財宝の洞窟
旧、ユーミルズ王国はヘール諸島の北に位置する山脈に囲まれた山国だった。
俺が最初にやってきたラーク王国の東に位置し、ヨゼル王国の侵略に真っ先に晒された国でもあるらしい。
ヨゼル王国の属国として、現在は統治が行き届いており、悲しいかな祖国が亡びたと言うのに、人々達の生活には変わる所が無かった。
「結局は王国の生き残りだけが、祖国の再興を夢見ているという訳か。
例えば奪還の戦争を起こしたとして、彼らはそれを良しとするかな?
迷惑だからやめてくれと殆どの者が思う事だろう。
……王女を連れて来なくて良かった。本当に私はそう思うよ」
その様子を見たスラッシュが、そう言って水筒の中身を呷る。
見るからに寂しそうな背中であったが、俺には何も言えなかった。
その後に街を出て、郊外に行き、手に入れた食料を適当に口にする。
「あとどれくらいですか?」
ユートにリンゴ(のようなもの)を渡しながらに聞くと、スラッシュは「もうすぐだよ」と振り向かずに答えた。
そして再び水筒を一飲み。
肩に担いだロープがズレて、「おっと」と言ってそれを直す。
「なんかお酒臭くない……?」
直後にユートがそう言ったので、「まさか……」と思ってスラッシュの背を見た。
言われてみれば少々酒臭い。だが、ここは言わば敵地だ。元は騎士団長をしていた人が、暢気に酒を飲むとは思えない。
「ほら、あれだ」
疑っていると、スラッシュが立ち止まり、街道の右手の一部を指差した。
その為に立ち止まってそちらを見ると、林の合間に滝が見える。
道の先には橋があり、そこの下には川が流れている。
どうやらその川の元となるのが、その滝がある滝壺らしかった。
滝壺までは五百m程。滝の高さは二十m程か。
「目的地は滝壺の上にあるから、実はまだまだつけないんだがね。
まぁ、とりあえず、あそこにあるという事で、場所だけは覚えておいてくれ」
その言葉には「はい」と言い、頭を動かしてもう一度見る。
あれくらいなら飛び上がれないか? と、思った事が原因だったが、俺が行けてもスラッシュが行けないので(多分)口にするのは止しておく。
時間としては一時間程。
それから更に街道を行き、遠回りをしてから滝の上に着く。
ユートがリンゴを芯まで食べ終えて、「マジかよ……」と俺が呆れていた頃だ。
「さて、問題はここからなんだが」
「あ、はい」
スラッシュの言葉で顔を向ける。
そこは、川と滝との分かれ目で、目の前にはもう崖があり、眼下には林が広がっていた。
川は俺達の左手で「ごうごう」と鳴って滝へと代わり、遙か下の滝壺に向けて、凄まじい勢いで降り注いでいる。
「具体的にはあの辺りに、少し凹んだ窪みがあるはずだ。
その中にあるレバーを下ろすと、滝壺の中の扉が開く。
若干危険な作業だが、君はどっちを希望する?」
指さした先は崖の一部で、ここからの距離は二m程。
生憎、そこは滝の中なので、レバーを下ろす者は容赦無い水流の直撃に晒されるだろう。
一方のロープを支える者も、責任はかなり大きい所だ。
「ロープを調達した理由はこれですか……」
苦笑いをしてそう言うと、スラッシュは「まぁね」と答えて笑った。
「で、どっちを希望する?」
即ちレバーを引く方か、或いはロープを支える方かだ。
「じゃあレバーを引く方で……」
命を預かるのは怖かったので、俺は責任の小さな方に逃げた。
「じゃあボクは横から応援する方で!」
選択肢に無いがユートはそう言い、滝から離れた空中に逃げた。
おそらく水に当たりたくないが故に、離れた位置から伺う気なのだ。
「何て奴だ…」と苦笑いをして、伸ばされたロープの端を持つ。
それから両足を支えに降りて、目的の窪みを右手でまさぐった。
頭と肩には激しい水流が。右手の先にはぬるぬるとした感触がある。
どちらもあまり心地良くは無いので、俺は無言で顔を顰める。
「オトコの仕事ですなぁ。スンバラシ~です!」
「完全に他人事だよ!!」
ユートの声にはそう返し、思い切って体を滝の中に入れた。
「あった!!」
その甲斐あって棒のような物を発見。すぐにもそれを下へと動かす。
ぬめりのせいで滑ってしまったが、二度目の再挑戦で何とか下ろせた。
手がヌメヌメで気色が悪い。それにこれではロープが持てない。
「下ろしました!! 今から戻ります!!」
やむを得ずに右手を洗いつつ、頭上に居るだろうスラッシュに告げた。
「あっ! おっ、お疲れさあぁっ!?」
どういう訳か焦っているようだ。理由を知る為に顔を上げる。
すると、スラッシュも片手でロープを持ち、右手で水筒を呷っていたのだ。
そして、言葉の最中に、手を滑らせてロープを離し、結果として俺は空を仰ぎ見て滝壺の下へと落下するのである。
「しまったあああ!!?」
「ヒジリーーーー!?」
スラッシュとユートの声が聞こえ、それが一気に遠退いて行く。
が、俺もマジェスティの端くれ。
空中でなんとか態勢を整え、滝壺の中へと綺麗に飛び込んだ。
衝撃はそこそこ大きかったが、気を失うと言う程では無い。
心の中では「十点だな」と、ナルりながらに水面へ向かう。
「ぷはあっ!!」
顔を出して空を見上げると、落下して来ている丸太が見えた。
「あっ……」
気付いた時にはもはや手遅れ。
顔面にそれを受けた後に、俺の意識は途絶えたのである。
「ヒジリー! しっかりしてよヒジリー!!
丸太を喰らって死んじゃうなんて、そんなマジェスティ聞いた事無いよー! 起きてよ起きてー! 目をさぁまぁしぃてぇぇ!!」
息ができる。
そしてうるさい。
どうやら生きていると分かった時に、感じた事はまずそれだった。
遮断されていた情報が戻り、滝壺の「ごうごう」という音が聞こえる。
それに眩しい。
運が良かったのか、仰向けで気を失ったらしい。
「うっ……」
太陽の光が両目に入り、眩しさから逃れる為に両目を細める。
「いっ……てぇ!!」
その際に強烈な痛みを感じ、俺は思わず声を発した。
痛みの元は主に顔。目を動かすだけで顔中が痛い。
例えるなら顔面筋肉痛か。こんな感覚は生まれて初だった。
「あぁぁ! 生きてた! 生きてたよ! 良かったヒジリ! 死んだかと思った!」
ユートの声が頭上から聞こえる。
というか、頭の裏辺りからだ。
痛みに耐えて首を動かすと、俺を引っ張っているユートが見えた。
襟首を掴んで必死に引っ張り、岸に上げようとしてくれている。
だが、力が及ばずに、俺の首から上だけを水面に上げるのが精一杯のようだった。
「(運が良かったんじゃ無くて、助けてくれたのか……)」
「気付いたなら起きてよ! 腕筋が! 腕筋がとっくにオーバーキル!」
そう思った直後にユートはそう言い、俺と共に水へと沈む。
しかし、もはや意識はあるので、ユートを助けて水面に浮かび出た。
「ありがとう……助けてくれたんだな。ユートが居なかったら死んでたよ」
「イヤァ……ボクはヒジリの相棒だからね! なんてことないヨ! 腕痛いけど……」
お礼を言うと、そう言って、腕を押さえて苦笑いをする。
俺の方も顔が痛かったが、無理に付き合って苦笑いを見せた。
「ていうか顔、凄い事になってるよ。治癒魔法覚えたんだし使って見れば?」
言われてみればそうだった。こういう時にこそ使うべきだろう。
とりあえずは「ああ」と言葉を返し、使いたい、と、心で意識をしてみた。
直後に痛みが緩くなり、ユートが目前で「うわぁ……」と言い出す。
「ど、どうしたんだ?」
と聞くと、「蠢いてる……」と言う、謎の答えを俺に返した。
気になる物の痛みは収まり、気にしないようにして岸へと上がる。
しばらくするとスラッシュがやって来て、いの一番に「すまなかった!!」と謝罪した。
「いや、生きたんで良いですよもう……でも一つだけ質問良いですか?」
落ちた事自体は問題は無い。問題があるならその後の丸太だ。
それを落としたのがスラッシュなら殴るが、まさかそんな事はしないはずだ。
スラッシュが質問に対して「あ、ああ」と言うので、「もしかして」と前置いて直球をぶつけた。
「水筒の中身ってお酒じゃないですか? なんかちょっと酒臭いって言うか、動きがどうも怪しいって言うか……」
「ああ……まぁ……推測の通りだ。
ちょっと酒に浸りすぎてな……定期的に飲まないと落ち着かなくて……」
回答はそれ。アル中である。
それの進行度は兎も角として、多くの部下が居る立場の者がかかるべき病では無いはずである。
故に、俺は「やめた方が良いですよ……」と、やんわりと彼を注意するのだ。
余計な事だと分かって居るが、部下だと尚更に言い辛いだろう。
レイラの為にもこの人にはしっかりして貰わないと困るのである。
「だ、大丈夫さ!
そんな、アル中じゃないんだから、生活には何の支障も………
無い事は無いだろうな……実際、君を落としてしまったし……」
それで支障が無いと言われたら、俺も流石に憤慨しただろう。
だが、聞いたスラッシュは自分で気付き、水筒を取り出して困ったような顔で眺めた。
「なんなのアル中って?」
「病気みたいなもんだと思う。良く知らないから予測だけどね」
その様子を見たユートが聞いて、聞かれた俺が予測で答えた。
「あっ!」
そんな中でスラッシュは、水筒の中身を「ぐいっ」と呷った。
駄目だこりゃ……と一瞬思ったが、すぐにもそれを投げ捨てて、「これっきりだ」と呻くように言ったのである。
決別、と言うのが相応しいだろうか、覚悟を感じる口調であった。
元は隊長と言う立場の人だ。元来は意識が高い筈である。
俺は素直にその言葉を信じ、注意して良かったとその後に思う。
「……それでは行こうか。ああそうそう。注意されたからという訳では無いが、私の方からもひとつ良いかな?」
俺に対しても何かがあるらしい。
何かと思って「はい……?」と言うと、口に手を当てて少々悩む。
「あー……」
それからまずは一言を言い、
「何と言うのか、妄想……と言うのかな? 君も時折一人で喋ったり、誰かと話しをしている風な、おかしな動作をする事がある。
見ていてあまり褒められた物じゃない。
注意してくれた事には感謝をするつもりで、君にも逆に忠告をしておこう」
ユートとのやりとりを指しているのだろう、それを妄想と断定した上で、スラッシュはすたすたと歩き出すのである。
「え!? ちょっと! それはスラッシュさんの誤解ですって!」
言い訳をして追うも、「私もそうだった」と、スラッシュはなぜかの同類視線。
「一時期見えていた事がある。戦いで死んだ部下の顔がね。
だが、幻覚だと分かって居たから、流石に話はしなかったよ」
と、自分よりも酷いと間接的に言われた俺の心は複雑だった。
しかし、証明する手段も無いので、仕方が無しに諦めて、スラッシュの背中を追うのである。
実はヒジリもそこに居ないと言う軽いホラーでこの話は終了(嘘)




