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ポピュラリティゲーム  ~神々と人~  作者: 薔薇ハウス
九章 破滅の王の遠い影
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第三の師 ジャック・ライバード

 両目を開くと天井が見えた。

 ダナヒの館の自室の天井だ。

 背中には寝慣れたベッドがあったので、誰かに運ばれたのだと俺は理解した。

 あれからの記憶が全く無いのが、そう思った最大の原因である。

 何時間、いや、何日が経ったのか、部屋の中は少々薄暗い。

 首を動かして窓を見ると、カーテンの隙間から陽射しが見えた。


 時刻は朝か、もしくは昼頃。

 起き上がろうとすると痛みを感じたので、驚きながらに顔を顰る。

 腹や、脚や、腕等が痛い。おそらく筋肉痛だが、ピークは過ぎている。

 それ故に我慢をすれば動けるのだが、なぜ、どうしてそうなったのかに俺は驚きを隠せない。


「って、原因はアレしかないよな……」


 考えるまでも無かった。高速化が原因だ。

 無意識に筋トレをして居たので無ければ、アレ以外にこうなる原因は無い。 

 或いはやらされたという可能性もあるが……

 まぁ、正直やらせる意味と手間を考えるとありえないので、やはりはこうなった原因は高速化した事に集約するのだろう。


「(それよりダナヒだ……あいつの事も聞かないと……)」


 一言で言うなら諸刃の剣だが、その事は一先ず考えずにおく。

 怪我をしたダナヒと、あいつ――アンティミノスのしもべが、あの後どうなったのかが気になったからだ。


「いぃ……?!」


 ベッドから抜け出し、パジャマ姿である事に気付く。

 一体誰が着替えさせたのか。そして、どこまで見られてしまったのか。

 そんな事を思うが、仕方が無い事なので、服に着替えて部屋の外に出た。


「(そう言えば海に飛び込んだんだよな……って事は普通ならベタベタな訳だけど……)」


 髪の毛はさらさら。体にベタつきも感じない。

 と言う事は誰かに体を拭かれたか、或いは風呂に入れられた訳で、そこを思うと先程以上に何だかイヤーな気持ちになって来た。

 男であっても、女であっても、誰に見られても嫌な物は嫌だ。

 だが、それは仕方が無い事。病院なんかに入院したら、看護婦さん達がやってくれる事なのだ。

 そう、前向きに考える事で、嫌な気持ちを飛ばして歩いた。


 廊下を進み、右に曲がる。執務室とダナヒの自室がある方だ。

 そこで、デオスの背中を見つけ、名前を呼んで小走りで近付いた。


「ああ、ヒジリ君。目を覚ましたんですね」


 振り向いた後にデオスが言って来る。いつものように微笑みを湛えている。


「お蔭様で。ダナヒさんはどうですか?」

「ええ……まぁ……」


 聞くと、デオスはそう言って、湛えていた微笑みを若干曇らせた。

 まさかダナヒに何かがあったのか。

 もしかして、傷が深かったのだろうか。


「それはそれとしてご苦労様でした。惨事は未然に防がれましたよ。

 全てあなたの活躍のお蔭です」

「あ、いえ……そんな事は……」


 ……話が強引に変えられた気がする。

 しかし、奴――アンティミノスのしもべはどうやら無事に倒せたらしい。


「それで、ダナヒさんは……?」

「うーん……それがちょっとですねぇ……」


 改めて聞くと、言葉を濁す。

 隠していると言うよりは、言い難そうな印象だ。

 重傷なのか。それとも或いは……

 いや、そんな事はありえない。ダナヒが簡単に死ぬ訳がない。

 確信と言うより、願うような気持ちで、その考えを即座に否定した。


「まぁ、自分の目で見るのが一番でしょう。少し、ここで待っていて下さい」


 デオスが言って歩き出し、執務室の手前の部屋へと入る。

 そこはダナヒ個人の部屋で、執務中でも六割位は、そこで駄弁っている場所だった。

 二分程が経ってドアが開けられる。「どうぞ」と言うのはデオスの声だ。


「失礼します」


 一応言って中に入ると、まずは立っているデオスが見えた。

 方向は右で、ソファーの横である。

 ソファーの端からは脚が出ており、誰かが寝ている事が分かったが、こちらからでは分からないので、少し歩いて顔を向けてみた。


「なっ……」


 直後は絶句。そして唖然。

 嘘だろう。とすぐに思う。

 だが、目の前に広がる光景は、そう思っても消えてはくれず、ようやくの思いで体を向けて、震える右手をゆっくり伸ばした。

 そこにダナヒが眠って居たからだ。


 ただし、普通の状態では無く、顔には白い布がかけられており、両手は胸の上で組まされている。

 生きている者にこんな事はしない。生きて居ないからこんな事をしているのだ。


「ダナヒさん……」


 信じられない気持ちで呼ぶも、当然言葉は返って来ない。


「ダナヒさん……!」


 もう一度名前を呼んだ時には、ソファーの横で膝をついていた。

 自分がもう少しうまくやって居れば、ダナヒはもしかしたら助かったかもしれない。

 或いはもう少し早く動いて居れば、死ぬと言う事は無かったかもしれない。

 ひたすらの後悔。繰り返す自責。

 気付けば両目から涙が溢れ、口からは嗚咽が漏れ出していた。

 友であり、師であり、上司でもあった。口は悪いが最高の人だった。

 こんな事になるんだったら、もっと冗談に付き合ってやれば良かった。


「あー……悪ぃ……」


 そう思っていると、頭に手を置かれ、俺は「ぴたり」と嗚咽を止めるのだ。

 顔を上げるとダナヒが起きていた。

 申し訳なさそうな顔で頬を掻いている。


「言ったでしょう。悪質すぎると……

 これでヒジリ君がこの国から去っても、私は擁護しませんからね」


 これはデオス。そう言った後にはため息を吐いて仕事を開始する。

 ダナヒは生きていて、デオスは「悪質」と言う。

 繋がる答えはたったの一つだ。


「ちょっとアレだ……からかってやろうかと思ってな。

 すぐに起きるつもりだったんだが……」


 要するに、死んだフリをして見せて、俺をからかって遊んで居た訳だ。

 おそらくダナヒがしてきた中で、最高で最低のジョークと言える。

 生きていた事は嬉しかったが、それ以上に怒りが込み上げて来る。


「良いっすか……一発だけ本気で殴っても……!?」


 根に持たないとは約束できない。

 だが、それをすれば今だけは許せる。

 怒ったような、それでいて笑ったような顔をしていただろう、俺を見たダナヒは「お、おう」と言って、甘んじて罰を受け入れたのである。


「じゃあ行きますよ! 歯を食いしばって下さい!」

「こ、コイヤー!!?」


 直後のパンチは左頬に命中。

 ダナヒは奥歯を一本失い、それを教訓として今後は二度と、死んだフリをしない事を決めたのだった。




「それは殴られても仕方が無いわね。

 あたしだったらずっと根に持つし、マトモに話をしなくなるわ」


 その日の十五時頃。いつもの軽食店。

 通りに面した窓際の席で、俺とカレルは話をしていた。

 現在の話題は死んだフリの事で、カレルも俺には賛同的だった。

 しかし、一方で実際に死にかけていた話をして、俺を「マジですか……?」と驚かせるのである。


 ちなみにユートは話を聞かず、新作のバニラハルルに夢中になっている。

「ヤバいヤバい! バニラ味マジヤバい!」と、目の色を変えて食いついており、正直、それが苦手な俺は、そちらにも「マジですか……」と小さく聞くのだ。


「腎臓が一つ潰れてたのよ。医者に診て貰って分かったんだけどね。

 いくら回復魔法とは言え、欠損した臓器は流石に治せない。

 そうとは知らずに放置していたから、しばらくの間は苦しんでたわ。

 最終的には摘出して貰って、大事には至らずに済んだと言う訳」

「そ、そうだったんですか……当たり所が悪かったんですね」


 いや、むしろ良かったのか。

 腎臓とは確か人の体に二つある臓器の名前のはずだ。

 腎臓を売れ、なんて都市伝説で良く聞くが、一つを失っても何とかなるらしい。

 心臓なんかに当たって居たら、取り換えが効かずに死んでいた訳だから、当たった場所が腎臓だったのは、ある意味で幸運と言って良いのだろう。

 カレルもおそらくそう思うのか、「そうでも無いんじゃない?」とまずは一言。

 その後に紅茶を一口飲んで、「結局あれは何だったのかしら」と続けた。


 あれ、つまりアンティミノスのしもべの事だろうが、俺にも正直名前しか分からない。

 だが、それすらもイサーベールとの約束があるので、話せないと言うのがもどしかしい。


「そういえば龍はどうなったんですか?」


 そんな気持ちを誤魔化す為に龍のその後を聞いてみる。

 すると、カレルは「龍……?」と言って、不思議そうな顔を見せて来るのだ。

 言わずとも分かる。「何の事っすかね?」と、疑問している顔である。


「あ、いや。雨雲の中に居たんですけど……カレルさんは見て無かったんですね」


 指差していたが見たのは雲だけか。

 結論としてそう考えて、言った後に笑って見せる。

 愛想笑いこそしなかったものの、カレルは「へぇ」と興味深そうに言っていた。


「(て事は、どこに行ったかは分からないのか……結局アレがそうだったのかな……)」


 イサーベール曰くの助っ人。

 確かに人とは言っていないが、流石にあれでは無いと思うのだが。

 そう思いながらに外を見ると、通りでのちょっとしたやりとりが目に入る。


 老人――七十歳くらいの男性なのだが、主婦らしき二人に話しかけているようで、話しかけられた二人の主婦が困惑した顔で対応している。

 どうやら道を聞いているような感じだが、結局の所は慌てて手を振って、老人を残して逃げて行った。

 アフレコするなら「分からない分からない! 違う人に聞いて!」と言ったような図で、残された老人は頭を掻いて「参ったなこりゃ」とでも言わん顔をしている。


「ちょっとスミマセン。すぐに戻りますんで」


 見てしまった手前は無視もできず、カレルに言って外へと向かう。


「うぉーい! どこに行くのさヒジリぃー!」


 食べて居れば良いのにユートがついてくる。口の周りがハルルまみれだったので、「拭けよ」と笑ってからドアを開けた。

 通りに行くと老人はまだ居た。

 髪の毛を撫でつつため息をついている。


 改めて見ると髪は白色。青いローブを纏った老人で、一体それは何なのだろうか、右肩の上には拳大のひし形の何かが浮遊していた。

 色は灰色で回転している。


「何で浮いてんの? ナニアレナニアレ?」


 と、ユートがすぐに興奮し出すが、俺にも当然何かは分からない。

 とりあえずの形で「あの……」と言うと、老人はこちらに振り向いて来た。


 瞳の色は青色で、髪の毛と同色の髭を蓄えている。

 牛乳瓶の蓋のような、金のレンズを左目だけにつけており、懐中時計の蓋を開けるような形で現在はそれを押し上げている。

 主な服装は青いローブ。下には黄色の肌着が見える。

 左手には一m程の杖を持っているが、歩行の補助の為では無いらしい。

 おそらく百八十㎝はあるだろう高身長でも、老人が「ぴしり」と背を伸ばして居たからだ。


 これは普通の人では無いな。直後はそう思い、反応を待つ。

 すると、老人は軽く笑い出し、「いやはや」と言う言葉を繰り出して来たのだ。


「ワシの家はどこじゃったかな? 的な?」


 人前なので注意は出来ず、心の中だけで「ダマレ」と呟く。

 果たしてそれが伝わったのか、ユートはとりあえず静かになった。

 老人は一頻り笑った後に、「助かった」とまずは一言。

 その後に更に言葉を続け、助かった理由を俺に言った。


「言葉がまるで通じなくての。少しばかり困っておった。

 実は人を探しておるのじゃが、協力して貰ってもええじゃろうかな?」


 どうやら言葉が分からなかったらしい。故に、主婦達は逃げたのだろう。

 気付けばカレルが店内から見ている。「なにやってんの?」と思っているのだ。

 すぐに戻ると言った手前だが、困っている人を放置できない。

 果たして伝わるかどうかは謎だが、とりあえずカレルには右手を見せた。

「ちょっと待ってて下さい」と言う、意味合いを含めたジェスチャーである。

 それを見たカレルは顔を戻して、メニューを見た後に右手を挙げた。

 多分、店員を呼んだのだろう。と言う事はきっと伝わったのだ。


「あっ、すみません。良いですよ。誰ですか?」


 その後に素早く体を戻して、協力する旨を老人に伝えた。


「もしかしてデート中かな? 邪魔をしたなら申し訳ないが」


 それには「いやいや」と即答をする。

 どう見ても兄と妹か、或いは親戚の女の子だろ。

 だが、それを言うとユート経由でカレルに言葉が伝わるかもしれず、その事による不興を恐れた俺はその後の言葉は続けなかった。


「実はこの人物を探しておるんじゃ。近くに居るとは思うのじゃがね」


 懐を漁り、紙を出して来る。

 いつか、どこかで見たような字だ。

 そして渡され、それを見た時、俺は小さく「いぃ!?」と言うのだ。


「あれ? これってナエミと書いたセンセーをボシューするコーコクだよね?

 て事はナニ? このお爺ちゃんはヒジリのガッコーに通いたいと言う訳?」


 前半は正解。だが後半は違う。

 その紙はユートが言ったように、俺とナエミが発した求人。

 つまり、新しく作る学校の教師を募集した広告だったのだ。

 上から真ん中までは内容と条件で、一番下には連絡先がある。

 ヘール諸島中心首都。ダナヒの館。カタギリ・ヒジリ迄。

 老人が教師をしたいのであれば、探しているのは俺と言う訳だ。


「えっと……教師希望……という事で良いんですか?」

「うん? まぁ、そうじゃな。知っておるのかね? その人物の居場所を?」


 一応聞くと、そう言ったので、「ハハハ……」と苦笑いを作って見せる。


「俺です……俺がカタギリ・ヒジリです」


 それから言うと、老人は「なんと」と言い、両目を少々大きくして見せた。


「これぞ天啓。数奇なる運命。

 ワシの名前はジャック・ライバード。

 ジャックでもライバードでもどちらでも構わんよ」


 そして、自身の名前を名乗り、右手を差し出して来たのである。


「あ。よろしく……お願いします」


 採用するかどうかは置いて、とりあえずの形で握手に応じる。


「っ……!」


 微弱な電流が体に走った。静電気が体中に流れたような感じだ。

 しかし、別段、大した事では無いので、苦笑いを作ってライバードの手を離した。

 運命の出会いへの物理的な直感。

 後になって思えばその感覚は、或いはそういう物だったのかもしれない。


タイトルですでにモロバレと言うね…

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