もう一つの弱点
目が覚めた時に思った事は「一方的だな……」と言う事だった。
勿論、それが頼みなら聞くが、聞きたい事がいくつかあった。
にも関わらずイサーベールは一方的に用事を済ませた。
そこの部分に腹が立つ……と言う程では無いのだが、若干の不満を覚えるのである。
「(思えばこっちからは行けないんだよな……)」
そこに行けるのは呼ばれた時だけ。
良いように使われていると思わなくもない。
だが、魔法を使える助っ人を回してくれる辺りは味方ではあるのだろう。
俺はそう思い、ユートを避けてからベッドの上で体を起こした。
寝ていた場所は二段ベッドで、下ではダナヒが寝ているはずだ。
「あー……うーん……オハヨーヒジリー……」
動こうとするとユートが起きたので、「おはよう」と短く挨拶を返す。
それから梯子に足をつけ、下に降りながらベッドを見てみた。
ダナヒは居ない。どうやら先に起きたようだ。
丸い窓から外を見ると、薄暗い景色が広がっている。
荒れるのか? と思うが現状は曇り。
そう思った直後に腹が鳴って、ユートに「ワーオ!」と茶化されてしまう。
「ダナヒさんを探すか」
「だね」
朝食にしたいがまずは聞くべき。勝手に食べるのは宜しくは無い。
俺はかけていたローブを着ずに、部屋を出てからダナヒを探した。
「あ、居た!」
言ったのはユート。見つけた場所はゴートゥ・ヘル号の舳先の方だ。
そこにはカレルと水夫達も居て、一点を見つめて立ち尽くしていた。
視線の先には入道雲がある。曇り空のせいか真っ黒である。
「嵐でも来るんですか?」
と、ダナヒに聞くと、真剣な顔で「アホか」と返された。
突っ込みでは無く、それは「マジモン」で、冗談を言ったつもりは無いので、その反応には疑問する。
「昨日の奴よ……多分ね」
だが、左に居たカレルのその言葉により、俺は顔色を変えるのである。
距離がある為に大きさは不明。だが、天をつかんばかりの巨体だ。
バケモノすぎる……適う訳が無い。どこをどうやって倒せと言うのか。
気付けば手の甲を口に当てている程に、俺はその事実に驚愕していた。
「ほっとけばほっとくだけデカくなるって事か……
ここいらで手を打たねぇと街がやべぇな……」
黒山――正式にはアンティミノスのしもべだったか。そいつは今も島伝いに移動し、こちらにじりじりと近付いている。明日の朝にはおそらくはだが、人が住んで居る島にも着くはずだ。
ダナヒの言葉でそれに気付くが、現実問題どうしようもない。
水魔法を使える助っ人とやらが到着しないと手も足も出ない。
「やるだけはやってみる……?」
カレルが言うので慌てて伝える。明日か明後日に助っ人が来る事を。
このままで居ると駄目を承知で、二人で突っ込んで行き兼ねないからだ。
聞いた二人は「そう(か)」とは言ったが、あまり喜んでいない様子。
信じて貰えなかったか……と、俺は思うが。
「明日じゃ間に合わねぇ。分かるだろヒジリ」
そうではない事がすぐに分かった。
明日になれば人が住む島に着き、住民達に被害が出てしまう。
そうなる前にどうにかするのが、国王だろうとダナヒは言うのだ。
だったら島民を逃がしたらどうですか。
そう言おうと思ってそれを飲み込む。
それこそ「助っ人が来る事前提」で、倒せる目途があればの話で、もし来なかったら人里近くにあいつを引き寄せるだけになるからだ。
俺としてはイサーベールを信じるし、おそらく助っ人は来るとは思う。
だが、何の保証も無いのに、ダナヒが――国王がそれに乗れるはずは無い。
「通常の武器では歯が立ちませんが、魔法攻撃は有効らしいです。
特に水魔法には致命的だとか……生憎、俺達の中に使い手は居ませんが……」
「そう(か)……」
それが分かった俺が言うと、ダナヒとカレルが揃って言った。
「こんな事なら取っておきゃ良かったな……」とは、今までに一度もスキルを得て居ない、ダナヒが漏らした呟きである。
「今からでも行って来たら? ……って、好きな時に行けたら苦労しないか」
「まぁな……」
カレルの言葉にダナヒが苦笑する。
あちらに行けるのは呼び出された時だけ。
マジェスティ同士だからこそ分かる会話に、周囲の水夫達は困惑顔だ。
「兎に角、ダメ元でも攻撃あるのみだ。
その内こっちに興味を持って、進路を変えるって言う可能性もある。
カレル。今回はあんたが頼みだ。撃って撃って撃ちまくってくれ」
「ええ……やれるだけはやってみるわ」
話は最後にそこに纏まり、ゴートゥ・ヘル号は速度を上げた。
近付いてくる敵。判明する大きさ。百m以上は軽くある。
こちらの方には興味を持たず、前方の島に移動しようとしており、何も無くなった島を尻目に何本もの触手を口から伸ばした。
それは最早触手と言うより、下手をするならビルのようなもの。
轟音をたてて地面に突き刺さり、その度に土煙を舞い上げている。
もし、この船にそれが向けられたら……おそらく一瞬で沈没だろう。
レナス以来のヤバさを感じ、俺は「ごくり」と唾を飲む。
「それじゃ始めるわよ!!」
カレルが言って、船の舳先から、バズーカを両手に乱射を始めた。
俺だったらすぐに魔法力が尽きる程の、息をつかせぬ連続攻撃だ。
いくつもの緑弾がそこから撃ち出され、奴の巨体に着弾して行く。
それは、奴の体に比べれば微々たる大きさの爆発だったが、何度も何度も繰り返された結果、奴の半身が煙に包まれた。
それでも止めず、打ち続けるカレル。
「人間武器庫のカレルさんの本気です!」
それを見たユートが興奮して叫ぶ。
俺はと言うと「効いてくれ……!」と半ば祈るようにして見ていたのだが、カレル本人が攻撃を止め、
「ダメか……」
と、小さく言った事で、攻撃が効かなかった事を知るのである。
ビクともしていない。
そういう言葉があるが、今回の結果はまさにそれ。
灰色の煙が引いた後には、かすり傷一つ無い巨体が見えている。
成長……と言って良いのだろうか、前より防御力が上がっているらしい。
もう駄目なんじゃないか、と少しだけ思う。
ダナヒを見たが何も言わない。苦虫を噛み潰したような顔をしている。
だが、諦めて居るようには見えなかったので、諦めかけていた気持ちを押し退けた。
「ヒジリ。昨日のアレが撃てるか? 丸太みてぇなのを撃ち出しただろ?」
突然の言葉に「は?」と言う。
内容としては理解が出来たので、直後には「まぁ……」と言葉を返す。
「んーじゃあ口辺りに撃ってみてくれ。あくまで俺様の予測なんだが、もしかしたらあいつの興味をこっちに引けるかもしれねーんでな」
ダナヒは言って、その後に、操舵輪を握る水夫に回頭するように伝えた。
舵が切られて船が傾く。船を右に向けるようだ。
結果として奴が左手になり、進路を同じくしてしばらく進む。
そして、島の継ぎ目で取舵(左に曲がる事)。奴の正面が左手となる。
口の大きさは三十m程になったか。島にある物を根こそぎに吸っている。
今ならおそらくこの船さえも、一飲みであの中に吸われてしまうだろう。
大丈夫なのか……
そう思って見ると、ダナヒは無言で大きく頷いた。
おそらく大きくするだけだろうが、今はダナヒを信じるしかない。
俺は直後に魔法をイメージし、炎の丸太を口の中に撃ちつけた。
「くっ……やっぱりか……!」
結果は以前と同様だった。あっさりと呑まれてしまったのだ。
当然ながら奴は巨大化。「よし!」となぜかダナヒは喜ぶ。
おかしくなったのか? そう思って見るが、表面的には正常に見える。
そればかりか若干、表情が輝いており、それ故に俺は疑問に思うのだ。
「見ろ! 食いついて来やがったぜ! 思った通りの炎好きって訳だ!」
ダナヒが指差し、俺達が見る。
その先には木々や動物を投げ捨てて、こちらに近付いて来る奴が見えていた。
「なるほど。弱点が水なら好物は火って訳ね……
だから昨日は襲われた。
あなたにしては冴えてるじゃない?」
これはカレルで、言われたダナヒは「ひでー言い草」と小さく返す。
ここで俺もようやく納得し、小さな声で「あぁ」と発した。
「引っ張ってくぞ! ボヤボヤすんなオラア!」
ダナヒの言葉で水夫が動き、針路と速度がすぐさま変わる。
船は速度を上げて回頭し、右回りで再び海原を切り出した。
確かにカレルの言うように、ダナヒにしては相当冴えている。
基本、今までがゴリ押しだっただけに、俺は正直驚いていた。
興味を持った奴を引っ張り、ゴートゥ・ヘル号は南に向かう。
そこはすでに奴によって荒野と化した島々で、動物一匹、樹木一本無い景色を見ながら、俺達はどこまでも奴を引っ張った。
時折興味を失いかけるので、その度に俺は魔法を発射。
そうすると奴はしばらくはついてくるので、それを繰り返して南に向かった。
解決策は何も無い。これは本当の時間稼ぎだ。
明日……或いは明後日になれば助っ人が来て何とかしてくれる。
それを信じて俺達はその日の昼まで頑張ったのだが……
――ついに俺の精神力に限界がやってきてしまったのである。
要するに眠い。異常に眠いのだ。
「よだれよだれ!」とユートに指差され、若干の距離を取られる程に。
どうやら立ったままで寝ていたらしく、どうにか持ち直して魔法を放つ。
だが、イタチの最後っ屁よろしく、小さな火種が「プヒィ」と出ただけ。
当然、それは飛びもせず、俺は直後には膝を着いていた。
「ちょ、ちょっと頑張りなさいよ! あんたしか火魔法は使えないんだか……ッ!?」
カレルが言って近付いて来た時、ゴートゥ・ヘル号が大きく揺れた。
その事により少し目が覚めて、揺れた原因を視線で探る。
水夫達が騒いでいたので、原因となった場所はすぐに分かった。
場所は船尾。そこには奴の巨大な触手が刺さっていたのだ。
奴までの距離は二百mはあるのに、それでも届いてしまったらしい。
「きゃあああ!!」
船尾が破壊され、船が傾く。左右にでは無く後方にである。
カレルが甲板を滑り出したので、手すりを握ってその手を掴む。
斜めになったマストの上からは何人もの水夫が海へと落ちた。
俺とカレルはそうならずに済んだが、それも時間の問題だろう。
このままで居ると船が沈む。
どうにかしなければ、と、必死で考える。
「見て! あれ!」
そう言ったのは眼下のカレルで、空いた左手で空を指差し、何かを見つけた事を主張していた。
それは暗雲。真っ黒な雲海。
曇り空にも異質に映る、不吉な色をした連なる雲だった。
動きは宛ら蛇の如し。
まるで意思があるかのように確実にこちらに近付いて来ている。
俺達にとっての吉兆なのか、それとも見た目の通りの不吉か。
判断に迷って眺めていると、暗雲の隙間に龍が見えた。
翼は無く、四つ足でも無い、体の長い東洋の「龍」である。
色はおそらく緑色。長さは正直、ここからでは分からない。
周囲の暗雲を従えるようにして、島々の上を伝って飛んでおり、背後に残した暗雲からは大量の雨水を降り注がせていた。
雨とは言えどそれは水。つまり、奴の弱点である
まさかアレが助っ人なのか。そうも考えたが即座に首を振る。
いくらなんでも龍はありえない。だが、現状では唯一の希望だ。
すがるような思いで成り行きを見守り、奴――
アンティミノスのしもべの大きな体が、暗雲に陰った様子を目にした。
降り注ぐ雨。上がる奇声。見る見る内に奴が縮む。
それは、例えるなら塩をかけられたナメクジで、降り注ぐ雨から逃れるように、奴はじりじりと移動を開始した。
その行き先はゴートゥ・ヘル号で、すぐにも体を橋のように変える。
その為、一時的に船が平行になり、俺達はバランスを取り戻したが、その際に甲板に叩きつけられてしまって、すぐには立ち上がる事が出来なかった。
「ボートを出せ……ッ! 脱出するぞッ……!」
「あ、アイアイサー!!」
苦痛に耐えてダナヒが言って、数人の水夫がそれに返事する。
直後には備え付けのボートに走り、脱出の準備に取り掛かり出す。
「すまねぇなゴートゥ・ヘル号……あいつを道連れに地獄で待ってろや」
ダナヒのそれは船への謝罪。誰にともなく言った言葉だが、俺達はそれを聞き逃さない。
それなりに長い付き合いなので、そんな事を聞くと寂しくもなる。
だが、俺達の力ではどうにも出来ないので、申し訳ない気持ちで手すりに手を触れた。
「準備完了です!」
「よし! 脱出だ!!」
水夫の言葉にダナヒが答え、その声で水夫と俺達が動き出す。
ボートは二艘で、定員は四十名程。そもそもの乗組員が三十名弱なので、慌てずに乗れば余裕なはずだ。
「先に行け!」
「あなたも早くね!」
ダナヒに言われてカレルが飛び移る。
どうやらダナヒが残るようなので、その横に立って俺も待つ。
「誰も居ねぇな!?」
最後の確認だ。声は返らない。
「行け! ヒジリ!」
と言われた為に、手すりを飛び越えてボートに飛び乗った。
「がはっ……!?」
そんな声が聞こえたのは直後。
僅かの高さを見上げると、触手に貫かれたダナヒが見えた。
そして、そのまま引きずられて行く。船尾の奴の口の中へだ。
「行け! 俺様に構うんじゃねぇぇ!!」
手すりを掴み、ダナヒは言って、力に逆らえずに甲板を滑った。
行ける訳が無い。
見過ごせる訳が無い。
ここでダナヒを失ってたまるか!
「うああああっ!!」
俺はすぐにも飛び上がり、空中で槍を召喚していた。
無数の触手がすぐにも迫るが、体を捻らせて全てを避ける。
そして、甲板に着地した後に、今しかないと高速化を意識した。
客観的にはどう見えるのか。周囲の景色が凄まじい勢いで流れる。
その中を俺は船尾に走り、引き摺られるダナヒを目の前に入れた。
迫る触手を余裕で避けて、右手を伸ばしてダナヒに近付く。
そこで、俺は奴の口の中に、ある物が出ていた事を目撃するのだ。
例えるならば銀のビー玉。大きさとしては俺の拳くらいか。
それは本来ならば凄まじい速さで、口の中を動き回っていたのであろうが、今の俺にはそれがスローに見え、その為に位置が丸わかりになった訳だ。
「そこがお前の弱点かァァァ!!」
証拠は無い。カンのようなものだ。そこを攻撃すれば奴を倒せる。
そう思った俺は右手を戻し、両手を添えて槍を突き出した。
そして、勢いのままにそこを貫き、槍をめり込ませてすかさず離れる。
それからダナヒの右手を掴み、最後の力で海へと飛び込んだ。
「ギシャアアア!!」
上がる断末魔。沈み行く船。
戻った時間でそれらを目にして、俺は急速に意識を失った。
炎が好き、と言うのを弱点と取るなら、こいつの弱点は三つあった訳です。




