助けられた理由
レナスと二人で探索した結果、この島には誰も居ない事が分かった。
目立った場所も特に無く、地形の殆どは林のようで、強いて、目印を挙げるのならば、例の泉が一つと言う所。
幸いな事に「G」は居らず、そればかりか他の動物すらも見られず、空を飛ぶ鳥が通り過ぎて行く様を、たまたま一度見ただけだった。
そして、島のどこから見ても、周囲に見えるのは海、海、海、海で、俺とレナスの視界の中に、島や船が映る事は無かった。
一体どこまで流されたのか。そもそもここはヘール諸島の一部なのか。
流石に俺は不安になったが、女性であるレナスに「どうするんですか!?」等とは聞けず、意識してクールを心掛けて、ダナヒの助けを待つ事にする。
例えばそれを聞いたとしたなら――
見た目でこんな事を言うのも悪いが、性格がキツそうだから「惰弱が……」とか言われそうだ。
或いは「知らん」と一言言われて、その後は無視をされるだろうか。
どちらにしても気持ちの良い未来では無いので、聞かない事を正解として置く。
「戻るぞ」
そんな時にレナスは振り向き、通り過ぎ様にそう言って、水平線を見渡せる高台を下りるのだ。
向かう先は背後の林で、突っ切って歩けば泉に着ける。
そこをこの島での拠点にするのか、とりあえず休みたいのかは不明であるが、俺は言葉を返さずに、歩くレナスの後ろに続いた。
「お前の相棒妖精はどうした?」
振り向く事無くレナスが聞いて来る。突然の事なので「は?」と言う。
「お前の相棒妖精だ。見えないようだが、どうしたのかと聞いている」
「あ、ああ。今は居ませんよ……多分、ユキカゼ、あ、いや、船に居ると思います」
繰り返された言葉で理解し、思う所を素直に返す。聞いたレナスは「そうか」と言って、「都合が良いな」と小さく言った。
言葉の意味が分からないので、左目を下げて意味を考える。
しかし、結局意味は分からず、無言のままで泉に到着し、レナスはそこで身を翻して、「武器を持っているか?」と今度は聞いて来た。
正直に言うと持ってはいない。……というか、あの時落としてしまった。
だが、素直に言うのは少しばかり、危険では無いかと俺は思う。
性格上、多分無いとは思うが、俺が戦えるかそうでないかを探って居ないとも言い切れないからだ。
故に、しばらく黙っていると、レナスの方が「私は無い」と言う。
俺の状況を探る為に持って居ないと嘘をついている……と、疑って考えれば取れなくも無いが、お人好しな俺はそれを信じて、「俺も……」と言ってしまうのである。
レナスがもしも卑怯者だったなら、俺は成す術無く殺されていたかもしれない。
だが、考えれば俺に武器があって、あちらが素手でも負けていたかもしれず、そんな駆け引きは後になって思えば、全く以て無駄な事だった。
結果で言うなら、レナスは嘘では無く、真実を俺に言っていたようで。
「では、魔法でやりあうとしよう」
と言って、俺の腕程はある氷芯をひゅっ、と飛ばして来たのであった。
それは俺の右頬を掠めて、後方の林の中へと消える。展開について行けず呆然としていると、レナスは自身の妖精を呼び出し、何事かを妖精に告げた後に左に向かって駆け出した。
そして、すかさず先の氷芯を、今度は連続して俺に放つ。
もしかしてやっぱりやる気なのか。武器が無い事を確認したのは、俺を殺す気だったからか。
かわしながらにそう思い、距離を取る為に右に駆け出し、止む無く応戦しようとすると、妙な方向に氷が飛んだ。
先読み、と全く取れなくは無いが、随分右に逸れている。
方向としてはつい先ほどまでレナスが立っていた場所であり、そこには確かレナスの呼び出した相棒妖精が居たはずだった。
「なっ……!?」
不審に思って一瞥した後、驚きのあまりに俺は立ち止まる。
レナスの方も今は立ち止まり、冷徹な顔で同じ場所を見ている。
「お、オイオイ……こりゃあどういう事だよ……間違いにしてもヒドすぎんだろ……」
そこ――つまり、氷が撃たれた場所では、レナスの相棒妖精が体を貫かれて苦悶していた。
今は地面の上に落ち、粉のようになりながら消えかけており、撃った本人のレナスに向かって怨嗟の言葉を投げかけていた。
レナスはそれを何も言わずに見守り、消え去った後に両目を瞑る。
「……すまなかったな」
そして、対象が誰なのかが分からない謝罪を発して両目を開けるのだ。
どういう事なのかがさっぱり分からない。正直、かなりのショックを受けている。
今までに全く関わりは無いし、他人の相棒妖精ではあるが、目の前で命が消えてしまったと言う事には、言いようのない驚きがある。
寿命ならまだしも、事故に近い。いや、わざと撃ったようにすら見えた。
例えば事故でもああいう形で、自分がユートを殺してしまったら。
俺はきっと立って居られない程の、衝撃と悲しみを感じてしまうだろう。
だが、レナスは……普通に立っている。本当に狙ってやったかのように。
「……お前を助けた理由は一つ。私と共に戦って貰う為だ。
私は神と戦っている。いや、これから戦おうとしている。
カタギリ・ヒジリ。力を貸してくれ。この星と、人を救う為に」
戸惑い、困惑する俺の前で、レナスはそんな事を不意に言った。
共に戦う? 神と? Pさんと? 星と人を救う為?
訳が分からず顔を顰める俺に、レナスは更に言葉を続ける。
「奴ら、神々は私達の事を、自らの道具としか見て居ない。
或いはそうとすら見て居ない可能性もあるが、マジェスティと言う存在はまさに道具だ。
自分の頭で良く考えて、奴らのしている事を見抜け。真実を聞かされても鵜呑みにはせず、自分で考えて答えを出してくれ。
それから相棒妖精の事だが、私達の相棒である前に、アレは奴らの「目」や「耳」と同様だ。
本人には全く自覚は無いが、そういう風に創られている為に、妖精が近くに居るだけで、奴らに全てが筒抜けなのだ。
故に、今後は妖精の前では迂闊な発言や行動は慎め。
例え、今のように存在を消しても、目と耳はすぐに復活をする。
今はこれだけしか話す事は出来ないが、少しでも私を信じてくれるなら、この事はお前だけの胸に秘め、今よりもっと強くなって欲しい」
若干ながらに早口に言い、そこでぴたりと言葉を止めた。
情報が多すぎて、何も言えない。何を言われたのかすら把握できない。
だが、順を追って思い出すなら、最初に神と戦うと言っていた。
神はイコールPさんなのか? レナスもPさんに殺されたのか?
殺された事を聞かされて、レナスはPさんを許す事が出来ず、結果として復讐する事を決めて、仲間を集めているのだろうか。
だとしたらまぁ、口出しする事では無いが、普通に勝てないと俺は思う。
何しろ相手は神様なのだし、俺達に力を与えてくれた存在だ。
例えるなら、赤子が親と戦うような物で、悪ふざけで顔を殴った所で、「こいつぅ!」と笑われて終了だろう。
勿論、それは赤子だったらの話なので、俺達であれば「あ?」位にはなり、最悪の場合はその場で殺されて、魂は永遠に自我を失う。
俺だってまぁ、許しきれてはいないが、Pさんも一応謝ってくれたし、反省したとも自分で言っていた。
次に会った時にどう接したら良いのか。それ位の事では悩んでいるが、まさか、戦って殺してしまおう等とは、俺は微塵にも考えて居ない。
レナスの時はどうだったか知らないが、今はPさんも反省している。
その事を伝えれば考え直すかも。そう思ってレナスに言って見たが。
「そうか。そこまでは行って居ないのだな。
ならばじきに分かるだろう。お前の頭がボンボヤキーで無いのならな」
訳の分からない言葉を返されて、俺は疑問で眉根を寄せるのだ。
ボンボヤキー。
後で分かったが、この世界で獲れるピーマンのような野菜のようで、特に、中身がスカスカの物を指して、アホだとかバカだとかの隠語に使うらしい。
だが、その時の俺にはそれが分からず、「ボンボヤキー……」と繰り返すように一言。
「さて、では助けが来るまでは、お前と共同生活と言う訳だな。
妙な気は起こすなよ。氷漬けにされたくなければな」
その後に言って歩き出したレナスに「は!?」と返して顔を歪めた。
もうお分かりかと思いますが、レナスの神はPさんではありません。
神=Pさんと言う、ヒジリの思い込みが生み出した誤解です。




