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ポピュラリティゲーム  ~神々と人~  作者: 薔薇ハウス
一章 運命は西から南へ動く
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孤児院での日々

「そうですか。それは大変でしたね……ここで会ったのも何かの縁。良ければゆっくりして行って下さい」


 俺とユートは食堂に居た。

 ハッキリ言ってかなり広い。

 長いテーブルが三本もあり、それぞれに十五脚は椅子がついている。

 その人、おそらく、この建物の主は、俺達をここに呼んで成り行きを聞いた。

 そして、全てを聞いた後に、俺達の正面でそう言ったのだ。


「あの……一つ聞いても良いですか? えーと……」

「ああ、名前を言っていませんでしたね。

 私はピシェト。ピシェト・ノールスです」


 言葉を詰まらせて居る事に気付き、その人、ピシェトが名前を名乗る。

 そう言えばこちらもまだだと思い、俺とユートがそれぞれ名乗った。


「ミスターヒジリにミス・ユートですか。お二人とも素敵なお名前ですね」


 ピシェトが言って「にこり」と笑う。

 顔だけを見ると本当に美形だ。別に照れた訳では無いが、「いや……」と、少し謙遜した後に、俺は一つの異常に気付く。


「えっ……!? ユートの声が聞こえるんですか!?」


 そう、ユートが見えて居る事。

 ラーク王国――今はその名の国は無いが、あの国に居た時にはユートの存在は、誰にも気付いて貰えなかった。

 良くて独り言。悪ければ危ない奴扱いをされてしまい、それをネタに笑われた事は両手の指では収まらない程だ。


 それなのにこの人。

 ピシェトと言う人は、ユートの声が聞こえるばかりか、どうやら姿も見えているようで、俺の肩へと視線を向けて、「それが何か?」と言ってくるのだ。


「い、いえ……別に……」


「まさか」と思って肩を見てみる。だが、そこには妖精は無く、近くにも居ると言う気配も無い。

 或いはレナスや俺と同様、マジェスティかと思ったが違うようだ。


「(見える人も居るのか……? いや、聞こえるだけ……?)」


 思っていると、「それで質問とは?」と、ピシェトが俺に聞いて来た。


「あ、はい……」


 そう言ってから思い出し、聞こうとした言葉を彼にぶつける。

 つまり、それは「治してくれたんですか……?」と言う、腕に対する疑問であり、数時間、もしくは数十時間前まで、折れていた物が治っていた為に、不思議に感じての質問だった。


「そうなるのでしょう。五割くらいですけどね。残りはあなたの回復力ですよ。凄まじい力をお持ちのようですね」


 返された言葉がそれだったので、両手を見ながら「本当に……?」と呟く。


「ええ、本当ですよ」


 ピシェトがにこりと笑った事で、俺はようやく真実として受け入れた。

 自身の回復力。それにも驚くが、治してくれた手段が少し気になる。

 順当に考えるなら神父なのだから、何らかの魔法を使ったのだろうか。

 だが、この世界の一般人は殆ど魔法が使えないらしいので、ああいう状態の時にピシェトと会えたのは、俺にとっては幸運だったのだろう。


「あ、ありがとうございました……それとあの、も、もう一つ聞いても良いですか?」


 腕を下ろしてまずは礼を言う。まだ行って居ない事に気付いたからだ。

 その上で腕を下ろして落ち着き、周囲を見ながら答えを待った。


「どうぞ」


 すぐにもピシェトの答えが返る。

 得られた情報は「広いな」という物だけ。全く把握が出来なかったので、「ここはどこですか?」と結局聞いてみた。


「大陸の西、キーロスという地です。

 内紛続きで王が不在。有力な領主が好き勝手をやっている、少々困ったお土地柄ですね」


 直後の答えはそれである。言葉はまだ続くようだ。


「ですが、月ごとの納税が無いので、どうにかうまくやっていますよ。

 食糧も、水も手に入れにくいと言う、過酷な環境ではありますけどね」


 ピシェトが笑うがどう言って良いのか分からない。

「そうですか」は他人事すぎるし、「ですよねー」では知ったかである。

 結果として俺は何も言えず、若干ながら顔を俯けた。


「パパー!」


 そこへ、一人の子供が現れる。


「パパー!!」


 続けて更に一人が現れ、連鎖するようにして数人が登場。

 それはあっという間に十数人になり、食堂は一気に賑やかになった。

 子供の年齢は平均で五~六才。

 中には十才位の子も居る。

 性別は男女織り交ざっていて、人種なんかもバラバラである。

 そのせいか、言葉の分からない子も居たが、そこは顔には出さないようにしておいた。


「パパー! この人新しい仲間ー? 僕達と同じキョウグーの人?」

「いや、この人達は違うんだよ。でも、仲間ではあるのかもしれないね」


 男の子が聞いて、ピシェトが答える。

 五才位の金髪の少年だ。


「あ、これは失礼をしました」


 見ている事に気付いたのだろう、ピシェトはその子を膝に乗せて、俺達の方に顔を向けた。


「この子達は私の子供です。血は繋がっていませんけどね。所謂、孤児、というものでしょうか」


 それには「はぁ……」と言葉を返す。

 興味が無いという訳では無く、純粋に「凄い」と思ったからだ。

 一方の男の子は興味が失せたのか、ピシェトの腕から逃れた後に、他の子供と走り去った。


「ははは……全く」


 それを見たピシェトが楽しそうに微笑む。完璧に親の顔である。

 親父と母さんのそんな顔を小さい時には何度も見たが、中学に入った位からは、そんな顔をあまり見なくなった気がする。


「そういう訳で、ここには沢山の子供達が住んでいます。こんな所で良かったら、どうぞゆっくりして行って下さい」


 まぁ、それは素行の為だな、と、両親の事に決着を付け、何かをする為に動き出したピシェトに「あの」と言って引き止めた。

 そして立ち上がり、頭を下げる。


「助けてくれてありがとうございました……! あのままだったら俺は多分、死んでいたと思います……」


 正直、生きようとは思ってなかったが、助けられた事は真実である。

 きちんとした礼が言えないようでは、それこそ両親に申し訳が無い。

 それを聞いたピシェトは「いえいえ」と、俺の正面でまずは一言。


「彼女が助けを求めに来なければ、私はあなたに気付けなかった。

 お礼なら彼女に言ってあげてください」


 その後にお礼を言うべき相手が、ユートである事を示したのである。

 顔を上げるとピシェトはすでに、背中を見せて歩き出していた。


「あ、ありがとうユート……助かったよ……」


 少々照れるが仕方が無いので、左肩に居るユートにそう言った。


「い、良いよ別にぃ……」


 ユートも照れたのか、モジモジしている。お礼を言われるのは慣れてないらしい。その辺は俺と同じだと思い、自嘲気味に笑って顔を逸らした。


 でも、助かって良かったのか。

 助かって一体何をするのか。

 誰も居なくなった食堂を見ながら、俺は一人で考えていた。




「良い機会ですから戦って見ませんか?」


 そんな事をピシェトに言われたのは、それから三日が経った時の事だった。

 場所は食堂で、数十人の子供達と、朝食を一緒に摂っていた時の事だ。


「ちょ、ちょっと意味が分からないんですが……」


 苦笑いでそう答えると、「そのままの意味ですよ」と、ピシェトは言った。

 そして、ゆっくりと食事を終えて、口を拭いて立ち上がり、


「では、庭でお待ちしています」


 と、言い残して食堂から去って行くのだ。

 残された俺はパンを右手に「ええー……」と困惑していたと思う。

 戦う理由が無いのもそうだが、なぜ、そんな事がしたいのかと言う動機の部分も分からなかったからだ。


 ピシェトが騎士ならまぁ分かる。強くなる為の訓練等として。

 だが、基本神父のピシェトに戦う理由などあるのだろうか。

 疑問はしたが、お世話になっている以上は、それを無視する訳には行かず、その為に俺は食事を終えて、子供達と共に庭へと向かう。


 ドアを開けて外に出ると、眩しい青空が広がっていた。

 ピシェトは俺から見るなら左手。

 こちらに右側面を向ける形で、目の前に広がる荒野を見ていた。

 手前に広がる小さな畑は、子供達と一緒に作った物らしく、俺達の世界で言うジャガイモのツルのようなものが、地面の中から伸びて来ている。


 その背後には子供達の家。つまり、孤児院が存在しており、「ガンバッテネー」と言ったユートが、屋根の上を目指して飛んだ。


「さて、お得意な武器はなんですか?」


 顔を向けてピシェトが言った。


「一応、槍、なんですけど……」


 生憎、それを持っては居ないので、微妙な表情で俺が答える。


「では、それを使って下さい」


 言葉と共に右手を伸ばすと、俺の目の前に何かが現れた。


「なっ!?」


 それは白く輝く槍だった。

 それにはまずは驚いてから、浮遊する槍をゆっくりと掴む。

 重さとしては五キロ程か。材質は不明だがやけに軽い。


「私はこれを使わせて貰いましょう」


 一方のピシェトの武器はと言うと、土を掘り返すショベルと言う物。

 鉄製のごくごく普通のショベルで、左手に持って正面に構える。


「(一体この人は何者なんだ……)」


 そう思いながら腰を下げ、切っ先を斜め下に開始を待った。


「それでは行きますよ!」


 戦いが始まり、ピシェトが飛んでくる。

 お互いの一撃目が中央で重なり、「ガアン!」と言う鈍い音が辺りに響く。

 二撃目がピシェトの脇をかすめ、ショベルが「ぶん」と頭上を過ぎる。

 すかさず繰り出した三撃目は、仰け反る事で回避され、カウンターで放たれた叩きつけを、両手を使って槍で防いだ。


 その後の応酬も殆ど互角。

 ただし、スタミナの点に於いて、ピシェトの方が優勢である。


「いやはや! なかなかやりますね! 少々時間を頂けますか」


 距離を取ってそう言って、ピシェトが畑の中へと向かう。

 そして、木の柵を乗り越えた後に、そこに転がっていたショベルを持った。


「二刀なんですか!?」


 驚き言うと「ええ」と言う。

「にこり」と笑った後には飛んで、頭上から俺に襲い掛かった。


「くっ!?」


 受け止めるのは無理だと思い、地面を蹴って後方に飛ぶ。

 立っていた場所の地面が窪み、舞い上がった土煙が視界を妨げた。


「(なんなんだ!? 殆どバケモノじゃないか!?)」


 思っていると、飛び出して来て、二本のショベルで猛攻を繰り出す。

 なんとか防いで後退していると、建物の壁に背中をぶつけた。


「があっ!?」


 苦痛の声を発した直後、ピシェトの猛攻が「ぴたり」と止まる。


「ありがとうございました。良い汗をかけましたよ」


 それから左手に二本を持って、笑顔で右手を差し出して来た。


「(マジェスティでも無いのになんて人だ……)」


 そう思いながら右手を伸ばし、「いえ……」と言って手を握る。

 どうやら満足してくれたのか、力強い握手でピシェトは応えた。


「パパすごーい!」

「パパつえええ!!」


 油断をしていた事もあるが、形の上では完敗である。子供達の声に苦笑いをして、俺は建物から背中を離した。


『勝負に負けて笑って居る奴は、ここぞと言う勝負では絶対に負ける。

 勝ちたければ負けても笑うな。悔しさを糧に精進をしろ』


 そんな事を爺ちゃんが言っていたが、ここはもう、笑うしか無かった。

 まぁ、勝負じゃないんだから良いだろ。

 そう思っていると槍が消え、俺の左手は空を掴んだ。


「これからも時折、お願い出来ますか?」

「あ、はい……俺で良ければ……」


 ピシェトは命の恩人である。「嫌です」なんて事はとても言えない。

 実際、そんなに嫌では無いし、こんな事で喜んでくれるなら、断る理由は特に無いだろう。

「ありがとうございます」とお礼を言われたので、俺は「とんでもない」と微笑みを返した。




 その日の夜に夢を見た。セフィアが助けを求めている夢だ。

 でも、俺には何も出来ず、セフィアは縄に吊るされる。

 そして、体を「ビクビク」と痙攣させ、俺の目の前で死んで行くのだ。

 目が覚めた時には俺は泣いていて、体を小刻みに震わせていた。

 セフィアは死んで、奈恵美も死んだ。なのに俺は生きている。

 元の世界に帰ると言う、目的ももはや薄れてしまった。


「俺だけが生きる意味……か……」


 分からず呟き、体を起こす。

 それからゆっくりと着替えを終えて、ユートと共に食堂に向かった。




「孤児院か教会かと聞かれると、どちらかというと孤児院なのでしょう。

 称える神は存在しますが、信者は私以外に居ませんからね」


 それは、向かい合って食事をしていた際の、ユートへのピシェトの回答だった。

 質問内容は、

「ここって孤児院なの? それともキョーカイって奴?」

 というもの。

 聞かれたピシェトは食事を止めて、そう答えてくれたのである。


「そうだ。良ければミスターヒジリ、私の神を信仰しませんか?

 何、別に難しい事では無く、名前を書いてくれるだけで構わないのです」


 眺めていると、ピシェトは唐突に俺に話を振って来た。


「え、ええ!? しゅ、宗教ですか……!?」


 驚き、難色を示して見せると、「いえいえ、そんな大層なものでは」と言う。

 俺は宗教は好きでもないし、同時に嫌いという訳でも無い。

 でも、興味が無いものに入信させられるのは、正直ちょっと勘弁だった。


「まぁ、強制はいけませんね。私としてはあなたには、出来れば同志になって欲しかったのですが……」


 残念そうにそう言って、ピシェトが食事を再開させる。

 間違った事はしていないつもりだが、なんだか悪い事を言ったような気がした。


「(シンコーしてあげれば? 悪い人じゃないよ?)」


 ユートが小声で言って来る。悪い人じゃないのは十分承知だ。

 だが、無宗教の俺にとって、入信というのは少々重い。

 宗教=よろしくないもの。と言う、妙な先入観があるのかもしれない。


 しかし、実際、お世話になっているし、折れた腕も治して貰った。

 生活には何ら貢献していないのに、こうして毎日食事までさせてくれる。

 そこには引け目も恩もあるし、特に何かをしないで良いなら、受けてあげても良いのかもしれない。


「……わかりました。良く分かりませんけど、ピシェトさんの神様を信仰しますよ」


 考えを改めてそう言うと、ピシェトは「おぉ!」と喜んだ。


「何、難しい事は本当に無いのです。ただ、名前を書いて下されば……

 あぁ、今、紙を持ってきますね!」


 そして、口早にそう言って、食事をそのままにして走って行くのだ。


「よっぽど嬉しかったんだね」

「ああ……」


 呆れたようにユートが言って、苦笑いをして俺が言う。

 ピシェトはそれから二分後には戻り、紙の一ヶ所に俺の名前を書かせた。

 一応、警戒してみたが、借金やら保証人やらの類では無く、純粋に「女神メルシエルを信仰します」と書かれた紙だった。


「いやぁ、良かった。これで少し未来が見えました。後は私達の頑張り次第ですね!」


 そんな事を言われた為に、「ひ、広げませんよ?」と一応言って置く。

 聞いたピシェトは「あ、あぁそうですか……」と、ちょっぴり残念そうではあった。


「いや、しかし良かった。一人と二人では大違いですから」

「(まぁ、喜んでくれたなら良いか……)」


 嬉しそうなピシェトを目にして、俺はそう思ってスープをすすった。



実は二つ折りになってまして、裏には借金の借用書が…(嘘)


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