鮮烈の青、レーヌ・レナス
ヨゼル王国の兵力は三万。
対する俺達のラーク王国は、一万にも満たないと言う話だった。
隣国にも援軍を求めたらしいが、その返答は返って来て無い。
その前に首都が攻撃される事になり、俺達がいよいよ駆り出されたという訳だ。
「無事に帰って来て下さいね。あなたの幸運を祈っています」
王女、セフィアはそう言って、俺にマントを着させてくれた。
マントの色は黒色で、赤い流星が描かれている。
それを見た俺は「(え? なんで俺だけ……?)」と、小首を傾げて考えるのだ。
「ヒジリ、もっと喜んで差し上げろ……王女が自らマントを着させるというのはだな……」
団長が何かを言いかけたが、それはセフィアが「シャウレル……!」と制す。
その為、俺は意味が分からず、「ありがとう」と答えて戦場に向かった。
戦う理由は自分の居場所と、好きな女の子を守る為。
人を殺し、殺される理由には、それだけあれば十分だろう、と、自分に強く言い聞かせていた。
そんな覚悟が揺るぐ事になるのは、それから三日後の夜中の事だった。
山越えを終えて休んで居る時に、俺達の軍が奇襲を受けた。
戦いになる、という前置きが無いままに、戦闘が開始されてしまったのだ。
テントの中から飛び出した人が。
外で敵と戦う仲間が、次々に斬られて地面に倒れる。
対する敵も簡単に死に、戦場の有様を俺に見せつけた。
「怖い……!」
と思ったのは直後の事で、覚悟もどこかに一瞬で消え去った。
「ちょっとヒジリ! 戦わないと殺されちゃうよ! マジェスティの力を見せつけてやろうよ!」
そんな事をユートが言ったが、俺の震えは止まる事が無い。
考えが甘かった。想像力が足りなかった。
平和な国で育って俺には、ここに来るまで分からなかった。
命のやりとりがこんなにも過酷で恐ろしい物だったと言う事を。
無理だ。怖い。怖すぎる。
元の世界に帰りたい。
そう思って震えていると団長がテントに飛び込んできた。
そして、一直線に俺に寄って来て、「馬鹿野郎!」と言って殴りつけて来たのだ。
「ここに死にに来たって言うなら、マントを脱いでさっさと死んじまえ! そのマントはなぁ! 国の象徴だ! 我が国に一つしか無いモノなんだ! それを王女が着せるっていうのは、そいつの事を一番に信頼してるって証なんだよォ!!!」
戦いながらにそう怒鳴り、俺を守って団長が戦う。
それを聞いた俺の心には恐怖を打ち消す暖かさが生まれていた。
「涙が出そうだ……」
殴られた頬の痛みでは無く、そんなセフィアの健気な想いに。
これに応えず逃げるようなら、そいつはもう男じゃあない。
「ありがとうございました! 団長!!」
口の端に垂れた血を拭い、槍を握って立ち上がる。
「よし! もう大丈夫だな!!!」
その言葉には「はい!」と言い、直後に降り注いできた大量の矢を、槍を回転させる事で防いだ。
恐怖は消えた。迷いも無くなった。
セフィアを守る為なら人だってを殺す。
「さぁ見せてやれ! 我が国の騎士の力を!」
剣の一振りで矢を払い、言葉と同時に団長が飛び出す。
「うぉぉぉぉっ!!」
俺はそれに気合の声で答え、団長の後ろに続いて飛び出した。
攻撃はその後の数十分で終わり、奇襲部隊は退いて行った。
そもそもが奇襲が目的だったようで、本隊での攻撃では無かったらしい。
この戦いで俺はおそらく、二十人近くの人を殺した。
勿論、そこには罪悪感はあったが、殺し、殺される世界の中では、そうしないと駄目だと思うようにした。
「(そうじゃなけりゃ、セフィアは守れない……)」
握った槍を強く持ち、ブンと振るって血を払う。
「良くやったな」
そこへ、団長がやって来て、俺の背中を「ぽん」と叩いた。
複雑な気持ちだが、微笑みで応える。
「奇襲してきた奴らを逆に尾けている。
うまく行けば奴らの本隊の居場所が判明するかもしれん。
寝れんとは思うが、今の内に寝て置け」
すると、団長はそう言葉を続けて、俺に少しでも休むように言ってきた。
「はい」と答えてテントに向かう。
脚がフラつく。視界も朦朧だ。
「大丈夫? 疲れちゃった?」
そう聞いて来たユートには、無理に笑って「ああ」と答えた。
本当の所は恐怖が今に来て、どうしようもない震えを感じているのだが、仮にも女の子に言うのが恥ずかしく、俺はそこでは嘘をついた。
テントについて寝転がる。倒れ込むような感じだったかもしれない。
喊声と悲鳴が耳に木霊する。同僚や敵の死に様が、瞼の裏に張り付いて離れない。
こんな状況で寝れる訳が無い。
そんな事を思って目を瞑っていたが、俺はやがては眠りについていた。
そして朝。
先輩騎士の「起きろヒジリ」と言う声で目覚める。
「あ……はい……」
三時間位は寝れたのだろうか、俺はゆっくりと体を起こした。
「敵の本隊の居場所が分かった。だが、鮮烈の青が居る。
果たして何人が生きて帰れるか……」
その言葉には「鮮烈の青……?」と、当然ながら疑問を返す。
先輩は「ああ……」と一言言ってから、俺に詳しく教えてくれた。
「性別は女で、出自は謎だ。
だが、数年前にヨゼル王国に現れ、それ以来、常に最前線で戦ってるらしい。
鎧が青で、凄まじい強さから、鮮烈の青と呼ばれるようになった。
要するに、敵さんは本気も本気、大マジになって潰しに来てるって事さ」
「そ、そうなんですか……」
ハッキリ言ってそうとしか言えない。
「凄いですね」は場違いだし、「厨二病なんですか?」なんて失礼極まりない。
俺達の世界ではありえない事だが、こちらの世界では普通かつ、大真面目に考えた結果なのだから。
「ともかく、そいつに出会ったら逃げろ。
いくらお前が強いって言っても、あいつにだけはかないっこない。
団長でもどうだか危うい位だしな」
その言葉には「はい」と言い、俺はようやく立ち上がる。
「(出会ったら逃げろ、か)」と、心の中で繰り返すのは、その時にどうするのか自分でも分からなかったからだ。
「出発するぞ!!」
外から団長の声が聞こえた。
「はい!!」と返して外に向かう。
「青い鎧の女の子かー。近くに来たら教えてあげるね?
そしたらヒジリ逃げるんだよ? 危ない事は駄目だからねホント」
ユートのそれには「ああ」と言い、「(お母さんかよ……)」と思って少し笑う。
それを見た団長が「余裕だな?」と言うので、それには「いえ!」と返しておいた。
ヨゼル王国の本隊と遭遇したのは、それから半日が経った時の事だった。
河川を渡り、丘を上ろうとしていた際に、後方から射撃を受けたのである。
情報によると、丘の向こうの林の近くに本隊は居たはずで、それはつまり情報を逆手に取られたと言う事だった。
決戦前の諜報戦に於いて、俺達はすでに敗北していたのだ。
「やられたな……! 全軍反転!!!」
やむを得ずに団長が言い、各隊の隊長が指令を下す。
騎士団自体も後方に転身し、河川の中ほどで両軍はぶつかった。
一体どれ程の時間が経って、どれ程の人を殺したかは分からない。
「退却ー!!!」
と言う声が聞こえてきた頃、俺はようやく我に返った。
周囲に味方は殆ど居らず、足元にはただただ死体が見える。
「ヤバイよヒジリ! 青い人来たよ!」
と言う、ユートの声に気付いた時には、俺の前には誰かが立っていた。
大きな背中だ。敵では無い。
「お前は逃げろ! 王女を連れて、どこの国でも良いから逃げ延びるんだ!」
立っていたのは団長で、直後には敵に向かって走る。
そして、群がってくる敵を斬りつつ、川の中州で立ち止まった。
その正面には青い鎧を着た金髪の女性が立ちはだかって居た。
見た目の年齢は二十前後。
切れ長の目をした綺麗な人だ。
団長は彼女を相手に選び、一撃、二撃と剣を交わした。
だが、剣は三度は重ならず、二撃目の直後に女性に弾かれる。
「逃げろヒジリ!!!」
団長が叫び、その刹那には、団長の首は女性に飛ばされた。
団長の首から下の体が、膝を折って水面に倒れる。
その血が足元に流れて来た頃、俺はようやく現実だと気が付いた。
「戦場の倣いだ。酷さは許せ」
団長の遺体を一瞥した後に、女性がこちらに近寄って来る。
青の鎧に桁違いの腕前。鮮烈の青で間違いないだろう。
「よくも団長を……」
湧き上がってくるのは恐怖よりも怒り。
殺す事は無かった。そうも思う。
それは勝手な言い分なのだと、通常時には理解が出来ただろう。
だが、この時の俺は頭に血が上り、団長の仇を取る事しか考える事が出来なかった。
「ほう……お前もマジェスティか? 死に場所をここと据える訳だな?」
そんな俺の怒りに構わず、訳の分からない事を女性が言った。
「お前……も……?」
しかし、何とか言葉の意味を理解し、そのままの表情で両目を細めた。
「あ、あいつもマジェスティだ! 見てよ見て! 肩に妖精!」
ユートが叫び、右手を伸ばした。指さす先は女性の左肩だ。
そこには髪が紫色の相棒妖精が居たのである。
性別は男で、二十才くらいの見た目の、不敵な顔をした妖精である。
「戦いの邪魔になる。奴の妖精を排除しろ」
「はいはい」
直後の女性の言葉に応え、妖精が肩から宙に舞う。
「わぁああ!!?」
そして、俺の肩に居たユートを攫い、二人でどこかに姿を消した。
戦う、と言う訳では無いらしい。言葉の通りに邪魔だったのだろう。
「安心しろ。殺しはしない。それよりどうする? 私と戦うか?」
「ああ!」
それにはすぐに言葉を返した。
団長はおそらく怒るだろうが、このまま黙って逃げ出す事は、俺にはとてもできそうに無い。
適わなくとも一矢は報いる。俺だってマジェスティだし、槍術道場の息子なのだ。
「行くぞ!!」
そう覚悟して槍を振るったが、それは虚しく空を切った。
そこに居たはずの女性は居ない。
女性はすでに、払った槍の上に居たのだ。
そして、そこから剣を突き付け、俺の動きを止めさせたのである。
「嘘……だろ……」
体が何やらフワフワしている。
現実感がまるで無い。
狐や狸に化かされた気分と言うのは、もしかしたらこういう気持ちなのかもしれない。
「……あの男の方が上手であったな。
差し詰めこちらに来たばかりという所か」
女性のその言葉によって現実感を取り戻し、俺は「ごくり」と生唾を飲む。
殺されるのか……そうも思ったが、女性は更に言葉を続けた。
「……もし、元の世界に戻りたいのなら、特能を優先して取得する事だ。
生きていれば、お前は強くなる。悔しいのならば私を越えろ。
いや、男ならば越えてみせろ」
女性が言って剣を引き、右足を先に槍から下りる。
その直後に女性の妖精が戻り、連れ去られていたユートが戻った。
「なんなのさもー! 大丈夫だったヒジリー?」
ユートに聞かれるが、何も言えない。
現実を少しずつ理解しているからだ。
「王の一族は処刑される。首都陥落から三日後の正午だ。
その気があるなら助けに来ると良い」
女性は最後にそう言って、剣を収めて歩き去った。
一矢を報いる。そう思って挑んだが、結果はこの有様である。
圧倒的な力の差。乗られた瞬間すら見えなかった。
今まで積み上げて来た僅かな自信が音を立てて崩れ去り、戦意を喪失してしまった俺は、握っていた槍を水面に落とした。
「おはよーヒジリ君。一か月ぶりだねー」
翌朝の未明。
いつもの懺悔室で、俺は二回目の審判の日を迎えた。
「あ……今日だったんですね……
そんな事、全然考えられなかったです……」
赤い鎧に黒のマント。
槍こそ持って居ないものの、眠ったままの格好だ。
自分で見る事は出来ないが、おそらくは酷い顔と髪型だったろう。
「流石にあの状況ではね。でも、ヒジリ君は頑張ったよ。
その瞬間こそ見えなかったけど、あのレナスちゃんと引き分けでしょー?
何かアレかな? 君の中に、レナスちゃんは何かの可能性を見たのかな?」
男、改めPさんが言い、それには「レナスちゃん??」と、俺が疑問する。
Pさんは「ああ」と一言言って、
「レーヌ・レナス。彼女の名前だよ。君が戦った、鮮烈の青の」
と、俺の疑問に答えてくれた。
「……あの、質問ついでに良いですか? マジェスティって俺以外にも居るって事ですよね?」
ついでに聞くと「うん」と言い「数は言えないけどね」と、線を引かれる。
「レナスさんの目的は?」
代わりに聞くと、「さぁね……?」と言って、仕切りの下からメニューを出して来た。
「さて、今月も無事に合格でーす。ヒジリ君は良いよ。ストレートだよ。君達の世界のサムライって言ったかな? そんな生き様を僕は感じるね」
それには一応「どうも……」と返す。
自分でもわかる。ショックが抜けて居ない。
そう簡単には行かない物だ。
「いえいえー。今月のポイントは十一Pだねー」
Pさんはそれには気付かない様子で、今月のポイントを教えてくれた。
メニューを開くと言語と魔法が、それぞれ下に発展していた。
言語二 アーラル語(大陸西部の主要言語) 七P
魔法二 治癒魔法(治癒力の促進。自己に限る) 五P
の、二点である。
「先月の残りで十二Pって事ですか?」
聞くと、Pさんは「そーだねー」と言った。
スナック菓子でも食べているのか、「パリッ」と言う音が直後に聞こえる。
「(暢気な人だよな……悩みとか無さそう……)」
と、心の中で密かに思うが、口には出さずに選択に入った。
「(そう言えば特能を優先しろとか言ってたな……
でも暗視とか要らなくないか……?
っていうか、あの人の言う事を信じるのか……?)」
あの人……つまりレナスという女性は、団長の仇に当たる人だ。
それは戦場で出会った以上は、そうするしかないのは理解が出来る。
でも、理解は出来ても感情の部分が、あの人を信じるなと駄々をこねていた。
信じて、特能を優先した結果が「ヴァァーカ!」とかだったら救いが無いし、そんな目に遭うのであれば、「真実」に突っ込む方がまだマシだろう。
「(結構Pに余裕があるし、考えている間に真実を行って見ようかな……?)」
そんな事をふと思い、Pさんに「あの」と話しかけた。
「ごふっ!!」
と、直後にむせたのは、おそらく何かを飲んでいた為だろう。
「げほっ!げほっ!! あっ!ごめん! ちょっと!ごふっ! むせちゃって……!」
その言葉には「いえ……」と言い、Pさんが落ち着くまでを待つ。
一体何を食べていたのか、何やら酸っぱい臭いまでがしてくる。
「あー……もう大丈夫。どうしたの?」
どうやらようやく落ち着いたらしい。
それに気付いた後に「真実一をお願いします」と伝えた。
Pさんは「オッケー」と言った後に、続く言葉を話し出した。
「えーと……君が選ばれた理由だね……
まぁ、一言で言うとたまたまかな?
君の世界に電話帳ってあるじゃない? あれをテキトーにめくってたとしよう。で、止まった場所に君の名前があった。
じゃあ使おう、ってなったって訳さ」
「……」
酷い理由だ、と正直思う。
でも、もし選ばれなければ、俺の魂は消えていた訳で、前向きに考えれば選ばれたのはラッキーだったと取るべきなのだろう。
「じゃあ三Pいただくね。続けて真実二に行っちゃうかい? タイトルは元の世界のその後。彼女の事とかも教えてあげられるよ?」
「な、奈恵美の事ですか!?」
彼女では無いけど、それしかありえない。
Pさんが「そうだね」と返してきたので、俺はすぐにも「聞かせて下さい!」と言った。
「え……ホントに良いの? 五Pも減っちゃうよ?」
「構いませんよ! 教えて下さい!」
これが気にならない訳は無く、俺は勢いでそう言った。
Pさんは「そこまで言うのなら……」と、振った癖して微妙な対応だ。
「えーと……川崎奈恵美さんだっけ?
君を殺してしばらくして、彼女、首吊りで自殺しちゃいました。
精神に異常があるだとかで、罪には問われなかったんだけどね。
君のご両親にも責められたみたいだよ。ま、仕方が無い事なのかな?」
何も言えないとはこの事だ。
悲しみはあるが、驚きの方が大きい。
そして、それに続くのは「どうして」という疑問であった。
俺を殺した事もそう。
首吊り自殺をした事もそうだ。
一体なぜ、どうして奈恵美は、そんな事をしたのだろうか。
「ネタバレしちゃうと真実を進めると、彼女が自殺した理由もわかると思うよ。だけど、その分、他が選べないから、あまりおすすめしないけどね」
Pさんが言って、何かを食べる。
今度のニオイはスパイシーな感じだ。カラムーなんとかのニオイに似ている。
「それで、残りは四Pになったけど、何か習得しておくかい?
……って言ってももう、暗視しかないけど」
それから言葉を続けて来たので、「じゃあそれで……」と力なく答えた。
ナエミの自殺が俺の心に深い陰りを落としていたのだ。
「残りの二Pは取って置く? それとも元セカ(元の世界)に突っ込んじゃう?」
「じゃあそれで……」
何も考える事が出来なかった俺は、Pさんの言うままにポイントを突っ込む。
「ざんねーん! 二Pじゃまだまだって感じだねー!」
と、一応経過を教えてくれたので、「そうですか……」とだけ短く答えた。
「んー……奈恵美ちゃんの事が好きだったんだねぇ。
なんとかしてあげたいと思うけどさ」
「いや……多分、そんなんじゃないと……」
「あ、そっか。今のヒジリ君は王女様が好きだったんだっけ?」
否定をすると、そう言われた為に、それには口をつぐんでしまう。
好きか嫌いかと聞かれたら、好き、だと言うのが本当なのだろう。
「まぁ、とにかくまた来月だね。楽しみにしてるよヒジリ君」
Pさんがそう言って話を〆るので、俺は隙間からメニューを返した。
直後に周囲は闇に包まれ、俺はその闇に飲まれて行った。
Pさんはスナック系の食べ物が大好き!