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家電は本来戦わない  作者: ぬいみねね
コンタクト
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2


長身の女性は表情もなく流星を見つめる。どうしていいのかわからず流星も見つめ返す。女性の顔色は青白く、温かみに欠け、良く出来た彫像のようだ。銀色の髪は長く、腰のあたりまで届いている。ここで女性が、見たこともないようなデザインの服を着ていることに気付く。それは服というよりも、競泳水着を思わせるが、材質的にどうやら水着ではないようだ。よくよく見れば、在りし日のSF映画に登場した宇宙服を連想させる。

 流星の視線が彼女の豊満な胸元に移る。気恥かしくなりすぐに逸らすが、何か見慣れない物がくっついているのが目に入ったので、ちらちらと観察する。それは薄いブルーの石に見えた。ネックレスでもしているのかと思ったが、体に埋め込まれているようにも見える。

 流星は観察をここまでにし、次にどうするか、何と話しかけたら良いのかを考える。

彼女の異質な容姿に気を取られてしまっていたが、そもそも冷蔵庫はどこにいったのか。先ずはその疑問をぶつけることにする。

「えっと……俺の冷蔵庫はどこに行ったんですか?」

 彼女は答えず、ただじっと流星を見つめる。何だか目が怖い、と流星はたじろぐ。

 すると彼女は困ったような表情になる。そして右肩を左手で抱き、顎を突き出すようなポーズをとる。流星は全く意味がわからない。

 考えてみれば目の前で変なポーズをしているのは不法侵入者ではないか、と流星は思う。制服の胸ポケットに入れていたスマートフォンを取り出し、警察に電話をかけようと試みる。

「それじゃあ伝わらないですよ☆」

「うぉっ!」

 急に耳元で鈴を転がしたような可愛らしい声が聞こえたので声をあげる流星。しかし、辺りに人はいない。

 すると突然、流星が手に持っていたスマートフォンが一人でに飛び上がる。そしてにわかに形を変え始める。画面が真ん中から均等に分かれ、折りたたまれ、一つの塊になり、手足を形成し、頭が生えて、人型になる。ふらつきながらも無事にテーブルに着地し、こちらにぺこりと頭を下げる。

「どうもこんにちはです~☆」

 流星のスマートフォンが銀髪の女性と同じ格好の小さな女の子に変形した。こちらは肩までの青い髪に、表情がころころと変わりそうなくりくりとした目が特徴的な、何となく鬱陶しそうな印象の少女だ。額には銀髪の女性と同じような石が埋め込まれている。

「お……俺のギャラクシーネクサス……」

 流星は突如美少女キャラのフィギュアになってしまった自らのスマートフォンに、思わず手を伸ばす。

「いやん☆」

 触れた瞬間、フィギュアが身を捩る。

「あ、ごめんなさい」

「まだそういうのは早いっていうか……出会ったばっかりだし……」

 両手を後ろに回し、もじもじ、という形容しか出来ない動きをするフィギュア少女。その姿に妙な苛立ちを覚える流星。

 ここで銀髪の女性が業を煮やしたのか、よく言えば妖精のような少女に近づき、じっくりと凝視する。

「怖いです~☆ ちゃんとお仕事しますから~☆」

 フィギュア少女はこちらを振り向きポーズをつけ一言、

「ちょっと待っていて下さいまし☆」

 聞きたいことは山ほどあるが、現在目の前で行われていることに未だ現実感を持てない流星は何も言えず、従うしかない。

 少女は銀髪の女性の手に跳び移り、コードのようなものを出す。触手のようにうねうねと動くそれを銀髪の女性の胸元の石に繋ぐ。

「言語及び環境プログラムを適正なものに変換☆ えいっ☆ インストールスタート☆」

 銀色の髪の女性は目を閉じ、プログラムをインストールされている。五分ほどそうしていただろうか。コードの接続を解除された女性は流星の方を向き、口を開く。

「お騒がせしてすまない。我々は怪しいものではない」

 いや、怪しすぎます、とはさすがに言えない流星。しかし、彼女がインストールとやらをしている間に、少しは冷静に現状を考えられるようになった。

「えっと、とりあえずあなたたちは何者ですか?」

「我々はゼントロン。ある目的のために地球にやって来た。君たちの言葉でいえば地球外生命体かな?」

「でもエイリアンなんて呼ばないでほしいです☆」

 もしかしたらと思ってはいたがやはり外宇宙からの方たちか……。流星は非現実的な展開に頭痛を抑えられない。銀髪の女性が言葉を話せなかったのも、それを知らなかったと考えれば理解は出来る。しかし、理解出来ることと納得が出来ることは別問題である。

「えっと……ある目的って地球の侵略だったり……するんですか?」

 もしもそうだったらその場でどうされるかの想像もつかない訳ではなかったのだが、流星は馬鹿正直に聞いてしまう。

「いやそうではない。我々は君たち地球人に敵対する意思はない。探しているものがこの地球にある可能性があるのでやって来たのだ。我々はそれを可及的速やかに発見し、保護しなくてはならない」

 異星人がこの地球に探し物? いまいち想像がつかない流星は深く追求することはしない。そのことよりも流星は気になっていることがあった。これを聞かずにはいられない。

「俺の冷蔵庫とスマートフォンはどこにいったんですか?」

「わたしたちの元の体は地球の環境に適さないのです☆ だから地球で活動するにあたり、現地の無機物を媒体としなければならないのです☆ ということで、借りちゃいました☆」

「借りちゃいました☆ じゃねーよ! 今すぐ返せ!」

 流星は思わず今まで我慢していた本音が勢いよく噴出する。

「むう……それは困る。一体となってしまった以上切り離すことは容易ではない」

「んなアホな……。でも容易ではないってことは出来るんだろ! 何とかしてくれ!」

「まあ待て。我々は目的が果たされれば母星に帰還する。しかし、それまでは帰れない」

「いやいやそっちの都合はそうかもしれないけど、俺はどうやって生活するんだよ!」

「そうか、我々が君たちの言葉で言う家電の姿を借りているのが問題なのだな」

「いや問題はそこだけじゃないんだけど……」

「その点は安心したまえ」

 銀髪の女性はおもむろに自らの腹のあたりに手を掛け、ガチャリと開く。

「家電としての性能はそのまま残っている。何も問題ないだろう?」

 開かれた女性の腹部から冷気が漂ってくる。先ほど収納した食材も中に見える。

「あるよ! 大いにあるよ! 使い難いわ!」

「そうか? 何の気兼ねなく私たちを使ってくれていいのだぞ」

「わたしだって従来のメール機能とか使えますよ☆ 例えば……『主人がカンガルーに殺されて一年が経ちました』。アドレスが書いてありますけどアクセスします?」

「しなくていい!」

「ピロピロリ~ン☆ あっ、メールが届きました☆ 桜屋麻耶って人からです☆」

「読まなくていい!」

「折角届いたのにぃ☆」

「ふむ……君が困ると言ったから従来の機能を持っていることを示したのだが……君に迷惑をかけることは我々にとっても本意ではない」

 流星にこれから新しい家電を購入する資金はない。単身赴任している父から流星の口座に毎月振り込まれる金額は、無駄遣いをしないようにと生活費をぎりぎり賄える程である。故に流星は自身の趣味である家電購入のためのアルバイトに励んでいるのだ。ここで流星に一案浮かぶ。

「そうだ! 元の姿に戻ったり出来ないのか?」

 ダメで元々、聞いてみて損はない。

「その手があったな。盲点だった」

「普通は真っ先に思い付くわ! それで出来るのか出来ないのか?」

「出来る。しかし、あの形態は行動が制限されるからあまり気が進まないな……」

 わざと隠していたのではないか、という考えが流星の頭をよぎる。

「まあこの体の慣らし運転のためにも変形してみよう」

「オッケーです☆」

 二人はそう言って頷き合う。

「デフォルメイション!」

「デフォルメイション☆」

 掛け声と同時に二人の体は変形、再構成され、そこには一台の冷蔵庫とスマートフォンがあるのみだ。一見何の変哲もない製品に見えるが異星人である。

「マジで異星人なんだな……」

「何だ、信じていなかったのか? しかし、それも無理はないか。先ほどこの星の情報を探らせてもらったが、どうやら異星との接触はまだ試みられていないようだな」

「わたしたちが初めての人ですね☆」

「そういう余計な言い回しは知ってるんだな……」

「実はわたし、少し前からあなたのスマートフォンとして生活していたのです☆」

「言語とどういった社会を営んでいるのかの調査を頼んでいたのだ。スマートフォンとやらが通信機器であることはわかっていたので、先遣隊として送り込んでいたのだ」

「わたしがこの星の言葉を一番初めに覚えたんですよ☆ こう見えてとっても優秀なのです☆ そんなわたしにあなたは体の一部を無理矢理押しつけて辱めを……」

「電話に耳を押しつけて何が悪い! おかしな言い方するな!」

 製品の姿に戻れることはわかった。しかし、それが意味することは一つである。

「分離は目的が達成されるまで出来ない。しかし、元の姿に戻ることは出来る……。つまり元の生活がしたいなら俺は君たちの気が済むまで一緒に暮さないといけないのかな?」

「出ていってもいいが、君は困るのだろう? 我々としても地球での活動の拠点は欲しいところだ。おお! 双方の利害が一致したな。こういうのを一長一短というのだったかな?」

「それを言うなら一石二鳥だ……。そもそも俺の鳥は落ちてないからね! 俺は変な同居人が二人も出来ちゃって丸損だよ!」

「二人? 何を言っているんだ?」

流星は忍び寄る嫌な予感に続きを聞きたくないと感じる。

「後二人ほど来る予定だ」

「もうやだ……」

 流星はがっくりと頭を垂れる。


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