船上の宴
私財の積み込みがようやく終わり、船は五時頃に港を離れた。
それは当然、沖合に居た二隻の軍船に発見されたが、停船命令を無視する形で、ゴートゥー・ヘル号は間を突破した。
朝焼けを背にして港を脱出し、追跡を撒いて航行を続ける。
「やれやれ……これで何とかなったか。要人の護衛なんざもう御免だな。
面倒な事この上ナシだ」
安全を確認したダナヒは言って、欠伸をしながら船室に向かった。
それに遅れて歩き出し、船尾楼の入口でサーヤに気付く。
どうやら船室に入りきらなかった私財の監視をさせられているようで、眠気眼を何とか堪えて、甲板の隅で立ち尽くしていた。
先程までは危険もあったのに、酷い事をさせるものだ。
「(そんなに大事なら自分でやれよな……)」
「自分はソッコーで寝ちゃったくせにねー」
小声で呟くとユートがそう言った。
「酷いもんだよな……」
とそれに便乗して、良い機会だと思ってサーヤに近付いた。
「おはようございます。大丈夫ですか?」
挨拶をするとサーヤは驚き、「ヒェッ!?」と叫んで少し浮いた。
恐らく半分は寝ていた為だろう、突然の声に驚いたのだ。
「あ、お、おはようございます! 大丈夫です! 全然平気です!
誰も来てません触ってません!」
それから慌てて言葉を続け、人違いに気付いて「あっ……」と言う。
「あ、あの時はありがとうございました……」
「いえ、それはもう気にしないで下さい」
改めての礼にはそう言って、「何をしてるんですか?」と質問してみた。
それにはサーヤは「見張りです……」と言い、本当に小さなため息を吐く。
それが演技で無いのであれば、嫌がっている事は明白である。
「……どうしてそこまであいつの言う事を?
余計なお世話かもしれませんが、雇主と雇われ人の間柄にしては、ちょっと行き過ぎた感じがしますけど……」
思い切って突っ込んで聞くと、乾いた声でサーヤは笑った。
「借金のカタ、っていうやつなんです」
続けて「ぽつり」と理由を話し、込み入った事情を話してくれたのだ。
それによるとつまりこう。
サーヤの実家は雑貨屋で、ある日に荷車で仕入れに出掛けた。
そして、その帰り道で人を跳ね、相手に治療費を要求されたのだ。
ここまでならば当然の事だが、サーヤの場合は相手が悪かった。
その相手とはミールの息子で、立場と権力を利用して、法外な金額をふっかけてきたらしい。
額としては五千万ギーツ。
当然払える訳は無く、サーヤの一家は追い詰められた。
そんな時にミールから、
「娘のサーヤを奉公に出せ、そうすれば訴えを取り下げてやる」
と言う、非情な取引が持ちかけられた。
どうする事も出来なかったサーヤの一家はそれを承知。
大切な一人娘を文字通り、人質として預けてしまった訳だ。
当時のサーヤは十五才で、それから三年を館で過ごした。
そんな折に摘発が始まり、「これを最後に解放してやる」と言う条件で、サーヤは一家に付き従って例の浜辺で待たされて居たのだと言う。
「同じような境遇の子が沢山居たんですけど、みなさんさっさと逃げちゃいました。
私もそうすれば良かったんですが、気付いたらもう一人になってて」
最後にそう言ってサーヤは笑った。
強い人だな……と、まずは思い、それから「そうですか」と言葉を返す。
俺だったらそんな事は無視して逃げるが、約束だからと従っているのだろう。
強いとも言えるし、純粋とも言える。一つだけ言えるのは俺はそう言う人が決して嫌いじゃないと言う事だ。
「だから我慢してるのかー」
ユートの言葉に、気持ち、頷く。実際には多分頷いて居なかったろう。
「(だとしたら余計な事はしない方が良いか……)」
その後に考えを少し変えて、余計な事は言わない方向で、サーヤを見守る事にした俺であった。
その日の夜が近付いた頃、甲板で何やら騒ぎが聞こえた。
何かと思って行って見ると、ミールと水夫が揉めていた。
聞けば、つい数分前に、ヨゼル王国の領海を越えたらしく、ミールがそれを祝う為に宴を開こうと言って来たのだと言う。
だが、食料の問題がある為に水夫が拒否をするとミールは激昂。
自分が責任を取ると言って、勝手に宴を開き出した。
水夫の七割はそれに便乗し、甲板のそこかしこで酒を飲んでおり、真面目な二割も困った顔で、どうするべきかを考えていた。
残りの一割はそれに目もくれず、自分の仕事を全うしており、こういう人達が居てくれるからこそ、組織が成り立つのだと俺は感じた。
「今すぐ宴を中止して下さい。俺達はまだ仕事中なんです。
海王陛下の許可があるなら、話はまた別ですが」
ともあれ、そういう人達が損をするのは良くない事で、ダナヒの意見は分からなかったが、俺はそう言ってミールを注意した。
しかし、ミールは「はん」と言い、注意を聞かずに宴を続行。
「君が一体何者かは知らんが、随分と無礼な口を利くな?
後日、私が然るべき地位に就いた後には、この事への報復があると覚えておきたまえ」
こちらの目も見ずにグラスを傾け、半分ほどを飲んで「にたり」と笑ったのだ。
酒が入っているせいなのか、随分と強気な発言である。
当たり前の事を言っただけなのに、上から目線の反論もムカついた。
だが、ダナヒの意見が分からないのでは俺にはどうする事も出来ない。
まさか認めて受け入れるとは思えないが、他に何か利用法と言うか、考えている事があるかもしれないからだ。
「しかし娯楽がありませんな父上。
宴には娯楽が必要でしょう? 水夫の皆さんにも喜んでもらう為に、ひとつ、あれをやらせませんか?」
これはミールの息子の言葉で、聞いたサーヤが顔色を変える。
「良いですわね。きっと皆さん喜んでくださいますわ」
こちらは妻で、口の端を曲げて、醜いまでの笑顔を見せる。
「そうだな……あいつにやらせるのは初めてだが、見よう見まねで覚えて居るだろう」
ミールは二人の言葉に答え、そう言った後にサーヤを呼んだ。
何をさせる気なのか。嫌な予感しかしない。
「特別な客人がいらした際に、お前の仲間がやっていたアレだ。
覚えて居るな? やって見せろ」
顔を顰めて眺めていると、ミールがサーヤにそう言った。
言われたサーヤは恐れた様子で、青ざめた顔で首を振る。
「おいおい、興が覚めてしまうだろう……
やってくれるか、じゃあないんだよ……ワシはやれと命令しとるんだ!」
「ヒイッ!」
直後にミールはサーヤを怒鳴り、怒鳴られたサーヤが震えるのである。
「ちょ、ちょっと待って下さい。一体何をやらせる気ですか?」
尋常では無い空気の為に思わず口を挟んでしまう。
「女のハダカは見た事があるかね? 君も見たい年頃だろう?
黙って居ればじきに見れる。アレにはストリップをしてもらうんだ」
すると、ミールはそう言って、にやけた顔でサーヤを見たのだ。
見られたサーヤは「ビクリ」と震え、体を押さえて一歩を下がる。
「おい、ハダカだってよ!!」
「マジかよツイてるなぁ!!」
それはすぐにも水夫に広がり、サーヤの周りに人垣が出来だした。
ミールも、その妻子達も、心底楽しそうにそれを見ており、誰も止めてくれない事にサーヤはやがて覚悟を決めた。
「……」
唇を噛んで右手を動かし、一番上のボタンを外す。
「うぉぉぉ!!!!」
「盛り上がって参りましたァ!!」
それを見る水夫達が興奮する中で、サーヤはボタンを外して行った。
「やめさせてよヒジリー!!」
ユートが飛んで、ミールを蹴りつける。
正直な所、裸は見たい。俺だって男だし、興味はある。
しかし、こんな手段でそれを見るのはハッキリ言って卑怯者で、少し前のサーヤの笑顔への裏切り行為だと俺は感じた。
「(ダナヒさんすみません……俺はもう限界みたいです……)」
拳を作り、ミールに近付く。
パンチの一発でも顔面にくれてやる。息子の方にもくれてやるか。
そんな気持ちで腕を動かすと、ダナヒが不意に姿を現した。
「あんだぁ? 随分な騒ぎじゃねーか……?」
流石に王か。その出現に、水夫達がすぐに騒ぎを鎮める。
「こ、これは海王陛下……これはその、皆さんへの感謝の気持ちのようなものです。この女は私の雇人でして、決して強制したという訳では……」
「はぁーん? まぁ、別に良いけどよ」
ダナヒに気付いたミールが笑い、言われたダナヒがメンドクサそうに返した。
流石に密告るか?
そう思っていると、ダナヒは更に言葉を続けた。
「面白そうだからそいつにもやらせろや。ていうかそいつが先にしろ。
汚ねぇモンを先に見た方が、あの子のハダカが映えるってモンだろ?」
言葉の対象はミールの息子で、言われた息子が「ヒイ?!」と鳴く。
「いや! しかしこれは私の……!?」
と、ミールはダナヒに言い訳したが、
「感謝の気持ちだろ? ならやれんだろーが?
テメェの息子にゃさせられねーっつーものを、他人の娘にさせてんじゃねぇよ」
全く通じずに頭ごなしに怒られ、「は……それは……そうですが」と、納得の行かない様で口を噤むのだ。
俺であったなら百%口答えをしていた表情である。
ダナヒであるから、国王であるから、ミールは何も言えないのである。
「あとなぁ、こいつは俺の右腕だ。ここに居る奴らは全員認めてる。
こいつの言う事は俺様の言う事だ。教えて無かった事は詫びるが、今後はしっかり従ってくれ」
ダナヒは更に言葉を続け、俺の頭を「ぽん」と叩いた。
それを見たミールは拳を作り、ダナヒに向かって「は……」と返答。
家族と共に顔色を変え、船尾楼の中の船室に消えた。
ミール一家のその様子もそうだが、ダナヒに認めて貰えていた事が素直に嬉しい。
だからと言って横柄には振る舞わないが、今後は自覚と責任を持って行動しようと心に決めた。
「オメェらも仕事をサボってんじゃねー!
今回はまぁ仕方がねぇが、今後は困ったらコイツに聞け!」
「へいー!」
水夫に向かってダナヒが言って、慌てた様子で水夫が動く。
殆どの者が残った酒を呷り、それぞれ仕事に戻って行った。
「やれやれ……」
それを目にしてため息を吐き、「ホンット、メンドクセェな」と、俺にボヤく。
「何にしろこれで食料がもたねぇ。明日の朝にはどこかに寄るぞ。
悪ぃが二日分ばかり買って来てくれや」
それには「はい」と言葉を返すと、背中を見せてダナヒは去った。
「さっすがオウサマ、やる時はやるね~」
「ああ……」
ユートの言葉にそう答え、ダナヒの立ち去る背中を見送る。
「(ちょっとだけカッコ良かったな……)」
と、密かに思っていたのであるが、ユートに聞かれると恥ずかしいので、心の中だけに留めて置いた。
もしミールの息子が喜んで脱いでいたら……結果はどうなっていたのでしょうね……




