レナス流の交渉術
帰って来ました!
多分ここから少しずつ、謎とか状況とかが解明されてくると思います!
ゴルズリアの侵攻軍と遭遇したのは、それからおよそ三時間後の事だった。
時刻はおそらく十六時頃。夕焼け空が見え出している。
場所は、国境からだいぶ離れた旧ラーク王国の領内で、こちらに気付くなり十人程の偵察兵が、剣を抜き放って近寄って来た。
白のローブに同色のターバン。砂漠の民の愛用品だ。
数で劣れば逃げるのだろうが、こちらが一人と見て油断をしたと思われ、「武器を捨てろ!!」と、命令をしてきたので、それに従って武器を捨てた。
「降りろ! 貴様、何者だ!?」
その命令にも黙って従い、馬から下りて一人に向かう。
無論、素手でも勝てる相手だが、戦って勝つ事に今は意味が無い。
「私はレーヌ・レナスと言う者だ。
ヨゼル王国の将軍だが、此度の戦の指揮官でもある。
そちらの指揮官と交渉がしたい。話を通して貰いたいのだが」
「レーヌ・レナス……? どこかで聞いた名だな……」
質問に答えて立場を明かす。その上で訪ねて来た理由を話すと、別の兵士が言葉を返し、仲間達との相談を始めた。
「とにかく、一応連れて行こう」
結果として、そこにまとまり、彼らは直後に私を捕縛。
武器と馬を奪った上で、両手を縛って歩き出す。
使者だと言うのに捕縛をするのか。
私は正直そこに呆れたが、揉め事を避ける為に黙って続いた。
こんな縄等いつでも破れるし、従って置いて損は無いはず。
そんな慢心もあったのだろう、危機感等は感じなかった。
太陽が僅かに顔を残す頃。
敵の本隊と考えられる極めて大規模の軍勢が見えた。
位置としては国境を越え、僅かの砂漠が見えた頃だ。
先頭集団は砂漠を抜けて、街道の上を進攻中で、私と案内役は彼らをかき分けて軍の中を進んで行った。
「ウッヒョォ! イー女じゃねぇの!」
「敵の将軍か? 可哀想に……」
私を目にして誰かが言った。それはすぐに広がって行く。
「アレが鮮烈の青か? おっさんかと思ってたぜ」
と言う声には、私は密かに愕然としたが、そんな声にも黙って耐えて、両目を瞑ってひたすら歩いた。
場所で言うなら本隊の中ほど。
五千人ばかりとすれ違った頃に、指揮官らしき男と会った。
周囲は砂漠。砂丘に囲まれた割と平坦な位置である。
街道からは外れているが、敢えてその道を選んで来たらしい。
夕焼け空は夜へと代わり、周囲は深淵に包まれ出していた。
軍勢は今はそこで停止し、思わぬ来客――つまり私を好奇の視線で眺めている。
ラクダの上に乗っていた男は、見た目の年齢は三十中盤で、茶色の髪を整髪剤で固めて後ろに流すような髪型を作っている。
口髭もあり、これも茶色。
目の色はここからでは良く分からないが、多分黒だと推測される。
上半身は裸で、黒の皮ズボンを履いており、ヘソにはピアスを二つ付けて、獣の皮で作ったコートを裸の上に直に着ていた。
種類としてはおそらく狼か。そうでなくともセンスは良くなく、個人的には嫌悪感すら覚える、退廃しきった格好だと言える。
「貴様が指揮官か? 私はレナスだ。鮮烈の青と言えば通じるだろうか?」
だが、現状ではそこを注意しても得られる物は何も無い。
むしろ、敵対心を煽るだけだと思い、身分を問って立場を伝える。
すると、男は「鮮烈の青……?」と言い、そこでようやくラクダから下りて来たのだ。
知っては居たようだが恐れてはいないようだ。むしろ、愉快そうな表情でもある。
「おい」
「はっ」
それから男は部下に言って、組み立て式の椅子を持って来させた。
それと同時に兵達が散り、私を囲むようにして距離を取る。
逃がさないぞ、と言う事らしいが、こちらには毛頭そのつもりはない。
「解いてやれ」
これは座った男の物で、連れて来た兵士が私の枷を解く。
その後には男に一礼をして、周囲の輪の中に加わって行った。
解かれた部分を確認すると、縄の跡が色濃くついており、その部分を軽く擦っていると男が不意に名前を名乗った。
「名乗りが遅れたな。俺はカムシール。カムシール・イーブと言う者だ。
砂漠の鷹等と呼ばれているらしいが、そっちの方が分かり易いかな?」
座ったままの態勢で、剣を眼前に両手を据えている。
まぁそうだろうな、と思いつつ、「いや」と短く言葉を返すと、男――
カムシールはそれに微笑み、訪ねて来た理由を私に聞いて来た。
格好は兎も角良い声をしている。太いが、良く通る武人然とした声だ。
そう思った後に私は口を開け、降伏の意思をカムシールに伝えた。
その際には勿論こちらの状況や、そうする意味等も正直に話し、略奪や暴行等、人として守るべき最低限のルールを侵さないで欲しいと、願って置く事も忘れなかった。
聞いたカムシールは「ふむ」と一言。
「本当の話ならありがたい事だが、こちらとしては罠を勘ぐるな。
世の中そんなにうまい話はナシ、ってな。
……そんな危険を冒すよりは、あんたを捕らえた方が話は早い。
ヨゼル王国に与える損害は、数千数万の兵の比じゃあない」
その後に続け、「にやり」と笑って、私にため息を吐かせるのである。
やはりこうなったか。と、思わなくはない。
私が普通の人間だったなら、人間の常識で物事を図るだろう。
だが、私はマジェスティであり、人外の力を持っている事を知っている。
故に一人で交渉に来たのだが、どうやらそれが裏目に出たらしい。
戦う事は簡単だが、そうしない為の交渉である。
「話は本当だ。どうすれば信じて貰える?」
その為に私は食い下がって聞いて、戦いにならない為の方法を模索した。
「ふっ」
奴が笑い、目を瞑り、それから小さく首を振った。
「敵の言う事なぞ、そもそも信じんよ。
自分で見た事だけを信じるようにしている。
だからそうだな。信じるとしたら、兵を旧ラーク王国内に入れ、それでも何も無かった時。
そして、制圧が成った後に、本当だったんだなと信じるだろうさ」
その時には当然、私は捕虜だ。
カムシールの頭の中での話だが。
作戦は成功し、敵の将軍を捕らえれば、確かに言う事は何も無い。
「だが、『世の中にはそんなにうまい話はナシ』と言っていたな?
私も易々と捕まる気は無いが?」
言うと、カムシールは「そりゃそうだ」と笑った。
ならば、と続けて口を開く。
「こうしないか?
こちらの手練れ百人を出す。あんたはこれと勝負してくれ。
見事、そいつらを倒す事が出来れば、あんたを捕らえる事は諦める。
仮にもあんたは使者だからな。問答無用で捕らえたとあっては、対外的によろしくはない。
言わば取引の延長として、こいつを受けて貰えるとありがたいんだが」
結局の所は戦う訳だが、その戦いには意義がある。
諦める理由や、使者への礼儀等が、あちらにとっての意義であり、不快な思いをせずに帰れると言うのが、こちらにとっての意義である。
勝つ事前提で相手にはすまないが、百人程度に負けるつもりは無い。
マジェスティが百人なら危ういかもしれないが、そんな事はまずありえない。
私が「ああ」と短く答え、聞いたカムシールが「よし」と頷く。
その後に手練れの選出を始めて、私の元へ剣が戻された。
準備が整ったのはおよそ十分後。
百人の手練れが集められ、自らの主たるカムシールの次なる命令を黙って待っている。
辺りはすでにして完全な夜で、篝火が付けられた事によって、私の横顔と彼らの背を照らした。
「勝負の方法は一対一が良いか? それとも一対多数で良いか?
そっちに決定権をくれてやる。答えはなんだ鮮烈の青?」
「一対多数だ」
手間が省ける。百人といちいち戦ってはいられない。
そこまでの事は言わなかったが、カムシールの問いには短く答えた。
例えるなら熟練、或いは勇猛。一騎当千の強者達が侮られたと思って息を巻く。
「それじゃ、遠慮なくそうさせて貰おう……
一斉にかかれ! 命までは取るなよ!」
そんな中で命令が下され、彼らが一斉に襲い掛かって来た。
先頭集団は二十人ばかり。
勢いに任せて押し潰す気なのか、殆ど真っ直ぐに向かって来ている。
それで良い。それで正しいのだ。相手が普通であったならば。
私は思い、剣を抜き放ち、次元セキュアに鞘を送った。
「だが生憎だ。相手が悪かったな」
それから右手の剣を下げ、精神を集中して魔力を込める。
直後に剣が青白く輝き、攻撃の為の準備が整った。
「はあっ!!」
左に一閃。吹雪が生まれる。
それは先頭集団を包み込み、宛ら猛風の雪山に居るかのように、彼らの前面を雪漬けにした。
死にはしないが、行動は不能だ。二十人はこれで片付けたも同然。
後続の敵が二手に分かれたので、私は左を選んで走った。
「うわぁ! き、来たぞ!?」
「てえええいっ!!」
驚きを無視して砂漠を滑る。直後に敵の大部分が夜空に向かって舞い上がる。
軽く見るなら三十人。いや、四十人は飛ばしただろうか。
その後に彼らの中に飛び、落下する敵達の中を滑空し、残っていた敵の中心に落下して、勢いを乗せた一撃を放った。
砂漠の砂が。残っていた敵が。花弁の如くに開いて散って行く。
この事により百人が片付き、私はセキュアから鞘を呼んだ。
敵達が砂漠に落ちる中で、剣を収めてカムシールを見る。
言葉も無しに私を見ていたが。
「……分かった。あんたの提案に応じよう。
信じられないが、あんたはバケモノだ。目にした物は信じるしか無い。
略奪や暴行にも注意を払う。だが、完璧にとは約束出来んがな」
やがては言って、両手を広げる。
それから首を大きく振って、「参った参った」と言葉を続けた。
私の提案、つまり降伏と、三千の兵達の撤退の黙認。
そして、その後の制圧下に於ける、暴行と略奪を認めない事を、カムシールは暗に約束したのだ。
結局の所は戦った訳だが、犠牲は最小限で押さえられた。
私自身の解放もあったはずなので、「よろしく頼む」と言ってから、夜の砂漠に足を向けた。
「待った」
呼び止めたのはカムシールである。顔だけを向けて続きを待ってみる。
「あんた、そんなに強いなら、三千の兵だけでも勝てたんじゃないのか?
戦は士気だ。例えこちらが十倍だろうと、あんたの戦いを見たら兵は崩れる。
そこを残りの兵と共に突けば、勝つ事は十分可能だったはずだ」
そんな事を言われた為に、私は小さく鼻で笑った。
買いかぶりだな、と思う所もあるが、勝っても意味が無いからであり、それがカムシールに言えない為に、結果として私は笑ったのである。
私はヨゼル王国の将軍ではあるが、大陸の支配に手を貸すつもりは無い。
私には私の目的があって、ヨゼル王国に身を置いて居るだけなのだ。
利用している、と言う言い方でも合うが、あちらも私を利用している。
だからと言う訳では無いが、必要の無い戦は出来る限りは避けたいと思っているのが真実の所だった。
「答えはナシか。まぁいいさ。あんたと戦わずに済んで幸運だった。
いずれは戦う事になりそうだが……今はそれは考えんでおこう」
答えを返されなかったカムシールは、最後にそう言って椅子に座った。
その後には兵士の一人を呼び寄せ、医療兵の呼び寄せと野営の指示をする。
それを見た後に顔を戻し、兵士達に見送られて私は立ち去った。
時間にするなら一時間程を歩いたか。
砂漠と街道との境目に着いた頃に、視線を感じて私は立ち止まる。
見ると、砂漠の岩の上に金髪の少年が立っていた。
そこまでの距離は二十m程。岩の高さは五m程か。
月明かりに照らされる髪は美しく、宝石をちりばめたかのようである。
年齢はおそらく十代前半。道着というものに近いのだろうか、ここいらでは見ない変わった格好だ。
こんな所で何をしているのか。
そして、なぜ、こちらを見ているのか。
「そこで一体何をしている?」
そう聞こうと思った私であったが、「そ」 の時点で少年は空へと跳躍し、闇夜に姿を消してしまうのだ。
この少年が何者であったのかという事は、かなり後になって分かる事になる。
ヒジリの島とデアジャキアを探している時にもこういう格好の何かが居ましたね。




