流れ着いた場所
それが夢だと分かるまでには、少しの時間が必要だった。
幼い時の俺が居て、生きて居た頃の爺ちゃんが立っている。
場所は近所の公園らしく、俺と爺ちゃんは褌姿で、池の前で何かをしていた。
夢ではあるが、それは実際に、俺が四歳の頃に体験した物で、なぜ、今になってそんな事を思い出すのかと、第三者の視点で俺は思うのだ。
そう、カタギリ流水泳術。それを教えられた朝の事だ。
戦乱の中で編み出されたそれは、背中に槍を担いでも溺れない遊泳術らしく、爺ちゃんはそれを伝授する為に、ある日に俺を公園へと連れ出した。
冬が近付いてきた朝の事だったので、かなり寒かった事を記憶している。
そして、途中でナエミに見つかり、幼子故の悪意の無さか、「ヘンタイ!」と言って指差して来た事も、俺はうっすらと記憶していた。
それには確か爺ちゃんが、「たわけ!」と怒っていたと思うが、「ヘンタイとはこういう事じゃ!」と続けて、局部を零して見せた事は、今にして思えば近くに人が居なくて良かったと思う事だった。
……兎に角、まぁ、そんな流れで、俺は近くの公園に連れられ、「欲しいおもちゃを買ってやる」と言う、爺ちゃんの言葉を信じて励んだ。
その結果として、俺は所謂、カタギリ流遊泳術をモノにしたのだが、初めての水泳の授業の時に、「カタギリ君はヘン」と、先生に言われて、衝撃のあまりに口を開けたのだ。
ちなみにその泳ぎ方だが、右でも左でも構わないので、体の半分を水中に浸ける。
そして、水中に浸かった方の腕だけを動かして、動作をを少なに泳ぐと言う物だ。
隠密性に長け、人間本来の浮力を使った伝統的な泳ぎ方らしいが、それを見た同年代の子供達からはまずは「キモっ!」と言う声が上がった。
その上でのトドメが「カタギリ君はヘン」で、幼かった俺は爺ちゃんに対して、「死ね!」と言ってしまったのである。
幼子故に悪意は無いが、爺ちゃんはきっと傷ついただろう。
「じゃがな、カタギリ流遊泳術は、絶対に溺れない泳ぎ方じゃ。
ご先祖様の知恵であり、子孫達への愛と言える。
ワシの事は嫌ってもええから、それだけはしっかりと覚えておけ」
悲しそうな顔でそんな事を言って、以降は俺の泳ぎ方に対して、絡んでくる事は二度と無かった。
「ああ……そうか……」
俺はそこで思い出す。なぜ、こんな夢を見ているのかを。
レナスを助けようとして海に飛び込み、俺は最初はクロールをした。
だが、一向に距離が縮まらないばかりか、波に呑まれて溺れそうになったので、例の遊泳術を無意識で出したのだ。
気付けば俺は……意識を失い、懐かしい夢を見ている始末。
要するに、普通に溺れた訳で、こんな夢を見ている原因は、爺ちゃんに苦情を言いたい為かもしれない。
「普通に溺れたよ。爺ちゃん……」
まぁ、嵐の中を泳ぐなんて事は、ご先祖様でも想定外か。そこを責めるのも悪いなと思った時に、俺の意識は夢の世界から離れた。
気付くと浜辺に転がっていた。浜辺と言うよりは入り江に近い。
見た事があるかと聞かれると、俺の記憶の中には無い物で、溺れはしたが運良く流されて、辿り着いた場所だと推測をする。
「ユート……? 居るか?」
呼んで見たが反応は無い。最後の記憶では確かユートにはダナヒへの伝言を頼んだはずだ。
と言う事はユキカゼに居る可能性が高く、近くに居る可能性は限りなく低い。
そこには若干の寂しさを覚えつつ、両手をついて立ち上がり、顔についた砂を払って、周囲の様子を伺って見た。
時刻は朝か、もしくは昼頃で、空からは太陽が照り付けている。
嵐はすでに去ったようで、見渡す限りの水平線には、青く、美しい空が見えていた。
それから足元に視線を移し、船の木片や藻屑を目にする。
壊れた樽や破れた服等、様々な物を目に入れた後に、人が居たような形跡が見えた。
居たような、と言ったように、そこには今は誰も居ない。
ただ、そこからの足跡は残っており、俺が倒れて居た場所に近付き、そこから引き返して奥へと移動。
林の入口らしき所で、その足跡は消えているようだ。
生きて居る事を確認した。とも取れるし、死んだと見て諦めて移動した。とも取れる。
何にしても俺以外にも生存者が居たと言う可能性が高く、直後の俺は足跡を追い、林の中へと踏み入っていた。
直後に思うのはフラつくと言う事。
見る限りでは怪我等は無いので、おそらくただの空腹だろう。
最悪、ここが無人島であれば、食べ物を探す事も考えなくてはならない。
生存者……非常に高い確率で、俺はレナスだと思っているのだが、あちらに敵意が無いようならば、協力する事も考えた方が良いだろう。
ここがただの無人島ならまだしも、ダナヒと修行したあの島に居た、「G」のような生き物が居ないとも言い切れない状況なのだから。
そんな事を考えながら、枝葉を押し退けて林を進む。
そして、木々が途切れた所で、小さな滝がある泉を見つけた。
半径で言うなら五m程か。本当にそれ程大きくは無い。
だが、太陽の光を美しく反射する、綺麗な水を蓄えており、これなら飲めるかと思った俺は、不用心に泉に近付いたのだ。
直後に聞こえる「ざばああっ」と言う音。
泉の一部が水中からせり上がり、金髪の美女が姿を現す。
それに気付いた俺は立ち止まり、両目を大きくして女性を見つめた。
理由は一つ。裸だったから。
更に理由を付け加えるなら、それがレーヌ・レナスであったから。
煌めく髪に眩い裸体。白肌を伝う水滴が艶めかしい。
腰の上までを水面に露出し、両目を瞑って空に向いており、煌めく髪を短く振って、気持ちの良さそうな声を出している。
俺はと言うと胸に釘付けで、一部に集まる血流を意識し、巨乳、と例えるしか無い胸をガン見して、若干ながらに腰を引く。
こんな衝撃は小学生の時に、山でエロ本を見つけて以来で、思わず「すげぇ……」と口走ってしまって、レナスに「はっ」と気付かれるのである。
「いや、ちがっ!!」
覗きじゃないんです! そんな事を言おうとしたが、直後に俺は氷漬けにされ、妙な姿勢と「が」の口のままで固まり、行動不能にされたのだった。
この時、レナスに敵意があったなら、俺はそのまま殺されていたかもしれない。
だが、幸いにもそれは無かったようで、泉から上がり、服を着終えた後に、俺は氷から解放されるのだ。
「思えばこちらも不用心だった。動揺したとは言え、すまない事をしたな」
それが直後のレナスの謝罪で、複雑な心境から「いえ……」とだけ返す。
本来ならば「気にしてないですよ」とか、そんな事を言ったと思うが、過去のわだかまりからそんな言葉を選ぶ事が出来なかった。
「それと、これは私の推測だが、私を助けようとして飛び込んだのなら、その事に対して礼も言って置こう」
しかし、続けたその言葉には、「いえ」とすら言葉を返す事が出来ず、あの時、あの場所で抱いた疑問を俺はレナスにぶつけてしまう。
話が分かる人。そう思ったのか、チャンスは今しかないと思ったのか。
自分の気持ちだがそれは分からず、勢いのままに俺は聞く。
それは即ちどうしてなのか、なぜ、セフィア達を殺したのかと言う物で、聞いたレナスは両目を瞑り、「知りたいのか?」と、俺に言って来たのである。
口から出て行く言葉は無かったが、代わりに俺は小さく頷く。
それを見たレナスは「そうか」と言って、質問の答えを話し出した。
「過去、現在の歴史に於いて、滅ぼされた国の王族が生かされていたと言う例は少ない。
なぜならばその国を統治する際に、最大の障害になりえるからだ。
祖国の再興。或いは反乱。その中心に立つ人物に、滅びた国の王族程相応しい存在は居ないと言える。
非道だとは分かる。理不尽だと言う事も理解は出来る。
だが、滅ぼした国の王族の処刑は、当然至極の理なのだ」
……俺は、酷く理解した。言われてみればその通りではある。
俺だって多少は歴史を知っているし、知っている範囲の戦争で、滅ぼされた国の王族を生かして置いただなんて話は知らない。
むしろ、親と子供だけに留まらず、一族郎党、親戚の子供まで処刑されたと言う例もある程で、それから比べるならレナスの処置は、ぬるい方だと言って良いのだろう。
だが、それは理解が出来るが、感情の部分が追い付いて来ない。
少なくとも、そう、少なくとも団長は、殺さなくても良かったはずだ。
俺を生かしてくれたように、団長だって生かす事が出来たはず。
「じゃあ、団長はどうしてなんですか? 俺を生かした理由だって分からない」
そう思って聞くと、レナスは微笑み。
「貴様は武人の心を知らんな」
まずは言って、表情を戻す。
「あの男がそれを望んだと思うか? 祖国が滅びる様を黙って見ていると?
どの道奴のような男は死んだ。ならば、死ぬべき所で死なせるのが、武人同士の情けと言う物だ。
……奴の最期の顔を見たか? 満足の行って居た男の顔だ。
ああいった者を真の武人。真の男と表現するのだ」
団長がもし生きて居たら。間違い無く救出作戦に加わっただろう。
だが、レナスがあそこに居た以上、団長が加わっても作戦は失敗し、死を望む者にはそれが与えられた、あの時の選択で死を望んだと思う。
結局は全て、逆恨みだったのか……例えば俺がヨゼル王国の指揮官だったなら、同じ事をするしか無かったのではないだろうか。
言葉を失って考えていると。
「それから、貴様を生かした理由だが、それはこれから少しだけ教えよう。
だが、その前にこの島の様子を探ってみる必要があると思う。
協力をしろとまでは言うつもりは無いが、しばらく私に付き合って貰おうか」
レナスは言って歩き出す。まだ、聞きたい事があった俺は、無言のままでそれに続いた。
話の中では明かされませんが、ヒジリを浜辺に引き上げたのは実はレナスだったりします。
流れ着いた事自体は海流のお蔭なので、ヒジリはレナスを助けてはいません。
どうでも良い事ですが、小ネタまでに(苦笑)




