紫色の赤子の正体
今回ちょっと長めです。
加えて風邪気味の体調もあり、誤字、脱字があるかもしれません。
一応確認して投稿しましたが、注意不足で見落として居たらすみません…
そこは地下の礼拝堂だった。何らかの神を祀っているらしく、長椅子がいくつも並べられている。
女性はその礼拝堂の十段程の階段の上に居て、兵士……と思われる多くの者達は、その下に立って女性を見ていた。
ここからの距離は五十m程。中央が空けられている為に女性が良く見える。
髪は青で長さは腰ほど。見た目の年齢は十代後半か。目を引く物はまず耳で、両耳の尖端がピィンと伸びている。
顔だけの印象は「清純」と言う風だが、着ている衣服の露出は多い。
近いと言えばそれは水着。艶めかしいまでの白い肌を、僅かの赤布で覆い隠しており、皇帝の証の金の冠と、赤のマントで立ち尽くしていた。
女性の胸は……結構大きい。いや、そこだけを見た訳では無く、視線が赤子に行った為に、嫌が応にもそれが目につく。
赤子は皇帝、もしくは女王の両腕の中で背中を見せて居て、俺の見間違いや錯覚で無ければ、所謂「ヘソの緒」のような物を、女性のヘソと直結させていた。
気味が悪い。まずはそう思う。そして、次に思う事は、一体それが何者かと言う事だ。
半魔、或いは魔物の子なら、人間と色が違うのも分かる。
だが、何と言うのだろうか。あくまで俺の感覚なのだが、この空間の中でそれだけが、どうにも異質に映っていたのだ。それは例えるなら、大勢が渡るスクランブル交差点の中で、刃物を持っている人を見たような感覚だろうか……
ハッとするが、見間違いだよな、と、俺は自分に言い聞かせるだろうし、それでも二度見して確認をしなければ、気が済まないような気持ちになるだろう。
実際、俺の今の注意は、女性の胸よりも赤子の方にある。なぜ、どうしてそんなモノを抱えているのかが気になって仕方ない。
ちなみに女性はこちらを向いていて、虚ろな表情で一点を見ている。それは、どうやら俺達では無く、少し上の空間のようだが、顔を少しだけ出して覗いている現状、俺達にはそこがどこかは分からない。
反して、場に居る数百人の者達は、女性の方をじっと見ており、だらりと下げた両手の先に、剣や盾等をぶらさげるようにして持っていた。
……洗脳されている。と、仮定すれば、非情に納得が行く光景である。
だが、果たして誰が行っているのかで、覗き込んだままで俺は悩む。
普通に考えれば、まず、あの女性だ。おそらく彼らの皇帝なのだろうし、立場上、洗脳もしやすいだろう。
しかし一つ気になる事は、彼女の表情が虚ろだと言う事で、或いは、彼女自身も誰かに操られている可能性があると言う事だった。
考えていると、師匠に突かれる。何か案があるのだろうか。
そう思って顔を戻そうとした時に。
「そこの者ども、姿を見せい」
女性が不意に言葉を発す。それはあまり大きな物では無いが、静かな為に良く透り、言葉の対象が他に無いので、俺達は動きを停止するのだ。
出て行くべきか。出て行かないべきか。
「こやつらを動かして追わせても良いのだぞ」
そんな事を言われた為に、師匠の頷きを見てから出て行く。
そして、入口から三歩を歩き、女性を見据えて足を止めた。師匠も同様の距離を歩き、俺の右手で立ち止まる。
驚くべきは他の者達の反応で、女性のあんなセリフの後でも、体勢が全く変わって居ない。
普通であれば振り向いて、武器を構えて威嚇する場面だが……
これはもう洗脳説で確定と言って良い瞬間だった。
後は「誰がそれをしているのか」だが、これはすぐに判明するだろう。
そう思って言葉を待っていると、不意に、質問がぶつけられて来る。
「お主らはどこから来た」と言う物だ。
まぁ、正体が気になるのは分かるし、話し合えるなら話し合いたい。
故に、素直に「ヘール諸島からですが……」と返すと、女性はしばらく口を噤み。
「ならば私を連れて行ってほしい。そろそろ他の場所に行って見たいのでな」
そんな事を、唐突に言って来た。
正直に言って意味が分からない。いや、意図が分からないと言うべきか。
彼女はおそらく皇帝であり、現状、最も怪しい人物だ。
何を企んでの事なのかは知らないが、こうして皆を洗脳した上に、先日は攻めて来たばかりではないか。
それなのになぜ、一人で来たがるのか。理由が分からず黙っていると、女性は続けてこう言って来た。
「そちらにとって益が無いなら、引き換えに私を好きにすると良い。
未だ男を知らぬ体だが、お主らのどちらかに捧げても良いのだぞ?」
提案としては魅力的で、思わず「ごくり」と生唾を飲む。師匠はと言うと「やれやれ……」と言い、短く息を吐いている。
そこは流石に年齢相応の良識と常識を持っているのか。「じゃあワシが!」と言わなかった事には、俺は素直に安心していた。
ともあれ、引き換えの品が魅力的でも、理由が分からなければ連れてはいけない。
と言うか、その前にいくつかの事をハッキリさせなければ、それでも無理な話と言える。
「それはそれとして聞きたい事があります。良いですか? 逆にお聞きしても?」
故に、それらを聞こうとした俺が、許可を求めて発言すると。
「面倒よな。もう良いわ。方法は他にいくらでもある」
それに答えず女性は一言。その直後には数百人が、一斉にこちらに振り向いたのである。
虚ろな表情で武器を上げ、すぐにも俺達に群がって来る。
「やむを得ん! 彼らも被害者じゃが、手加減をしていると自分がやられるぞッ!」
「分かって居ます! ユートは離れてろ!」
「ふぁーい!」
師匠の言葉に応えた後に、ユートを離して槍を呼んだ。
そして握り、正面をひと薙ぎ。その事により多くの敵が舞い、彼らが床に落ちる前に返す一撃で十数人を飛ばした。
ここで師匠が魔法を発動。迸る雷撃が敵を襲う。直線状の数十人が、不自然に震えて床に倒れ、発動したままで師匠が滑り、俺の右手側が一掃される。
「(流石、師匠!)」
口には出さず、群がる敵を打ち倒して行く。これなら行ける! そう思った俺は相手の一人から槍を奪い、それを二刀に舞うようにして、敵兵の中を斬り進んで行った。
時にかわし、半回転し、一歩を進んで全回転をする。
「ヒジリ! 後ろ!」
その隙を狙って投げられた剣は、ユートの言葉で気付く事が出来、かわした後に「サンキュ!」と返す。
「なっ?!」
だが、それは俺の勘違いで、ユートの言葉の対象は、その後ろから飛んで来ていたギースに対してのものだったのである。
「くっ!?」
二本の槍を交差して、何とか防御して床の上を滑る。その間にギースは地面に着地して、すかさず攻撃を繰り出して来た。
「ギース! やっぱり操られているのか!? しっかりしろ! ギース!」
かわしながらに声をかけるも、ギースの声は返って来ない。
目に生気は無く表情は虚ろ。他の者達と殆ど同様で、洗脳されている事は明らかだ。
女性もまた……それと同様で、階段の上から俺達を見ているが、操っている者の顔とは思えない。
「(本当に彼女が洗脳しているのか……)」
ちらりと一瞥し、そう思う。
片方の槍が飛ばされたのは直後で、ギースの突き上げる攻撃が迫る。
周囲にも敵が迫っていたので、そこで俺は高速化した。
途端に周囲が遅くなり、ギースの攻撃を難無くかわす。
「ごめんギース!」
その後にギースの背中に回り、延髄を狙って叩きつけた。
スローな為にすぐには倒れない。まだ攻撃をしている最中だ。
しかし、確実に急所には入れたので、ギースはこれで気絶するだろう。
「(このままの勢いで、行くか!)」
それから段上の女性に向かう。彼女を倒せばおそらく終わりだ。
そう思って階段の半分程を上った時、例の高音がまた発生した。
「がああああっ!?」
高速化が打ち消され、その場に立ち止まる。そればかりか槍を握っている事もキツい。
師匠も今は攻撃を止め、辛うじての歩みで敵から離れた。
が、一方の敵はと言うと、高音を気にせず移動を続行。
そればかりか倒れた敵までも復活し、女性を守るべく近寄って来る。
その中にはギースの姿もあったが……
「ギース……! おい、大丈夫なのかよ……ッ!」
涎を垂らして、目は白目。本人の意識はそこには無いのだ。
心配と怒り、そんな感情から、高音の元だろう女性を睨む。
そこで、俺は背中を向けていた紫色の赤子の顔を見た。
一言で言うなら、「顔は無い」大きな口が一つあるだけだ。それも口と言う口では無くて、例えるなら渦のような螺旋状の口である。
それはどこかで見た事があり、苦戦して倒したアレに似ていた。
そう、アンティミノスのしもべと称される山ほどの大きさのアレである。
「そこに居たのか……!」
気付いた俺の驚きの声は、奴の発した高音で掻き消え、やがて、高音が収まった時には、周囲を敵に囲まれていた。
跪く事は何とか耐えたが、気付けば槍は床の上に落ちている。
「ガアアアアッ!!」
直後に吠えて、殴り掛かってきたのはギース。
「ギーーーース!」
槍を拾う暇が無く、俺は素手でそれを迎え撃つ。交差する腕、めり込む拳。吠えるようにしてお互いに打ち合う。
以前であれば打ち負けていた。いや、今だって相当にキツイ。
思えばギースの攻撃を喰らったのは、会ってからこれが初めての事で、年齢以上の強さと力を俺はここで再認識した。
が。
「目を……覚ませよぉッ!」
負けられない。操られたギース等に。負けるにしても本人の意思ありきだ。
頬を打ち抜いてギースを飛ばし、息を切らして周囲を睨む。
倒した敵は死んだ者を除き、殆どが復活して俺を囲んでいる。
残りの者はゾンビのように、師匠の方に近寄っていた。
行動の高速化……は、正直無理だ。次に使うとおそらく倒れる。
かと言って彼らの相手をしていれば、徐々に消耗してこちらの負けである。
ならばいっそ、狙うしか無い。最早敵は分かって居る。
アレが。あいつが。アンティミノスのしもべが。
この場に居る者を操っているのだ。
しかし、俺だけでは奴には勝てない。それは前回の事で良く分かって居る。
「師匠!」
故に俺は師匠を呼んで、攻撃をかわして宙に飛ぶ。
「皆を操っているのはあの赤子です! 水魔法をあいつにぶつけて下さい!」
それから言って、包囲の輪を抜け、落とした槍の近くに着地する。
「何と! じゃが承知した!」
「お願いします!」
師匠が杖を振り、障壁を作り出す。その事により敵の足を止め、今度は矢のような飛沫を生み出す。
俺はそれを追うようにして、槍を拾って階段を駆け上がり、魔法が当たった直後を狙って赤子を女性から引きはがそうとした。
「なっ!?」
が、ここで予想が狂う。女性が障壁を作っていたのだ。
師匠の放った水魔法は障壁に防がれて届いておらず、続け様に「赤子が」放った魔法で、少々の距離を取らざるを得なくなる。
一言で言うなら暗黒の炎。詳細は謎だが、黒い火の塊がいくつも俺に飛ばされてくる。
幸いにも、それ程早くないので、かわす事には問題ないが、遠距離では女性が作った障壁、接近すれば赤子の放つ魔法では、女性を殺す事も念頭に置かないと、俺達の勝ちは難しいように思えた。
「(クソッ! せめて操られて無ければ……!)」
歯噛みをしながらかわし続ける。赤子は女性の肩に手をつき、身を乗り出すようにして攻撃して来ている。
そして、俺が接近したり、師匠が魔法を撃ったりすると、女性の体を盾にして障壁を作らせて防御をするのだ。
言い方を変えるならそれは人質で、おそらく奴も分かってやっている。
故に、俺は窮地にありつつも、判断をなかなか下せないで居た。
「ヒジリヤバイ! ギースが起きたー!」
離れた場所でユートが叫ぶ。見れば、ギースが起き上がっている。
例の高音は発されて居ないので、おそらく普通に目覚めたのだろう。
……正直ヤバい。勝ち目と言う物が、更に薄く、絶望的になる。
むしろ今が女性を殺す最後のチャンスと言えるのかもしれない。
「仕方が無いのか……!」
覚悟を決める。俺だって女性を殺したくはないが、ギースを殺すよりは遙かにマシだ。
自分に言い聞かせ、割り切って、攻撃をかわして槍を強く持つ。
そして、反撃に移ろうとした時、ギースが不意に駆け出した事を見た。
無表情では無く、虚ろでも無い、苦しんでは居るが微笑んでいる。
「わりぃな! お蔭さんで目が覚めたぜ! 要するにあのガキを女から引きはがしゃ良いんだろ!」
「洗脳が解けたのか!?」と、思わず口にする。僅かとは言え竜の血を受け継いでいる事が原因だろうか。
ギースは質問に答えずに飛び、女性の背後に「すとり」と着地。
振り向いた女性と赤子に向かい、二人からの攻撃を巧みにかわして低い位置から蹴り上げを繰り出した。
狙いは勿論、女性では無く赤子で、蹴られた赤子はヘソの緒を千切られて、女性の遙か頭上に飛んだ。
「今だ! 先生!」
「あいよ!」
ギースの声に師匠が答え、矢のような飛沫がいくつも飛ばされる。
「ギシャアアアア!!」
それは次々と赤子に当たり、躍るような動きで空中を回る。
「最後だヒジリ!」
「ああ!」
最後は俺だ。温存していた行動高速化をすぐに意識する。
それから吹き飛ぶ赤子を追って、渦のような口の中に「目」のように蠢く弱点を見つけた。
「これで終わりだああッ!!」
槍を投げつけ、下から貫く。それは確実に弱点を突き、後頭部を突き抜けて天井に突き刺さる。
「ピキィィィィィ!!」
赤子はと言うと奇声を発し、吹き飛ぶ勢いのままで体を四散。
やがては先程の黒い炎のようになり、蒸発するようにして姿を消した。
それと同時に女性を含む、数百人の洗脳された人々は、まるで操られていた糸が切れたかのように、礼拝堂の中に倒れだしたのである。
……何とかなった。そう思った俺は、脱力感を覚えて膝を折った。
来週の水曜日から出張します。水曜日の後の投稿は、翌週の月曜日になると思いますので、申し訳ないのですがご理解下さい(汗)




