見えて来た海
それから数日後。
未明頃に、俺はいつもの場所に来ていた。
花畑が見える庭。小舟が置かれた川。背後には扉が開いた教会がある。
言うまでも無くPさんの空間だ。正式名称は不明であるが、そういう名前で呼ぶ事にする。
そう、今日は審判の日。
最初はそれこそガクブルものだったのに、最近では全く緊張感が無くなった。
危なくなればユートが騒ぐらしいので、それを信じている気持ちもあるが、慣れとは本当に恐ろしい物である。
空間の主のPさんは、最初は花に水やりをしていたが、俺に気付くとそれをやめて、じょうろを消して声をかけてきた。
「やぁ。一ヵ月ぶり。毎回同じ場所でも何だし、今日は川下りと洒落こもうか?」
言うなり歩き出し、小舟に向かう。嫌も応も無い流れであったので、苦笑いをしてからその後を追う。
「足元に気を付けて」
「あ、はい。すみません」
待っていてくれたので礼を言う。いつもの事だが考えると紳士だ。
もっと傲慢でも良い立場なのだが、だからこそ俺は好意を持ったのだろう。
俺が乗って、Pさんが乗り、対面に座ると船が動き出す。
前回と同じく俺が下流側で、Pさんが上流側に座ると言う図だ。
「いや、今回は驚かされたよ。ハッキリ言って快挙と言って良い」
突如の言葉に「ハ?」と言う。どの辺りの事かがサッパリ分からない。
だが、少し考えてから、アンティミノスのしもべの事だと気付き、謙遜から「あぁ……」と言葉を発した。
「だけど現場を見損ねちゃって、知ったのはヒジリ君が倒した後だったんだ。
早くに知って居れば弱点だけでも、どうにかして教えて上げられたんだけどね。
そこは素直に申し訳ないと思うよ」
「いやいやそんな! とんでも無いです!」
相手は神様……のような人だ。謝られてもこちらが困る。
上から目線で「そうですよー」なんて、俺のキャラでは流石に言えない。
故に慌てて言葉を返すと、Pさんは「すまないね」ともう一度だけ謝った。
それからすぐにメニューを出して、「今回は凄いよ」と俺に言うのだ。
「判定は合格。それはそうだけど、得られたポイントは二百六十一Pだ」
「にひゃ!?」
思わず垂直にぶっ飛びそうになる。いや、物理的には不可能なのだが、気持ち的にはそんな感じだ。
今までは一番でも四十ポイント位だったから、あまりに多さにパニくってしまう。
「前回の余りが九Pあるから、それを合わせると二百七十Pだね。
いっそ全てをモトセカに突っ込んで、一か八かの勝負をするかい?」
「いやー……ちょっと迷いますね……」
笑って聞かれたので一応答えたが、現状では俺はまだ帰れない。
帰りたいが、やる事がある為に、それを放って帰れないのだ。
本音こそ言わなかったが未練は残り、故に俺は苦笑する。
だが一方で本当に帰りたいのか? と、自分に疑問したのもこの時の事だった。
こちらの世界にはナエミが居るし、大切に思う人達が多く居る。
元の世界には友人に親。大切と言えば大切だったが、秤にかけて釣り合う物なのか。
いや、そもそもそういう物を秤にかける事自体が間違いなのだろう。
何よりそこは生まれた場所だ。十七年生きて来た本来の世界だ。
帰れるとなったらきっと帰るはず。
何だかんだであちらの事を、俺は今でも夢に見るのだから――
この時の俺はそう考えて、渡されていたメニューをようやく開いた。
魔法六 魔法効果++ 三十P
真実六 マジェスティ制度の根本的部分 三十二P
特能七 特能四に於ける習得物の強化 三十二P
変わって居た物は特能の七。特能四と言うと……何だっただろう?
疑問に思ってそれを聞くと、Pさんは説明を始めてくれた。
「毒、或いは麻痺耐性で、ヒジリ君は確か毒を選んだね。
今回はそれの強化版。つまり、毒を無効化出来るようになる。
でも、もし麻痺耐性が欲しいって言うなら、そちらを選んで貰っても良い。
そこはヒジリ君の気持ち一つだね」
「なるほど……分かりました」
返事をするとPさんは「よろしく」と言ってから景色を見始めた。
少し時間がかかる事を予測した上での行動だろう。
毒耐性。取るには取ったが、今まで役に立った覚えが無い。
もしかしたらどこかで毒ってたのかもしれないが、露骨に毒々しい敵は居なかった。
それの無効化。果たして居るのか?
食べ物や飲み物にも影響するのなら……或いはありがたい物なのかもしれないが。
そう思ったが故に質問すると、「影響するね」とPさんは言った。
つまり、無効化を取ったとしたら、毒を飲んでも平気な訳だ。
ビックリ人間大集合とかで毒(と言う前提の何か)を飲んでも平気な人が居るが、トリック無しでアレをやっても「何か?」と言う顔でカメラが見れるのだ。
いや、まぁ、そんな事はやらないが、そう考えると凄いスキルで、中途半端に耐性があるより、特化した方が良いと思って、俺はそちらを選ぶ事にした。
「じゃあ毒無効化で。その上で全部をお願いします」
魔法と特能と真実全て。計算するのはもう面倒だ。
「はいはい。じゃあ残りの百七十六Pはどうする?」
「あー……じゃあ来月への貯金でお願いします」
だが、Pさんが計算してくれたので、「そんなに残るのか」と思いつつ、来月の為の保険に回した。
そうだ。こうして貯金をしておけば、帰りたい時にいつでも突っ込める。
これからは少しずつでも貯金をして行こう。
この時になって俺は初めて、そういう考えを持つに至った。
「真実六。マジェスティ制度の根幹的部分。
これから僕が話す事を、決して誰にも話さないように。
もし、承知した上でそれを破った場合、君の命の保証は出来ない」
Pさんが更に言葉を続ける。忘れていたがそんなのもあった。
カレルと違って知識欲が低いので、正直、あまり興味が無いのだ。
だが、「なら良いです」と言う程でも無く、折角なので頷きを返す。
Pさんは「分かった」と言った上で、なぜか小さくため息を吐く。
「まずはヒジリ君に謝らなくちゃいけない。
ずっとそうしたいと思ってたんだけど、真実をここまで進めてくれないと、そうする事が出来なかったんだ。
本当にゴメン。僕が愚かで、短絡的だった」
それからいきなり頭を下げるので、それを見た俺は困惑するのだ。
「ちょ、やめて下さいよ! 良いですから! 良く分かりませんけど! 良いですから頭を上げて下さい!」
理由は先にも言ったように、Pさんの立場が重すぎるから。
ここでも「あ?」と言える程に、俺の精神は豪胆では無く、故に、とりあえずは頭を上げて貰い、その上で「何なんですか?」と先を促した。
「うん……まずは根本的な事なんだけど、マジェスティに選ばれる人間には、ある程度の強さが求められる。
強さと言っても力や技だけじゃ無く、心を含めた人間の強さだ。
それらは順番に前に言った、電話帳みたいな物に掲載されている。
その人の死期も考慮された上でね。そして、それまで色々あって、ついにヒジリ君の順番が来た。
だけど君の死ぬ予定はまだまだ――まだまだ先のはずだった。
でも、僕はそれに構わず、力を持ったマジェスティが欲しくて、君をこちらに呼んだ訳さ」
それはつまり……どういう事だ。
順番としては上だったのだろうが、死ぬ予定はまだまだ先だった?
という事は俺は――
「そう。殺させたんだ。
僕が君の幼馴染を使ってね。
ナエミちゃんが君を殺した理由は、僕に操られたからだったんだ。
……君を殺したのは、つまり僕さ」
……言葉が出ない。
怒り? いや、違う、衝撃が大きすぎて思考が止まっている。
怒るべきか、呆れるべきか、笑うべきなのかがさっぱり分からない。
ただ一つ言える事は、ナエミがそのせいで罪悪感から自殺をしたと言う事である。
「まさかナエミの自殺もPさんが……?」
「いや、それは彼女の意思だよ。止める事は……出来なくは無かったけどね」
辛うじて聞くとPさんはそう答えた。
嘘は言わないだろう。だからこそ、ここで全てを話してくれたのだ。
腹が立つ。その事に対しては。止められたのなら止めて欲しかった。
そうすればナエミは死なずに済んだのに。
そう思っていると川が終わり、滝を背に船が降下を始める。
慌てて振り向くと以前は闇だった風景に、新たな景色が加えられていた。
川。そして、遙か先に海。或いは湖なのかもしれないが、輝くそれは海に見える。
「あの頃の僕は君達人間を道具のように思っていたのかもしれない。
だけどヒジリ君。キミに会ってから、僕は少しずつ変わっていると思う。
いや、昔を思い出しているのかな……
ナエミちゃん事はすまないと思うよ。勿論、キミを殺した事もね。
だけどもし、自殺を止めて居たらナエミちゃんはどうなっていただろう。
異世界で生きて居るなんて思わないから、ずっと罪の意識を引き摺っていたんじゃないかな?
少なくとも、僕はそう考えた。だから、敢えて止めなかった。
君とナエミちゃんを会わせてあげたい。そう考えて止めなかったんだ。
その後の事は知っての通りで、君とナエミちゃんは再び会えた。
元はと言えば僕のせいだけど、せめてもの罪滅ぼし。その時はそう思ったんだよ」
海を眺めてPさんは言った。その顔は申し訳なさそうに見える。
考え方がズレては居るが、俺か、或いはナエミの気持ちを少しは考えてくれたのかもしれない。
だが、それを許せるかと言うと……正直な所は微妙と言える。
人間同士ならまず許せない。それこそ命で償って貰いたい。
最悪、対面に腰かけて居ないで、土下座でもしろよと俺もキレるだろう。
しかし、Pさんはおそらく神様で、実際問題俺達の命等、路傍の石以下の価値として認識しているかもしれないのである。
それにPさんが言った通りに、ナエミがただ、自殺をして居たら。
こちらで会えなかった事も間違いでは無く、それは借りだと言えなくもない。
故に、俺にはPさんを貶す事も、礼を言う事も出来なかったのだ。
ただ一つだけ言える事は、今までの好意が揺らいだ事で、友情に近い感覚の感情に、ヒビが入った事も確かな事だった。
そっちが勝手に抱いた感情、と、言われてしまえばそれまでの物だが……
「ヒドイ事をしたのは分かる。出来る事なら帰して上げたい。
でも、この星の中に住んで居る以上は、ルールに従って貰うしかないんだ。
君だけじゃない、僕自身もまた、そのルールに従うしか無い立場に居るから」
船が水面に着くと同時に、Pさんがその場にすうっと立ち上がる。
「海か……あそこまでは、まだまだ遠い感じだね。
一つ、お願いしたい事があったんだけど、それは妖精に伝えておくよ」
そして、俺からメニューを受け取り、「今月も頑張ってね」と言って姿を消すのだ。
Pさんへの好意が揺らいで居た俺は、その言葉にも何も返せず、周囲が闇に包まれて行く中で、「頑張れる訳ないですよ……」とだけ小さく呟いた。
ちなみにイサーベールがだいいいいぶ前に言った
「個人の心理が強く出る場所」
と言うのは、Pさんの空間にも適応されます。
つまり、最初に懺悔室に居たのは、ヒジリに対して若干ながらにも、やましい気持ちがあったからなのです。
途中から少しずつ心を開いて、場面は教会の外へと移動。
ついには海が見えて来たのですが…ここから先はどうなるか、ですね。




