プロローグ
やっと、やっとだ!!
ようやく完成した!!
月明かりだけに照らされた、薄暗い部屋の中。
神を祀る祭壇の前で高らかに笑う男の姿は異様で恐ろしい。
男の足下、祭壇を前にする床には赤黒く光る魔方陣。
その上にはピクリとも動かない、物言わない人々の姿がある。
ふっ
ふふふふふっ
かさかさにひび割れた口元を三日月に歪めた男は酷くやつれて見える。
目元には隈が色濃くにじみ、顔色は月明かりの中でもわかるほどに悪い。
何より、その青い目は焦点があっておらず、酷くよどんでいる。
これで奴等を見返すことができる
私を馬鹿にした奴等を
私の理論は間違っていない
これで私は英雄だ
世界の歴史書に名を残す偉大な魔術師となるのだ
ガタッ
ん?
誰だ!?
男が部屋の入り口に目を向ける。
そこには、全身を恐怖に震わせ腰を抜かして座り込む青年がいた。
月明かりも届かないその場所は薄暗く、はっきりと顔を見ることは出来ないが、男にはそれが誰だか分かっていた。
この地に追放されて五年という長くも短い時間共に生活してきた己の従者だと
「おお。ジェイク。
どうした、こんな時間に?」
男はまるで足下に広がる光景がないかのように従者に語りかける。
「ぁっ あっ レニウス様
こ、これは
その魔方陣は
その者たちは
いっ一体 あなたは なにを」
青年の視線は、男の足下の魔方陣と物言わない人々に向けられ動かない。
「おぉ そうか!!
お前も、この偉大な瞬間を見るために来たのか!?
そうか、そうか。
良いだろう。五年、私に仕えたお前にも、この瞬間をみる栄誉を与えてやろうではないか!!」
「何を… これは何をしようと言うのですか!?」
青年の口から出てくるのはかすれた音。
「奇跡だよ。
世界を救う救世主を呼ぶ。
魔物を倒し、魔王を退け、竜を従え、古き神を封じた神話の英雄
今宵、私が、
私が考えた魔術理論によって英雄はこの地に降り立つ。
偉大なるこの瞬間を、お前にも味あわせてやろう。」
「そ…そんなことが…
あり得ない…出来るわけがない…
な、何よりこのような禍々しいものが、救世の手段てあるはずがない!」
青年は男から遠ざかるように、言うことを効かない体を引きづり部屋から逃れようとしている。
「おろかな…
やはり、王都の、ギルドの、魔術師たちと同じ、愚かなものであっあったか…貴様も…
この崇高な行いを理解できないとは…」
男から笑みが消える。
その足は、一歩一歩、青年に近づていく。
「ならば、愚かなお前に相応しい役目を与えよう」
男はローブから右手を引き出した。
僅かな月明かりに、鈍く光る小さな剣がその手に持たれていた。
「ひっ」
「英雄の為の贄となれ、ジェイク・ルードリウ」
一切のためらいなく、その手は降り下ろされた。