太陽の沈む日
それから五日後。
俺達騎士団は、首都の中に紛れ込んでいた。
集まった人数は三十二人で、目的は王達の救出にある。
王を助け、ここから逃げ延びれば再起が成ると言う考えらしいが、平和ボケした俺にはその考えは理解が出来ない代物だった。
それではなぜここに居るのか。
それはセフィアを助ける為だ。
先輩達には悪いと思うが、俺には王達を助ける気は無く、何が何でもセフィアだけは救うと言う気持ちでここに居た。
「(王女様が好きなんだっけ、か……確かに好きは好きなんだろうな……)」
心の中で呟いて、自嘲気味に少々笑う。先日Pさんに言われた言葉だが、どこまで好きかは俺にも分からない。
『大業を成すまでは色恋沙汰に近付くべからず』と言う、爺ちゃんの言葉に従っていた為に、まともな恋愛をせずに来たからだ。
ナエミの事を「危険人物」と言い、中三の時に爺ちゃんは逝ったが、そこから二年で恋愛する事無く、ここに至った訳である。
だが、それはどうやらここまで。俺はセフィアに惹かれているのだろう。
故に、彼女だけはどうしても助けたい。そう思う気持ちで作戦の開始を待っていた。
現在、周囲には数百人の住民が居て、処刑台の前を半包囲して見ている。
兵士の数はそれの三割。あくまでざっと見た限りだが、百人程度と推測される。大抵が槍を持ち、鎧を着込んで警戒しており、ローブを着た上でフードを被った俺達の事を訝しんでいるようだ。
気付かないでくれ。そう思いつつ、ローブの中の剣を握る。それは得意な武器では無いが、ローブの中に隠せる物としてそれが最善だったのである。
処刑台の上に誰かが現れた。それを見た住民達が騒ぎ出す。
王族一家。セフィアの家族だ。
国王に王妃、それにセフィア。一族郎党とまでは行かず、その三人で済ませるようで、両手を前に拘束されて、引っ張られるようにして姿を見せて来た。
高貴な衣装が虚しく見える、何とも辛い光景である。
住民達はそれに対して、「やめろ」とも「助けてやれ」とも言っておらず、言葉にならないどよめきを上げ、他人事のようにそれを見ていた。
そこには正直憤りを感じるが、俺がそちらでも多分そうだった。今回はたまたまあっち側で、セフィア達に関わったから憤る訳で、いち、住民としてここに居れば、きっと彼らと同じであったろう。
そう思い、彼らを責めないようにして、処刑台の上の様子を伺う。
そこでは作業が着々と進み、処刑の方法が明らかになって居た。
「縛り首か……むごいな……」
誰かは知らない男が言った。その為に処刑の方法が縛り首だと分かる。
「(奈恵美と同じか……苦しいんだろうな……)」
奈恵美の事を思い出し、顔を顰めてそれを見る。
だが、そうはさせない為に俺はここに居るはずなのだ。
「(南西の倉庫を爆発させる。それと同時に突撃だ。優先順位は陛下、王女、それが駄目なら王妃という順番だ)」
そんな所に先輩騎士が来て、俺の耳元でそう囁いた。
「(分かりました)」
それには一応そう返したが、俺の目的は変わらない。
可能であれば勿論助けるが、第一目標はセフィアと決めていた。
奈恵美の事はどうにも出来ないが、セフィアはまだあそこで生きている。
必ず助ける。助けて見せる。
そんな気持ちと覚悟を胸に、数分後の倉庫の爆発を待った。
「な、何だ?!」
「まだ残党が居たのか!?」
そして数分後、爆発音が鳴り、周囲の警戒がそちらに向かう。
「行くぞ!! 突撃ぃぃ!」
「ラーク王国騎士団は未だここに健在なりぃぃ!!!」
直後に俺達はローブを脱ぎ捨て、武器を片手に処刑台に走った。
「きゃああああ!!?」
「助けてくれぇぇ!!!」
住民達が走り去り、俺達が代わりにそこへと斬り込む。
立ちはだかった一人を斬って、二人を斬った後に剣を合わせた。
「邪魔をするな! 道を空けてくれ!!」
叫びながらに敵を斬るも、すぐにも次の敵が来る。
百人程度と思われた敵は、数を増やして二百人程になり、先輩騎士達も周囲を囲まれて、すぐに身動きが取れなくなっていた。
「罠だったのか……!?」
あまりに対応が早すぎる。まるでこうなる事が分かって居たようだ。
「囲まれちゃった! 囲まれちゃったよ!」
敵を斬りながらに俺が呟くと、ユートが耳元で大声を出した。
「分かってる!」
顔を顰めて敵を斬る。左の耳がキンキンしている。
だが、苦しんでいる暇も無く、新たな敵が俺を襲った。
「クソッ! せめて槍があれば!!」
そう言いながらに攻撃を受け、押し返した上で背後に向かう。それから背後の敵を斬り、右に半回転して正面の敵を斬った。
「一斉にかかれ!!」
直後に一人の兵士が叫び、周囲の敵兵が「おお!」と呼応する。
すぐにも動いて一気に詰め寄せ、押し潰すようにしてのしかかって来た。
「重い重い! ツ・ブ・レ・チャ・ウーーーー!!!?」
逃げれば良いのに肩に居た為に、巻き込まれたユートが悲鳴を発す。
「魔法……! 魔法ってどうやって使うんだ!?」
思い出した為にユートに聞くと、「念じるだけで良いっぽい!?」と言う、割に曖昧な返事を貰った。
「念じるだけって……! くそ!もう自棄だ!」
言われるままに、ヤケクソで、天を突き上げる炎を念じる。
直後に現れたのは天まで……
は届かないが、高さ二m位にはなる肩幅程の炎柱だった。
「ぐあああああ!?」
「あぢぃ!? あぢいいいいいい!!!?」
それで引火した敵が避け、炎に包まれて迷走を始める。
「すごーい! ヒジリかっこいー!」
と言う、ユートの声に「どうも!」と言って、立ち上がって一気に処刑台を目指した。
目的の場所まであと数メートル。
「ヒジリ!」
セフィアも俺の姿に気付いた。
「そこまでだ若造!」
と、現れたのは四十前後の茶髪の男で、ステージの上には何時の間にか、鮮烈の青のレナスが立っていた。
この男を倒しても、彼女を倒さなければ救出は出来ない。
そう思った俺に迷いが生まれるが、それを振り払って男に向かった。
一撃、二撃は受け止められて、三撃目で逆に攻撃に移られる。
それは凌いで後ろに下がるが、男はすぐに詰め寄って来た。
「(この人強い!?)」
と気付いた時には、俺はすでに防戦の一手。
おそらく速度ではこちらが上だが、年季の違いが物を言っている。
「魔法魔法! ヒジリ魔法!」
「分かってるよ! スキが無いんだ!!」
ユートの言葉にそう答えた時、「それが分かるなら!」と男は言った。
「ぐっ!?」
強烈な一撃を剣に受ける。
叩きつけるような重い一撃だ。
何とか耐えたが膝を折り、手の痺れを感じて一瞬止まった。
「伸びしろはあるかもな!」
そこへ、男は切り払いを繰り出し、俺の剣をどこかに飛ばした。
まずい! と思うが最早手遅れ。
「動くな!」
「くっ……」
すぐにも敵に包囲され、四方から武器を突き付けられた。
男は「へへっ」と、微笑んで、レナスはどこか残念そうに、立ったままで両目を瞑る。
「処刑を執行する」
それから一言。
誰にともなく言い、セフィア達の処刑が執行されるのだ。
「いやあああ!! 助けて! 助けてヒジリぃ!! 私まだ死にたくない! 死にたくないよ! 助けてェぇぇ!!!」
こちらに手を伸ばし、哀願したままで、泣き叫ぶセフィアが連れられて行く。
「セフィア!! セフィアアア!!」
武器を奪われ、拘束された俺には、彼女の名前を呼ぶ事しか出来ない。
周りを見るが、先輩達も投降するか死んだりしている。
つまりはセフィア達を助けられる者は、この場にはもうレナスしか居ないのだ。
「いやだ! いやだよ!? やめて! いやああ!!」
セフィアの口に猿轡が噛まされる。
横に並んだ父と母、国王と王妃にもそれは噛まされた。
そして、ずたぶくろが頭に被せられ、荒縄が首に回される。
セフィアは恐怖の声すら発せず、体を「がくがく」と震わせていた。
「レナス! いや、レナスさん!! 頼むからやめてくれ! 俺はあの子が……あの子の事が好きなんだ! 何でもする! 何でもするから、彼女だけでも助けてくれ!」
恥も外聞も知った事か。処刑を止められるのはこの人だけだ。
顔を向け、必死で懇願したが、レナスは両目を開かなかった。
「うるさい黙れ!!」
兵士に叩かれたが、それでも続ける。
どうすれば良い。助けてくれと。あの子の命だけは見逃してくれと。
「……助けたいのならば、強くなれ」
だが、レナスはそう言って、無慈悲にも刑を続行させた。
そして、三人の足元の板が落ち。
もがいて、もがいて、もがき抜いた後に――
……三人は体を動かさなくなった。
これが現実の光景なのか。
俺は呼吸すら忘れていたと思う。喉の奥で言葉が詰まり、何の言葉も出てこない。
嗚咽、或いは泣き声、何でも良いから出てくれないと、頭がおかしくなりそうだった。
「こいつらはどうします?」
「両腕を折って追放しろ。それでも逆らうようならば、望み通りに殺してやれ」
男が聞いて、レナスが答える。
その後にレナスはそこから立ち去り、俺の両腕は兵士に掴まれた。
「恨むなよ若造……生き延びて、自分の新しい居場所を見つけろ」
伸ばされた俺の右腕を持ち、申し訳なさそうに男が言って来る。
直後には「ふん!」と、腕を捻って、俺の右腕の骨を折った。
まるで痛くない。他人事のようだ。きっと俺は放心していたのだろう。
「こいつ! やめろ! やめろよー!」
ユートが男を攻撃するが、された男は無反応。
それに構わず左腕を持ち、右と同様に「ごきり」と捻った。
「……うわあああああああ!!!」
そこでようやく泣き声が出た。痛みもこの時に感じ出した気がする。
しかし泣くのは痛みの為では無く、あまりに残酷な死に対する悲しみ。
そして、おそらくは初めての恋愛がどうしようもない結末に向かった事への、絶望感から発した物だったのだと思う。
地面にうつ伏して俺は泣いた。奇妙に曲がった両腕に構わずに。
ユートはそんな俺の肩に乗り、黙って頭を撫でてくれていた。
それから数日後。
国外追放にされた俺は、どこかに向かう荷車の上に居た。
腕には一応治療が施され、気休め程度の添え木がされている。
両足には頑丈な鎖がはめられ、その脇には鉄球が繋がれていた。
俺はそう、おそらくは奴隷というものにされたのだと思う。
森を彷徨っていて盗賊に見つかり、奴らに鎧とマントを奪われた。
そして、その場に放置をされて、荷車の主に拾われたのだ。
荷車には先客が二人居たが、彼らの言葉は分からなかった。
こちらに来てからは見た事が無い、褐色の肌の男達だった。
「(どうでも良いよ……)」
と、思っていた俺は、抵抗せずに全てを受け入れた。
「(一体、何の為に来たんだろうなぁ……)」
そんな事を考えて、空を見上げて呆然としていた。
一日が経ち、二日が経った頃の朝。俺の体調に変化が訪れた。
疲れに空腹、そしてストレス。
そういうものが限界に達して、何らかの病気にかかってしまったらしい。
「&&##!!#$%&&"#!」
荷車の主が何かを言って、言われた相手が何かを返した。
言葉が分からないので「ぼーっ」としていると、言われた相手が俺を掴んだ。
「¥@$#!!」
何かを言って、直後には、荷車の上から俺を投げ捨てる。
「がっ……!!?」
世界が「ぐるり」と回転した後に、腹部と顔を地面にぶつけた。
痛い。痛いがどうでも良い。いっそ当たり所が悪ければ良かった。
「ヒジリー!!?」
そんな事を思って笑っていると、ユートが飛んできて、「大丈夫!?」と言ってきた。
「正直あんまり……」
答えを返すと「バカヤロー!!」と叫ぶ。対象は俺じゃ無く走り去る荷車だ。だが、荷車はそれで止まる事無く、街道の彼方に小さくなって行った。
「奴隷としても要らないってさ……」
その様を見て「ははは……」と笑うと、ユートは「ヒジリ……」と悲しそうな顔をした。
駄目人間だな、と、自分でも分かる。心が脆いな、と、ここで理解した。
だが、力があれば助けられた人を無力のせいで失ったのだから、これは仕方が無い事のはずだ。
「俺は多分ここまでだよ……強くなるとか言われてたけど、結局ここまでの人間なんだ……本当に、一体何をしに来たんだろうなぁ……」
一人で言って目を瞑る。
体が怠いし、なんだか眠い。
もうこのまま死んでも良いと、この時は本気で考えていた。
「駄目だよヒジリー! 起きてよ! ねぇ!」
ユートの懇願にも似た声を聞きながら、俺はそのまま眠りに落ちた。
「ふんっ! ふんっ! ふんっ!」
再び意識を取り戻した時には、俺はどこかのベッドで寝ていた。
「ふんっ! ふんっ! ふんっ!」
と言う声? は、どうやら外から聞こえて来るらしい。
上半身を起こして見ると、膝辺りの場所でユートが寝ていた。
時間は昼……か、或いは午後。
左手に見える窓からは、暖かな日差しが入って来ており、そこで眠るユートに当たり、宛ら本当の天使のように見せている。
「誰かに助けて貰ったのか……?」
灰色の天井、そして床。どこかの建物の部屋のようだが、タンスが一つとベッドしか無い。
助けて貰ったのなら失礼な話だが、ベッドもあまり良い物では無く、一体どういうことなのかと思って、左に向いて窓の外を見てみた。
「ぶっ!!?」
直後に俺は噴き出した。
上半身が裸の男が、バーベルを担いで屈伸していたからだ。
角度としては後ろ向きなので、顔つき等は確認できない。
だが、神父と言うのだろうか。
そういう人が着ているような、黒いローブを半分脱いでおり、雄々しい山々を連想させる逞しい背中を露出させていた。
背丈はおそらく百八十程。髪の色は銀色らしい。
銃弾を撃ちつけても弾き返しそうな屈強な肉体は正直引くレベルだ。
「な、なんなんだ……」
と、思っていると、ユートが目覚めて「ヒジリー!?」と飛んで来た。
「うわぷ!?」
顔面に飛びつかれて思わず仰け反る。
「良かったねー! 回復したんだねー!」
と、鼻の辺りに体を擦りつけて、俺の回復を喜んでくれた。
「(ヤバイ……! 何これ、気持ち良い……!)」
ふにふにしているし良い匂いがする。病み上がりなのに病みつきだ。
不思議な感覚に困惑していると、ユートはやがて自分から離れた。
「あの人が助けてくれたんだよ!」
そして、ユートから見て右手の外を指し、今に至る経緯を話してくれた。
「なっ!?」
外を見るとバーベルが増えている。
今は三本のバーベルを担いで、その人は変わらず「ふんふん」やっていた。
「人……なんだ……」
と、若干恐怖し、礼を言う為に窓を開ける。
「おぉ、ようやくお目覚めですか」
すると、その人はようやく振り向き、輝く笑顔を俺達に向けてきた。
見た目の年齢は二十前後の、かなり美形の男性だ。
ただ、首から下の筋肉の部分は、好みが分かれるなと俺は思った。
湯浴みを終えてバスタオルを取ると、私はいつもの場所に立っていた。
椅子がある孤島。
どこまでも広がる海。
どんな時間に来ても昼。
そう、ここは私が何年も、ひと月に一度やってくる場所だ。
「お疲れ様。レナスさん。言うまでも無く合格よ」
この声とも何年も付き合っている。
顔は知らないし、名前も知らない。
声から察するに四十前後の女かと、私は勝手に目星をつけている。
「今回、取得したポイントは三百六十七Pよ。前回と併せて……」
「五千三百六十六Pだな」
バスタオルを纏って椅子に着く。
彼女――仮に彼女としておく。
彼女は「そうね」と呆れた様子で、私の言葉に誤りが無い事を認めた。
「ポイントの使い道は一つしかないけど、そろそろ帰還に注ぎ込んでみる?」
その質問には「いや」と言う。
帰るつもりなど毛の先程も無い。
「でも貯める一方じゃあ、ねぇ?」
「目標としているポイントがある。それまで黙って貯めさせてくれないか」
それでもしつこく聞いて来たので、本心では無い所の言葉を送った。
「ふーん……そうなの……分かったわ。それじゃ、それまでは黙って置く事にする。もし、死んじゃったら元も子も無いけどね?」
彼女が言って「うふふ」と笑う。
それには「そうだな」と一言を返し、私は椅子から立ち上がった。
「それじゃまた、来月ね」
「ああ」
直後に周囲は暗くなり、気付いた時には浴室に居た。
「あの少年は期待に応えてくれるのか……私を信じて、強くなってくれるのか……?」
鏡に向かって呟くが、答えは当然、返って来ない。
「ふっ……」
愚かさに気付いて目を瞑り、濡れた頭にバスタオルを運んだ。
基本的にはヒジリ視点とレナス視点で話が進みます。