三つの目的
その日はカレルの家に泊まり、翌朝から俺は行動を開始した。
行動の目的は二つあり、一つは行方不明のナエミを探す事。
もう一つはその為の費用と言うか、お金を少し稼ぐ事だった。
いつまでもカレルに甘えているのは、ヒモのようで嫌だったのである。
「まぁ、眠る部屋と食事くらいは、しばらくの間は面倒を見て上げる。
そこは本当に助けて貰ったし、あまりあなたも気にしなくて良いわ」
それが昨夜のカレルの言葉で、そこは分かるので甘えるつもりだが――
「新しい服でも買ったらどう?
大陸で一番栄えている場所だから気に入る服もあると思うわよ?
後はそう、髪の毛ね。ボサボサで少し見苦しいわ。代金だったら持ってあげるから、ちょっと外見を整えて来なさいよ」
と言う、下手をしたらパトロンの如きその親切には甘えられなかった。
これに甘えたら完全にヒモで、「俺は何なの……?」と自己嫌悪に陥る。
爺ちゃんが生きてたら張り倒されかねないので、自分でも出来るようなバイトを探す事も目的に加えて動き出したのだ。
「ナエミ? ナエミなぁ……珍しい名前だけど聞いた事は無いねぇ……
あれだったら張り紙でもしておくかい? 客の誰かが知ってるかもしれないし?」
とある酒場を訪ねた際に、亭主は張り紙を勧めてくれた。
「あ……じゃあお願いしても良いですか? すごい助かります」
ありがたい事なのでそれを受け、道具を借りて「探し人」と書く。
そして、ナエミの特徴を記して、酒場の掲示板に貼らせてもらった。
大陸で一番栄えた都市なら、立ち寄る人も多い事だろう。
勿論、可能性は低いと分かるが、何もしないよりは遙かにマシだ。
「ありがとうございました。また来ます」
「あいよ。頑張ってなー」
亭主に向かって礼を言い、酒場を後にして聞き込みを続ける。
商店街に工業地帯。自警団の事務所にも足を向けて見る。
「ナミーエ? ナミーエならうちの婆さんだけど?」
そこで耳にしたそれが近いが、結論としては違う為に、礼を言って去った後に俺はあるモノを見つけてしまうのだ。
それはどうやら雑貨屋らしく、入口には色々と置かれてあった。
その中に黒色のマントを見つけて、俺は両目を見開くのである。
「ッ!? これはもしかして!?」
飛びつくように近付いて、マントを手にして裏返す。
そこには赤い流星があり、「やっぱり!」と思わず口走った。
ラーク王国――
もうその国は無いが、俺がそこに居た時に王女のセフィアから貰った物だ。
盗賊に奪われて以来行方不明になっていたのだが、どこでどうなったのかその品がこんな所にあったのである。
「ラーク王国秘蔵の一品……
っちゅう事で、割と高値で買い取ったんじゃがな……
ヨゼル王国へのあてつけになりかねんからか、なかなか買い手がついてくれんのよ。兄さんはアレかな? ラーク王国の国民かな?」
俺の姿に気付いたのだろうか、店主が出て来て、笑顔で聞いてくる。
見た目の年齢は六十位の、感じの良い白髪の男性だった。
「いえ……国民では無いんですが、それに近い気持ちはありました……」
答えた後に流星を見る。
「っ……」
セフィアの顔が思い出されて、俺は一瞬、表情を暗くした。
「だったら買わんかね? お安くしておくよ?
正直、このままでは埃を被って、日に日に色褪せて行くだけじゃろう。
そうじゃなぁ、買ったのが十万ギーツだったから、おおまけにまけて二万ギーツで良いよ?」
「に、二万ギーツですか……」
店主が言って俺が言う。
五分の一とは確かに安いが、元を辿れば自分のモノだ。
盗られたものにそれだけ払うのは、正直、なんだかバカらしい気もする。
「あー、じゃあ一万五千! これ以上は流石にまけられんな……!」
その間を値切りと見たのだろうか、「参った!」と言う顔で店主が言って来る。
しかし実際、その一万五千すら、持って居ないと言う状況であり、欲しいは欲しいが買うとも言えず、店主の前で俺は固まった。
「正直に言えばぁ? 持ってないって。て言うか返せよ。持ってくぞオラ、って」
「(いやいや、評価が真っ逆さまだろソレ……)」
ユートの言葉には何も言えず、心の中だけで突っ込みを返す。
店主はどう判断したのか、「ふぅん……」と唸って黙ってしまった。
「あの……実はそんなに持って無くて、でも、物凄い大事なものなんです。
働いてお金を稼いでくるので、少しだけ取って置いて貰えませんか……?」
ユートの言葉にも一理はあったので、そこの部分を正直に言う。
盗られた物を買い戻すのは馬鹿らしいが、元はと言えば俺の責任だ。
聞いた店主は「ほう……」と言って、続けて「分かった」と、了解してくれた。
「それじゃ何日か取っておくよ。大事なものを汚しても悪いし、畳んで中に保管しておくから」
その言葉には「すみません……」と言い、俺は店主にマントを預けた。
思わぬ所で目的が二つから三つになってしまい、俺はそれを二つに戻す為に、この街のショクアンを訪ねる事にした。
「カタギリ・ヒジリです! よろしくお願いします!」
翌朝には俺は郊外に居た。
目の前には檻やら、馬車やらが並んでいる。
迎えてくれたのは「団長」と言う人と、少年少女が三人で、挨拶の直後には「こちらこそよろしく」と、団長が声を返してくれた。
これがショクアンで見つけた仕事。
即ち、サーカス団の手伝いだった。
その日に紹介できる仕事が、他にはスキルが必須だったので、「体力があればそれで良し!」と言う、この仕事を紹介して貰ったのである。
「君には主に雑用をしてもらう。ちょっとしたヘルプもしてもらうかもしれない。その時には余計に報酬を出すから、出来れば快く引き受けて欲しい」
見た目の年齢が四十くらいの団長と言う人が俺に言う。
その姿はモモヒキに白Tシャツと言う、はっきり言ってただの親父だ。
でもまぁ、おそらく本番になれば、サーカス団っぽい姿になるのだろう。
「こいつがヴィヴィアン。その横のがアレク、一番ちっこいのがロッソだな。分からない事はヴィヴィアンか、アレクのどちらかに聞いてくれ」
続けて少年少女を紹介し、された三人が頭を下げた。
ヴィヴィアンは女性で髪は赤色。
ピンクのレオタードを身に着けており、何に使うのかバトンを持っている。
アレクは男性で髪は茶色。
上半身には短い服を着て、下半身には白いタイツを履いていた。
二人の年齢はおそらく十五~六才、最後のロッソはそれとは離れて十才にも満たないように見える。
「ヒジリってなんか変わった名前だね? とにかくよろしく!」
「あ、ああ、よろしく」
そんなロッソに話しかけられて苦笑しながら言葉を返した。
その際に握手を求められたので、戸惑いながらにそれに応じる。
「動物の事ならこいつに聞くと良い。とにかく、オレもよろしくな」
言ってきたのはアレクであった。すぐにも右手を差し出してくる。
「そうなんですか……」
と、握手に応じると、「敬語は必要無い」と、「ふっ」と笑われた。
年下だと思うが先輩なので、一応敬語を使ったのだが。
まぁ、そういう事であれば、俺も正直ありがたい。
「仲良くやりましょうね!」
その後ろではヴィヴィアンもそう言ったので、彼らへの敬語はそこでやめにした。
「それじゃ一通り案内しよう。紹介なんかも必要だしな」
アレクが言って歩き出す。見れば、いつの間にか団長が消えていて、俺は焦って後ろに続く。
どうやらステージに向かっているようで、骨組状態のテントが見えて来た。
「団長はお金の管理しかしないの。でも、その分責任は取るし、管理もしっかりしてくれるから、わたし達も安心してショーが出来る訳」
これはヴィヴィアンで、そう言いながら、ロッソと共に後ろを歩く。
「そうなんだ……」
下手な事は言えない為に、俺の返事はそんなものだ。
セクハラとかされてない? と、少しだけ思うのは、基本俺がムッツリだからだろう。
「ヒジリは普段何やってる人? やっぱりガッコーとかに行ってるの?」
聞いて来たのは後ろのロッソだ。
アレクも、ヴィヴィアンも気にはなるようで、歩きつつ俺に顔を向ける。
「んー……ちょっと前までは行ってたけど、今は街で居候をしてるね。
人を探している途中なんだけど、色々あってお金が無くてさ」
正直に言うとロッソは笑い、「ビンボーなんだ?」と、俺に言ってきた。
「みんなそうさ」
とは、アレクの言で、これにはヴィヴィアンも「そうね」と笑う。
「(もしかして付き合ってるのかな……?)」
等と思うが、新入りが聞いて良い事では無いので、勘ぐるだけに留めて置いた。
骨組状態のステージに着き、作業をしている人達に紹介される。
そこからも案内や紹介が続き、今日の仕事はそれだけで終わった。
「じゃ、明日からよろしくな」
と言う、アレクに「こちらこそ」と言葉を返し、その日は早くに街へと戻って、ナエミの聞き込みを再開させた。
翌日から仕事は本格的に始まった。
アレをあそこに運べとか、これをいつまでに片付けておけとか、団長が最初に言ったように、確かにハードな雑用だった。
でも、基本マジェスティな俺は、それらを的確かつ迅速にこなし、「新入りの癖にすげえな!?」と言う、ありがたい評価を各所で頂いた。
「もしかして曲芸もイケるんじゃないのか?」
とは、休憩中のアレクの言葉で、「ちょっとやってみろよ」と唆された俺は、空中ブランコをやる事になる。
「良いか? 今日は飛ばなくても良い。両足で体を支えられるか、それだけが分かれば十分だからな」
トレーナーらしき男に言われ、ブランコに立った俺が頷く。
地面からの高さは十五メートル程。
一応、網が張ってあるが、出来ればあまり落ちたくない高さだ。
「(あれ……何やってんだ俺……)」
ふと、下を見て冷静になり、ここまでのノリを若干悔いる。
マジェスティだから余裕で行けるっしょ。とか、考えていた少し前の自分を殴りたい。
「それいけ!」
「ぎゃあああ!?」
が、直後に背中を押され、悲鳴と共に前へと漕ぎ出す。
「脚だ! 脚! 脚を使うんだ!」
「無理だよ無理! 脚は使えないよ!」
下から聞こえるアレクに返し、返しながらも果敢に挑んだ。
地面がすぐそこに無いブランコが、こんなにも恐ろしいモノだったなんて。
下品な表現で申し訳ないが、下半身のナニかが縮んだ気がする。
それでも少しずつ姿勢を変えて、ブランコの上で屈もうとしたが。
「ぎゃっ!?」
その際に右足を滑らせてしまい、見ていた人達からどよめきが上がった。
「大丈夫大丈夫! この高さなら落ちても死なないし、地面の上に居るのと同じだよ」
ブランコの振りに合わせて飛んで、ユートが横から笑顔で言って来る。
「同じじゃないよ!」
と、言った俺には、皆さん「は?」と疑問顔だ。
「流石に無理か」
トレーナーらしき男が言って、戻って来た際にブランコを掴む。
その事により死地から逃れ、俺は「はぁ……」とため息をついた。
マジェスティは確かに凄い。だが、気持ちの問題も大きい。
慣れればきっと出来るのだろうが、今の俺にはとても無理だ。
「お手本がいるかしら? ちょっと見ててね?」
何時の間に上って来たのだろうか、入れ替わりでヴィヴィアンがブランコに乗る。
向こう側にはアレクが現れ、両足を引っかけて吊り下がった。
合図も無しに二人が漕ぎ出し、タイミングを見てヴィヴィアンが飛ぶ。
そして、空中で三回転した後に、アレクの伸ばした両手に捕まった。
そのままで態勢で二人は揺られ、しばらくの後にヴィヴィアンが投げられる。
投げられたヴィヴィアンは空中を回転して、元のブランコに脚を引っかけた。
「すごいすごーい! 激しいレンシューの成果だねこれは!」
一体何を知っているのか、訳知り顔でユートが拍手する。
一方の俺は釣られた訳じゃ無く、普通に感動して拍手を送った。
普通の人間でもあんな事が出来るのだ。やはりは慣れが重要なのだろう。
「とまぁ、こんな感じね。でも、これだけじゃ飽きられるから、新しい事に挑戦中なの。その分、危険度は上がるんだけどね」
「そ、そうなんだ。あまり、無理はしない方が良いよ」
この場に戻ったヴィヴィアンが言い、良くは分からない俺が言う。
聞いたヴィヴィアンは「ありがと」と言って、「にこり」と笑って降りて行った。
良い匂いがするし結構可愛い。少しだけドキリとした俺であったが。
「だめだめ、ヒジリ。ヴィヴィアンはアレクの彼女なんだよー?」
「ちょっ!? 何も言って無いだろ!? っていうか、やっぱ付き合ってんのか?!」
「知らなーい。でも、そうじゃなけりゃ、あんなに安心して任せられないんじゃない?」
ユートにそう言われた為に、「そうだよな……」と諦めの言葉を発すのだ。
「大丈夫か……?」
ユートの声が聞こえないトレーナーが聞いてくる。
さんざ独り言(彼から見て)を言っていた俺は、「だ、大丈夫」ですと言葉を返すが、信ぴょう性は一%も無かっただろう事は自分でも分かった。
翌日の休憩中に、俺はヴィヴィアンから声をかけられた。
「頑張ってるわね」
というものから始まり、隣に座られて雑談に移行し、いつの間にかこの街を案内しようかと迫られていた。
「あ、いや、住む訳じゃないんで、案内とかは別に良いかな……
っていうかアレクが気持ち良く無いでしょ」
顔を逸らしてそう言うと、ヴィヴィアンは「えっ……?」と疑問した。
「つ、付き合ってるんじゃないの……?」
と、辛うじて聞くと、「ええー?」と今度は困惑し、
「違う違う。そんな関係じゃないよ。アレクとはそう……兄弟みたいなものかな」
と、微笑みながらに俺に答えた。
「(そうなんだ……)」
そういう事なら仲良くしても良いのか。何となく俺に好意的にも見えるし。
口には出さず思っていると、ヴィヴィアンが団員の一人に呼ばれた。
「あ、今行くー」
呼ばれたヴィヴィアンはそう答え、「ごめんね!」と言って走って行った。
「ほほぉ……? と言う事はヒジリにキョーミがあると?」
「なんだその顔……」
おっさん臭いユートにそう言い、休憩を終えて仕事に戻る。
俺だって思春期だし、女の子には興味を持っている。
好みか好みじゃないかで言えば、まぁ、ヴィヴィアンは好みの部類だ。
出来ればそれは仲良くしたい。俺に興味があると言うなら、それはきっと嬉しい事だろう。
だが、俺にはその前にやるべき事があるはずだった。
「(そんな事より今はナエミだ)」
そう。ナエミの捜索である。これを放置してイチャイチャしていたらそれこそ爺ちゃんにぶっ殺される。
何より自分的にもそれは嫌だし、まずはナエミを見つける事だ。
その後でもヴィヴィアンが気になって居たなら、その時はその時。戻ってくれば良い。
この時の俺はそう考えて、ヴィヴィアンの事は気にしないようにして置いた。
それから更に二日が経って、一つの事件が発生する。
そして、その事件によって、俺の立場が危うくなったのだ。
お金が無くなったとか、モノを壊したとか、そういう方面の危うさでは無い。
人として、男としての、尊厳を守れるかどうかという、そういう意味での危うさであった。
ヒントは団長のヒジリを見る目。