おじいちゃんは思う。
突然、自分の身体を眼下に見る事になった時は腰を抜かすかと思ったものだ。
まぁ、抜かす腰も無いが・・・
あれは聖王国の重鎮を集めての会議でのことであった。
突然、司祭である私と近衛騎士団長、そして王太子の地位を脅かす第二王子が倒れたのだ。
あの後の場は大騒ぎになっていたのであろうな・・・
治癒の魔法を持つ司祭の一族に生まれ、他の道を考えることなく入った神に仕える道。
腐敗に満ちていたその道で友人となった同胞と共に生き抜いた、誇りある時間。
友人が教皇となったその時、それまでにあらゆる術をもって貫いた道も、神に背く色で染まった自身の手も、輝かしいものとなった。
しかし、輝かしく感じたそれらにも、信じた道も、友人も、今となっては何も感じないものとなった。
友の手によって放たれた殺し手によって命を落したあの瞬間。
わずかな時間、神の道を説く為に訪れた離宮で会った幼い王女の姿が目に入った。
その目は濃紫に輝き、王女の背後に控えたメイドの目も同じように輝いていた。
聞いたことがあった。
聖王国の始祖王の妃の伝説を。
紫の光を纏い、死したる民をもって、生きる民を守った死霊の魔法。
別れに嘆く人々に、死者を招き、別れのひと時を与えた魔法を。
「司祭様」
「家族になってくれる?」
その言葉だけを覚えている。
再び目が覚めたとき、
私は殺し手から助かったのだという教会のものたちの涙を見た。
うれし涙を流しながら、わずかに苦々しく歪む、友の顔を見た。
そして、私はもう私というものではないことを感じた。
それまで貫いていたもの全てが、どうでもよくなっていた。
あれから、メルリーウェの家族が増えた。
私にとって、新しく守るべきと感じるものが増えていった。
生きていた時よりも、充実して感じるのはなぜだろうか。
トールとメルリーウェが王子の周りで服を渡したり、ポーションを渡したりと、二人で忙しく動いている。知らぬものが見れば、怒っているように見える皺のよった眉間の王子だが、あの方が実は二人には優しいお人だと知っている身としては、この光景はとても微笑ましくみえるというもの。
周りで見ている者たちも、王子自身は隠しているつもりかも知れぬが、気づいていることだろう。
「私は店主をやれば良かったかな?」
夢うつつの中、聞こえていたことを確認する。
神の道しか知れぬ身としては、それはとても面白そうで胸が躍るというもの。
「だが、良かったのかな?ジェノス殿」
「何がだ、翁」
「行商人はそなたの夢であったのだろう?私が店主をやってもよいのかな?」
「流石ということか・・・魂の状態でそこまで外のことを聞いていられたとは・・・」
そういえば、他のものはまどろむ夢の中にいるようだと前に言っていたな。
「確かに行商人は夢ですが、トールの生み出すものを扱おうなど私の手に負えるものではないと理解していますよ。それに、冒険者というものにも興味はつきないというもの。」
「確かに、トール君のアイテムは絶対に魑魅魍魎を呼び寄せるものね。
あと、おーじ様の宝飾品もやばい感じがぷんぷんするわ」
キャハハと笑うセイのいうことも一理ある。
王子は趣味を模索すると様々なことに手を出しておられたが、その全ての作品が素晴らしい価値を持つものとなっていた。一度、バルトが城下町へと持ち出し売りに出したことがあったが、大きな袋を隠すように持ち帰ったその顔は引きつっていたことが思い出深い。
「おじいちゃんは、光と地の属性が使えそうよ。
おーじ様は闇ね。
二人とも、イストとバルトよりは多い魔力があるわ」
「では、二人の肩慣らしもかねて森の中をしばらく進みましょう。
夜にまぎれて、町に近づけばいいものね」
「セイ、よろしくご教授おねがいしますね?」
楽しみなものだ。
私も自由にしようではないか、この世界で、家族とともに。




