から出てきたか分からない瓶に驚いていると、周囲からも驚きの声が上がっている。
だが、奴らと俺のそれは理由が違っているだろう。
「あぁ、そうだな。こんなことで怪我を負わせてしまったとあっては大変だ。
別に害があるわけじゃない。
試しに、飲んでみてくれませんか?」
さっき瓶を坊ちゃんたちに渡そうとして青年が笑顔を向けてくる。
怖い。
恐ろしい。
近年感じることがなかった、特に人間相手では絶対に感じたことが無い恐怖が魂の底から湧き上がってくる。逆らえない。逆らってはいけない。
こんな年下の、俺の半分しかないような身体の男に、今命じられれば膝をついてしまいそうになる。
「いいだろう。」
自分の口から出るのは、出すことを許されるのは、それだけだ。
だが、俺にだって矜持がある。
表情や気配だけは、そんなものを感じさせない、迷いなどないものを作り出す。
「おいっ」
仲間たちには分かっただろう。
これが、完全な俺の意思ではないことが。
だが、これしか選択できないってことが。
瓶の中身を飲み干す。
ほんの少量だ。
おおっ
まじかよ
本物だ
すげぇ
もう治った傷まで治すなんて
周囲の騒ぎが聞こえる。
左腕を見ると、引きつった太い古傷が無くなっていた。
これは、まだ駆け出しだった頃に無茶をしてつけた戒めみたいなもんだ。
あの頃は金が無かったから、数本の4級ポーションを飲んで血を止める程度しかできなかった。
その傷が綺麗さっぱり無くなった。
仲間たちに目をやると、全員が目を見開いて俺を見ている。
ルシアールが手で自分の頬から首筋、そして額に指を指した。
その二つの傷跡が消えたってことか
こりゃあ、全身の傷が消えてるだろうな
一級ポーションの噂は聞くが、
古傷まで消すだなんて聞いたことがない。
まじかよ・・・
若い火竜みたいに顔を真っ赤にして震えている坊ちゃんの怒りの声が、遠くに聞こえた。




