しもべの一。 コルトラス
翌日。
ゴートゥ・ヘル号に乗った俺達は、その島周辺の海域に来ていた。
朝も早くから出発した為に、時刻はおそらく昼頃だろうか。
燦々と降り注ぐ太陽の光が海に反射して実に美しく、水色の海から跳ねる水飛沫は、清涼剤の如くに気持ちが良かった。
島には原始林。そして川。それは船の左右を挟み、俺達は今、そんな中を白波を切って前進していた。
「そろそろ着くぞ。何があるか分からねぇ。船の上だからって油断するな」
ダナヒが言って通り過ぎる。向かう先は船尾のようだ。
弛んだ気持ちをそこで引き締め、ダナヒの動きを目だけで追った。
その後にダナヒは操舵手に向かい、何かを伝えて縁へと移動。
それから海に吐瀉物をブチまけて、手すりを背にして向かう先を見る。
いつもの事だが気の毒な人だ。猫好きの猫アレルギーに近いものがある。
その様子には苦笑いでそう思い、ダナヒと同じ方向を見た。
小島が近付き、船が迂回する。方向としては右に曲がるらしい。
そして現れた新しい島を見て、カレルが「何よあれ……」と口にするのだ。
一言で言うなら山のような何か。
俺は実際に山かと思った。
大きさで言うなら三十m以上。山のような黒い塊である。
だが、それがこちらに気付き、振り向いた事で生き物だと察知。
驚くカレルやユートと同様に、俺も意識せず一歩を下がるのだ。
目は無く、鼻も無く、髪の毛も無い。ある物と言えば大きな口だけ。
それ自体の大きさは十m程か。
例えるなら、闇の中にある渦のようなものだが、歯のようなものは存在しない。
そこから伸ばした黒い触手で島の木々を引き抜いており、そのまま丸のみするようにして、口の奥へと吸い込んでいる。
バケモノ。まさにそれである。それ以外の言いようが思いつかない。
怖いと言うよりまず気持ち悪い。
「ぶっ放せ!!」
そう思っていると、ダナヒが言って、自らも素早く砲台に動いた。
相変わらずの喧嘩っ早さだが、こういう時は素直に頼もしい。
指示に従って左側に陣取ると、船がゆっくりと回頭を始めた。
その頃には二人の水夫も加わり、八門全てが目標に向けられる。
「撃てえっ!!」
そして、直後のダナヒの合図で、全ての大砲が同時に火を吹いた。
煙が流れて景色が見える。少しが経って炸裂音が聞こえる。
しかし、目標は微動だにせず、島の木々を呑み続けていた。
よくよく見れば背後は荒野。緑の山すら禿山となっている。
なぜ、そうするのかは不明であるが、そいつ――目標の黒い何かが、それをした事は明白だった。
「何かが起こってからじゃ遅ぇか……デオスの野郎の言った通りになったな」
ダナヒが言って水夫と代わる。
俺も同様に水夫と代わり、直後の発射音で右目を瞑る。
軽く見てみたが結果は同じ。
目標のそいつはビクともしておらず、こちらを完全に無視する形で、木をひたすらに飲み続けていた。
「なっ?!」
だが、直後に体が揺れた。微々たる揺れだが確かに揺れている。
それを撃ったのはバズーカ(のようなもの)を持つカレルで、「ちょっとは効くのか……」と冷静に言っていた。
大砲の弾は効かないようだが、カレルのそれでは僅かに効くのだ。
「ヒュー。 意外にやるじゃねーのよ?
あんたはそいつを撃ち続けてくれ。俺様達は直接攻撃して見る」
それを目にしたダナヒが褒めて、カレルが「了解」とぶっきらぼうに言う。
そして、二発、三発と撃ち、目標の体を揺らし続けた。
「大砲より強いカレルさんって一体……」
「まさに人間武器庫だな……」
或いは人間火薬庫だろうか。
ユートの言葉に少々笑い、体を動かしたダナヒを目で追う。
「いぃ!?」
すると、ダナヒはまたあそこに向かい、俺の両目を剥かせるのである。
つまり、大砲の砲門の上。ダナヒはまたすっ飛ぶ気なのだ。
それは本当は移動手段じゃないですよ!
と、注意する前にダナヒは一言。
「先に行くぜ!!」
俺に言い、大砲の弾に乗って飛んで行った。
「バカなの!?」
とは直後のカレル。残念ながら否定は出来ない。
だが、俺も追う為に仕方なく、大砲の上に移動する。
「これ、結構癖になるよね?」
「そんなのお前とダナヒさんだけだろ……」
ユートに言ってタイミングを計り、発射の直前に足を動かす。
「があああああっ!?」
「ヒャアホオオオオィ!!」
そして、今回は一発目で成功し、砲弾と共に空へと放たれた。
すぐにも迫る目標の黒山。慌てて飛び降りて浜辺に足をつく。
「斧!」
先についていたダナヒに言われ、まずはダナヒの得物を召喚。
それを投げて渡した後に、自身の槍を召喚させた。
そして、眼前にそびえ立つ、巨大な黒山の背中を見上げる。
「(こんなのとどうやって戦うんだ……)」
「うおおおおお!!」
怯んでいると、ダナヒは速攻で、何も考えずに斬りかかって行った。
行動力が凄まじい。何も考えて居ないんじゃないかと思う程だ。
だが、そういうノリが嫌いではない俺は、ダナヒに続いて黒山に向かうのだ。
ダナヒが飛んで斬りかかり、俺が背中に槍を突き刺す。
「がああっ!?」
直後に俺達は同時に言って、弾かれた自身の武器を目にした。
考えれば分かった。大砲が効かないのだ。
斧や槍等が通じるはずが無い。
「もういっぺん行くぞ!!」
「は、はい!!」
ダナヒが着地し、そう言ってきたので、ダメ元で再度の攻撃を加えた。
絶望的だがテンションは上がる。きっとダナヒと共闘しているからだ。
「ぎいいっ!?」
だが、結果は変わる事無く、お互いの両手が痺れてしまうだけ。
「クソッ! ならこいつを喰らいなあ!!
行くぜ! アックス! ブウウウメラン!!」
奥の手とばかりに必殺技を出すも、背中に当たった斧が砕けて「マジかよ!?」と、ダナヒは顔色を変えるのだ。
それはそうだ。投げただけだ。
見た目が良いので勘違いをしていたが、振るった方が威力は高い。
だが、そんな事は言えない俺は「どうするんですか!?」とダナヒに聞いた。
「どうするもこうするも拳しかねぇだろ!?
大丈夫だ! 自分の心が折れない限りは、拳は決して砕けやしねぇ!
行くぜえ! バーニングファイナルフィストォォォ!!」
「やめてください! 物理的に即折れですから!」
直後の無謀は流石に制止し、嫌がるダナヒを羽交い絞めにする。
そして、何とか離れようとしていると、目前の黒山が「ゆらり」と振り向いた。
どうやら木々を呑み尽したらしく、見れば、島にはもう俺達以外、生命のある者は存在して居なかった。
動物も、木も、草すらも見えない、完全に死に絶えた灰色の大地だ。
唯一、川だけが流れていたが、その周辺に転がる岩さえも消えていた。
これは無理だ。少なくとも弱点のようなものが分からなければ。
そう思っているとカレルの射撃で、黒山の巨体が僅かに揺れた。
だが、それを全く気にせず、黒山は俺達を目標と選定。
ついには俺達二人に目がけて、ゆっくりと体を動かし出したのだ。
「マホーだよマホー! 槍が通じないならマホーだよ!」
「分かったから離せ! 痛い痛い!」
ユートが言って耳を引っ張り、引っ張られた俺が苦痛の声を出す。
それでユートが離れてくれたので、ダナヒを離して左手を突き出した。
思い浮かべるは炎の連矢。相手の口に目がけて飛ぶよう心の中で図を描く。
そして、それがイメージとして固定した後に、俺は左手から魔法を撃ち出した。
「丸太?!」
だが、出て来た物は炎の丸太。
この間のダメージがデカすぎたのか、「飛ぶ物」として心理に残っていたらしい。
俺とユートが驚く中で、炎の丸太は一直線に飛び、擬音で表すなら「シュポン」と言う感じで、口の奥へと消えるのである。
「なっ!?」
直後に一回りは大きくなる黒山。
反して俺には眠気が襲い来る。
魔法は苦手だ。どうしようもない。調整のレベルが本当に掴めない。
「ボーっとしてんな!」
思っていると、ダナヒに掴まれ、俺は強引に押し倒された。
立っていた場所には触手が刺さり、ダナヒと転がって続きを避ける。
ユートは空中を飛びながらに避けて、立ち上がった俺達の近くに舞い降りた。
すぐにも新たな触手が迫る。
「クソッ! 一旦退くしかねぇな!」
それを避けた上でダナヒが呟く。頭上からの死の雨を潜るようにして走り抜け、俺達はなんとか岬に着いた。
対岸には島が見えていたので、そちらに飛んで逃げる事にする。
確認するとあいつも来ている。だが、幸いにも動きは遅い。
「行けますか? ダナヒさん?」
「俺様を誰だと思ってんだ? コレくらいの事は……朝飯前だッつーの!」
聞くと、ダナヒはそう言って、助走をつけてから対岸に飛ぶ。
そのすぐ後に俺が飛び、ダナヒの後ろに足を付けた。
振り返ると、俺達の居なくなった岬に黒山が遅れて姿を現した。
だが、流石に飛んで来ると言う事はせず、こちらを見たままで体を止めている。
考える脳があるのかは不明だが、その沈黙が余計に不気味だ。
「少しは考える時間が出来たか……
さて、どうやって始末したもんか……」
黒山が触手を伸ばしてきたのは、ダナヒがそう言った直後の事だった。
狙いは俺達。いや、俺達では無く、狙いは俺達の目の前の地面。
そこに先端を刺し込んだ後には、大きな体を引き寄せるようにして、巨大な黒橋を作り出したのだ。
「言ってくれれば良いのに。みたいな行動?」
「絶対違うし!」
言ってくれたら作ったのに。そういう意味でユートは言ったのだが、流石にありえない感情なので、それには即座に突っ込んだ。
ユートが見えないダナヒは無視し、舌打ちをしてから手を振って見せる。
見せている先はゴートゥ・ヘル号で、すぐにも針路をこの島に向けて来た。
「打つ手ナシだ! 一旦逃げるぞ!」
「あ、はい!」
どうやら本格的に退くらしいので、ダナヒに従って後ろに続く。
そして、飛び移れる距離になった頃に、ゴートゥ・ヘル号に飛んで戻った。
俺達が先程まで居た所では、黒山が再び黒山になりつつあり、少しずつ本体を形成しながら、こちらの方へと大口を向けていた。
「ほっといたら死ぬとか……そんな甘ぇ話はねぇか」
それを目にしたダナヒが言うが、カレルも俺も言葉を返せない。
単純に分からない。それもそうだが、答えを返さなくてもダナヒ自身が、分かって居ると思ったからだ。
本体を形成し終えた生き物――
黒山の姿を遠目に見ながら、俺達は島から遠ざかって行った。
その日の夜まで話し合ったが、黒山への対処法は一つも出なかった。
攻撃は弾かれ、大砲も効かない。挙句には炎を吸収する敵だ。
他の手段があるかと聞かれても、正直言って思いつけない。
唯一、カレルの魔法と言うか、魔導砲は多少は効くようだったが、それのみであいつを倒すと言う事は、本人自身も無理だと言っていた。
結局の所、何も出て来ず、俺達はその日は船の中で眠る。
気付くと俺は一人であの場所――
Pさんが不在時に訪ねた事がある、イサーベールの居場所に居たのだ。
森によって周囲を囲まれた祭壇のようなあの場所である。
眠った時刻は夜であったが、ここの空は茜色。
空間の主のイサーベールは、祭壇の前で背を向けて立っていた。
「突然のお呼び立てで申し訳ありません」
「……あ、いえ。気にしてないですよ」
イサーベールがこちらに振り向く。
正直な気持ちを伝えたのだが、イサーベールは反応しない。
だが、前々からこんな対応だったので、あまり気にせず椅子へと向かった。
そして、座り、顔だけを向ける。
呼ばれた理由を話してくれたのは、そんな時の事だった。
「あなたが戦ったあの生物ですが」
その一声にハッとする。天の助けとはこの事だろうか。
何か知っているから呼び出したのだと思い、目を大きくして続きを待った。
「私達の間では「アンティミノスのしもべ」と呼ばれている物です。
思考力は無く、自我もありませんが、生ある物を喰らい続けると言う原始的な欲求を抱えて居ます。
通常の武器では歯が立ちませんが、魔法――特に水属性の魔法には、致命的な弱さを見せる事でしょう」
思った通り、イサーベールは知っていた。
名前や性質、それに弱点。どれが一番ありがたいかと言うと、言うまでも無く弱点である。
これで倒せる。そう思ったが、直後に「待てよ……」と俺は気付く。
カレルは風で俺は炎。ダナヒはそもそも魔法が使えない。
という事はつまり水魔法を使える者が、現状では仲間に居ないという事なのだ。
例えるならテストの答えが分かったのに、シャーペンの芯が切れたような状態か。
書けるのに! 分かるのに! 時間だけが過ぎて行く! みたいな、どうしようもない焦りと絶望である。
「ですが、現在のお仲間には、水魔法を使える方が居られない様子。
少々勝手かと思いましたが、手の者を一人回して置きました。
おそらく明日か、明後日にはヘール諸島に到着するかと思います」
イーサーベルが何かを言った。
良く分からなかったので「えっ?」と言う。
「ですが、現在のお仲間には、水魔法を使える方が居られない様子。
少々勝手かと思いましたが、手の者を一人回して置きました。
おそらく明日か、明後日にはヘール諸島に到着するかと思います」
要点だけを言えばいいのに、イサーベールは同じ事を言い、二度目のそれでようやく納得し、俺は「なるほど……」と小さく頷くのだ。
「手の者って何ですか!? 水魔法が使えるんですか!?」
直後に気付いた俺が言う。情緒不安定も良い所である。
しかし、イサーベールは冷静に、それには「はい」と答えてくれた。
水魔法が使えるのか。と言う質問に対してだ。
秘密にしたいのか、答え忘れたのかは分からないが、前者に対しては何も言わなかった。
だが、この時の俺はそれを気にせず、黒山――アンティミノスのしもべとやらを倒せる方法が見つかった事に喜んでいた。
「以前にもお話したと思いますが、この星の危機。これがその一つです。
最大の危機は遠ざかりましたが、まだまだ予断を許さない状況です。
あなたの協力を必要としています。これからも力を貸して下さい」
イサーベールが「じっ」と見て来る。
基本的には可愛い子なので、真っ直ぐに見られると少々照れる。
それでも一応「あ、はい……」と返すと、イサーベールは小さく頷き、
「この事は決して、あなたの言うPさんにも、話すと言う事はしないで下さい。
あの方は私より力がありますが、この星に関しては無関心です。
そればかりか私が干渉する事を嫌って、取り返しのつかない事をしてくるかもしれません。どうか、それだけはお忘れなきよう」
最後にそう言って、頭を下げた。
直後に歪む彼女の空間。
俺は何も言えないままで、周囲の闇に飲まれて行った。
水以外の物は何でも吸収します。その気になれば島も行けるのですが、それをすると海水に浸かるので、最低限の知能でそれをしないだけです。




