魔の島へ
俺と師匠、そしてギースは、魔の島に向かう船の上に居た。
ダナヒの街を出てから二日。時刻的には現在は夜。
乗っている船はブルーファルコン号と言う、速度を重視した小型船で、直に見えてくると言う魔の島に備えて、俺達は全員で甲板に出ている。
なぜ、俺達がここに居て、あまつさえ魔の島に上陸しようとしているのか。
最初から話すと長くなるので、以下に手短に記そうと思う。
最大にして一番の理由は、俺がPさんに依頼を受けた事。
そう、アンティミノスのしもべとやらを倒して欲しいと言う例のアレだ。
しかし、俺には居場所が分からず、デオスに捜索を依頼していたのだが、先の戦い――モルト島沖海戦で、一人の半魔を救った事により、居場所が何となく分かったのである。
その半魔曰く。なぜ自分がここに居るのかが全く分からない。最後の記憶では山で採った果物を街に売りに言っていたはずだ。
そこで確か、近くの林に「卵のようなモノ」が落ちていたと言う噂を聞いたが、そこからの記憶がどういう訳か、プッツリと途絶えてしまっている。と。
卵のようなモノ。つまりそれは、アンティミノスのしもべの第一形態かもしれず、以前のような事にしない為に、俺は調査を願い出た。
ありがたい事に許可は出たが、ダナヒとカレルは来れないらしい。
ヨゼル王国の動きが不穏だと言うので、まぁ、仕方が無いとは思う。
全員で出かけて倒したは良いが、帰ってきたら占領されていた。なんて、なんだかかなり間抜けな図だし、そこには納得をするしかないだろう。
それに何より、Pさんに頼まれたのは誰でも無いこの俺で、感謝こそすれ恨みはせずに、とりあえず師匠に話して見た訳だ。
「ふむ。まぁ、ワシは構わんよ。
ギース君とニースちゃんに聞いてみん事には、現段階での承知は出来かねるがね。
最近はほれ、戦だの後始末だので、あまり勉強をしとらんかったで、しばらくはちゃんと教えてくれと、昨日言われたばかりじゃったんでな」
師匠はまずはそう言って、俺達と共に島へと飛んだ。そして、迎えたギースとニースに俺が説明をした訳である。
「だったらオレもついて行く! もう手伝える所もねーし、正直クッッソ暇なんだよ!」
結果としてはギースはそう言い、「それを飲まないなら行かせない」と続けた。
連れて行かない理由を上げるなら、もしも「当たり」なら危険だと言う事。
そうでなければ全然良いのだが、それ故に俺は少し迷った。
「おいおい! 何で黙ってんだよ! 最近全然遊んでねーだろ! 連れてけよヒジリ!
暇なんだよぉおう! 思い出をもっとオレにくれよ!」
だが、悶絶するような体勢で言うギースの更なる懇願に負け、「危ない事をしないなら」と言う条件で、同行の許可を出したのである。
「良いなぁ……兄さんばっかり……」
「仕方ねーだろ。お前は女なんだし、これは男だけの冒険なんだから」
そんな事を妹に言い、「女も居ますケド……」とユートに言われる。
だが、それはギース達には聞こえず、ユートが「きぃぃぃ!」と臍を噛んだ。
「まぁ、少なからず危険な場所じゃ。何があるかは分からんからの。
じゃから今回はニースちゃんは、大人しく留守番をしておいておくれ。
帰ってきたらヒジリ君が、きっと沢山遊んでくれるさ」
「いぃ!?」
なんでそうなる!? そう思いつつ、勝手に約束した師匠を睨む。
嫌では無いが、ニースは十才で、そんな子供と遊ぶ術を俺は全く知らないのである。
「本当ですか!? だったら大人しく待ってます! 一緒に水切やりましょうね!」
そんな事で良いの!? まずはそう思う。しかしそれから安心をして、「あ、ああ、良いよ」と言葉を返した。
俺はてっきりママゴトだとか、縄跳びだとかを想像していたが、娯楽の無いこの島ではそんな遊びしか出来ないのかもしれない。
そういう意味ではやはり本屋や、雑貨屋等が必要かもな……
その時の俺はそんな事を思いながら、嬉しそうにはにかむニースを見ていた。
そして現在。
ようやく見えて来た魔の島に向かって、夜の海を船は駆けている。
ここに来るまで。いや、ここに来ても、この船と比べて前時代的な、所謂ボートのような船がいくつか見えたが、どういう訳か彼らは俺達に攻撃の意思を示さなかった。
暗闇の為に見えなかったのか。はたまたただの漁船であったのか。
思う所は様々あったが、それらを搔い潜って更に前進し、俺達はついに魔の島の一部に乗り上げる事に成功する。
港に直接……なんて事は、馬鹿では無いので当然に避け、人里離れた林の近くの原始的な浜辺に俺達は居た。
上陸者は俺とユートに師匠、それについて来たギースで四人。
残りの水夫達は周囲を探索し、船を隠せる場所を見つけるらしい。
一応、期限は五日と定め、戻らなかった場合には帰るように言ってある。
だから、何かがあっても無くても、五日以内にはこの場所に、戻って来なければならないと言う事だ。
最悪は船を発見されて、戻る前に沈められてしまっている事だが、探索に行く前から心配しても仕方が無いと言える事だった。
「さて、これからどうするかじゃが、皆でとりあえず牛乳でも飲もうか?」
「キタァー! 毎日一本!」
「「けんこ…」」
「ちょっ! やめて下さい! 誰も居ないとも限らないでしょ!」
こんな所でも二人はこれだ。慌てて止めると黙ったが、何だか少し不満気である。
「けんこ、って何だ?」と、ギースが聞くのは、ユートが見えていない為だが、師匠はそれを丁寧に「掛け声的なやつ」である事を説明していた。
「ふーん……なるほどなー……」
だから何? と、言わんばかりの冷めた顔だ。もっと言えば「それには意味が?」と聞かんばかりの顔とも言える。
流石に聞くまでには至らなかったが、ギースの年上に対する態度は、見て居てたまに恐ろしい。
そこでまぁ、合わせてしまうから、俺は余計な苦労をする訳で、そう言う意味ではギースのように、バッサリと切る事も必要なのかもしれない。
「ま、まぁ、兎に角移動をしましょう。ここに居ても何にもなりませんから」
下手をすれば誰かに見つかって怪しまれるだけの結果に終わる。
そう思った俺が皆に提案し、それぞれから無言の頷きを貰う。
「じゃあボクは上から探すねー! 何かあったらおしえま~」
「頼む!」
それからユートが上に飛び、見送った俺達がやがて歩き出す。
方向はユートが勝手に選んだ、浜辺の右手の方に決定し、頭上を飛ぶユートを追うようにして海岸線をしばらく進んだ。
そして、歩く事、約二十分。
「前方に灯りが見えますぜ提督!」
と、野卑た口調でユートが叫ぶ。その後にはすぐに下りて来て、「あっちあっち!」と、方向を指差した。
何の事は無い進行方向だが、とりあえずの形で「そうか」と返す。
「腕が鳴るぜ」
その後に、指を「パキポキ」と鳴らすギースに「なんでやる気!?」とすぐに突っ込んだ。
「え? あれ? ブチのめすんだろ? 会った奴を片っ端から」
「どこでそうなった……」
ギースはちょっとダナヒに近い。人の話を聞かないと言う点で。
そう思った俺はため息を吐いてから、「それはどうしようも無い時にだけな」と、肩に手を置いて窘めるのである。
「どうやら村と言う程でも無い、集落と呼んだ方が近い場所のようじゃな。
どんな物が住んでおるか分からん以上、おいそれと近付くのはマズイやもしれん」
流石は師匠。冷静である。突っ込んでばかりでは疲れてしまうので、その存在には素直に感謝する。
「時間が時間じゃで、牛乳の配達員に扮すれば、怪しまれる事無く近づけるのではないかな?
何、牛乳自体はここにある。そこは心配には及ばんよ」
「あ、いや……どうですかね……怪しまれるんじゃないですかね……」
だが、直後にそんな事を言われた俺は、結局の所は疲れてしまい、懐から牛乳を取り出した師匠に曖昧な笑顔を見せるのだった。
兎にも角にもこれからどうするか。
少しの間を考えた俺達は、ユートに偵察を頼む事を思い付き、調査が終わって戻って来るまで、身を潜めて待つ事に決まったのである。
そもそも牛乳の心配なんて…




