相棒妖精との出会い
で、気付くとここにいた。
宿屋のロビーみたいな場所だ。
周りの人達はこちらを見てないし、ふつーに会話を楽しんでいる。
音を出すと「ちらり」と見るから、姿自体は見えているらしい。
時代は所謂中世的で、服装もそれ風に変えられている。
教科書で見たような古臭さは無いが、やはりはどこか異文化的だ。
「(それにしても……)」
興味が無い。
こちらにではなくあちらの方に。
いきなりここに現れたのなら、もう少しびっくりするだとか、チラ見をして来ても良いはずだったが、あちらは俺に構う事無く、食事や会話を続行していた。
「(てことは最初から居た事になってるのか……)」
まぁ、つまりはそういう事だと、一人で納得して苦笑いをする。
逆を考えたら怖い話だけど、逆じゃなくても十分怖い。
とにかく、そう考えた俺は、この世界に順応して生きて行く為に、説明書を取って読み始めた。
読み終えた所は確かに消えた。
あの男の言った通りだ。
最初に「ちらっ」と見ていたようで、うんたらかんたらは最初から消えていた。
でもせいぜいが三~四文字だから、そんなに重要な事では無い。
と、祈りたい。
……って、思わず現実から逃げてしまったが、そう考えないと不安で仕方ない。
「この世界についての出口はここ→宿屋の亭主に五秒以内に聞け!」
とかだったら、ソッコーで帰り道を失った訳で、正直言って目も当てられない。
だけどそんな事は無いと思うので、出来るだけ気にしないようにして読み進めて行った。
大体二時間くらいかかっただろうか、読み終えた後に分かった事はこれ。
まず俺達は「マジェスティ」という称号で呼ばれるような存在らしい。
偉大な者、という称号に相応しく、他の人よりも優れているそうだ。
具体的にはどれくらいかと言うと、二十mの高さから落ちても死なないし、水の中でも十分は生きられる。
本気で飛べば十mは飛べるし、百mを数秒で走れるという事だ。
この辺りの事はあちらでの身体能力、つまり、元の世界の自分の力に多少は影響されるらしいが、基本的にはかなりの力が上乗せされるという事だった。
しかし、所謂スキルの部分。
俺の場合なら槍術等だが。
こういう自身の努力次第で身に付くものは強化はされず、分かりやすく言えば体力面だけが強化されているという事らしい。
で、例の評価システム。
書いてあった事をそのまま書くと。
行動次第で増減する。
規定値以上なら恩恵が得られ、規定値以下なら罰せられる。
という僅かの二行で示されていた。
ハッキリ言って意味不明だし、そんなあやふやなものは恐ろしすぎる。
例えば捨て猫を見つけたとして、「チャンスきたぁ!?」と思って拾う。
だけど、「こいつは腹黒いな」と、判断されたら増える所か、逆に減点されるかもしれない訳だ。
純粋に、「可哀想に……」と思えば良いんだけど、こんなものを知っちゃった以上、そんな純粋な心には戻れない。
挨拶一つにも気を遣ってしまうし、やりにくい事この上無しだ。
「(最悪、悪い事をしなけりゃ良いか……ボーダーラインギリギリで、細く長く生きて行けば……)」
結果としてはそこに落ち着き、俺は更に続きを読んだ。
そこからは世界のルール的な事で、元の世界の文化を広げるなとか、そこから来た事を誰にも話すなとか、そういう事が書かれてあった。
破った場合はおそらくだけど、評価というのが下がるんだろう。
ケータイにネット、電気や自転車、そういうものが無いのはきついけど、こうなった以上は諦めるしか無い。
最後の一文、
それでは素晴らしき新生活を。
というものを読み終えた時、説明書は手の中で塵のようになって消滅し、小さな何かが姿を現した。
「やっ! 君が新しい相棒だね! ボクはユート! 以後ヨロシクっ!」
それは小さな妖精だった。
いや、小さいけど白い翼があるから、もしかしたら天使というものかもしれない。
大きさとしては三十㎝程。
見た目の年齢は十五~六才で、短い髪は緑色。
そこには赤いひし形の掌サイズのアクセサリーをつけている。
上着は白で制服っぽく、パンツは青色で短パンみたいだ。
そして、自分を「ボク」と言ったけど、見た目には可愛い女の子だった。
「あれあれ? 言葉が通じ無い? ボクの言葉だけは通じるはずだけど……」
指を咥えてユートが言った。
「いや、通じては居るんだけど……さ」
けど、何者かが分からなくて、困惑しているだけだった。
存在自体がアニメや漫画だし、「ボクっ娘」と言うのも初めて目にした。
この状況で驚かず「やっ!」と返せる人と言うのは、隕石が体に直撃する瞬間までラーメンなんかを食べて居る気がする。
「通じてるんなら挨拶しなよーー。あと、名前、名前も教えて!」
「ぶー」と膨れてユートが言って、俺がとりあえず「やあ……」と返す。
それから名前を教えると「カタギリヒジリ……? ヒジリでいっか♪」と、勝手に俺の呼び名を決めた。
「……まぁ良いけど、君は何なの?
ファンタジーに出て来る妖精とか言う奴?」
聞くと、ユートは「近い!」と言った。
「ボクはヒジリの相棒妖精です!
君だけにしか姿は見えないし、声だって他人には聞こえないのさ。
だから注意して? ぶつぶつ言ってると危ない奴だって思われちゃうぞ?」
その忠告はありがたかったが、ちょっとばかり遅かった。
ロビーに居た客がこちらを見ながら「ヒソヒソ」とすでに話して居たからだ。
言葉は分からないけどその表情が「あいつヤバくね……?」と百パー言っている。
「……ご親切にどうも。以後、気を付けるよ」
一応言うと「にひひ」と笑われる。
少なくとも悪意は無さそうなので、それには苦笑いを返しておいた。
「ちなみに何をしてくれる妖精なの? 相棒妖精とか言ってたけど」
頬杖をついて何気なく聞く。
黄昏て居るように見せる為だ。
「んー……アドバイスとか慰めたりとか?
あと、評価値がデンジャーゾーンだったら「危ないよ!」って教えてあげられるよ」
教えて貰った時には手遅れな気がするが、そこには「そうなの」と一応返す。
「それと勉強も教えてあげる! こっちに来た人が一番困るのは、言葉が通じない事なんだよね?」
嬉しそうにユートは言って俺の右腕を「パンパン」と叩く。
近所のおばさん。ノリ的にはそれだ。
「ユート先生にどーんと任せなさい!
でも一番はシューニューだから、まずは仕事を探そうね!」
その言葉には「えぇ!?」と言う。
客達が再びこちらを見たので、「おほん!! ううん……!!」と咳込んで誤魔化す。
「就活にはまだ早いんだけどなぁ……ていうか俺、大学志望だし……」
「ダイガクシボウ……? どういう死に方?」
俺の言葉にユートが答える。
真剣に悩む姿がおかしく、直後に俺は「ははっ」と笑った。
「でも仕方が無いのかな……こうなった以上は働くしか」
気を取り直してそう言うと、ユートは「その通り」と大きく頷いた。
実際、今は一文無しだし、今夜の宿すら無い状況だ。
その上で収入が無いとくれば、近日中には餓死するか、犯罪に手を染めるしか道は無くなる。
そうなればおそらく評価は下がり、どの道死ぬしか無くなってしまうだろう。
「そういう事でショクアンに行きましょー!
ダーイジョウブ! キミなら出来る!」
ユートが言って短く飛んだ。
そして、俺の左肩に収まり、耳たぶを引っ張って「いこー!」と言って来た。
何だか妙な奴だな、と、思いつつ、俺はユートの指示に従い、ショクアンとやらに向かう事にした。
二日後の俺は王宮に居た。
別に悪い事をした訳じゃなく、騎士として採用して貰えたからだ。
俺にはこれと言った特技は無いが、槍だけは昔から握っていた。
それを生かせる道は無いかとダメ元で試験を受けてみると、なんとその場で合格したのである。
見習いとかでも全然だったんだけど、おエライさんにたまたま見られて、正式な騎士として採用された。
「マジェスティのシタジがあったからだよ」
と、ユートは言ったけど、こればっかりは長年の努力の結果なのだと信じたかった。
それから数週間があっという間に過ぎ、審判の日とやらがついにやってくくる。
「明日の朝は審判の日だよー! 多分大丈夫。ヨユーヨユー!」
前日にユートが言ってくれたので、俺の緊張はそこまででも無く、訓練を終えて宿舎に戻り、いつものように体を休めた。
そして朝……というか未明頃?
良く分からない時間帯に、俺は一人で懺悔室にいた。
「はい、一か月が過ぎましたー。お疲れ様ーヒジリくーん」
あの時の声が再び聞こえる。
「いえ……」
と、一応言葉を返すが、相手は構わず話を続けた。
「で、結果は余裕で合格でーす。
ひと月目で駄目な奴なんてそうそう居ないけど、まぁ、とりあえずおめでとう」
「ぱちぱちぱち」と拍手が聞こえる。
「ど、どうも……」
と返すけど答えは返らない。
なんかこう、神様? の割にはノリが軽すぎてついて行けないのだ。
「それでだね、ヒジリ君。ボーナスポイントでこんな事が出来るんだ。
要らないって言うなら別に良いけど、欲しいモノがあったら言って見てね」
男が言って、隙間から何かを「すうっ」と差し出してくる。
それは、レストランのメニューのようなもので、どういう訳か扉絵は、俺の絶頂時のイキ顔だった。
ご丁寧に「ああああん!!」と言う、吹き出しまでがつけられており、見た瞬間に俺は噴き出して、仕切りの向こうの男に聞いた。
「何なんですかコレは!?」
聞くと、男は「メニューだよ。ヒジリ君専用の」と、当然のように言葉を返す。
顔の上には文字があり、「カタギリヒジリの成長ツリー」とある。
一ページ目を開くと言語とか、魔法とか特能とかが書かれてあって、そこには必要なポイントと、発展する「ハテナ」が連ねてあった。
「ゲームとかで見た事あるよね? 一つ目を習得すると次が分かるよ。
ちなみにヒジリ君に与えられるポイントは、今月分は九ポイントだね。
内訳は後で相棒妖精に聞いて。
ま、どれを選ぶかは自由だけど、残りは来月に持ち越されるから、心配しないで使っちゃってよ」
男の言葉に「はぁ……」と言う。
あまりゲームをした事は無いので、こんなのを見たのは初めての事だ。
でも、言われた事を信じるのなら、九ポイントで何かが得られるのだろう。
現在、目に見えて分かるものは五つ。
言語一 母国語(五P)
魔法一 四大属性の最下層の魔法一つ(三P)
特能一 暗視(二P)
真実一 選ばれた理由(三P)
元の世界への帰還 P制限無し
と言うものだ。
ちなみにこれは縦に書かれていて、実際には下の「?」に伸びている。
次からのページは俺にとっての黒歴史のアルバムと化しており、開いた瞬間に目を大きくして、直後には元のページに戻した。
具体的にはカップラーメンの底に穴を開けてアレしてたりとか、洗濯バサミを使用してアレをアレしたりとかしている物で、本人としてはもう忘れたいセイシュンの目覚めが殆どである。
「あの……三つは分かるんですが、残り二つの意味がちょっと……」
そんな黒歴史を闇に葬り、気になった事を男に聞いてみる。
男はそれにはすぐに「どれだい?」と、面倒臭がらずに答えてくれた。
「真実一と元の世界への帰還です。
後ろのは意味は分かるんですけど、P制限無しっていうのが……」
言うと、男は「はいはい」と一言。
「真実一は説明にある通り、君が選ばれた理由を話すよ。
代償に三Pを貰うけどね。
で、モトセカ……元の世界への帰還って言うのは、君が思っている通りの事だ。
ただし、必要なPは教えてあげられない。
百Pかもしれないし、一万Pになるかもしれない。
本当に帰りたいと思うなら、好きな時に好きなだけ突っ込むと良いさ」
それから説明をしてくれたので、俺は「そうですか…」と言う言葉を返した。
帰れるのなら帰りたいが、九Pやそこらではそれは無理だろう。
だったら行かせるなよって話になるし、それこそゲームならクリアした後の事だ。
そう考えた俺は悩み、まずは言語を選ぶ事にした。
言葉が通じないのは不便だし、恒久的なら価値はあるはずだ。
「じゃあ言語で。大丈夫ですか?」
「はい、じゃあ残りは四Pだよー」
「(随分気軽だけど大丈夫かよ……)」
言うと、男はそれだけを返してきた。
はい、の一言でそうなってるなら、この男はやはり只者では無い。
イザーベールを使いっ走りにしたのだとしたら、格上の人物だとも推測できる。
その辺りはそれこそ「真実一」を発展させていけば分かる事なのかもしれない。
でも、俺はそこよりも、来月までを有利に過ごせるものを選んだ。
つまり、「魔法一」の火の魔法である。
「火属性かー。熱血だねぇー。燃えているよヒジリ君」
男が言って「ははは」と笑う。
俺はと言うと「はぁ……」と困惑。
どうがどうして熱血なのか、理解が出来ずに首を捻る。
「残り一Pはどうする? モトセカに突っ込む?
それとも来月に取って置く?」
少し経っての質問には「じゃあ来月に」と言葉を返す。
一Pで帰れたなら大ウケするが、その際には「何で来させた!?」ともキレもするだろう。
「分かった。じゃあメニューを返して?
来月には発展先が見えるようになってるから、それを楽しみにして頑張ってね」
それに何かを言うより早く、俺の周囲が闇へと変わった。
「うわあぁ!?」
直後にはそれに飲まれた俺は、ベッドの上で目を覚ましていた。
色々とヤリたい年頃ですからな……