サムライダマシイここにあり
その日の夜。
皆が眠った頃、ユートが窓から俺の部屋に戻った。
「分かったか?」
と聞くと、「分かった」と返すので、開けた窓から外に出た。
それから畑に向かって歩き、鋤を握って感触を確かめる。
「んー……」
一振りをして、くるりと回してから柄の部分を地面につける。
「良し」と言うのはショベルよりは槍に近い感覚だったからで、これなら何とか武器として使えそうだと思ったからだ。
「行けそう?」
「うん。なんとか行けそうだ」
呟いた後にユートに聞かれ、言葉を返してそれを担ぐ。
その後に案内をユートに頼むと、「オッケー」と返して目の前を飛び出した。
高さは俺の目線程で、向かう先は孤児院では無い。
ここから一時間程離れた場所にある、領主の館が目的地であった。
そこに向かう理由は一つ。リースの人形を引き裂いた男達をボッコボッコにしてやる為だ。
奴らの心底楽しそうな顔。
思い出すだけでも吐き気がするが、あんな顔をして人を悲しませる連中をこのまま何もせずに見逃す事は出来ない。
目には目を、歯には歯を。
爺ちゃん曰くの最強の法、ハムラビ法典の一節である。
それに従う訳では無いが、あんな事をした奴らには、相応の報いが必要だろう。
ただ。
そんな事をした場合、ここに居られなくなる事は確かな事で、故に俺はそこの部分には後ろ髪が引かれる所があった。
出来る事ならまだ居たい。ピシェトや子供達と笑って暮らしたい。
だが、一方で決めた事を今更覆す訳には行かず、孤児院から顔を戻した後に、木の柵を越えて畑から抜け出した。
それからユートの後ろに続き、領主の館を目指して歩く。
二時間程が経っただろうか。領主の館があると言う、大きな街に辿り着くのだ。
ここには当然来た事が無いので、全てはユートの偵察のお蔭だ。
「こっちこっちー」
と、ユートが言うので、先導に従って通りを進んだ。
やがて、松明が掲げられた一際大きな館を見つける。
路地に潜んで確認すると、入口の前に見張りが見えた。
人数は二人で、その後ろに見える噴水の近くにも、四人程が確認できる。
言うまでもない領主の館だ。
本館は更にそれの後方、入口から三百m程の所に存在し、等間隔に置かれた松明が、警備する兵士達を投影していた。
「見える限りは居ないよな……?」
「だね。やっぱ寝てるんじゃない?」
俺が言ってユートが返す。思い出す限りでのあいつらの顔は見えない。
その後に視線を左右に振ると、右手に別館らしきものが見えた。
「てことはあそこかな?」
二階建てのそれを見て、答えが欲しくてユートに聞いてみる。
返された言葉が「どうだろう?」だったので、当てが外れて自分で考えた。
私兵と言うからにはそこに居るだろうし、居るからには休んだり、眠ったりする場所が必ずあるはず。
そう考えるとあの建物は、正直かなり臭い気がした。
「迷ってますなダンナ。ひとつあっしが見てきやしょうか?」
言うなら闇の情報屋。
「なんだそれ……」と一応突っ込み、その上で「頼むよ」と偵察を頼む。
頼まれたユートは「がってんしょーち!」と、どこで覚えたか分からない謎の言葉を残して飛んだ。
「(そう言えば夜でも視界が効くのは、何気に暗視を取ったお蔭か……
言われた通りにした訳じゃないけど、確かにこれは便利っちゃ便利だな……)」
暗視のお蔭で視界は良好。
「特能をすすめろ」と言っていたレナスの言葉には真実性がある。
だが、そうは思うが心の中には、まだまだレナスへの反感があり、例えば本当に強くなるにしても、彼女に対する反抗心から、今後も選ばない可能性はあった。
ちなみにどう見えているかと言うと、夜ではあるのだが位置が分かる。
説明するのが難しいのだが、動いた物や生物だけがくっきり見えていると言えば分かり易いだろうか。
「って、別にどうでも良いのにな……あんな人の事は気にする事は無いんだ。強くなるとか、強くならないとか……
とりあえず今は奴らをボコる事! これだけしっかり考えてればいい!」
言葉に出してそう言って、自分の頬を両手で叩く。
「いてえっ!!?」
そして、右手に持った鋤の柄が当たり、思った以上の痛みを感じた。
我ながらアホだ。アホすぎる。ユートが居なかったのが幸いと言える。
「たーだいまー! って、なんか痛そうにしてるけど、ボクが居ない間になんかあった?」
そんな時にユートが戻り、「いや……」と返して結果を聞いた。
「うーん……多分宿舎っぽい。でも、居るかどうかは分かんないよ。
っていうか、ブッチャケ顔忘れちゃった♡」
俺以上のアホが居た。
そこには正直「アホか!」と言いたいが、怒らせても何なので呆れ顔に留める。
「で、どうするの?」
「決まってるだろ?」
続く言葉にはそう答え、鋤を両手に構えた後に、路地から飛び出して入口に走った。
こうなったら全員ぶちのめしてやる。連帯責任と言う奴だ。
そう思った俺は門番達の前で、夜空に向かって飛び上がった。
兵士達の頭上を飛び越え、俺は噴水の近くに降りた。
すぐにも四人の兵士を倒し、松明を引っかけて鋤で打つ。
打たれた松明は弧を描いて飛んで、見回りの兵士の背中を燃やした。
「#$%%&%$!!!」
その事により異常に気付き、奴らが俺の姿に気付く。
挑発する為に鋤を回すと、殆ど一斉に剣を抜いた。
直後に兵士が群がって来る。入口や宿舎、本館からだ。
その数はざっと見で三十ばかり。騒ぎの声を聞きつけて、それはどんどん増えて来ている。
「サムライダマシイを見せてやるよ……!」
不思議に全く恐ろしくは無い。むしろ、気分が高揚して行く。
彼らを殺そうと言う訳では無く、お仕置き目当てなのが理由であろうか。
「ユートは危ないから離れてろ!」
「あいよ~ぅ!」
一言言ってユートを飛ばし、俺は宿舎の敵へと向かった。
一人、二人と素早く倒し、二人を同時に薙ぎ倒す。
そこで出来た時間を使い、背後の二人に魔法を撃ちつけた。
燃え上がる炎をイメージすると、二人の足元から炎が発生。
それは足元から彼らの身を包み、二人を噴水の方へと向かわせた。
直後の攻撃を屈んで避けて、足払いをして相手を転ばす。
その脇を蹴って地面を滑らせ、数人を巻き込んで転倒させた。
「ヒジリすごーい! ホントは強いんだー!」
「(ホントはって何だよ……)」
ユートの声にはそう思い、攻撃を流して背中を叩く。
叩かれた兵士は呻きを上げて、武器を落として地面に倒れた。
ハッキリ言って彼らは弱い。何十人来ても負ける気がしない。
少し前まではそうでは無かったのだから、ピシェトとの訓練が功を奏したと言うべきなのだろう。
「見つけた!!」
十人を倒し、十五人を倒した頃、ようやく俺は奴らを見つけた。
宿舎では無く、本館に居たようで、方向的には左手後方で、遠巻きに武器を構えていた。
正面からの攻撃を避け、柄を叩きこんで気絶をさせる。
それから素早く後方に引き、立ちはだかる敵を次々に打ち倒す。
「ヒッ!!?」
どうやら俺に気付いたらしく、男の片割れが悲鳴を上げた。
「アッ!?」
もう一方もこちらに気付き、へっぴり腰で一歩を下がった。
「覚悟しろ! まずは一発目だぁぁぁぁ!」
敵の合間を縫うようにして駆け、身を低くして片割れに接近。
目の前に迫ったそいつの顔にスピードを乗せたパンチを放つ。
「ゲバアアアッ!?」
勢いを乗せた右ストレートは、片割れの左頬にめり込んで、直後にそいつはきりもみしながら俺の視界から消えて行った。
「続けて二発目ェェ!!」
そして、左脚でブレーキをかけ、今度はもう一人にパンチを繰り出す。
「ボゲエエ!!?」
そちらは片割れの鼻辺りにめり込み、血をまき散らしながら背後に飛んだ。
「ウワァアア!?」
それには数人の兵士が巻き込まれ、飛ばされた男と共に倒れる。
「立てよ! リースが感じた心の痛みはこんなもんじゃなかったんだ!」
拳を握って怒鳴りつけるが、飛んだ男の反応は無い。
もう一方の男の方も、一発で気絶をしたようだった。
ハッキリ言って物足りない。もう二~三発は殴りたい所だ。
だが、死体に鞭打つと言う訳では無いが、気絶した者は流石に殴れない。
「ちっ」と舌打ちして拳を下ろした事が、俺にとっての命取りとなった。
周囲の兵士がその隙を突き、一斉に攻撃を仕掛けて来たのだ。
「くっ!!?」
一部は何とか受け止められたが、その際に鋤が「ぽきり」と折れた。
「しまった!?」
気付いた時にはもう遅く、後方からは刃が迫る。
正面の兵士に掴まれている為に、身動きは出来ない状態にあり、
「(や、やられたッ……!?)」
と、片目を瞑った直後に、俺の背後に何かが落ちた。
それは敵の攻撃を受け止め、「やれやれ……」等と口走っている。
「ピシェトさんだー!」
と、ユートが言って、俺もようやく正体に気付いた。
背後のそれは降り立ったピシェトで、いつものショベルはどこへやら、右手に巨大なハンマーを持ち、数人の攻撃を受け止めていた。
「今回も筋肉で解決ですか……ここ最近は私も割と、頭脳で解決していたのですがね……」
困ったようにそう言って、目前の敵を押し返す。
それから新たにハンマーを召喚し、それを二刀に敵に向かった。
「さぁ! やるとなれば徹底的です! 私達の孤児院に、二度と手出しが出来ないようにしてやりましょう!!!」
「そうですね! やってやりましょう!」
筋肉で解決。大いに賛成だ。
ピシェトの決意に元気づけられ、俺は目前の敵を押した。
「使って下さい!!」
直後に槍を召喚してくれ、すかさずそれを掴んだ俺は、ピシェトと共に反撃を開始した。
数十分後。
噴水の近くには、傷つき倒れた兵士達と、館の主の姿があった。
主は無論、ここの領主で、今は地べたに土下座をしている。
俺とピシェトの反撃により、彼の私兵の三百人は全滅。
あり得ない光景を現実と受け入れて、許しを乞いに現れたと言う訳だ。
俺には言葉は分からなかったが、心底ビビっている事は分かった。
それにユートの通訳で、二度と孤児院には手を出さないと、誓ったという事も教えて貰った。
「むしろ、ワシの部下にならんかね? 相応の報酬は約束するが……?
いや、部下というのが嫌なら用心棒という立場でも良い! どうか、その力を貸してくれんか?」
そんな事も言ったらしいが、ピシェトに頷いた様子は無かった。
「帰りますか」
何食わぬ顔で俺達にそう言い、彼らの前から歩いて去ったのだ。
「ミスターヒジリは熱血ですね。ですが、そういうのは、嫌いでは無いですよ」
孤児院へと続く道の上で、ピシェトが笑顔で俺に言う。
言われた俺は「いや……」と照れ、道の先にと視線を向けた。
熱血と言えば聞こえが良いが、後先考えないと言われても仕方が無いような行動だったからだ。
「(でも良かった……あそこにまた帰れるんだな……)」
僅かに見える孤児院を見て、俺は胸を熱くする。
新しく見つけた自分の居場所。
間違い無く、ここがそうだと、その時に俺は静かに感じた。
10万文字に到達するまでは、思いついた時に投稿します。
そこからは一日一回で月~金の間で投稿する予定です。
土日はお休みでストック貯めで。
そう言えば書いて無かったかなと思い、今更ながらの報告でした(汗)