それぞれの結末
郊外の丘から下る道には、幾人もの騎士の死体があった。
言うまでもない、ドーラス配下の漆黒の騎士団の団員達で、皆、何者かと戦った形跡を残して、道端や木を背に息絶えて居た。
反して、彼らが戦ったと思われる相手の死体は一つも見えない。
そこから推測される事は二つ。
一つは彼らが同士討ちをした可能性。もう一つは彼らを倒した相手が、まだ生きていると言う可能性である。
推測はしたが前者はありえない。操られたならまだしもだが。
とすると後者の可能性が濃厚で、警戒しながら更に走った。
丘から続いた下り道が終わり、左右に二軒の民家が見える。
そこにも騎士達の死体があったが、それにも構わず走り抜ける。
しばらく行くと井戸が見え、漆黒の鎧を来た騎士が見えた。
「ドーラス卿!!?」
それが、騎士団の団長であるドーラスだと気付いて足を止め、近付いた上で膝をついた。
おそらく前から切られたのだろう、首から脇腹への裂傷がある。
だが、ゼーヤと比べるなら軽傷で、命の危機はまだ無いようだ。
「う……レナス殿か……」
気配に気付いたドーラスが言い、苦痛に耐えながら右目を開ける。
「陛下を……陛下を頼む……! 今ならばまだ……間に合うやもしれん……ッ!!」
そして、左の街道を指し、痛みに負けて左手を落とすのだ。
「分かった……すぐに戻る。それまで死ぬな」
出来れば治療をしてやりたいが、この状況ではそうも行かない。
優先順位は陛下の安全。ドーラスもそれを望んで居よう。
故に、それを果たすつもりで、私はその場から再び駆けた。
二十秒ばかりが過ぎただろうか。
路上に取り巻きの遺体が見える。
大抵は陛下についている家臣だが、どうやらここで殺されたようだ。
「間に合わなかったか……」
私は静かに足を止めた。
陛下の遺体がその先に見えたからだ。
そして、かなり先に逃げていた最後の取り巻きの遺体も目にし、犯人――
かならず居るはずなのだが、そいつがすでに現場から逃走した事を知るのであった。
「(まだ殺されたばかりのようだな……一歩、助けが間に合わなかったか)」
根拠は被害者達の背中の血だった。
未だに出血を続けており、殺されたのがそう前では無い事を、無言で訴えていたのである。
しかし、周囲に人の気配は無く、犯人の姿は最早闇の中。
「何を企んでの事かは知らんが、王国はしばらく荒れるだろうな……」
陛下の死には悲しみは無い。
恩義も借りも、思い入れも無いからだ。
だが、ゼーヤを失った事には思う所が様々あった。
悲しみ、喪失感、そして後悔。
あの時一人で行かせなければ結果は違っていたのだろうか。
考えても無駄だが、そんな事を思い、振り向かない為に頭を振った。
「あ、ありえん……こんな事はありえん!
ただの料理人に我らがこんな……
そうか! 貴様らは密偵だな?! 国が放った密偵なのだろう!?
という事は事前に計画が漏れっ!?」
「ごちゃごちゃウルセーよ」
指揮官らしき男はそれで、ダナヒに海へと突き落とされた。
「テメーらはどうする? 自分で飛び降りるか? それとも殺されてから突き落とされてーか?」
「あ……じ、自分で飛び降ります……!」
「お、俺も俺も!」
直後に聞かれた兵士達が、次々に海へと飛び込み始める。
先程までは抵抗していたが、指揮官が消えた事で戦意を失ったらしい。
この事によって甲板上からは俺達に敵対する兵達が消え、艦内に向かったギースと水夫が、砲を制圧したと言う報告が届いた。
「これでゴーゴークジラ号はボク達のものと言う事ですな?」
「そうだな。名前は兎も角として」
ユートに言って苦笑いをし、甲板上をざっと見回す。
死傷者の数は百人程度。おそらく死者も出た事だろう。
だが、今回はあくまでもこちらは防衛しただけであり、やらなければ自分達がやられていたので、裏切った事への罪悪感は無い。
「にしても、どういう事なんですかね……」
呟きながらダナヒに近付き、「さあな」と言う返事をすぐに貰う。
「が、チャンスはチャンスみてぇだ。今の内に退散するとしようぜ」
それから街を見ながら言ったので、視線を追って街を見てみた。
黒煙が上がる街の中はかなり混乱しているようで、港には最早騎士の姿も観客の姿も一人も見えない。
海にはこちらに向かってくる五隻の軍艦が遠くに見えたが、方向的には退路では無いので、今すぐ動けば逃げ切れそうだ。
「つーわけで出航だ。どこかの街で解放するから、わりぃがもう少し付き合ってくれや」
言葉の対象は料理人達で、聞いた彼らが「はぁ……」と言う。
ダナヒはそれを聞いた後に、右手を上げて艦内へと向かい、やがて出て来た水夫達により、船は出航の準備に入った。
「そういえばダナヒさん吐かなかったね」
「ああ、言われてみればそうみたいだな。やっぱり船の大きさとかが、そういうものに関係するのかな?」
直後にユートがそう言ったので、コック帽を拾いつつ言葉を返す。
「集中してたから忘れてただけで、今頃ゲーゲーやってたりして」
と言う、続く言葉には「まさか」と笑ったが、それから少しして出て来たギースが、
「あり得ねぇ……至近距離でブチまけるとか……」
と、ボヤいた事である程度を察し、コック帽を右手に海を眺めた。
「(結局、あれから一度も来なかったな……見抜いているような感じだったけど…)」
そう思うのはレナスの事で、そこには引っかかる何かがあった。
あちらはあちらで何かがあったのか。それとも敢えて泳がせているのか。
「聞いてくれよー……サイアクだぜこれー」
しかし、いくら考えても分からない事なので、ギースが来た事で思考を停止。
「お、お気の毒様……」
鼻をつく酸っぱい臭いに堪えて、ギースの服を見ながらに言った。
ゼーヤの葬儀が終了したのは、あの日から二日が経った後の事だった。
場所は郊外の共同墓地で、参列者は皆黒服を着ている。
と言っても、関係者は私とヤールだけだったが、上辺だけの同情で数が増えるより、余程にマシだと私は思う。
「それではこれで失礼します」
ゼーヤの墓を掘ってくれた男と、神父が言って頭を下げる。
こちらも無言で頭を下げると、二人はその後に去って行った。
「しかし、これからって時だったんですがね……実力的にも伸びて来ていた。本当に、残念に思いますよ」
ヤ
ールが言って花を置き、私がその後に続いて屈む。
「ああ。せめて安らかに眠って欲しいものだ」
それに答えて花を置き、立ち上がった後に空を見た。
見上げた理由は青空が急に曇って来たからだった。
「いきなりの雨じゃそうも行きませんな。出来れば降って欲しく無いものですが」
視線に気付いたヤールが言って、私と共にゼーヤの墓を見る。
遺体は無いが、形は大事だ。そこにゼーヤが眠っている気がする。
生者の自己満足。そう言えばそうなのだろうが、生きている者が生きて行く為の救いとなりえる物ではあった。
「降って来たか。運が悪いな。ゼーヤ」
ぽつぽつと雨が降り出した。
葬儀の初日から運の悪い奴だ。
苦笑いをしてから墓から離れ、ヤールの報告を背後に受けた。
「ドーラス卿ですが、逮捕状が出ました。理由は陛下の暗殺疑惑です。
あの場に居た者で一番怪しいのは、やはりはあの方と言う事になるのでしょう」
それはそうだろう。私でも疑う。
ドーラスの性格を知らないのであれば、だが。
それにはとりあえず小さく頷き、背後に続くヤールに聞いてみた。
「指揮を執っているのは?」
「第一王子のブルーム様です」
ヤールが即座に答えをくれる。
年齢は三十代の中盤だったか。大陸の制覇に積極的な王子だ。
反して政務には疎いと聞くが、今まで関わりが無かった為に、良くは知らない人物である。
ともあれ、ブルームは第一王子で、肩書の上では後継ぎ候補。
家臣や国民への示しの為にも、早々に犯人を特定したと言う訳だ。
共同墓地の出口に辿り着き、鉄門を抜けて立ち止まる。
そして、ヤールが閉める所を見てから、「お前はどう思う」と質問してみた。
まずありえない。これが私の見解だが、他人がどう思うのかを知りたかったのだ。
「ドーラス卿では……無いでしょうな。
やるならレナス様を呼んだりはせんでしょう。
確かに証人にはなるでしょうが、防がれる可能性を私なら危惧します。
誰が企んだ事かは知りませんが、レナス様達が居たのは誤算だったと思いますよ」
「そうか。いや、私も同感だ。
ドーラスは性格破綻者ではあるが、そういう事は出来ない男だ。
陛下にもそれなりに好かれていたからな。暗殺等をする理由が無いと思う。
とすると、暗殺は彼以外の何者かの仕業と言う事になるが……」
答えを聞いてそう言うと、ヤールは「現状では……」と顔を顰めた。
「そうだ。現状では分からない。これから調べて行くしかないが、それが私達の仕事かと言うと……」
「まぁ、部外者と言わざるを得んですな……」
それには頷き、右手を動かして、酷くなって来た雨をその手に受ける。
「とりあえず走りますか? このままじゃずぶ濡れです」
「いや、先に行ってくれ。私は少し、濡れたい気分だ」
そう答えるとヤールは「はっ」と言い、「それでは」と言い残して走って行った。
残された私は雨に濡れ、歩きながらに考える。一体誰が何の為に、一連の事件を企んだのか。
そして、それに関わる為にはどうすれば良いのかと言う事を。
林に挟まれた道を抜け、現れた橋をゆっくり渡る。
「お姉ちゃんカサかしてあげようかー?」
「いや、大丈夫だ。濡れたいのだ。今日はな」
その先で一人の男の子に言われて、理由を話してそれを断った。
「変なの……ま、良いや。風邪には気をつけて。じゃーねー」
男の子が言うには私は変らしい。
そうかな? と、否定したい気持ちはあるが、自ら好んで濡れる者を確かに一度も見た事が無い。
とすると少しは変なのかもしれない。
考え方をそこに落ち着け、立ち去る男の子の背中を見送る。
そして、街中に入って坂を上り、自分の屋敷を目指して歩いた。
「ん……?」
その途中で発見したのは、誰かに捨てられた子犬であった。
性別は不明で、毛の色は茶色。
若干オレンジにも近い為に、ゼーヤの事をも彷彿させられる。
木箱に入れられて捨てられており、建物と建物の間の路地で、消え入りそうな声で鳴いていた。
「……」
周囲を見るが誰も居ない。この雨足では当然と言える。
「……そこに居ると風邪を引くぞ」
注意をするがそれも無駄で、子犬は小さく「キュゥン……」と鳴くだけ。
「……」
無言で木箱を移動させ、雨の当たらない所に置くも、子犬は私を真っ直ぐに見て、小さな声で鳴くだけだった。
「……もしかして、連れて行ってほしいのか?」
聞くと、子犬は「ワン」と鳴き、木箱から若干体を乗り出した。
「だが、生き物を飼うと言うのはな……」
と、躊躇していると木箱から出て来て、屈んだ私にまとわりついてきた。
「処世術に長けた奴だ……これでは流石に見捨てられんか……」
そう呟くと「ワン」と鳴くので、子犬を抱えて立ち上がる。
その際に性別がオスだと分かり、それを前提に名前を考えた。
「いや、流石に奴も気を悪くするか……」
直後に思うのはゼーヤと言う名だが、犬につけたのでは悪いかと思う。
故に、それを保留にして考えて、およそ五分後に屋敷についた。
「お、お帰りなさいませレナス様……これは一体……」
迎えた執事が動揺するので、「気にするな」と答えて子犬を渡す。
「しばらく面倒を見てやってくれ。居たいと言うなら居させれば良い。
……名前はやはりゼーヤにしよう。奴は怒るかもしれんがな」
そして、決定した名前を教え、濡れた体で二階に向かった。
拾った犬に死んだ者の名をつける。自己満足的な慰めである。
だが、それは私がまだまだ人間であるという証でもあるのだろう。
「勘弁して下さいよ! 犬の名前とか!」
ゼーヤのそんな声が聞こえた気がして、階段を上りながら私は微笑んだ。
ゼーヤ! チンチン! チンチンだゼーヤ!
いや、芸だから! 犬だから!
通報はやめて! ごめんなさいごめんなさい!




