ナエミの行方
その日は久々の総会の日だった。
以前に集まったのは百年程前か。
ともあれ、全員が到着済みで、垂れ幕の下で足を組んでおり、無言の重圧を加えていたので「遅れてすまないね」と素直に謝罪した。
だが、返ってくる言葉は何も無い。何人かが足を組み直しただけだ。
こういう連中だと分かっているから、それは気にせず中央を伺った。
そこはひたすらに青い空間。
僕達は垂れ幕がかかった個室に、距離を取って円状に座っている。
個室の数は全部で六つ。
それはこれから減る事もあるし、増える事もあり得るだろう。
個室の中央、一段高い場所には、ナプティーズの管理を任されたイサーベールが無言で立っていた。
「じゃあ始めてくれるかな? って言っても、答えは分かり切ってるけどね」
「わかりました」
僕の言葉に彼女が答え、ここまでの経緯を話し出す。
その中には懐かしい名前も出て来て、懐かしさに僕はその度に頷いた。
時間にするなら三十分程がかかったか。
「……という事で現状では、ポリュネー様が圧倒しています。
しかし、残されたフェーズはまだまだあるので、結果が変わる可能性は、大いにあると言って良いでしょう」
イサーベールが話し終え、連中達が声を出す。
それは感嘆の声であったり、落胆の声であったりと様々だった。
僕はと言うと分かっていたから、「だろうね」とだけ一言を言い、「もう帰っても良いかな?」と、連中に向けて聞いてみた。
「ふっ……」
返ってくる言葉はやはり無く、口の端を曲げて立ち上がる。
「待て」
と、連中の一人に言われ、「なんだい?」と言って腰を下ろした。
声としては女のものを持つ、何を考えているか分からない奴だ。
一体何を言うつもりかと、両足を組んで言葉を待った。
「貴様はカタギリ・ヒジリだけでなく、人間をもう一人送り込んだようだな?
さかとは思うがその人間に、マジェスティの力を与えてはいまいな?」
何を言われるのかと思っていたら、どうやらそんなつまらない事らしい。
それには「はっ」と笑った上で「まさか」と言う答えを返して置いた。
ルールは守る。それは鉄則だ。だからこそ総会は続けられて来た。
僕だってヒジリ君の活躍が見たいし、自らそれをふいにする事はしない。
「ならば不審な行動はよせ。
約束が反故にされるようならば、皆、この星から手を引くだろう。
そうなればこの星は……」
「分かっているさ。僕だってそんなバカはしないよ。
必死で頑張っているヒジリ君に、ちょっとしたご褒美を上げようとしただけさ」
そう言うと、その相手、ミセアは黙った。
人の事を不審と言うが、彼女だって相当不審だ。
君のマジェスティは一体誰だ?
持って居ないようなフリをしているけど、何を企んで隠しているんだ?
この場で聞いてやろうかとも思うが、僕は敢えてそれを飲み込む。
下手をしたらルール違反として、誰かが引くかもしれないからだ。
「ならば良い。話は以上だ。すまないが先に消えさせてもらう」
そんな空気を肌で察したか、ミセアは先に消えてしまった。
「やれやれ……」
と言って僕も立ち、イサーベールに「じゃあね」と伝えた。
「(さてさて、ヒジリ君はどこまでやってくれるかな。本当に、毎日が楽しみだよ)」
言葉に出さずそう思い、それから僕はその場を後にした。
コールドの街は大陸南東の、ヘール諸島の近くにあった。
そこに来るまでには魔物に襲われ、賊にも三度襲われた。
しかし、今回は槍があったし、やられる訳にも行かない為に、それらを全て撃退した上で、なんとか目的地に到着していた。
「なんかアレだね。フリーダムだね……」
第一声はユートのそれで、俺もそれには同感である。
街の人達が自由すぎて、俺には若干引くレベルだったのだ。
少し説明するのであれば、まずは得物を抜きっぱなし。
その手に武器を握ったままで、通りを堂々と闊歩している。
そして、次に殆ど半裸。
中央より暖かい気候の為か、住民達の殆どが、際どい水着のような衣服であったのだ。
他にもタトゥーや咥え煙草、ベロチュウをしながら歩いているカップルも居て、あまりの異文化に俺は戸惑い、視線の置き場所の迷子になっていた。
「すごいよほら! お尻丸出し! これもう出てるのと同じだよねー!」
一人、見えないのを良い事に、ユートは道行く女性に飛んだが、そんな所をガン見して居れば連れの男に因縁を付けられる。
故に、俺は見たい物の、見ないようにして道を進み、やがては見えて来た浜辺を右手に足を止めて眺めるのである。
「うわぁ……結構良い景色だな……」
視線の彼方には島々が見え、近場には数多くの人達が見えた。
「なんかアレだな。ローブとか来てるの、逆に空気読めよ的な感じだな……」
その人達は当然水着で、浜辺や海で楽しんでいる。
一方の俺は槍を持ち、ローブ姿で居る訳なのだから、この場に於いては俺の方が、異質と映っても仕方が無い。
「じゃあ尻丸出しの水着を買おう! それでここでもヒジリンだー!」
また突かれた! そう思い、「どっちも嫌だ……」と言って顔を顰める。
それから浜辺を右手に進み、暑さに負けてローブを脱いだ。
「(そう言えば今の季節って何なんだ?)」
ふと思うのは季節の事で、考えれば季節が分からなかった。
ここに来るまでは丁度良かったが、ここは例えるなら夏の初期か。
誰かに聞けば分かるのだろうが、「今の季節は何ですか?」と、質問するのも間抜けな図である。
いずれ、Pさんにでも聞こうと思い、ローブをしまって顔を扇いだ。
ユートはその間にもすいすい進み、何かを発見して戻って来る。
「酒場っぽいの見つけたよ! 半裸のおっさんばっかだったけど!」
「嫌なイメージしか湧かない言い方だな……」
その言い方にはむさ苦しさを感じて、俺は露骨に嫌な顔をした。
だが、情報を集める為に、仕方が無しにそこへと向かう。
所謂、ビアガーデンと言うのだろうか、街の酒場は通りの先の、浜辺に面した所にあった。
通りからだけでなく浜辺からも、入れるように階段があり、逆に、酒場で何かを買って、浜辺に降りている人達も伺えた。
「(うわぁ……)」
中へと入ると情報通り、確かにそこはおっさんだらけ。
異質な存在の俺に気付き、酒場の空気が一瞬凍る。
「HAHAHA!」
が、直後には空気は戻り、おっさん達は大笑い。
視線を戻して酒を飲み、友人達との歓談を再開させた。
やんのかオラァ!? とでも言われたらどうしよう。
と、不安になっていたが杞憂だったらしい。
「何だ坊主? 何か用か?」
心の中で胸をなでおろすと、店主らしき中年が声をかけてきた。
顔にはグラサン、頬に傷、挙句には葉巻を咥えた男で、渋い声で俺に聞き、葉巻の煙を「ぷかぁ」とふかす。
聞かれた俺はカウンターに近付き、訪ねて来た理由を素直に伝えた。
「ナエミ……?
ああー、あの異文化の子な。あの子ならもうこの街には居ねえよ。
ダナヒの旦那に連れて行かれちまった。危ねぇって言っても分かんねぇんだもんな……言葉が通じねぇのはどうしようもねぇな……」
「連れて行かれた……って、どこにですか!? だ、ダナヒって言うのは何者なんですか!?」
その後に聞かされた言葉に食いつくと、店主は「おう……」と、少々引いた。
気付けばカウンターに乗りかかっていた。立ったことすら記憶に無かったが、それ程に俺も動揺したのだろう。
「まぁ、タダっていうのもな……ウチも酒と情報を生業としているクチだからよ」
少し落ち着いた俺を見て、店主は取引の条件を出して来た。
それくらいならまぁ分かる。ここは酒場で商売をする場所だ。
近所の気の良いおじさんの家じゃない。
「じゃあ何か飲み物を……あっ、アルコールは抜きで……」
その為俺は飲み物を注文し、それと引き換えに情報を望んだ。
「あいよ」
聞いた亭主はそう言って、背中を向けて何かを作り出す。
そして、それを作る間に俺の聞いた事を答えてくれた。
「ダナヒって言うのはここいらに居る海賊だ。
たまーにこの街にも上陸すんのさ。その時にナエミ、その異文化の子な。
その子はここでバイトをしてた。あそこの料理は良いって言ったんだが、言葉が通じずに持って行っちまってな……
ダナヒの旦那にそれがバレて、寄越せ、って事になったって訳さ」
亭主はそこまでを話した後に、黄色の飲み物を俺に出した。
言葉が通じて居れば、と思うが、そうなってしまった物は仕方ない。
命を張ってでも止めるべきだった。なんて、この人に言える筋では無いだろう。
「海賊、ですか……それで、それは今どこに?」
「さぁな……」
そういう事なら取り戻すだけだ。そう思って聞くが店主は首を振る。
「すっぱあああっ!?」
「大体でも良いんです! 教えて下さい!」
出された飲み物を盗み飲みしたユートに構わず更に聞いてみた。
「うーん……あんたはあの子とどういう関係だ? 随分と必死に見えるんだが」
「関係……としては、幼馴染ですね……
大陸の西から探しに来ました。とにかく会って、話がしたいんです!
お願いします! 教えて下さい!」
「そうか……」
亭主が皿に葉巻を押し付け、そのままの姿勢で少しを考える。
「こいつは余所者には教えねぇ事なんだが、あんたは少し事情が違うな。
近々、ダナヒの旦那が主催する、闘技大会が島で開かれる。
こいつに参加するって言うなら、少なくとも旦那にゃ会えるだろうさ。
その気があるなら今日の夜中に、港から出発する船に乗りな。
ただし、生きて帰ろうだなんて、甘い考えは捨てて行く事だぜ」
その後にそう言い、動きかけたので、俺が「あの……!」と声をかけた。
亭主はそれに応じたものの、顔も向けずに無言で立っている。
「ナエミ、その、異文化の子ですけど、あなたが面倒を見てくれていたんですか?」
「……ああ。結果としては悪い事をしちまったけどな」
俺の質問にはそう答え、亭主はどこかに歩いて行った。
見た目に反して良い人だった。そんな事が無かったならば、今でも雇ってくれていたのだろう。
「……ありがとうございました」
そう言って、一万ギーツ分の金貨を置いて去る。
「多くない?」
と疑問するユートには、「お礼の気持ちだよ」と、小さく答えた。
酒場を後にした俺達は、街で安めの宿を借りる。
そして、その夜に港に向かい、多くの人達と船に乗った。
それに揺られる事およそ半日。
船は諸島の中に浮かぶ、一つの島へと近付き出していた。
あそこに行けばナエミに会える。
だが、海賊に連れ去られたと言うなら、普通に考えれば無事では無いはずだ。
もしそうならば傷ついて、悲しみの中で過ごしているだろう。
俺に出来る事はそこから救い出し、この世界で一緒に生きて行く事。
そして、もし、帰れるのなら、元の世界に一緒に帰ろう。
その日まで必ず俺が守る。今度こそは守って見せる。
近付いてくる島を前に、そう決意して槍を強く握った。
島の砂浜に上陸した俺達は、そこでいきなりグループに分けられた。
その数は六つで、一グループが二十人程。
「じゃあ適当に距離を取ってー」
と、海賊らしき男に言われ、それぞれが適当に距離を取った。
「えー。これから予選を行いまーす。
グループ毎に勝者は一人で、今日は六人を選出しまーす。
負けた人はケツをまくって、乗って来た船でお帰りくださーい」
「なっ!?」
いきなりの事でビックリである。
ほぼ全員がそう言うが、男に改める様子は見られず、すぐにも覚悟を決めた者達が、得物を利き手に構えを取った。
「よぉ、兄ちゃん、腕試しのつもりか? だったら今が引き時じゃねえのか? こっからはもう、遊びじゃねぇんだぜ?」
唐突に、右隣の男が言った。
それに釣られて数人が笑い、ユートが「なんだとぉ!」と代わりに怒る。
子供だと思って舐めているらしいが、生憎こちらも負けるつもりは無い。
「お気遣いには感謝しますが、俺にも負けられない理由があるので。
というか、むしろそちらの方こそ、今が引き時かと思いますが」
俺自身もちょっとは「イラッ」としたので、皮肉を込めて男に応じた。
「な、なんだと! このクソガキが!」
「調子に乗ってんじゃねぇぞコラァ!?」
それを聞いた男が怒り、隣の男にも怒りが伝わる。
「生意気なガキだな!? やっちまうか!?」
と、ついには怒りが皆に広がり、気付けば全員に睨まれていた。
俺の人生初の事だ。ここまで大人に憎まれるのは。
尤も陰ではあったのかもしれないが、ここまで露骨なのは間違いなく初だった。
「終わった。主にあの人達が」
ユートが言って空に飛び、聞いた俺が微笑みながら、槍にかけられている布を取る。
「それでは! バトル! スタアアアアアットッ!!!」
「うおおぉぉぉぉ!」
「死ねやガキがぁぁあ!!」
直後に戦いの開始が告げられ、男達が一斉に襲い掛かって来た。
「はああっ! せいいっ!」
勝負は僅か二振りで終了。
「なんんんんんんーーー!!?!?」
空中に飛ばされた男達は、驚きの声を上げて砂浜に沈んだ。
足を逆さまにして刺さっている者や、誰かの股間に埋もれる者。
何とか着地したが痺れを感じて、やがて倒れる者と様々である。
「ヒャッホウ! ヒジリ、アットーテキィ!」
ユートが言って肩へと降りて来る。
「相手が良かったって言うだけさ」
答えた後に正面を見て、不思議な光景に眉根を寄せた。
そこでは別のグループが一人を囲んでいたのであるが、その人物――
金髪の男は斧を担いで、その場から一歩も動いてなかった。
男を囲む者達もそうで、不自然な体勢で固まっている。
しかし、男が砂浜に、斧を「ドン」とつけた直後に、彼らはまばらに「ばたばた」と砂浜に倒れてしまったのである。
「話にならねぇな」
男が言って、「へっ」と笑って歩き出す。
見た目の年齢は二十五~六。髪は金色で瞳は青色。
身長は俺より十センチは高く、海賊船の船長が着るような、黒い衣服を身に着けていた。
顔は美形だが、挑戦的で、強気な顔をしている為に、所謂、悪男なイメージを与えるには十分な素質を持っている。
「オメェはなかなかやるみてぇだな? 本戦で戦える事を期待してるぜ?」
通り過ぎ様にそう言って、男はそのまま歩いて行った。
「(強いな……多分、俺よりも……)」
それには何も答えずに、心の中だけでそう思う。
だが、戦って勝つ事は、今の目的には含まれておらず、この時の俺はどうにかしてナエミに会う事だけを考えていた。
パイレーツオブカリ〇アンのスパローさんのような服装です。