惨劇へと続く階段 前編
玄関前に積まれたムメは、その日の昼前には何とか片付いた。
その行き先は台所であり、十箱あまりを端に置いてある。
残りの約四十箱は一体どこへ行ったかと言うと。答えは俺とカレルの中。
つまり、セキュアの中であった。
当初はそれを単純に、「どこかへ運ばないと」と、俺は思った。
故に、ダナヒに手伝って貰って汗だくで運んでいたのであるが、たまたま出て来たカレルが一言。
「セキュアに送れば?」
と言った為に、そこでようやく「ああ!!」と気付けて、以降はその手に移った訳だった。
方法としては手を触れるだけ。そして、送りたいと願うだけ。
「ひぃひぃ」言いながら運んでいた俺達には、まさに青天の霹靂だった。
人には人を使う者と、使われる者が居ると言うが、基本、筋力に頼る俺は、どちらかというと後者なのだろう。
「はぁー。便利なモンだなオイ」
「じゃあスキルを取って下さいよ。多分、溜まっているポイントで行けますよ」
作業の最中、ダナヒが言うので、期待を込めて言って見る。
すると、ダナヒは「気が向いたらな」と、いつものように気の無い返事。
「覚えない方に賭けても良いわ」
直後の言葉はカレルの物で、俺自身もそう思って苦笑する。
セキュアは兎も角、魔法を使うダナヒなんて、考えれば何だか違和感である。
「大丈夫かヒジリ! バーニングファイヤー!」なんて、見ただけで俺は噴き出しそうだ。いや、でも、何か言いそうではあるな……
「大丈夫? そっちも入れとく?」
「あ、ああ。じゃあお願いします」
見ると、カレルに頼んでおいた分――つまり、二十五箱が消え去っていた。
力は兎も角魔法力では、俺はカレルの足元にも及ばない。
精神的にキツかった為に、俺は素直にそれ以上を頼む。
結果として十三箱あまりが俺のセキュアに送られ、残りがカレルのセキュアの中へ。
その事によって玄関前が、ようやく綺麗に片付いた。
「明日のムメ料理期待してんぜー」
それを目にしたダナヒが言って、館の中へと戻って行った。
手伝ったんだから食わせろ、とまでは言わないが、それに近い要求であり、実際手伝って貰った以上は、お礼をする事に異論は無い。
だが、何を作ろうかと考えたが故に、すぐに答えが返せなかったのだ。
「必要になったら声をかけて。すぐにはすぐ、無くならないでしょうけど」
館の中へと戻るのだろう、言ったカレルが微笑んで歩き出す。
「あ、ありがとうございました! 助かりました!」
一応言うと、振り向きはせず、右手を見せて奥へと消えた。
十才でそれなら引く対応だが、カレルの中身は三十五才。
実年齢故のクールさに納得して、何を作ろうかとユートに聞いてみる。
「ン? 蒸せば良いんじゃない? 後は焼き魚? なんかそんなんだったよね?」
「いや、そういう意味じゃ無くて……まぁ、それもありなんだろうけど」
返って来た言葉がそれだったので、俺は困惑して頭を掻いた。
初めてのムメ料理。つまり森の、ユラ達が住んで居たキャンプ地での事だが、ユートはそれを「ムメ料理」として、頭の中に記憶しているらしい。
言わばパンと、スープが出たとして、二つで「パン料理」と覚えて居るようなもので、説明が少し難しい為に、俺は頭を掻いたのである。
ただ、一つだけ分かった事は、ユートに相談しても多分無駄な事。
そもそもコメを知らないのだから、「握り飯!」なんて言われても逆に怖い。
それに気付いた俺は黙り、そこからは一人で地道に思考した。
昼食が終わって鍛錬に行き、夕食を終えて沐浴をする。
それから部屋へと戻って来た後に、ある物に気付いて「あっ!」と言うのだ。
コメと言えばアレ。老若男女、アレなら喜んで食べてくれるはず。
「気付いた? ようやく気付いてくれた? それヒジリのじゃなくてダナヒさんのパンツだよ!」
「違うけど何してくれてんの?!」
そんな時にユートに言われ、俺は慌ててパンツをまさぐった。
全く以て気付かなかったが、言われてみれば違和感がある。
何と言うかその、ブカブカな上に、股間の部分がやたらと広い。
具体的にはバナナ一本分。まるまる空間が空いている。
「(……そっちでもダナヒはバケモノだったのか)」
そこにはかなり動揺しつつ、パンツを取り出してベッドに潜り、そして、掛布団で腰を隠して、馴染みのある自分のパンツに履きかえた。
改めて見ると全然違う。色が紫と言う時点で、俺の持ち物にはまずありえない。
注意深く見れば分かったのだろうが、まさか悪戯されているなんて、思わなかったが故の失敗だと言える。
「で? ナニナニ? 何が「あっ!」なの?」
「いや、まず謝れし。ダナヒさんだって困ってんじゃないかこれ……」
だからと言って堂々と「間違えました」と返しに行けない。
部屋を訪ねて箪笥等を開けないと、持ってくる事が不可能だからだ。
そうなるとどうにかして返すとなれば、更衣室にバレないように忍ばせておくだけ。
それが分かるのか、謝りはしないが、ユートはまずは「エヒヒ……」と一声。
その後にもう一度「で、何が?」と聞いて来たので、甘いと思いつつ許してやった。
「明日、皆に振る舞う料理。これで良いかなーって奴が一つね。
ただ、材料があるか分からないから、決定は明日の朝一で見て来た後だな」
「ふーん……? で、料理の名前は?」
それには「スシ」と一言答え、俺はベッドに寝転がる。
ユートは不思議そうに「スシ?」と言った後に、「シースー?」と、通ぶって逆さまにするのだ。
一体お前は何者なんだよ。と、少々呆れて苦笑いをする。
しかし、意図せず言った物として、あまり気にせずその日は眠った。
そして翌日。
朝早くから、材料を探す為に市場に向かい、酢のような物、ワサビのような物――匂いと味は似ているのだが、不気味なまでに青い色――を買い、それらを下げてネタを探す。
見かける魚は基本的には元の世界では見かけないような物ばかり。
しかし、中には見た事があるような、似ている魚が発見出来て、用途を話して買おうとすると、親切な店員にこう言われるのだ。
「焼いたり煮たりなら問題ないが、生で食べるならおススメできねぇな。
もう少ししたら戻る船があるから、そこから直接買った方が良いぜ」
と。おそらく鮮度に問題があり、安全に自信が無いのだと思われ、言われた俺もそれならと思って、礼を言ってから港へ向かった。
それから待つ事数十分。沖に三隻の漁船が見えて来る。
やがて、それらが入港した後に、走り寄って魚を分けてくれるように言って見た。
「ああ、払うモン払うなら別に良いぜ? 好きな魚を持って行きな!」
おそらく船の持ち主だろう、四十才位の男はそう言った。
そして、すぐにも仲間達と共に、箱詰めした魚を運び出したのだ。
運び行く先は桟橋の付け根で、すでに待っている人達が見える。
おこぼれを期待する猫までが来ていたので、俺も早足でそちらに向かった。
良いモノが取られてはたまらない。そう思って急いで行ったのであるが……
慌てる必要は無かったようで、次から次にと魚は到着。
それに気付いた俺は落ち着いて、ゆっくりと魚を選んで行った。
「あの、これって食べられますか?」
その中に鯛のような魚を見つけ、これはと思って漁師に聞いてみる。
返って来た言葉はまずは「食べれるぜ」。
その後に何かを続けたようだが、誰かのくしゃみでそれが聞こえない。
「――けどな」
最後に聞こえた部分がそれで、俺は眉間に皺を寄せるのだ。
食べれる、と、けどな。の言葉の間に、何かが言われていた事は明白である。
例えば「食べれる「と思っていたけど爺さんがそれで死んじまった」けどな」なら、死亡フラグが立ちまくりである。
「食べれるって。良かったね!」
「あ、ああ。何かちょっと気になるけどな」
が、直後にユートがそう言って来て、漁師が忙しなく動いて去ったので、気になった部分を無理に押し殺し、その魚を購入の候補に入れた。
と言うか、基本的に食べられない物を人に売りつける訳が無い。
それに本当に食べられないのなら、もっと本気で注意してくるだろう。
自分で自分にそう言い聞かせ、購入候補の魚を数える。
購入候補は全部で十匹。その中にはタコのような生き物も居る。
スシと言えばタコ! と言う程に、爺ちゃんが好きだったから買った物で、まぁ、最悪誰も食べなければ、俺が食おうと考えていた。
全ての魚を箱に入れ、漁師の一人を適当に捕まえる。
その上で会計をお願いすると、別の漁師が呼ばれてやって来た。
「これに似たニオイどこかで嗅いだなー……?」
気付くとユートが右手を嗅いでいる。心当たりは下ネタにしか無い。
故に、犬を追い払うかの如くにユートを払ってから漁師を迎えた。
「えーと、全部で三千ギーツだな。それの調理法は大丈夫か?」
「あ、ああ。はい。なんとかなると思います」
値段と共に何かを言われる。おそらくタコの事だろう。
出来る、と言う自信はまるで無いが、人間頑張れば何とかなるはず。
そう思った俺が苦笑いで答えると、漁師は「そうか」と笑顔で頷いた。
筋肉質だが愛想は良い。俺が女ならときめいたかもしれない。
少なくとも「クソ!」と思う理由は、漁師のカッコ良さを認めたからだろう。
例えるならそう、サッカー部に居そう。そんなイメージの男性である。
「銀貨三枚。丁度だな。毎度。また買いに来てくれ」
「あ、あぁ、はい。必要になれば」
可愛い彼女が居るんだろうな……そんな事を思いつつ会計を終え、立ち去る漁師の背中を見送った。
だからと言って何なのか。それはまぁ、不明であるが、男のつまらないヤキモチだという事にして、箱を抱えて館に戻る。
そして、いよいよの調理であったのだが、当然のように何もわからない。
ムメを浸す水の量すら分からず、ナエミの不在に舌打ちをする。
しかしそれは、「料理も出来て愛想もある。無いのは年齢相応の家庭」と自称する、コックのおばさんの出勤で解決。
朝食には流石に間に合わないと言う事で、その日の昼食にスシパーティーを開催する流れになったのである。
評価点や感想等、色々な部分で慰めて頂きました。
こちらでもお礼を言わせて下さい。
ありがとうございました! 弱音はもう多分吐きません!(曖昧)




